JINKI 189 絆の借用書

「……両兵……」

 整備班の手を借りて、《モリビト2号》は整備車両に倒されて敵の照準から逃れようとしている。

「とにかく! オレと青葉で出る! 装備は?」

「前回の訓練時のままだ。射撃兵装は調整中になってる!」

「……要は敵へと近づく術が必要ってわけかい。……他人に頼むのは性に合わねぇが……青葉。できるな?」

 敵は遠距離砲撃で自分たちを追い込もうとしている。

 そんな相手に飛び込む術は、恐らくたった一つ――。

「……うん。私も南さんとルイを、助けたい……!」

「行くぜ。とっとと古代人機をぶっ倒して、そんでもって借りたもんは返さねぇとな」

「――それにしたって、《ナナツーウェイカスタム》じゃ、これが精いっぱいだってのに……!」

「南。敵の位置情報、出たわ。やっぱり小高い丘からこっちを照準。一網打尽にするつもりみたいね」

「上等じゃない! 私たちに喧嘩売ったこと、後悔させてやるんだから!」

 それでも古代人機の砲撃網はそれなりに鋭い。

 まるでこちらの陣形は完全に把握したかのように、大きく弧を描いた砲弾が基地の近くへと突き刺さる。

「相手はどうやってこっちの位置を?」

「それは不明なままね。でも……問題なのはナナツーの機動力じゃ、頭打ちが来るっていうこと……」

「陽動を任せられたんだから! 私たちの仕事をこなすわよ! ルイ!」

「……言われなくっても」

 しかし、敵はこちらの挙動を先回りして、砲弾を大地へと叩きつける。

《ナナツーウェイ》が大きく姿勢を崩し、よろめいた瞬間には、次弾が天上より叩き込まれようとしていた。

「あ、もしかしてこれ、ヤバ……ッ」

 終わりを予感した直後、瞼を閉じる愚を冒す前に、青い機体の背中が射線を遮る。

『リバウンド――フォール!』

 砲撃を硬直させ、そのまま反射したのは《モリビト2号》だ。

『待たせたな、黄坂』

「もう……遅いってのよ」

 マニピュレーターを差し出し、《モリビト2号》に起こされて、南はコックピットへと視線を合わせる。

「両、相手の狙撃精度は高いわ。一方的なゲーム感覚ね」

『南さん! でもどうしたら……』

『なに、こういう時には決まり切ってるもんだろ。……黄坂、任せられるよな?』

「……しょうがないわねぇ。両、これも一個の」

『貸しだろ。分かってンよ。後で利子付けて返してやらぁ』

「……頼んだわよ。青葉! 両! 行きなさい!」

『青葉! 敵へと肉薄すんぞ!』

『うん! ファントム!』

 超加速度で地上を疾走した《モリビト2号》を狙っての砲撃網を、《ナナツーウェイ》が武装コンテナを掲げて内部より白煙を棚引かせる。

「こっちよ! 臆病者の古代人機!」

 古代人機の注意がこちらへと削がれる。

 その瞬間を狙い澄まし、古代人機の位置取る丘へと躍り上がった《モリビト2号》がブレードを天高く突き上げる。

『これで――終わりだ!』

 閃かせた太刀が古代人機を両断し、装甲が引き裂かれる。

 沈黙した敵影を一瞥してから、《モリビト2号》が飛翔し、《ナナツーウェイ》の隣へと降り立っていた。

「……ったく、あんたらも無茶ねぇ。ファントムによる雷撃作戦なんて」

『てめぇにだけは言われたかねぇよ。……黄坂、これも一個』

「借り、よね。……まったく、あんたとは貸したり返したり、忙しいってもんだわ」

 ぼやきつつ、《ナナツーウェイ》の手は《モリビト2号》の手を取っていた。

「――おう、帰って来たぞ」

「あ、おかえりなさい、小河原さん。お夕飯ですよね」

「頼むわ。……どうした?」

 赤緒の声がどこか弾んでいたので疑問符を浮かべると、彼女は微笑む。

「いえっ……小河原さん、たまには南さんと話してあげてくださいね。だって――借りがあるんですから」

 怪訝そうにしてから軒先で湯飲みを覗き込む南の背中を発見していた。

 その隣には数十枚の借用書が積まれている。

「……たまにはお前と、か。あいつもお節介なんだからよ」

「まぁ、たまにはね。あんたに用があるのは何も今に始まった話じゃないってことね。おっ、茶柱」

「懐かしいもんを残していたな。借用書、か」

「あんたは結局、半分も返さなかったわねぇ」

「まぁ、んなこともあったな。でもよ、全部返し切ると、次の約束をしづらいだろ?」

「……そうね。あんたと私は、貸したり返したりが一番、相応しいのかもね」

 でも、と南は借用書のうち一枚を手にする。

「じゃあ約束は、いずれ返して……守ってくれるのよね?」

「いずれな。知ってンだろ? オレは、守れない貸し借りはしねぇんだ。それに、借用書には書いてあンだろ? 死んでも――」

「返す、ってね。そういえばそうだったわね。あんたは、約束だけはどんな形であれ守ってくれる……そんな人間だったわ」

 今は、そのような約束手形だけでも、相応しいだけの結末だったはずだ。

 南は緑茶をすすり、両兵はその隣で座り込む。

「にしたって、あんたとこうしてゆっくりするのも珍しいもんね」

「お互いに隠居するには早ぇはずだろうが。……あいつらのこと、頼むぜ」

「それも借り、ね」

 小指を差し出した南へと、両兵は指を絡めていた。

「しょうがねぇなぁ、てめぇも。貸し借りは」

「死んでも返す、ね。指切った!」

 ささやかな約束が今は愛おしいだけ――。

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