JINKI 200 南米戦線 第四話 「涙の向こうに」

「何がもうちょっとだ! もうちょっとなのは《トウジャCX》の限界値だろうに!」

「げっ……! あんた、山野のジィさん! ……生きていたのかよ」

「当たり前だ! ちょっとしたことで死んで堪るか!」

 しかし、足の負傷は治しようもないのだろう。車椅子姿なのは純粋に痛々しい。

「……あんただけじゃねぇ。カナイマは終わりだ。さっきの……意味分かんなかったけれど、あれ。要は相手のほうはオレたちがどこへ居ようが居まいが仕掛け放題ってことじゃねぇかよ」

「そうだ。奴らはしかし、何故、この機を利用して我々を皆殺しにせんかった? その疑問だけが残っている」

「そいつぁ……あれだろ? 相手も様子見って奴なんじゃ……」

「それこそがつけ入る隙だ。いいか? 俺たちはまだ折れちゃいけない。それくらいは分かっておるだろう! この地で生き、この地で死ぬと決めたその時から、俺たちは世界の守り人だ! その火を……現が命を賭してまで掲げたその篝火を、絶やしてはならん!」

「……山野のジィさん……。しかし、オレたちは負けたんだ。そればっかりは、確固たる事実じゃ――」

「負けてない!」

 遮って放たれた声に勝世と山野は振り仰ぐ。

《ナナツーウェイ》のキャノピー型コックピットで腕を組んで、ルイがこちらを見据えていた。

「私たちはまだ……負けてない! 青葉は帰って来た! 小河原さんもそう! なら私たちは、勝手に負けていいはずがない!」

 雨はやみ始めていた。

 陽の光がジャングルに差し込んでくる。

「……アンヘルを続けろって言うのか。それがオレたちの答えだとでも?」

「……そうよ。青葉がいつ起きても、安心できるように、私たちは心を継ぐのよ。青葉と小河原さんが命を懸けてでも、繋いできた、心を……!」

 しかし当のルイでさえも、気丈に振る舞っているのは窺えた。その声は震えている。

 当たり前だ。これより先の地獄へと進むのだと、自ら言葉にするのは怖いに決まっている。

 それでも、アンヘルがここで倒れてはならない。決して、自分から希望を捨てることはしてはいけないのだ。

「青葉ちゃんたちが起きるまで、か。しかし、それも分からん話になって来たからな。……広世、お前は青葉ちゃんのためなら何でもできるんだろ」

「俺は……」

 ルイは《ナナツーウェイ》から降りるなり、自分の後ろに居た広世へと言葉を投げる。

「……青葉を守りたいって一度でも言ったんなら、全うしなさい。それが男でしょうに」

「だとよ。言われてんぜ、広世」

「分かってるよ……。分かってるけれど、俺にできることは……」

「確かにまぁ、まずはさっきの援護砲撃の主を見つけ出すか。オレらも命拾いしたことだしな。顔くらいは拝んでもいいだろ」

 こちらへと、ゆっくりと進んでくるのは黒い《ナナツーウェイ》であった。

 砲撃特化仕様の《ナナツーウェイ》がアンヘル基地の手前で立ち止まり、そのまま両腕を上げる。

 抵抗の意思はないようだ。

「……何者だ? あの操主……」

 キャノピーが開く。

 すっと佇んだのはラフなスーツ姿の男性であった。

「いやはや、手痛い歓迎ですね」

「……あんた、何者……」

「おや、通信を聞いておられなかったんで? 勝世君」

「オレの名前……」

 身構えたこちらに対し、男は指を立てる。

「敵じゃありませんよ。私の名前は友次。ウリマンからやってきました、諜報員です」

「諜報員……? って言うか、ウリマンアンヘルって言えば……」

 山野へと視線を流した勝世は、頷いた山野の忌々しげな声を聞いていた。

「ベネズエラ軍部と癒着のあるアンヘルだ……。てめぇ、どのツラ下げてここまで来やがった」

「どのツラ、と言うのはあまり言って欲しくないですね。私は技術支援に来ただけですので」

「技術支援だぁ? ……カナイマは足りている」

「嘘はいけませんよ、山野さん。今のカナイマのメカニックだけじゃ、帰還してきた《モリビト2号》の解析は不可能のはずでしょう」

《モリビト2号》がテーブルダストより帰還したのを知っている――それは即ち、敵とも取れる発言であった。

「……あんた、何なんだ……。モリビトは渡さねぇ」

「無論、奪いに来たわけじゃございません。むしろ、八将陣に降ったベネズエラ軍部を撤退させたのですから、少しは信用してもらえないですかね?」

「信用だと……? オレらに何を期待してるって言うんだ……?」

「カナイマアンヘル……いえもっと分かりやすく言えば高津重工の方々はこれまで《モリビト2号》による古代人機の防衛成績も高い。どの陣営もあなた方のノウハウが欲しいと言うのは正確なところでしょう。しかし、無理やりに、と言うのはいただけません。私は平和的に、高津の方々の力をお借りしたいのです」

「それはウリマンのほうに力を貸せって言いたいのか?」

 山野の疑念の矛先に友次は肩を竦める。

「そこまで穿った見方をしていただく必要性はありませんよ。ただ……南米は間もなく戦場になる。それは皆さん、なんとなく分かっていらっしゃるのではないですか?」

 それは無言の了承であった。

 南米の都市であるカラカスが核で消滅したと言うのならば、黒将に付き従う者たちはこれまで以上に苛烈な侵略を行ってくることだろう。

 それを止めるのには人機の力が必要なのは誰の目にも明らかであった。

「……これから先、人機の力は南米に留まらなくなってくる。問題なのはその時、何ができるか、です。幸いにして、ここには優秀な人機操主が四名も居る。あなた方を基盤として、カナイマアンヘルの再構築を願いたい」

「おい、そりゃあ虫がよ過ぎるって話じゃねぇのか? 軍部がアンヘル解体を宣言しておいて、同じような口でアンヘルの再構築なんざ……」

「どっちにしたって、私たちは青葉と小河原さんを守るために、アンヘルで戦い続けるしかない。そうなんでしょう?」

 ルイが率先して口にしたことでここでのスタンスはハッキリした形となる。

 友次はフッと笑みを浮かべていた。

「さすがは血続の方だ。賢明に映る。私が提案したいのはそれだけではありませんよ。《モリビト2号》、遊ばせておくのにはあまりにも惜しい戦力です。どうですか? 黄坂ルイさん。あなたには《モリビト2号》への専属操主となる道もあります」

 思わぬ形でのモリビトの操主への誘いに、ルイは戸惑っているようであった。

「……私が、モリビトの操主……」

「無理な話でもないはずですよ。あなたは軍で操主としての能力を鍛え上げた。その上、適性も高い。それに、一号機を退けた際に下操主を受け持った記録もある。むしろあなた以上の適任も居ないでしょう?」

「私が……モリビトを……継ぐ……」

「答えは急ぎません。私は《ナナツーウェイ》で周辺警戒を請け負います。今のトウジャやナナツーだけの陣営では防衛戦は厳しいでしょう。ただし、私も優秀な操主ではありませんから、二日が限度でしょうが」

「……お前ら、聞いたな? 何としてでも《トウジャCX》と《ナナツーウェイ》をそれまでに仕上げるぞ。何も、襲ってくるのは馬鹿な軍属や黒将の部下くずれだけじゃねぇ。古代人機だっていつ出て来るか分からんのだからな」

 山野の声に古屋谷やグレンが首肯する。

 川本は代表して告げていた。

「……分かっています。勝世君や広世君の《トウジャCX》とフィリプス軍曹のトウジャも仕上げよう。《モリビト2号》に関しては……ゆっくり時間をかけて解析、というほどの余裕もない。ひとまず、古代人機への防衛に当たれるだけの戦力を拡充しないと」

 友次はやるだけのことはやったのか、黒いナナツーへと歩んでいく。

 その背中へと広世が声をかけていた。

「待ってくれ! ……あんた、そのためだけにここまで来たのか? どういう義理があって……」

「義理、ですか。……そうですね、無二の旧友の最後の頼み、とだけ言っておきましょう。それを守るのが男の使命なのだと、そう思えたのですから」

「男の、使命……」

「君もでしょう? 広世君。男の使命として、青葉さんたちを守ってあげてください。自分に誓った意志だけは絶対に曲げちゃいけないんですから」

「自分に、誓う……」

 友次は片手を上げて立ち去っていく。

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