レイカル35 8月レイカルと縁日

「創主様! ええ、行きましょう! エンニチに!」

「……ったく、結局いつもレイカルのペースなんだから。カリクム、聞こえる? そこに居なさいよ、用が済んだらそっちに行くからねー」

『私は犬か何かかよ! ……まぁいいけれどさぁ。結局、レイカルに振り回されっぱなしになっちゃうんだもんなぁ』

「いつものパターンでしょ。それに……作木君も、それがもう性に合っているみたいだしね」

 それでも自分との約束を優先してくれて嬉しくないわけではない。

 小夜は作木の腕を引き寄せて、スマホを選ぶ。

「これなんていいんじゃない? 作木君にピッタリの色よ!」

「ちょっ……、小夜さん……。近いですってば……!」

「割佐美雷ー! 創主様にベタベタするなー!」

「うっさいわね! あんたと違ってこっちはなかなか会える機会も限られてるんだから、今くらいはいいでしょー」

「でも、そうだなぁ、縁日か。……昔、実家に居た頃、よく兄に連れ回されましたね」

「あっ、作木君、お兄さん居たんだ」

「ええ、まぁ……。結構僕とは正反対で、奔放な兄でしたけれど。……今も元気なのかなぁ」

「……連絡は取っていないの?」

「携帯に番号は入っているんですけれど……あっちは忙しいみたいで、なかなか僕の着信には出てくれないんですよ。それに、僕も大学に入ってから先は、こっちの事情でかみ合わなくって……」

「……そう。だったら、その携帯がある意味じゃ、お兄さんとの絆ってわけか」

「ええ。いくらデータ上は番号をそのまま持ってこられても、兄との通話履歴とかそういうのは、だって消えちゃうでしょう? それが名残惜しいのかな。我ながら女々しいですけれど」

「……でも、いいじゃない。そういう理由。素敵だと思うわ。それに、優しい作木君らしい理由で、ちょっとだけ安心した」

「そ、そうですかね……?」

「だって、今までは単にケチなだけかなとも思っていたし。ほんのちょっとだけれどね」

「ですかね……。でも、兄と連絡をするのなら、今日みたいな日ならもしかしたら……届いてくれるかな……」

「……作木君は、お兄さんが好きなのね」

「……ちょっと自由過ぎるのが玉に瑕ですけれど、子供の頃はよく遊んでくれたのを覚えていますし、それに、僕の趣味とかにも笑わないでいてくれた肉親なんです」

「そう……。じゃあ、今日のスマホ選びは、ちょっとだけ延期する?」

「いいんですか? でもだって、小夜さんとナナ子さんがせっかく時間を――」

「あー、もうっ! そういう細かいことは言いっこなしだってば! 切り上げて、さっさと縁日に行きましょう! カリクムたちも待っているでしょうし」

 作木は年代物の携帯へと視線を落とす。

 随分と前に数回かかって来ただけの兄の履歴を惜しむのは、他人からしてみれば馬鹿馬鹿しいのかもしれないが、それでも自分にとっては替え難い絆の一つ。

「分かって、くれたのは、でもすごく……嬉しいんですよ」

「――創主様ー! すっごく、キーンって来ます!」

 かき氷を丸ごと頬張ったレイカルが頭を押さえる。

「ああ、一気に食べるから。少しずつなら美味しいよ」

「でも、不思議ですねー。これ、全部味は同じなんて、考えられないです」

「まぁ、僕も昔は本当に味が違うんだって思い込んでいたかな。かき氷もそうだけれど、縁日って言うのは……」

 過去に、縁日で兄に手を引かれて屋台を回ったのを想起する。

 どうしているのだろうか、なんて普段は気にも留めないのに、今日だけはどこか気にかかっていた。

「……ちょっと電話してくる。レイカルは……」

「カリクム! お前のりんご飴も美味そうだな」

「なっ……やんないぞ。って言うか、小夜ー。やっぱり変だってば。絶対、さっきの屋台、イカサマしていただろ? あの紐は商品に繋がってないんだって」

「あんた、馬鹿……そういうのも込みで楽しむのが縁日なんだってば。触れるのは野暮ってもんよ?」

「うーん……要はぼったくれられるための祭りってことか?」

「妙なことは言うもんじゃないわよ。それに、まぁお祭りって言うのは、空気感も楽しむものだしね」

 さっぱり分からん、とするカリクムはりんご飴を舐めつつ、レイカルへと牽制している。

 今なら、と作木は喧騒を抜けて携帯を開いていた。

 着信履歴の随分と前に、兄の番号がある。

「……僕も女々しいな。何で今日に限って兄さんのことなんて……」

 しかし、どれだけ遠くても届くはずだろう。

 この胸に思い出一つを抱えて生きることができるのならば。

 数回のコール音の後に、作木は通話口の相手へと、声を振っていた。

「……もしもし?」

 別段、新しいものに変えても、何も代わり映えはないのかもしれない。

 それでも、今ある絆を信じて、思いを馳せることができるのが、人間なのだと、夏祭りの喧噪を遠くに、作木は久方ぶりの兄の声を聞いていた。

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