JINKI 192 アンヘルファッション合戦

 気を遣いつつも、さつきは自分に似合う服とルイの服を交互に選んでいく。

 こうしてみれば案外に楽しく、ルイも悪くないと思っているようであった。

「でも赤緒さん、どんな服を選んでくるんだろ……」

 ――メルJが当たり前のように入ったショップは高級店で、赤緒は店内の豪華さに辟易してしまう。

「えっと……ヴァネットさん? こんな店に毎回?」

「ああ、私の趣味じゃないぞ? 小河原が前に連れて来てくれたのがこういう店だったからな。それに私の体型に合った服を頼まなくっても選んでくれるんだ。いい店だろう?」

 それは高級店だからなのでは、という野暮な突っ込みはしないでおいて、赤緒は落ち着きなく周囲を見渡していた。

「何だか落ち着かないなぁ……。でも、ヴァネットさん、小河原さんとこんな……デート……みたいなお店に来てたんだ……何だかズルい……」

「何か言ったか? こういう店では確かカードで買い物をするんだったな」

「えっ……カードなんて持ってませんよ……」

「私も持ってないぞ?」

 二人して茫然としていたが、まぁ、とメルJは財布を取り出す。

「こういう時のために現金をいくらか持ってはいたか」

「お、脅かさないでくださいよ……。カードでしか買い物できないところなんて私、来たことないですし」

「そうなのか? ……うーむ、日本は分からんな」

「こちらがお似合いですよ」

 にこやかに接客してくる店員に赤緒は当惑してしまう。

「えっ、いやあの……その……」

「任せておけばいいんだ、赤緒。それに、何でそもそもファッションがどうのこうのと言う話になったんだ?」

「そ、それは……立花さんがファッション誌見ていて……それで私に……あ、そっか。私ってばまともにファッションとか、考えたこともなかったんだ……」

 たった三年間の記憶とは言え、これまで幾度となくそう言った機会自体はあったはずなのだ。

 だと言うのに、五郎任せや自分で考えることを放棄していたのは何よりも――。

「私……自分で自分の服装に、責任を持つってこと、したくなかったのかもしれません」

「そうか。それはしかし、お前ならではだろう。いつもの巫女服に誇りがあると言うのならば、別にそれでもいいはずなんだ」

「誇り、ですか……。でも、それだけじゃきっと、女子として駄目なんだと……それだけは分かります。なら……たとえ立花さん考案の企画だとしても私……全力で頑張らないと……!」

「そう思えるだけいいのだろうな、きっと。人機操主だが、それ以外に興味を持てることは恐らく、悪いことではあるまい」

 そう、自分は《モリビト2号》の操主である前に、たった一人の――。

「恋する乙女……なんだから……」

「――いやー、買った買った。見て見てー! 南! これ、機能性抜群! 撥水性完璧のスポーツウェア!」

 柊神社に帰るなり、黄色のスポーツウェアを見せつけてきたエルニィに、茶菓子を漁っていた南は茫然とする。

「何? 何かあったの? って言うか、それが何だって言うのよ」

「えっ……あー……しまった。ついつい、機能性だとか性能で考えちゃって本質を見誤ってたぁ……」

「よく分かんないけれど、別にその服もいいもんじゃない。悪くないと思うわよ。おっ、茶柱」

「いやー、そうじゃなくって……。言いだしっぺのボクがこれじゃ、他が思いやられるよ……」

「よく分かんないわねぇ、あんたたちも」

 廊下を共に歩いていると、駆け込んできたのはルイである。

 その姿に思わず南は頬張っていた茶菓子を飲み込んでいた。

「る、ルイ……あんたってばなんてカッコしてんのよ!」

「何よ。涼しいからこれがいいって言って買ったのに、さつきも南も変な反応――」

 大慌てで南は上着を着せ、ピンク色の水着姿のルイを覆い隠す。

「しかもあんた……紐みたいなの買っちゃって……。あーもうっ! どこでそんな色ボケを覚えたんだか……」

「色ボケじゃない。これがちょうどいい格好よ」

「すいませんっ! 南さん! 普通の服じゃ物足りないからってルイさん、水着を買っちゃうなんて思いも寄らなくって……!」

 どうしてなのだかさつきが平謝りするので、南は困惑しつつ、ルイに次々と服を被せる。

「一体何が起こったんだか……。エルニィ、説明してくれるんでしょうね?」

「説明も何もなぁ。別にボクはきっかけだしー」

 口笛を吹いて素知らぬ風を装うエルニィを伴わせ、居間に辿り着いた南は絶句する。

「……あんた、メルJ……」

「ん? 何だ、黄坂南。もう夕飯か?」

「夕飯か? じゃないわよ、あんたたち! ……何て格好してんのよ!」

「へ、変だろうか……。小河原が買ってくれたのはこれよりかは露出が少なかったのだが……」

 南は額を押さえて頭上を仰ぐ。

 メルJはこれから舞踏会にでも出かけるかのような豪奢なドレスに身を包んでおり、柊神社の居間の風景とは一線を画していた。

「あーもうっ! なに? 今日は仮装行列なの?」

「どうしたんですか! 南さん、何が……」

「あ、赤緒さん? この子たち、急に――」

 と、そこで南は言葉を切る。

 赤緒も普段の巫女服ではなく、髪を結って高級そうな黒いドレスに身を包んでいたからだ。

 言葉が出ないとでも言うように口をパクパクさせていると、赤緒は頬を紅潮させる。

「あっ、その……やっぱり変……ですかね……」

「いや、変とかそういう次元じゃ……あ、まぁでも、一番マシかも。じゃなくって! ……何で急にあんたらファッションに目覚めてんのよ!」

「それには長ーい説明が要りそうだけれど、赤緒。……似合ってんじゃん」

 どこか不承気に呟いたエルニィに赤緒は笑顔を咲かせる。

「はいっ! ……私らしく、着飾りたいですから!」

「……よく分かんないけれど、いいのよね? これってその、傾向としては……」

「おーっす、晩飯食いに来たぞ、って……何だお前ら……。全員、妙な格好しやがって。今日は仮装行列か?」

 両兵の視線は自ずと赤緒へと向けられる。

 彼女は少し面食らった後に、両兵へと尋ねていた。

「その……どう、でしょうか……?」

「どうってお前……普段の巫女服どうしたんだよ」

「へっ……巫女服……?」

「そろそろ暑くなってきたからって夏にやられたのか? いつもので充分だろうが」

「バ――ッ! 両兵!」

 南とエルニィが同時に両兵の足を踏み抜く。

「痛って! てめぇら何なんだよ!」

「あんたってば本当、デリカシーのない!」

「そうだよ! さすがのボクもどうかなと思うな!」

「何がだよ! ……柊? どうかしたのか?」

「い、いえその……やっぱり変……ですかね……」

「ん? いやまぁ、変っちゃ変だが、まぁいいか。たまにゃ、そういうのも。似合ってンぜ、柊」

 その言葉に赤緒は消え入りそうな声で聞き返す。

「ほ、本当に……? そう、ですか……?」

「おう。巫女服ばっかじゃ確かに見飽きるってもんだからな。あれだろ? ラーメンもしょうゆ味ばっかじゃ飽きちまうのと同じだな」

「ら、ラーメンと一緒って……もうっ! 小河原さん、今日のご飯は少なめですからっ!」

「おいおい! 何でそうなるんだよ!」

「自業自得だと思うなー、両兵」

「そうよ。……はぁー、でもまぁ、この子たちも前に進もうとしているって言うのなら、まぁいいのかしらね」

「――あれ? 今日は巫女服じゃん。買った服、どうしたの?」

 朝食時に顔を出した赤緒へとエルニィが尋ねると、彼女は気恥ずかしそうに応じる。

「えっと……何だか落ち着かなくって。その……特別な時だけでいいかなー、なんて」

「ふぅーん……ま、赤緒がそう思うんならいいや。けれど、案外、特別な時って計算外な時に来るかもよ?」

 その言葉に微笑んだ赤緒は、そっと呟いていた。

「ええ、でも……そういう時を迎えられる心の準備だけは、できましたから」

「そっか。じゃあよかったのかもね、今回の」

 彼女らが輝けるのならば、それはいつどんな時であろうとも、乙女の一瞬であろう。

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