「……あのさ、青葉と両兵、どうなったの?」
「……それはまだ。二人とも意識を失っているとのことだったけれど……」
濁した川本にエルニィは無力な自分を噛み締める。
「こういう時、待つだけの身分は辛いね……ホントに。二人とも無傷なのはいいことだけれど、それにしたってこのモリビトもだよ」
「うん……調べを尽くしているけれど……古屋谷! グレン! 血塊炉の反応は?」
「これは奇妙ですよ、川本さん。血塊炉の反応を見ようと思ったんですけれど……何故なのだかこっちの介入を拒んでいるんです」
グレンの評に川本とエルニィは顔を見合わせて雨の中、格納庫へと歩み寄っていく。
「介入を拒むって……まさか誰かのチューンでも?」
「いや、そういうんじゃないんですよ、これ。何だか、精神的な面で、僕らが血塊炉に触れることそのものを忌避しているような、そんな感じなんです」
古屋谷は何度か手慣れた様子で血塊炉を取り外そうとするが、その途上でどうしてなのだか、機器が麻痺し、《モリビト2号》の血塊炉を覆うカバーでさえも取り外せない。
「こんな時に、親方が居てくれたら……なんて思うけれど、怪我人に任せるなんてらしくないし。とにかく僕らだけでもやれることはやろう。古屋谷、工具と調整器を。確か報告じゃ、《モリビト2号》の血塊炉は三基連動になったはず」
「待って! ボクも見るよ。ルエパでメカニックを担当したんだ、ボクにも確認する権利がある!」
歩み出たエルニィに川本は頷き、《モリビト2号》の内部を精査するが、もたらされた結果は意想外のものであった。
「……血塊炉反応は、元のモリビトのものと、ナナツーと、トウジャと……それともう一つ? 四基の血塊炉で動いているって?」
「この反応……もしかしてデータにあった0号のじゃない?」
「まさか……! 《モリビト0号》とどこかで融合……でもしたって?」
気圧されるように後ずさった川本に代わり、エルニィは機器で探りを入れる。
「……何だこれ……。中身は確かに、《空神モリビト2号》そのものだけれど、機体性能と持っているスペックが桁違いだ。これはもう……ボクらのよく知る《モリビト2号》と同一じゃない……」
「テーブルダストポイントゼロで何かがあった……と思うべきなんだろうね。それにしたって、出力だけで言えば現行の人機をまるで凌駕するパワーを持っている。こんなの規格外だ」
「その規格外の人機が降りてきたって言うんでしょ? みんなを守る……ために?」
その問いかけに《モリビト2号》は応じない。
エルニィはタラップを駆け上がってコックピットに潜り込んでいた。
「あ、こら……!」
グレンや古屋谷の制止を振り払い、トレースシステムを内蔵したアームレイカーに腕を通す。
「……やっぱし、ボクじゃ反応なし、か。おかしいなぁ、ボクだって血続のはずなんだけれど」
「勝手に弄るのはまずいよ。それに……この《モリビト2号》が特別だって言うんならなおのこと、僕らだけで独占したいと言うのは難しいだろうね」
追いついてきた川本がコックピット横の緊急開閉ハッチを使ってコックピットを引き上げる。
「……まさか、敵が?」
「……敵なら、まだマシさ。ついさっき、軍部の通信の中に《モリビト2号》確保の報告をしたって言う兵士が居た噂も聞いている。敵はともすれば思ったよりも近いところに居るのかもしれない」
「……あーあ、やだなぁ、そういうの。それにしたってせっかく青葉も両兵も帰って来たのに、ボクに挨拶もないなんて」
エルニィは跳ね起きて不承気にモリビトのコックピットを睨む。
「……今は、二人の快復を願おう。それに……南さんだって相当に辛い事情があるみたいだし。今の僕らじゃ何もできないよ。歯がゆいけれどね」
「メカニックができるのは、せめて人機の操主が生きて帰ってくれることくらい、か。ボクはそういう、しがらみみたいなのをどうこうしたくって、メカニックになったって言うのにさ。これじゃ、あんまりだ」
「そうだね……メカニックの仕事はいつだって、操主が何の憂いもなく出撃できるように人機を万全にしておくくらいしか……案外できることなんて、その程度なんだろうけれど、でもその程度だって、僕らなりの抵抗だ」
川本が拳をぎゅっと握り締める。
無力感に打ちひしがれているのは何も自分だけではない。
「……せめて、元気なところを見せてよ。青葉……」
「――目覚めないって……それはどういう……!」
噛み付きかねない剣幕のルイを制したのは広世であった。
治療を受けた勝世は落ち着き払ってベッドの上で医師に尋ねる。
「青葉ちゃんも両兵の奴も、何で目覚めないんだ? 理由を教えてくれよ」
「意識不明なんだ。生きてはいる。呼吸も脈拍も正常だが、どうしてなのだか目覚めの兆候はない。それだけが不明のままだ」
「……青葉だけじゃない。小河原さんも目覚めないってどういうこと? それはおかしいんじゃないの? 私たちを助けてくれたのに……!」
「それも一種の反射だったのだろうな。意識はずっと閉ざされているとしか言いようがない。人機にでも乗れば、ともすれば目覚めの兆候くらいはあるのかもしれないが、何せ事が事だ。慎重にいかなければ命に関わる」
「そんな……二人とも目覚めないなんて、そんなことが……」
「その……ルイ、だったよな? あんた、青葉と親し――」
広世の追及が向かう前に、ルイは肩に触れかけたその手を払い、身を翻す。
「……ルイちゃん。どこに行くんだ?」
「……《ナナツーウェイ》の整備。あのままじゃ次の敵に備えられない」
「今一人で出ても危ないだろうが。……そりゃ、オレだって怪我人だ。頼りにはならないかもだけれどよ、せめて《トウジャCX》の整備状況が整うのを待ってくれよ」
「そ、そうだって。勝世の言う通りだ。一人じゃ勝てるものも勝てなくなる……」
「知った風な口を叩かないで。――私は血続よ。一人でも人機を動かすことができる」
その一言が全ての断絶のようであった。
血続であること、それら全てに対し、自分は分け入るような口を持たない。
ルイはそのまま医務室を出ていく。
その背中を止めるだけの言葉を持つ者は、ここには居ない。
「……一つ聞きたい。津崎青葉と小河原両兵……二人が何故、《モリビト2号》と共にこの場所へ? テーブルダストポイントゼロから帰還したにしては、あまりに不明な部分が多過ぎる……」
フィリプスの言葉に医師はカルテと向き合い、静かに呻る。
「……可能性として、だが……何かが起こり、《モリビト2号》と共に二人はここまで帰還を果たした。だがそれは片道切符であったのだろう。意識の手綱まで取り戻すほどではなかった。二人の意識は依然、いや、もしかすると、の話になるが、モリビトの中に……」
「人機に取り込まれたって言うのか?」
「それも少し違うような気もする。これまでのように“取り込まれる”危険性とはまた別の、何かが作用しているとしか言いようがない」
「何か……でも青葉は血続なんだろ? だったら、一人でも帰ってくることが……」
「このようなケースはこれまで観測したことがない。該当するデータがないんだ。二人が同時に目覚めるとも限らないし、それに我々が知った風なことを言ったところで、彼らの目覚めに直結するとも思えない」
「……要は打つ手なし、ってことじゃねぇか……!」
無理やり立ち上がろうとしたのは勝世である。
よろめいた彼をフィリプスが制していた。
「まだ怪我が……」
「ふざけんなよ……! あの二人は必死になって戦ったはずだぜ? だって言うのに、こんな結果なんて……あって堪るかって言うんだ!」
「……信じ難いのは同じだが、これが現実だ」
「このヤブ医者が……! だったら少しでもマシな診察をしろよ! 目覚めません、で済む話じゃねぇんだぞ!」
そこで勝世は貧血に陥ったのか、眩暈を覚えて躓いていた。
「落ち着け! ……今、我々が取り乱して、それで津崎青葉や小河原両兵が帰ってくるわけじゃないんだ!」
「じゃあいつ帰って来るって言うんだよ……。オレには二人の帰還を見守る義務があるんだ。テーブルダストに向かったきっかけを作ったのはオレみてぇなもんだからな……」
「勝世……」
まさかそこまで思い詰めているとは考えても見ない。
広世は何か気の利いた言葉を吐こうとして、何も言えなくなっている自分が腹立たしかった。
こんな時に、一蓮托生であるはずの勝世を癒すこともできなければ、青葉を迎えに行くだけの器量もない。
拳を握り締め、その屈辱に耐え忍ぶしかない。
「……俺は、半端者だ……」
「二人の生命は維持されている。カナイマも時間も余裕もないとは言え、ここは我々も死守する。だから、とにかく落ち着いて――」
その言葉尻を引き裂いたのは宿舎を激震する鳴動であった。
「この衝撃波は……! やっぱり、落ち着いている余裕なんてねぇ! ヤブ! オレは行くぜ!」
点滴を無理やり引き剥がし、勝世が格納庫へと駆けていく。
その背中に広世も続いていた。
「待てよ! 一人じゃどっちにしたって……!」
「どっちにしたって負け戦だって言ったってなぁ……男にはやらなきゃいけない戦いの一個や二個くらい……」
そこで勝世は膝を折る。
まだ治療が完全ではないのだ。
広世は肩で息をする勝世へと、静かに語りかけていた。
「俺たちができることはきっと来る。その時を待つのも……戦いのはずだ」
「くっそ! ……こんなところでオレは足踏みしている場合じゃ……!」
「……チャンスは巡って来る。あんたの口癖だろ? それに、今しがたの衝撃波……古代人機のものにしては、正確無比過ぎるし……」
広世は割れた窓から敵を窺う。
灰色の雨の世界を割ってきたのは大柄な白色の装甲の人機であった。
「……何だ、あの機体は。見たことのない人機だ……」
「あれだけじゃ、なさそうだな……」
輸送ヘリが羽音を散らして飛び回り、人機を護衛しているようであった。
「……誰かが青葉たちの帰還を密告したのか?」
「ベネズエラ軍部の中にはまだ上に尻尾を振りたがる奴も居たってことか。……しかし、今の状況じゃ、まともに応戦もできねぇ……。やられるぞ。全滅まで追い込まれる。カナイマは……」
勝世の言葉に広世は目を戦慄かせていた。
――輸送ヘリより降り立った軍高官は、駐屯地よりよろよろと歩み出た影を視野に入れていた。
「ご苦労であった、アーケイド少尉。君の待遇はこれで保障される」
「……モリビトの……あの忌々しい……ッ! 《モリビト2号》が帰還を……!」
私怨に塗れたその面持ちを、軍高官は受け入れていた。
「君は優秀な操主だ。寝返ったと言うのは、フィリプス軍曹か?」
「軍曹は……もう敵です。アンヘルに……私を裏切った……!」
「結構。では殲滅戦と行こうではないか。我が方にはまだこの機体が付いている。負けると言う道理はない」
「……この人機は……」
「《ゴルシル・ハドゥ》。黒将の推し進めていた計画である、次世代の兵士。八将陣の一翼を担う存在だ」
「八将陣……私でさえも知らない……」
「そうか。君は知らなかったな。無理もない、極秘計画であった」
《ゴルシル・ハドゥ》はその両腕を突き上げ、直後には有線式のアームを射出していた。
アンヘルの施設へと突き刺さり、電磁波が舞い散る。
「……奴らは……」
「一人として生かさん。わたしが命じられたのは、《モリビト2号》の捕獲と、そして特一級の血続である、津崎青葉の確保だ」
「……津崎、青葉……」
「彼女は血続操主だ。敗北しても恥ではないさ」
「血続操主……し、しかし! 私は《トウジャCX》での応戦を……!」
「トウジャでは足りなかったのだろう。我が国はこれより先、人機の保有を宣言している。各国が一同にロストライフ現象で口を噤む中で、一歩抜きん出る意義が出てくるだろう。その新時代に、操主候補生は一人でも立派に有用だ」
アーケイドはその言葉に衝撃を受けたように後ずさっていた。
「……人機が時代を作る……」
「そうだ。これから先の戦場は大きく様変わりするだろう。鋼鉄の兵士が跳梁跋扈し、そして歩兵は取って代わられる。マージャ、アンヘル施設へと引き続き攻撃。奴らの戦力を削いでからゆっくりと目的のものを探るとしよう」
『了解』
全ての感情を取り払った機械のような返答と共に、《ゴルシル・ハドゥ》の両腕がアンヘルの施設を薙ぎ払っていく。
今日までの彼らの歩みを無に帰すような攻勢に、アーケイドは無自覚なのか、口角を釣り上げていた。
――彼女も邪悪の一角か。
そう胸中に独りごちた軍高官は人機が密集しているであろう格納庫へと矛先を定める。
「最終的に《モリビト2号》を確保できればいい。それ以外は些事だ。叩き潰せ」
『待って欲しい!』
《ゴルシル・ハドゥ》の一撃を制したのは、盾と小銃で固めた《ナナツーウェイ》の編隊であった。
「……我が方を裏切った一味か」
『私の名前はフィリプス! 彼らへの攻撃は今すぐにやめていただきたい!』
「……フィリプス……! 何を言っているんだ! 相手はアンヘルだろうに!」
「アーケイド、彼とはわたしが話す。フィリプス軍曹、君は逆賊の徒に落ちたと聞いていたが、それは真実か」
『……私は、自分の生き方に嘘を付きたくないだけです。ここで戦っている者たちに……! 私は心を打たれた! それだけだ……!』
「なるほど、よく分かった。ならば、君はこれより敵だな」
《ゴルシル・ハドゥ》の射出させた両腕の軌道を読んで、改造型の《トウジャCX》が機銃の両腕を突き出す。
照準は確かに機体を捉えたが、その時には巨体の人機である《ゴルシル・ハドゥ》が飛翔していた。
「……この人機は……飛行でさえも……!」
息を呑んだアーケイドに軍高官は鼻を鳴らす。
「見たまえ。これが新世代の人機の力だ」
空中で火線を回避する《ゴルシル・ハドゥ》の力にアーケイドは心酔しているようであった。
まさに力への求心力。
機体各所に備え付けられたミサイルポッドが撃ち出され、一斉にアンヘルの格納庫へと降り注ぐ。
『……いけない!』
急速後退し、《トウジャCX》の両腕武装が火を噴いていた。
しかしそれこそが狙い。
中空のミサイルに気を取られたフィリプスへと、《ゴルシル・ハドゥ》が肉薄してその腹腔へと拳を叩きつける。
「さぁ、血塊炉がこれでダウンしたはずだ。もう戦えまい」
『ま、だ……まだこの程度……! 動け! 動くんだ、トウジャ!』
「諦めはいいほうが後々禍根を残さずに済むぞ、フィリプス軍曹。それとも、ここで死を選ぶのが君の選択肢かね?」
『……朽ち果てるくらいならば……!』
軍高官は心底残念そうに告げていた。
「そうか。ならば死ぬといい。君程度、替えは利く駒だ、とまでは思っていなかったのだがね。何せ、限りある操主だ。大事にしたいのが本音さ」
『それも嘘……虚飾でしょう……! 私は誉れある軍人として……職務を全うするまでだ……!』
「《ゴルシル・ハドゥ》、このまま敵を殲滅するといい。この距離だ、馬鹿でも外さんよ」
その巨大な腕を突き上げようとした《ゴルシル・ハドゥ》の挙動を押し止めたのは、格納庫より出撃した一条の輝きであった。
「あれは……! 《ナナツーウェイ》のカスタムタイプ……!」
「来たか。ダビングの忘れ形見よ」
「ダビング……中将に何が……」
「知らぬでもいいことだ、少尉。彼は我が方の求める国家の再編に不必要な人間であっただけ」
槍を投擲した《ナナツーウェイ》はフライトユニットの翼を拡張させ、《ゴルシル・ハドゥ》の懐へと飛び込もうとする。
しかし、ミサイルポッドを射出したこちらに距離を取らざるを得なかった様子だ。
「性能では完全にこっちが勝利しているはず。それでもやるかね?」
『……お喋りは嫌いよ』
槍を回収し、フィリプスの《トウジャCX》と並び立った《ナナツーウェイ》が槍の穂を突き上げていた。
その立ち振る舞いは歴戦の強者を想起させる。
「どこまでも……人界は儘ならぬものだな。可能ならば八将陣に加えたかったと黒将が言い残した逸材……。それがこうして牙を剥くか。ルイ・ウィンドゥよ」
『誰の名前? 私は黄坂ルイよ』
《ゴルシル・ハドゥ》と近接戦闘にもつれ込んだ《ナナツーウェイ》はしかし、その出力差に苦戦しているようであった。
「まともにやり合えると思っているのかね? 《ゴルシル・ハドゥ》はこれでも最新鋭の八将陣の人機。如何にチューンナップを施したとは言え、ナナツーでは型落ちに違いないだろう」
電流がのたうち、《ナナツーウェイ》の槍を突き飛ばす。その勢いを殺すべく、下段に構えた槍を獣の勢いで振るい上げ、操主の位置するコックピットを狙うも、それは叶わず槍は地面に縫い止められていた。
「惜しいな、全てが。もっと高性能な人機ならば、その性能を十全に発揮できたであろうに。それが何よりも、惜しいとも」
『……あんたたち相手に、高性能人機なんてもったいなくって使えないわ。ナナツーで十分』
「そうか。その驕りが死を招くとは、思いたくはないのだがね」
《ゴルシル・ハドゥ》の電流を纏った腕の一撃を、《ナナツーウェイ》は翼を広げて飛翔して回避するも、その狙いが自分ではないことは瞬時に悟ったのだろう。
《ゴルシル・ハドゥ》の狙いは最初から、格納庫の奥に隠されているはずの機体そのものだ。
「さぁ、譲ってもらおうか。件の2号機を」
『……まずい……!』
《ナナツーウェイ》が慌てて翼を畳んで急降下しようとした鼻先へと、《ゴルシル・ハドゥ》は背中を向けたまま、ミサイルを掃射する。
《ナナツーウェイ》は腕に格納したガトリング砲でそれらを排除していくが、その時には格納庫の守りについているのはフィリプスだけになっていた。
『やらせん……! モリビトは……我々の希望だ!』
「フィリプス軍曹、ナイトを気取るのは結構だがね。それは純然たる力の差の前では無力と言う」
《ゴルシル・ハドゥ》の射出した片腕が大破寸前の《トウジャCX》を激震させる。
青い血潮を蒸発させて、《トウジャCX》は沈黙していた。
『貧血だと……! くそっ! 動け……!』
「ここまでよくやったとも。フィリプス軍曹。物分りがいいのならば、君には引き続き、操主として我が国に尽くしてもらいたいのだが」
『……どの口が……!』
「そうか。ならば残念だ。ひたすらに……残念だよ、君は」
《ゴルシル・ハドゥ》が片腕に高圧電流を充填する。
それはコックピットに収まっているフィルプスを焼き切るのには充分であっただろう。
放たれようとした必殺の電撃が青くのたうった瞬間、格納庫を飛び越えてきた機影に、軍高官は目を細める。
「……津崎静花が用意したと言う駒か」
『やらせねぇ……ッ! フィリプスとか言うの、無事か?』
くの字型ブレードを叩き込んで《ゴルシル・ハドゥ》を一時的とは言え、後退させた相手の太刀筋は本物であろう。
軍高官は手を叩いていた。
「素晴らしい逸材だ。津崎静花のワンマンで成り立っていたのがもったいないほどに。どうかね? 君たち二人は確か、勝世と広世だったか。我々の尖兵として、戦う気はないかね?」
『ああ? クソッタレだ、んなもん! 第一、男の頼みなんてこの世の終わりだって聞きたかないね!』
『勝世。……今は防衛戦だ。あの人機、ただの機体じゃない』
『分かってるよ、そんなことは。……モリビトの強奪に来たってわけか』
「強奪とは穏やかな言い草ではないな。回収に来た。元々あれは国家の礎になるべき人機だ」
『……ああ、そうかよ。やっぱり、上役ってもんは反吐が出るぜ……! てめぇら結局、《モリビト2号》が欲しいだけだろうが!』
「否定はしない。八将陣を纏め上げるのに一号機と等しい力が必要になってくる。それに、彼のように軍部に協力的な八将陣も居てね。物分りのいい人間は後々の利用価値が出てくる」
『悪役の物言いだな、てめぇら……。広世、こいつとの長距離戦はまずい。分かってるな?』
『ああ。ただ……フィリプス軍曹、大丈夫か?』
『あ、ああ……格好悪いところを見せてしまったな……』
『そっちのトウジャはただでさえ、燃費が悪いんだ。貧血なら下がっておいたほうがいい。こいつの相手は――オレたちとルイちゃんで決着をつける!』
構えた《トウジャCX》に軍高官は嘲りを浮かべる。
「無駄なことを。勝てない勝負に持ち込み、そして誇りさえも失って何もかもを無為にするか。それが操主としてのプライドと言う下らないものに糊塗されたのだとすれば、唾棄すべき代物だ」
『そうかよ……。オレたちは最後の最後まで、足掻き切るまでだ!』
『合わせなさい! トウジャの操主二人!』
中空で飛翔していた《ナナツーウェイ》が機体を仰け反らせ、循環パイプを軋ませる。
その時には、二体の人機は超速度に掻き消えていた。
『――ファントム!』
空中より槍で仕掛けてくる《ナナツーウェイ》と、大地を踏み締め加速した《トウジャCX》。
二機を相手取るのはさしもの八将陣としても難しいのだろう。
直後には、弾き飛ばされた《ゴルシル・ハドゥ》の巨躯がジャングルに埋没し、鳥たちが鳴き声を上げて飛び立っている。
「まさか……圧倒……?」
「いや、よく見たまえ、少尉。確かにこの二機を操る操主、凄まじいが、同時にここが頭打ちだ」
軍高官の見据えたのは機体装甲板のところどころから青い血潮が撒き散らされている光景であった。
「ナナツーもトウジャも先の戦闘で消耗済み。その上で八将陣の人機と渡り合えるだけの気力も体力も残ってはいまい。すぐに終わるとも。次の瞬間には、な」
《ゴルシル・ハドゥ》が両腕を射出し、周囲への雷撃を拡散させる。
その動作だけで装甲に亀裂を走らせた《ナナツーウェイ》は急速に速度を失い、《トウジャCX》の胸部装甲が砕かれていた。
「馬力の差だ。ナナツーとトウジャでは勝てない」
その言葉を証明するかのように立ち上がった《ゴルシル・ハドゥ》に対して、二機はまるで無力である。
《ゴルシル・ハドゥ》の射出腕が《ナナツーウェイ》と《トウジャCX》を抑え込んでいた。
「さて、交渉を始めようか。それにしたところで、婉曲な交渉になってしまったが。我が方にモリビトを差し出すか、否か」
『……答えるまでもねぇだろ……クソッタレが……!』
「そうか、ならば死ね」
軍高官が指を鳴らそうとした、その瞬間――。