JINKI 194 掌に思い出を

「……オレの?」

「両兵の?」

「うん? 分かっていて私に言ってきたんじゃないのか?」

「あっ、そう言えば両兵のイニシャルもR……」

 何故見落としていたのだろう。

 いや、そもそも張本人が自信満々に自分のものではないと言っているのだから疑いもしなかった。

「……これ、青葉の部屋にあったんだが……」

「あそこは元々倉庫代わりだし、お前が持ち込んだおもちゃもあったんだろう。懐かしいな。これは私が最初に買ってやったおもちゃなんだ」

「先生が、両兵に?」

 当の本人に目線で問うが、どうにもその記憶は薄いらしい。

「……無理もない。日本での話だったからね」

「じゃあ、私と遊んでいた頃の?」

「そのはずだ。両兵、小さい頃によくこのけん玉を持ち出してはなくしを繰り返していたから、こうやって分かりやすいところにイニシャルを書いておいたんだろう?」

「……おいおい、昔のオレはそんなにけん玉にご執心だったってことかよ」

「まぁね。これはお前がよく、母親の前で技を披露していたこともあって、アンヘルに持ってきたのもあるんだ。色んなおもちゃを結果的に手離したが、これだけは離さなかったからな」

「……両兵……」

「覚えてねぇんだが……」

「まぁ、それでもいいさ。青葉君が見つけてくれたんだね?」

「あ、はい……。持ち主を探さないとって思いまして……。だってこれ、すごく使い込んであるの、分かりますし。きっと充分に遊んだんだなぁって」

「てめぇに分かるのかよ」

「わっ、分かるよ……! こういう、使い手の想いがきっちり宿ったものなら……!」

「今もプラモにうつつ抜かしてるくらいだ。おもちゃには縁が深いってこったな」

 明らかに自分を馬鹿にした両兵の物言いに、青葉はふんとそっぽを向く。

「知らないっ! 両兵のばか」

「おうおう、オレもアホバカのせいでとんだ時間を食っちまった。ったく、部屋に戻って寝る」

「べーっだ!」

 その背中に向けて思いっ切り舌を出してやると、現太が微笑む。

「それにしても、想い、か。青葉君、ちょっといいかな?」

「はい……何ですか?」

「なに、ちょっとしたお願いがあってね」

 ――どうにも腹に据えかねたものがあると思えば、まさか自分の物だったなど思いも寄らない。

 両兵は記憶を手繰るが、やはりどうしても思い出せなかった。

「……ま、どうでもいいってこったな」

 そう言って寝返りを打ったところで、扉をノックされる。

「うるせぇなぁ……。開いてるから入って来いよ」

「じゃあその……失礼しまーす……」

 覗いた顔の意外さに、両兵は目を見開く。

「……何だよ、青葉か。何の用だ?」

「そ、その……付け焼刃だけれど!」

 そう言うなり青葉はけん玉を駆使していくつか技をこなしていく。

 何がしたいのか、と最初こそ怪訝そうに眺めていたが、その動きのぎこちなさと、そして不器用さに両兵は脳裏を過った記憶のままに、青葉の手を取っていた。

「あっ、失敗しちゃった……。両兵?」

「あ、いや……。何でオレ……」

 まだ完全に思い出したわけではない。

 それでもかつて思い出の彼方で、青葉と同じように不器用で、それでいて必死に自分にけん玉を教えようとしてくれた人が居たことを、感覚で記憶していた。

「……なぁ、青葉。自分よりぶきっちょな人間に、色々と教えようとして、その結果として上手くなっちまった……なんてことは、あっか?」

「えっ……それって、けん玉の話?」

「……まぁ、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるな」

 青葉はけん玉を自分へと差し出していた。

「……要らねぇって言ってんだろ」

「それでも……! 先生は両兵にとって、これは特別なものだってその……教わったから」

「特別、ねぇ……」

 何てことはない。思い出の残滓だ。

 それもきっと、日常に埋没していく程度のものだろう。

 だがどうしてなのだか、今の自分にはこれを手離す気にはなれなかった。

 受け取った拍子にけん玉を浮かせて技を何個か連鎖していく。

「……何でだろうな。手が覚えてるって言うのか、それとも何となくなのか分かんねぇけれど……すまんな、青葉。付き合せちまって」

「あ、ううん。私のほうがそもそも言いだしっぺだし……。でも、本当に特別なものだったの?」

「知らん。思い出せんし、多分これから先も、思い出すことはねぇんだろうな」

「……何それ。やっぱり両兵、ちょっと今日はヘンだよ」

「かもな。ま、たまにはいいだろ。掴めもしない思い出を、こうして手繰るのもよ」

「……もう戻るね。両兵、それってきっと、大切なものだから。なくしちゃ駄目だよ」

 扉が閉ざされて、両兵はその手の中に収まったけん玉を凝視する。

「なくしちゃ駄目、か。てめぇに言われるほどでもねぇよ、アホバカ……」

 何度か技を駆使してから、両兵はそのけん玉を、そっと自分の引き戸の中に仕舞っていた。

 もう忘れないように、と言うわけでもない。

 ともすれば明日にはもう頭から抜け落ちているのかもしれない。

「……それでも、思い出ってのは不思議なもんだ。懐かしいにおいが、するもんだからな」

 そう言って両兵は、惰眠を貪る。

 ――今日の午後は、いい夢が見られそうだった。

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