「その……勉強……」
「えっと……何ですか……?」
「べ、勉強……やっぱり無理……」
「えっと、何が無理なんです?」
「……赤緒に頭を下げるなんて……」
「えーっ……一体何なんです? もう遅いですし、そろそろ私、寝ますから……」
扉を閉めようとして手首をぎゅっと掴み上げられる。
ひっ、と短い悲鳴を上げたその時には、ルイは真剣な眼差しで声を発していた。
「べ、勉強……分からないところがあるのよ。教えてちょうだい」
「えっ……でもそういうのって普段はさつきちゃんとかなんじゃ……」
「赤緒じゃなくっちゃ……嫌なのよ……」
どうしてなのか熱っぽい眼差しでそう言われてしまうと断ることもできずに、赤緒はルイを部屋に通す。
「その……中学生の勉強なら、一応はサポートはできますけれど……やっぱりさつきちゃんのほうがいいんじゃ?」
「……赤緒じゃないと駄目なの……」
理由がまるで分からないが、昨日今日とルイは自分を頼ってくれているらしい。
悪い気はしないので、赤緒は承服する。
「その……分かりました。じゃあその、どの辺が分からないんですか?」
「この……作品の伝えたいところを何文字の要点で、とか、漢字……とかも全然読めないし……」
「ああ、そういえばルイさん、南米出身でしたっけ。漢字とかは習わなかったんですか?」
「……あっちじゃ小学校高学年程度よ。こっちの中学は随分と複雑なことを習っているのね」
そう言ってペンを片手にああでもないこうでもないと呻るルイが少しだけ可笑しく、赤緒はくすっと笑っていた。
「……何が可笑しいの……」
懇願したかと思えば地の底から出すような声で問いかけてくるので、赤緒は大慌てで取り繕う。
「ああ、いやその……ルイさん、そういえば私に頼ってくれることとか、なかったなぁって思っちゃって……。えっと、失礼ですよね……?」
「本当に失礼。……でも、分かんないのは本当だから、教えてもらえる?」
「……何だか不思議。私、ルイさんに教えてあげられること、そんなに多くないと思いますよ? 記憶喪失だし」
「それでも、私よりもよっぽど日本人なんでしょ。なら、あんたの教えられる範囲でいいから、教えてよ」
その言葉も裏があると思わないと言えば嘘になるが、今は同じ時間を共有できることのほうが重要だろう。
「じゃあここから。教えますね。えっと、この漢字の読みは――」
「――赤緒っ!」
石段を駆け上がってきたルイが息を弾ませつつ、差し出したのは答案であった。
「る、ルイさん……? えっと、国語のテスト……?」
「これ! 百点……!」
「や、やったじゃないですか……! すごい! 立花さん! ルイさん百点ですって!」
「……何でそこに自称天才が……?」
赤緒の傍で、反省の正座を取らされているエルニィに疑問を発したルイへと、赤緒は携帯ゲーム機を握って言いやる。
「立花さんってば、私が買っていいって言ったからって、ずっとこればっかりやってるんですよ? 酷くないですか? ゲームは一日、一時間!」
「うぅ……赤緒ぉー、ボクが悪かったから、それ返してよー。もうちょいでクリアなんだってばぁー……」
「駄目ですっ! お手伝いをしたから、せっかく許してあげたのに……これからは携帯ゲームをやった時間分、反省のお手伝いをしてもらいますからねっ!」
「そ、そりゃあないよー……返してってばぁー……」
「しばらくは没収ですっ! ……あ、ルイさん。百点すごいですよね……何かお祝いしないと……」
「いいえ、やっぱりいいわ」
ぴしゃりと言い放ったルイに、赤緒は当惑する。
「えっ……でも努力の結果ですし……」
「いいのよ。その代わり、これまで通りに過ごすだけだから」
赤緒が小首を傾げると、ルイは遠ざかってから、反省を促させるエルニィの姿をちらりと目にして呟く。
「……時間を忘れてゲームできないんじゃ、攻略法も何もあったもんじゃないわよ」
どうやら赤緒の攻略法は、少しばかり解かれるのは先のようであった。