JINKI 200 南米戦線 第一話「氷雨の夜に」

「的確だったと思うんだけれどなぁ……。今の赤緒と両兵なら、《モリビト2号》の性能を引き出すのには足りるんじゃないかって。さつきも《キュワン》の追従性には合致しているし」

「そうじゃなくって、やっぱりこの実験は性急だったってことよ。人機とのダメージフィードバックとユニゾン性能、どれもこれも、試験段階だって言うんでしょ?」

「でもよ、今の《モリビト2号》が呼応しないとなれば、戦力の考慮をし直す必要性だってあるんだ」

 そう抗弁を吐いたのはシールで、精密機械より弾き出される実験結果のレポートを精査している。

 月子は別の機械を操作しつつ、《モリビト2号》のユニゾン結果を弾き出していた。

「適合率67パーセントで頭打ち……。最初にしては上出来だと思いたいけれど……」

「何せ、メイン操主であるはずの赤緒が意識を失ったとなれば穏やかじゃねぇなぁ……。《キュワン》のほうは?」

「さつきちゃんのほうは順調みたいに見えるけれど……それでも適合率70パーセント前後……。新型Rスーツの調整にはまだまだ時間がかかりそうね、エルニィ」

「うーん……ボクとしちゃ、この辺はできれば急ぎたい分野なんだけれどなぁ……。新型Rスーツと《キュワン》、それに《モリビト2号》の真の性能の発揮、どれもこれも急務だろうし」

「で、ですが先輩方。実際、《モリビト2号》の真の性能とやらの片鱗は垣間見えたようです。こっちの調整データに適合率の上昇値が記されていますので……」

 帽子を目深に被った秋はデータ照合用の筐体から引き出されていく情報の集積体を確認していた。

「……これ、もしかして小河原君が影響しているんじゃない?」

 月子の疑問にシールはまさか、と応じていた。

「あいつが血続じゃないから……か? でもだとすりゃ、血続操主だけでこの実験は進めなくっちゃいけなくなるじゃねぇか」

「それは駄目だね。両兵に乗ってもらわないと、危なくってできたもんじゃない。第一、今回の赤緒の失神だって、両兵が居たからギリギリ防げたようなものだし。それに……両兵の経験は偉大だよ。もしもの時があったとしても対応力が違うだろうし」

「……エルニィ、それはあの馬鹿の戦闘力だけを買っているわけじゃねぇんだろ?」

 一拍の逡巡を挟んでから、エルニィは口にする。

「……まぁね。技術革新には痛みが伴う――それを否が応でも理解できちゃうからこそ、傍には置いておきたいんだ。両兵は赤緒たちの心の拠り所だろうし」

「エルニィ。あんた、一線引いちゃっているけれど、それはあんたもそうでしょ?」

 データ照合を行っていた南の見透かしたような声に、エルニィは後頭部を掻いていた。

「……どうかなぁ、それは。いずれにしたって、今のアンヘルに両兵は必要不可欠なんだ。それはこれから先の人機のためでもあるけれど、赤緒たちのためでもあるし」

「素直じゃないわねぇ、あんたも。まぁいいわ。適合値を少しでも見れたのは上々としましょう。三基も血塊炉を積んでいる《モリビト2号》をどうこうするって言うのは……思えば三年振りね」

 その言葉に浮かんだ懐かしさにエルニィは返答していた。

「……あれ、ボクもまだよく分かっていないんだけれど。あの時……でもハッキリしているのは、青葉と両兵を抱いた《モリビト2号》は、テーブルダストポイントゼロより生還し、そしてその後の……みんなの運命を変えちゃったってことだけだ。それに関しちゃ、言えることは南のほうが大きいんじゃない?」

「……どうかしらね。カラカスでの大規模戦闘を経ても私は私のままだったし。それは今だってそう。何が起こって、何が変わったのか。それはモリビトにしか分からないのかもしれないわ」

「一号機を倒した《モリビト2号》と言う奇跡の塊みたいな人機、か……。研究者としちゃ、奇跡なんてものを容認するのだけは正直勘弁なんだけれど……でも、そうだったよね。あの時……青葉と両兵と共に帰還した《モリビト2号》には確かに、意思があった……そうとしか思えないんだ」

 南も思い出しているのだろう。

 三年前の激戦――世界と言う盤面を塗り替えたカラカスでの核による制圧を。

 ふと、彼女は顔を上げて口にしていた。

「……雨が、降って来たわね」

 ――薄く、靄のように。

 記憶の奥底を明瞭化するような雨音が響き渡り、赤緒はそっと目を醒ましていた。

「起きたか」

「小河原……さん……?」

「悪いな。オレのせいだ。血続同士だけなら起こらなかったイレギュラーだろうし、後の解明は立花たちに任せてあるぜ」

「あ、そうか、私……模擬戦の途中で……」

 起き上がりかけた自分を制するように、両兵は額に手を置く。

「まだ起きンな。本調子じゃねぇだろ」

「あっ……はい。そう……みたいですね」

「それにしたって、機体追従性を上げるための新装備に実験の結果がこれたぁ、先が思いやられるな」

 だが両兵の論調からは責めるものを感じない。

 彼はただ静かに、窓の外を眺めているだけだった。

「……小河原、さん……?」

「ん? 何だ。言っておくが、自分の力不足だとか思っているとすりゃそれは筋違いって奴だ。元々、ちょっとばかし早過ぎたのかもしれねぇし、その辺は立花や黄坂に任せておけばいい領分だろうさ。第一、てめぇだけが背負うもんでもねぇだろ」

「それはその……そうなんでしょうけれど」

「……何か言いたげだな」

「いえ、その……小河原さんは平気だったんですか?」

「……他人の心配かよ。コックピットの中で気ぃ失っておいてよ」

「そ、それは……言い訳もできませんけれど」

「ただまぁ、オレは何ともねぇよ。元々頑丈にできてンだ。ちょっとやそっと人機に異常があったってどうにかならぁ」

「それは……そう言えば小河原さん、さつきちゃんの《ナナツーライト》に乗った時もその……大丈夫じゃなかったですよね? 何でその……平気なんですか?」

「平気って何がだよ」

「だってその……死んじゃうかもとか思ったりしないんですか……? 人機に乗るのって危ないことも多いと思います。でも……小河原さんは一回だって怖がったようなところはないですし……」

「あのな……他人が怖いもの知らずの化け物みてぇな言い草はやめろっての。ただまぁ……研ぎ澄まされた理由、みてぇなのはあるかもしれん」

「理由……ですか」

「聞いてるかもしれねぇが、オレはしばらく、黄坂たちとは顔を合わせていなかった。南米でな、色々あったんだ」

「顔を合わせていなかったって……そう言えば初めて会った時もその……刀使いだとか……」

「ああ。オレはそいつを殺すことだけを考えて日本に渡った」

 どこかで遠雷の音が耳朶を打つ。

 殺す、という言葉の鋭利さ加減だけが明瞭であった。

「……何が、その……あったんですか」

 両兵の瞳はまだその時に囚われているようでさえある。

 決して忘れはしないと言う恩讐の意思だけが、彼の闘志を衝き動かす原動力かのような。

「……話していなかったか。まぁ易々と話すようなことでもねぇからな」

「私は、その……聞くような権利を、持っていないのかもしれません。でも、教えてくださるのなら……」

 両兵の眼差しは降り出し始めた大粒の雨を見据えている。

「……あの日も、雨が降っていたのを、オレは今でも憶えている――」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です