「挑発には乗らんよ。我々の志がこのようなところで挫けてはならんはずだからな」
「リーダー! レコードの検出、完了しました」
整備班の声に両兵は舌打ちする。
「……こっちの手のうちだけは知っておきたいってわけかい。そういうの、弱い奴がするもんだぜ?」
「我々は臆病でな。蔑まれる覚悟くらいはできている」
「……地下組織が臆病と来たか。まぁ、それでも構わねぇよ。オレだっていきなり来た奴を信用しろってところが間違ってる。……次の戦闘時にオレが先陣を切る。それでここでの交渉は手打ちと行こうじゃねぇか」
「……その力を見せて貰おうか、オガワラ」
「お安い御用だ。……あー、ただ寝る場所は人機の上にしてくれ。ベッドだとかそういうのは気ぃ遣わなくっていい。メシと水だけはくれよ」
そう言うなり踵を返した両兵に、桜花は吐き捨てていた。
「……何よ。結局協力するんじゃない……」
「桜花。彼は流儀の話をしている。……我々に要らぬ心労をかけさせまいとする……いい兵士だ」
「いい兵士って……でも身勝手よ! リーダーはあんなのを次の前線に出すって? なら私が――!」
「ならん。お前はそうでなくっても血気盛んが過ぎる。前回とて、オガワラが居なければ死んでいたのだろう」
「あれは……! 私一人でもどうにかなった! あんなの危ないうちにも入らない!」
「それでも、貴重な兵力を失うわけにはいかん。カラカスアンヘルにとっては一人一人が重要な戦士のようなものだ。お前が前線に出過ぎれば、それだけ補充要員が必要になる。分かっているはずだろう?」
「……補充要員……。そうだよね、リーダーにとってしてみれば、私だって……替えの利く駒だよね……」
「おい、桜花! それはリーダーの……!」
皆まで聞く前に桜花は走り出していた。
分かっている。リーダーは別に、自分を特別扱いしていないわけではない。
それでもその優しさに甘えてしまうのが、依存してしまうのが怖かっただけのこと。
「……男だけがそんなに偉いのか……!」
基地の中腹部に位置するのは研究室であった。
滅菌されたような白い天井を見ているとどうしてなのだか落ち着ける。
この場所に無理を言って自室のベッドを居候させてもらっている身で、何か偉そうなことを言えた義理はない。
しかしだからと言って、いつまでもリーダーにおんぶにだっこでは、勝てる勝負にも赴けないと言うもの。
「……私は……ただ……」
そういえば、と桜花は研究室の一角にあるモニター設備へと手を伸ばす。
先ほど両兵の乗機のレコードが送信されたはずの領域へと回線を開き、ファイルを目の当たりにしていた。
「……嘘でしょう、カナイマ? カナイマなんて、相当離れているはずの……」
しかし両兵の《ナナツー零式》はカナイマアンヘルの識別信号が振られている。
「そんな遠くから……このカラカスに? ……何のために……」
探りを入れようとして桜花は人の気配を感じ取っていた。
研究室には常に二人の兵士が駐在しており、桜花は気配を殺して自室の扉の向こうで聞き耳を立てる。
「参ったもんだよ。あの人機、カスタムが何重にも施されていてこっちじゃ手の付けようもない」
「アンヘル……らしきカスタム痕はあったんだが……まるで型式だけだ。同じ代物とは思えないよ」
「これは整備班も手を焼くぞ。……手を焼くと言えば、桜花は……」
「ああ、ついさっきリーダーの下から離れて……。困ったもんだよ、じゃじゃ馬だ、あれは」
「リーダーも気苦労が絶えないだろうな。……けれどまぁ、前線に出るって勇気は買うけれどな、俺は。あいつくらいなもんだよ、キョムの試作人機をのそうなんて考えるのなんて」
「死にに行くようなもんさ。第一、C班が見たって言う、巨大人機。あれの識別照合はできたのか?」
「いや、まだだ。……あれを陥落できれば、我々カラカスアンヘルの勢力は一気に覆るだろう。まだデータに乏しい。次の八将陣の侵攻までに少しでもデータを集められれば、こっちの優位には……」
「キョムの……新型人機……? それさえ撃墜すれば、リーダーも……」
桜花は息を殺し、ぎゅっと拳を握り締める。
次の戦場こそが、意義を持つ――それだけを噛み締めながら。