JINKI 194 掌に思い出を

「プラモのパーツ落っことしちゃったんだってば。両兵も探すの手伝ってよ」

「……いいけれどよ。てめぇ、ズボン」

 その段になってズボンの端が引っ掛かってずり下がっていることに気付く。

 青葉は恨めしげに両兵を睨むが当の本人は口笛を吹いて誤魔化すばかりだ。

「……両兵のえっち」

「てめぇみたいな色気もくそもねぇのなんて気にもかからねぇよ。で? 何のパーツが落っこちたって?」

「プラモのパーツだってば。小さいから見つからなくって」

「……ったく、日がな一日プラモ作りにうつつを抜かすたぁ結構な身分なこって」

「今日はお休みでいいって先生も言っていたもん。両兵こそ、訓練しないでいいの?」

「あン? オレはいいんだよ。てめぇと違って上操主なんだからな。歴が違うっての」

「歴って言ったって、そんなんじゃ先生も呆れちゃうよ」

「他人のことはいいからよ、てめぇは自分をどうにかしろ。……って言うかまだ探してんのかよ。いい加減諦めたらどうなんだ?」

「うーん……でもこのパーツないと格好つかないし……」

「ったく、プラモバカめ。……どこ落としたんだ? 電気点けて探せよ」

「両兵、手伝ってくれるの?」

「ついでだ、ついで。それに、どこぞの馬鹿がぼんやりして実戦まで影響したら事だろうが」

 その言い草に、やはり両兵に頼んだところで、と思った青葉は顔を上げようとしてテーブルの引き出しにぶつける。

「痛ったー……。あっ、パーツ、こんなところに」

「何だよ、引き出しに挟まっていたのか。苦労を掛けさせるぜ」

 引き出しの隙間からポロリと落ちてきたパーツを手に、青葉が身体を戻そうとすると、その拍子に引き出しの中身が転がり落ちてくる。

「うわっ……って、何これ?」

「これ……引き出しの中に入っていたのか?」

 手に取ってまじまじと眺める。

「……けん玉……?」

「何でお前の部屋にけん玉があるんだよ」

「わ、私だって分かんないもん……! でも、多分アンヘルの誰かのものだよね?」

「おいおい、けん玉なんてオレはもうとっくの昔に卒業してンぞ」

「じゃあやってみてよ。どうせ、両兵、口だけなんだから」

「ンだと、てめぇ……。こんなもん、ひょいひょいっとやれば」

 元が器用なのだろう。

 両兵の手先はけん玉の技を華麗に決め、難易度の高い技でさえも何てこともないようにこなしていく。

 小気味よく小皿、大皿を叩いて最後にはけん先へと玉を戻していた。

「ほれ、この通りだ」

「両兵って、こういうのだけはうまいよね」

「こういうのだけとは何だ、だけとは。ったく、おもちゃにかまけている場合じゃねぇだろ」

 手渡されたけん玉に青葉は違和感を覚える。中皿の部分を覗き込むと、そこには赤い丸印に「R」の文字が刻まれていた。

「何だろ? Rって……」

「知らん。持ち主のサインとかじゃねぇのか?」

「えっと、アンヘルの中でRってことは……もしかして……」

「おい、青葉。もしかして持ち主探しとか言い出さねぇよな? ここに居るのはみんな、いい大人ばっかしだぜ? そんな中で今さら、けん玉がどうのこうの言い出す奴なんざ……」

「でも、私の部屋にあったんだから、きっと誰かの大切なものなんだよ。引き出しに仕舞っておくんだもん、そうに違いない」

「そうか? ……っても、R、なぁ……。頭文字なのだとすりゃ、一人思い当たるが……」

「本当? 誰?」

「……でも、あいつがけん玉なんて今さら欲しがるかよ?」

「いいからっ! 両兵、持ち主を探しに行こ?」

「おいおい! プラモはいいのか?」

「パーツも見つかったし、けん玉は私のじゃないから、持ち主に返すべきだよ。だってそうしないと……何だかちょっと……」

「居心地が悪い、ってわけか。……手のかかる下操主ってもんだ」

「な、何……両兵ってば……。いいもん、私だけでもやるから」

「待てって。Rの頭文字なら心当たりがある。そいつに当たるまでは面倒看てやっよ」

「……何かヘン。両兵がそういうこと言い出すの」

「まぁ、そいつのツラぁ見てもまだ、持ち主がどうのこうの言うかどうかってのは、話は別だろうがな」

「……話は別……?」

「――ちょっと! こっちの駆動系、また錆びてる! きちんと整備してよねー。ヘブンズの沽券に係わるんだから!」

 整備班へと小言を漏らす南を青葉は発見し、それに対して両兵が呆れ返る。

「あいつ……普段はヘブンズとアンヘルは違うだの何だの言うくせに、太ぇ奴だな」

「南さんが?」

「いや、そうじゃねぇだろ」

「あれ? 両と青葉じゃなーい。どったの? 二人揃って雁首揃えて。私に会いに来た、とか?」

「アホ抜かしてんじゃねぇよ、黄坂。こいつが……」

「南さんっ! けん玉……南さんのですか?」

「けん玉……? おーっ、懐かしいー! 昔はよくこれで遊んだわよねぇ」

 こちらの手から受け取るなり、南は声に合わせてけん玉の技を流麗に決めてみせる。

 やはり南が持ち主だったのだろうか、と考えていると、両兵は後頭部を掻く。

「てめぇのもんじゃねぇだろ、黄坂。そこんとこ、中皿に文字があるだろ?」

「あら、本当。じゃあこれ、私のじゃないわ」

 何だか意外に呆気なく返されてしまって青葉は茫然とする。

「じゃあその……誰のだとか心当たりは……」

「心当たりならあんだろ? これがイニシャルなら、Rはてめぇのガキのもんだろうが」

「あっ、そっか。ルイのR……」

「えーっ、そうだっけ? ちょっとー! ルイー! 降りてらっしゃい!」

『嫌よ。馬鹿南。それにアホ面の青葉も一緒じゃない。ろくなことじゃないのは明白』

「こ、こらぁー! 勝手に拡声器使ってるんじゃないのよ! びっくりするじゃない!」

 相変わらずの南とルイのやり取りを目の当たりにしつつ、コックピットハッチを開いてルイが水鳥のように華麗に降りてくる。

「これ……ルイの、なの?」

「何これ」

「けん玉よ、けん玉。あんた、自分のものにはきっちり名前を付けておきなさいって普段から言ってるでしょ。あんたが付けたんじゃないの?」

「……知らない」

「本当に? 見栄張ってるとかじゃなくって?」

 窺ったこちらにルイはむっとして睨み据える。

「あんた、私がこんなおもちゃをどうのこうので見栄を張ると思ってるの。その辺が生意気」

「あ、いや、その……」

「何よぅー、ルイ。あんたもどうせ、けん玉一つできないからそう言ってるんじゃないの」

「馬鹿言わないでよ、南。こんなの、何てことはないわ」

 自分の手から奪い取ったルイはリズムに合わせてけん玉を見事に扱ってみせる。

 その振る舞いと技の切れに南と一緒に思わず感嘆したほどだ。

「おぉー、やるじゃない」

「本当……ルイ、上手かったんだ……」

「こんなの一般芸よ。第一、これ、私のじゃないし」

「えっ、ルイじゃないの?」

 ルイは一回転してけん玉を刺してから、それを自分に返す。

「こんな子供だましのおもちゃなんて、遊ぶわけないでしょ。南のじゃないの?」

「いやぁー、それが私も見当がつかなくって……。うん? 今あんた、子供だましって言ったわよね?」

「言ったけれど、何? 南にはお似合いでしょ?」

「こんの……悪ガキがぁーっ!」

 またしてもいつもの追いかけっこが始まり、半ば呆れ返る中で、両兵が口を出していた。

「じゃあ整備班のか? あいつら、ここ長いからな。ガキん頃に持ってきた大事なもんかもしれねぇ」

「あっ、そうだったら、すぐに返さないと悪いよね……?」

「ちょうど連中も雁首揃えてるところだ。おい、ヒンシ! それとデブとグレン! 用があるからちょっと来いよ!」

「……声、大きいんだから、もう……」

 案の定、何かあったのかと整備班が寄り集まる。

「どうしたの、青葉さん。両兵が何か?」

「い、いえ、その……大したことじゃなくって……」

「けん玉、これ、お前、ヒンシのだろ? それかデブかグレンのじゃねぇのか?」

「けん玉……? いや、僕もこれは知らないなぁ。それにしても、結構いい木が使われてるね。見たところ一点ものっぽいし、誰かの所持品?」

「あっ、私の部屋の引き出しにあって……。誰かのものなら返さないとって思いまして……」

「とは言ってもなぁ……。あっ、裏にRって文字が……。ルイちゃん?」

「いえ、ルイじゃないみたいで……」

 ルイと南は追いかけっこを続行中だ。

「じゃあ誰のだろ……。古屋谷とかのじゃ、ないよね?」

「いや、僕はけん玉とか持ってきた覚えはないし……」

 グレンにも視線が行くが彼も頭を振る。

「自分も持ってきたつもりはないですよ。それに、青葉さんの部屋って、元々は倉庫だったから、色んな時代の人の物とかが混在していて」

「じゃあ持ち主はなかなか見つかりそうにないってことか……。うーん……。そうだ! 親方に当たってみよう。もしかしたら大事なものなのかもしれないし」

「えぇ……でも、山野さんにその……つまんないことで冷やかすなって言われそうで……その……」

「大丈夫だって。親方だって自分のものなら邪険にしないだろうし。それに、心当たりがあれば聞きたいし」

「……本当、すいません……。何だか私が作業の邪魔をしちゃってるみたいで……」

「いや、いいんだってば。青葉さん、ここんところずっとファントムの練習で詰めていたし、たまにはこういうのもね。両兵もそう思うだろう?」

「……ケッ。ちょっとファントムができるくれぇで調子づいてんじゃねぇよ。ヒンシもヒンシだ。こいつ付け上がらせると面倒だぜ」

「……君は相変わらず素直じゃないなぁ。でも、僕らの目から見てもいい素材で作られてるんだよなぁ。これがもし特注品とかなら、それこそ大事なものかもしれないし」

 山野はモリビト2号の整備点検のために損傷個所の修復を石笠たちと将棋盤を挟んで話し合っていた。

「やはり、リバウンド兵装の損傷はまずいだろ。モリビトの盾はもう少し重ために設計したほうが損傷に強い」

「今のところ軍部からの補給も儘ならんからな。このままでは古代人機侵攻に対しての迎撃策としての手段は薄いだろう」

 真剣な話し合いの最中にこのようなことを持ち出していいものかと言うのは誰もが感じたようで、川本は少し及び腰になる。

「……今はやめとこうかな……」

「ヒンシ、ビビってんじゃねぇよ。……ったく、おい、ジジィ共!」

 両兵の思わぬ言葉に山野たちが反応する。

「……何だ、操主と整備班が雁首揃えやがって。てめぇらの仕事は済ませたのか?」

「あの、それがその……」

「これ、あんたらのもんじゃねぇのか?」

「り、両兵! 少しは段取りってものを……!」

「あん? そいつぁけん玉か?」

「そう、なんですけれど……その、青葉さんの部屋の引き出しから見つかったみたいで。結構な値打ち物だって言うのは見れば分かります。もしかしたら親方たちのものじゃないかって思いまして……」

「けん玉……今さらけん玉かよ。ったく。そんなことで作業の手ぇ、休めている場合か?」

「す、すいません! すぐに持ち場に戻ります!」

「……だが、懐かしいもんを引っ張り出してきたな。けん玉、ねぇ。俺たちも昔はこうやって遊んだもんだ」

 山野はけん玉を軽く振って様々な技を披露してみせる。

「娯楽の少ない情勢だったからな。アンヘルとしては日本人の心を忘れたくなかったのもある。持ち主の当てはあるのか?」

 石傘の問いかけに川本は委縮気味に応じる。

「……それが、柄のところにRって言う赤文字だけで……」

「R? ……なるほどな。おい、いいことを言ってやるよ、操主二人。現のところに行ってみろ。少し懐かしい話が聞けるだろうな」

 そう言うなり山野はけん玉を返す。

 想定したような怒声が来なかったので、青葉は少し拍子抜けであった。

「……懐かしい話?」

「それもオレと青葉で? ……何だってまた。どうせ、忘れてるだけでこれ、黄坂のガキのもんだろ?」

「そう思ってんなら、現に聞いてみろよ、両兵」

 踵を返して片手を上げた山野の態度に、両兵は訝しげにする。

「……わけ分かんねぇ……。何だってオヤジに聞くってンだ?」

「とにかく、山野さんがわざわざ言ってくれたんだから、先生に聞いてみようよ。……、もしかしたら、本当の持ち主が分かるかも」

「おいおい、回り巡ってオヤジの持ち物ってこともあるって線か? ……オヤジがこんなの持ってたかよ?」

「分からないじゃない。行こっ、両兵」

「へいへい。それにしたってけん玉一個で騒がしいこって」

「おい、ちょっと待て、両兵」

 不意に呼び止められて両兵が振り返っていた。

「何だよ。まだ何かあんのか?」

「……いや。案外思い出ってもんは、忘れがたいものだってことくれぇは覚えておけよ」

「……何なんだよ、あのジジィ。変なもんでも食ったのか?」

「とにかく、先生のところに行こう? そうすれば分かるよ」

現太は日課の散歩で格納庫周りを巡っており、容易に発見できた。

「先生ー!」

「おっ、青葉君と両兵か。何かあったのかい?」

「いえ、その……これの持ち主を探していて……」

「おお、けん玉じゃないか。懐かしいな」

 手に取るなり、慣れ親しんだ挙動でけん玉を振る現太に、やはり、と青葉は確証する。

「先生のなんですね?」

「うん? いやまぁ、確かに私のと言えばそうだが……両兵、覚えていないのか?」

「何がだよ。オヤジがけん玉の達人だったってことをか?」

「いや、ここに……ああ、やっぱり。自分で名前を書いてあったじゃないか。ほら、Rって」

 中皿を指し示した現太に、青葉と両兵は顔を見合わせる。

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