JINKI 200 南米戦線 第九話 「誕生、黒髪のヴァルキリー」

「当たり前でしょ。成長期なのよ」

 ぷいっと視線を逸らしたルイはしかし、以前のまま変わらない部分があるようにも映っていた。

「私は下操主をやるから。操縦の仕方、忘れてないわよね?」

「あ、……うん。トレースシステムなら、多分大丈夫」

「不安ね。……それと、そんな格好で乗らせるわけにはいかないわ。青葉、これ」

 突き出されたのは一個のトランクであった。

 受け取るなり、青葉は困惑する。

「これって……」

「見れば分かるわ」

 開くと、収納されていたのは新型のRスーツであった。

 紺色に染まったRスーツは二年間で成長してしまった自分でも馴染むように設計されている。

「これ……ちゃんと着れる……」

「あの自称天才……エルニィ立花って言うのがね。二年間のあんたの成長度合いも加味して設計した一点物よ。《モリビト2号》と直通できるようになっているわ」

「エルニィが? ……エルニィもここに?」

『居ちゃ悪い?』

 うわっ、と青葉はRスーツを着込む途上で耳朶を打った声に狼狽する。

『よかった。聞こえてるってことは、ボクの開発した新型Rスーツのお披露目ってことだよね』

「え、エルニィ? これって、どういう……」

『説明は後。今は――正直、アンヘルがピンチだ。見たところで分かると思うけれど、かなり劣勢。敵は《バーゴイル》の小隊と爆撃機、それに古代人機で固めてきている。ブランクはあると思うけれど、戦ってもらうよ、青葉』

 青葉はその言葉にRスーツに袖を通して最後に空気を抜く。

「――うん! 私もみんなを守りたい……ううん! 守らなくっちゃ、いけない! だってそれがモリビトの……操主の務めだもん!」

『……いい返事が聞けて二年間待った甲斐があったってもんだよ。下操主はルイだよね?』

「自称天才。これで本当によかったの? 青葉だって、ついさっき目を覚ましたばっかりよ?」

『いいんだよ。青葉、分かっているとは思うけれど、今の《モリビト2号》は二年前とは微妙に違う。ところどころにボクのチューンアップが加えられている。それも加味して――戦って欲しい』

「分かった! 私も、負けない……!」

 黒髪を手櫛で梳き、最後に両腕から伸長した黒いケーブルがトレースシステムへと接続された瞬間、青葉はモリビトの鼓動が以前よりもなお色濃く、自分の中に同調したのを感じ取る。

「……聞こえるよ……。モリビトの、鼓動……」

『突っ立ったまんまで……撃ち落とせ、《バーゴイル》! 古代人機!』

 シューターの姿勢に移った古代人機の数は圧倒的。

 そして上空からこちらを狙い澄ます《バーゴイル》なる人機のプレッシャーライフルの銃口が狙い澄ます。

 しかし、青葉は慌てなかった。

 むしろ、《モリビト2号》のコックピットに入ったことで、世界はこれまでよりも澄み渡っている。

 静かな世界で、その瞳が捉えたのは僅かにロスのある古代人機の砲撃だ。

 四方八方、全方位からの同時攻撃に映るが、その実は数秒の間隔がある。

 その間隔を青葉は逃さない。

 全身に繋がった人機の神経系統を手繰り寄せ、直後には叫んでいた。

「――ファントム!」

 命の灯火を与えられた《モリビト2号》が疾走する。

 その速度、そして追従性は自分が眠っていた二年間の溝を埋めるのには充分であった。

 まずは一撃――背後へと回り込んだ古代人機へと携えた刃によって叩き込む。

「……すごい、このパワー……モリビトの本当の、力なんだね」

「誰に言っているのよ。私が下操主務めてあげるなんて、あんただけなんだからね」

「……感謝してる。行くよ、ルイ!」

 ふんと鼻を鳴らした一瞬で空中展開していた《バーゴイル》へと肉薄する。

 ルイの操縦技術は二年前より明らかに向上していた。

 トレースシステムを頼れない下操主でも充分に自分のアシストになる。

 ――何よりも。

「……私も嬉しい。《モリビト2号》、もう一度、あなたと一緒に……戦える」

《モリビト2号》の眼窩に宿った煌めきに敵人機を射程に入れ、青葉は右腕を突き出す。

「――リバウンド――ッ、プレッシャー!」

『リバウンドだと!』

 リバウンドの磁場が光弾となり、《バーゴイル》を打ちのめす。

 装甲を引き剥がされた《バーゴイル》を足蹴にして、青葉は敵の本丸へと踏み込んでいた。

「悪いけれど、アンヘルの皆を苦しめたこと、許してはおけない。あなたたちが人機でも――倒します!」

《バーゴイル》の頭部を一機、また一機と打ち砕いていく。

 その度に反響音のように胸を打つのは悲痛な「聲」だった。

「……人機の聲が聞こえる……。でも、今だけは……」

 ブレードを振り翳し、古代人機を薙ぎ払っていく。

『どうなってんだ……! あんなポテンシャル、さっきまでなかったはずだろう、モリビトに……!』

「操主と人機は二つで一つ。それが分からない人に、操主なんてやらせない……!」

『ひっ……!』

「青葉、最後の《バーゴイル》、墜とすわよ」

「……うん」

 ブレードが《バーゴイル》へと振りかぶられた瞬間、天地を縫い止める光が空を抜けて《バーゴイル》を包み込んでいた。

「これは何……!」

「キョムの操る光……」

《バーゴイル》は直後には戦場から跡形もなく消え去っている。

 ジャングルに着地した《モリビト2号》は光の残滓を追うように空を仰いでいた。

『青葉! それにルイも! 大丈夫なの……!』

「南さん! ……えっと、私その……大丈夫みたいです!」

『青葉……』

「広世……? 広世なの?」

 新型のトウジャのコックピットハッチを開いた広世は大人びた青年になっていた。

「その……俺……」

「広世っ! よかった……!」

『あれだけの戦力を撤退させるとは……。やはりあなたは戦士……いや、戦乙女(ヴァルキリー)だ……!』

「その声……フィリプスさん? みんな無事だったんだ……。あれ、でも、じゃあ両兵は? 南さん! 両兵はどうなったんですか?」

 自分一人であった意味を告げるかのように沈黙が降り立つ。

 青葉は、まさか、とその場に膝を折りかけて下操主席のルイに叱責されていた。

「しっかりなさい。……小河原さんは生きている。どこかできっと」

「ルイ……。うん、そうだよね。両兵のことだもの。きっとどこかで……生きているはず」

 それでも、頬を伝う涙は止め処ない。

 連れて行ってくれなかったことへの想いはあるものの、それでも今は、涙を拭いて立ち上がるべきだろう。

「……感じるの。両兵はきっと生きている。テーブルダストの誓い、嘘だったなんて言わせないもん。……だから、もう泣かない。泣くもんか……っ! って、言えれば強いんだけれどね……駄目だ、私……」

 泣きじゃくる自分をルイは黙って見守ってくれている。

 それはアンヘルの皆もそうであった。

『……青葉。今はいっぱい泣いて、それからいっぱい笑えるだけの、そういう力を蓄えましょう。私たちの戦いはまだ終わってない』

「南さん……。はい、私……まだ……人機に乗って戦えること、嬉しいですから……! だから……!」

 この終わりのない夜を砕くのは、新たに芽吹いた想いそのものであるはずなのだから。

『――そっちに行ったぞ、一番隊!』

 ジャミングに塗れた通信網が耳朶を打つ。

 機体を翻し、太刀を浴びせ込んでいた。

 こちらへと飛び込んできた《バーゴイル》にまずは一撃を与えて翼を折る。

「悪ぃな。てめぇが人機でもオレは容赦しねぇ」

 そのまま返す刀の一閃で胴体を断ち割っていた。

『さすがだな、ルーキー! もうやるようになったじゃないか!』

「これでも歴戦潜って来たんでな。ルーキー呼びはやめてくれよ……」

『ここじゃ、それでも新兵さ。……桜花の《アサルト・ハシャ》は?』

「……また勝ち目のねぇ喧嘩を売ってるみてぇだ。オレの零式で援護に回る。てめぇらは後方から射撃で敵の陣形を崩してくれ」

『偉そうに言うが、頼りにしているぞ、オガワラ!』

「……一端の操主になってから力量の知れねぇ相手には喧嘩売れっつーんだよ、あの馬鹿」

『ナナツーの足回り、行けるか?』

「誰に言ってンだ」

 機体を翻して仰け反らせ、循環パイプを軋ませて叫ぶ。

「ファントム!」

 瞬間、駆け上がった重装甲の《ナナツー零式》が縦横無尽の廃ビルを蹴り、速度を活かして最前線へと赴いていた。

 情報通り、敵対勢力の《バーゴイル》とかち合っているのは三番隊――桜花の《アサルト・ハシャ》が属する部隊はほとんど気圧されている。

『この! キョムの部隊がァっ!』

 桜花の《アサルト・ハシャ》がガトリング砲を掃射して《バーゴイル》を蹴散らそうとしているが、敵の隊長格であろう、鎌を携えた新型の《バーゴイル》が接近するなり銃身を断ち切っていた。

『こいつ! 接近戦!』

 即座に抜刀した《アサルト・ハシャ》だが、近接戦では相手に分があるのだろう。

 リバウンド出力を帯びた刃を蹴飛ばされ、武装を失った《アサルト・ハシャ》へと敵が迫る。

「霜月ィッ! 伏せてろ!」

 雄叫びを上げると同時に敵陣へと飛び込む。

 こちらの気勢にうろたえた敵の部隊で一機、また一機と刃を奔らせていた。

 その太刀筋を研ぎ澄ませ、桜花の《アサルト・ハシャ》を引き裂かんとしていた新型機の背中に斬りかかる。

 しかし、相手も気付いたのだろう。

 鎌を下段より打ち払い、こちらの一撃をいなす。

「……だがよ、その程度でオレの太刀を折ったつもりか?」

 再びのファントムを用いての急下降。

 全身の血流が脳髄に集まり、一秒未満のブラックアウトを味わいながら、両兵は野生の勘で太刀を振るう。

 新型機の片腕を見事に捉えた刃を翻し、機体の加速出力を最大に活かして回転し様に鮮烈な薙ぎ払い。

 敵機の胴体を打ち払った《ナナツー零式》へとブルブラッドの青い鮮血が迸る。

 血濡れになりながら、両兵は血塊炉へと切っ先を叩き込んでいた。

「……ようやく沈黙か。キョムの新型機ってのはしぶとくっていけねぇ」

《バーゴイル》小隊は撤退機動に移っていた。

 このカラカスで幾度目にしたか分からない、光の柱が天地を貫く。

 光に紛れて敵が帰還を果たすのは今に始まったことではない。

「……逃げやがった」

『り、リョーヘイ……』

 うろたえ調子の《アサルト・ハシャ》に、両兵は太刀の柄で殴りつけていた。

『痛っ……! 何すんの!』

「アホ。お前、新型機が出りゃ一度後退するって何度も言われてンだろうが」

『……だって見た目《バーゴイル》だから、大丈夫かなって思ったんだし……』

「その言い訳の代償が仲間の死だ。覚えとけ。てめぇだけの命じゃねぇ」

『……皆は……』

『辛うじて! ……オガワラ、桜花を叱らないでもらえるか? 我々も《バーゴイル》部隊だと思って甘く見ていたところもある』

「てめぇらが厳しくしねぇと付け上がんぞ。そうじゃなくっても、《アサルト・ハシャ》は電池式だ。バッテリーが切れたら張子の虎どころじゃねぇってのに」

『肝に銘じておくよ。……とは言え、我々は大丈夫だ。桜花、リーダーへと帰還信号を』

『う、うん……』

 桜花の《アサルト・ハシャ》が信号弾を発射し、部隊の撤退を指示していた。

「《アサルト・ハシャ》の内部バッテリーは? どれくらい残ってる」

『えっと……あと三割程度は』

「……心許ねぇな。霜月! ナナツーで連結して、てめぇらを運ぶ。《アサルト・ハシャ》は他の人機に比べりゃ軽い。《ナナツー零式》の馬力ならそれくらいはできる」

『な、何言って……! 一人でも帰れる!』

「そうかよ。それがさっきまで苦戦していた奴の台詞か、ったく。敵のデータも持ち帰らなくっちゃいけねぇだろ。さっきの《バーゴイル》の発展機、あれのデータを照合しておけ。次からあれがスタンダードになる可能性も高ぇ」

『そ、それはぁ、その……』

「霜月、返事は一回だ。しどろもどろになるんじゃねぇ」

『な、何よ! 第一、リョーヘイなんて居なくたって、私たちなら勝てたんだから!』

「じゃあさっきの戦いで命落としていたほうがマシって言いてぇのか? ……下らねぇプライドぶら下げて死ぬよか、汚くても生きて明日に繋げたほうがマシだろ。そんなのも分かんねぇからガキだってんだ」

『ガキじゃない! もう十五よ!』

「そうかよ。十五なんてガキそのものだとオレは思うがな。他の面子、カラカスアンヘルまで帰投する。文句は?」

『ないとも。それにしたって、オガワラ。我々をここまで助けてくれるとは思っても見なかったよ』

「助けるとかそんなんじゃねぇ。オレは援護したまでだ。勝手に助かったのはてめぇらだろうが」

『そうか、そういう言い草も……できるか』

『ズルい、ズルいズルい! ナナツーのパワーズルいってば! 私も純正血塊炉の人機をちょうだいよ!』

 桜花の喚きを聞き留めつつ、両兵はケッと毒づく。

「ナナツー程度のパワーなんてそこいらに転がってら。本気でキョムに盾突くんなら、モリビトタイプの一機や二機は欲しいところだな」

『……モリビトって、確かカナイマアンヘルが運用していたって言う、あの?』

「ああ、あれは二号機だがな。……《モリビト2号》なら、こんな絶望的な戦局だって勝てているんだ」

『いやに自信があるじゃない。そんなにモリビトって言うのは特別なの?』

「……特別なんてもんじゃねぇ。あれは、色んな人間の想いを汲んでいる人機だ。強さが桁違いさ」

『人間の想い、ね。分かんないの。人機って兵器でしょ』

「そう思いたきゃ思うのは勝手さ。……っと、段差あるぞ。舌噛まないように注意しとけ」

 ガタン、と後方に続く《アサルト・ハシャ》が揺れたので桜花の文句が飛ぶ。

『リョーヘイ! もうちょっと丁寧な操縦はできないの!』

「うっせぇなぁ……。文句あんならもうちょっと強くなってから人機に乗れよ。てめぇみたいな半端な操主じゃいつまで経ったって隊を任せられねぇはずだ」

『何よ! そんな言い方、ズルいズルい、ズルーい! 偉そうなんだから!』

「……なぁよぉ、こいつの口、ちょっと塞いでもらえねぇかな。うるさくって敵いやしねぇ」

『そうは言わないでくれよ、オガワラ。カラカスアンヘルのエースなんだからな』

「エースねぇ……」

 地上を走行していた《ナナツー零式》はビルの地下街に続く通路に入っていた。

 地下通路はカラカスアンヘルの領域だ。

 基地へと続く通路へとライトを点灯させながら両兵は前を務める。

「悪ぃが、後ろは任せたぜ。背中に目ぇついてるわけじゃねぇからな」

『引き受けよう。それにしても、やるじゃないか、オガワラ。また撃墜したんだろう?』

「……いいもんでもねぇさ。人機の撃墜成績なんて」

『そうでもないはずだ。カラカスアンヘルにお前が合流してくれてから半月、こちらの防衛成績は右肩上がり。この分ならカラカスをキョムの手から取り戻す日もそう遠くないのかもしれないな』

「下手な夢は見ないほうが身のためだぜ。オレだって明日のことなんざ分かんねぇんだからよ」

『そうかな。……っと、リーダーからの直通通信だ。オガワラ、任せる』

「あいよ。こちら小河原、どうぞ」

『また敵の新型機が出たと聞いている』

「そりゃあ、出るだろ。ここはもう地図から消えてンだ。何をしたって地球上の誰も関知しない領域さ。キョムからしてみりゃ、いい塩梅の実験地区だろ」

『リョーヘイ! そんな言い草……!』

「半端操主は黙ってろ。なぁ、リーダーさんよ。オレはこの戦い、長くは続かねぇと思ってる。そりゃ、二年も防衛し続けたあんたらの気苦労とか、それなりの戦歴は買うが、この数日間でもキョムの作戦展開は異常としか言いようがねぇ。……何かデカいのが来るぞ」

『それは歴戦の戦士の第六感だと思っても?』

「……好きなように解釈しな。ゲート七番を開いてくれ。《アサルト・ハシャ》が手負いだ」

『請け負おう。メカニック、整備の準備を頼む』

 七番ゲートから格納庫への直通ルートが導き出され、隔壁を潜るなり整備班が指示する。

『オーライ、オーライ! 《ナナツー零式》のほうに損傷は?』

「だいぶ関節部に砂を噛んじまってる。カラカスはほとんど砂漠みてぇなもんだな。この調子だと人機が一機オシャカになるのにそう時間はかからねぇんじゃねぇのか?」

『だからこその《アサルト・ハシャ》だ。元々都市戦闘を想定されていた《アサルト・ハシャ》はそう言ったメカニックの不具合を加味して分解しやすくなっている』

「……そういうもんかね。ああ、それと半端操主をどうにかしてくれ。さっきからうるさくって敵わん」

『何よ! リョーヘイったらリーダーに取り入ろうとしちゃって!』

「ンなつもりはさらさらねぇよ。……ひとまずリーダーに会わせてくれ。ちょっと気にかかることもある」

 キャノピーを開き、両兵はメカニックとタッチを交わしてから基地の内部へと足を進める。

「敵のデータ解析、急ぐぞー! キョムは待っちゃくれないんだからな!」

 整備班の声を背中に受けつつ、両兵は基地の中でも一際本の多い一室へと足を踏み入れていた。

 ハードカバーの本の文字をなぞっているリーダーが振り返る。

「帰還ご苦労。敵陣はどうであった?」

「芳しくねぇな。《バーゴイル》の新型機が出たぜ。多分、近接格闘型。それに飛翔能力も上がっている。次の戦闘からあれが量産されて出て来るかもしれねぇ」

「それは穏やかではないな」

 強い顎鬚をさするリーダーへと、両兵は入口に背を預けて問いかける。

「いつまでこんな勝てねぇ勝負をしているつもりだ? 二年……だったか? ご苦労なことじゃねぇか。カラカスなんていう地図から消えちまった土地を守り続けているなんてな。それがあのダビングの最期の命令だったにせよ、もうてめぇらはよくやってんよ」

「何が言いたい?」

「……戦線の後退と、部隊の撤去。もう、決断の時も遅くねぇンじゃねぇのか? カラカスはどんどん砂漠じみた土地になってる。残っているのはてめぇらの骸だけだ。キョムは跡形も残さない。あの天の光が何を意味するのかは知らねぇが、《バーゴイル》の部品があれば少しは違うってのに、相手にとってしてみりゃ生きている血塊炉を明け渡す気さえもねぇらしい」

「血塊炉は文字通り生命線だ。我々が《アサルト・ハシャ》と、残された数少ない《ホワイト=ロンド》で作戦行動をしていることは知っているな?」

「《ホワイト=ロンド》の部隊ってのに会わせてもらえねぇのは何でだ?」

「特命部隊としての役割を得ている。彼らはお前たちよりも前線……南米戦線の第一線を任せてある。本日中には帰還してくるはずだ。その時に話せばいい」

「……なぁ、聞きたいのはそれもなんだぜ? 南米戦線のど真ん中、そんな場所に《ホワイト=ロンド》程度で勝てるような生易しい戦場だと思ってンのか?」

「《ホワイト=ロンド》を任せた者たちは皆、手練れだ。全滅と言うのはないだろう」

 ハードカバーの本を閉じ、リーダーは立ち上がっていた。

 それでも両兵は退く気はない。

「……言っておくが、新規の血塊炉を封じられているってのは思っているよかヤベェってのは分かってるよな? 加えてここのメカニック、新型機をどうこうってのはしない……いや、できねぇってのが本音だろうな。それだけの資源が眠っていりゃ、今頃はもう少しまともな戦局を描けているはずだろうからよ」

「オガワラ、言いたいことがあるのなら率直に言え」

「じゃあ言わせてもらうが、資源の当てもねぇのに戦い抜くのは下策だ。死人ばっか出ちまう。ここからじゃ遠いが、他のアンヘル支部に支援を募るってのも悪い線じゃねぇ。だってのに、半月間、そういう動きもなかった。……これはてめぇらが自殺志願者だと、そう思っていいのか?」

 リーダーは手で顔を覆ってから、嘆息をついていた。

「……アンヘルの……たとえばルエパやウリマンに支援を募ってどうこうなるのならばとうの昔にそうしている。ウリマンはベネズエラ軍部と癒着している向きもある上に、ルエパは早々にこちらへの戦力補充を打ち切った。それは見て分かる通り、勝てる戦場に見えないからだ」

「それでもてめぇらは愚直にダビングの野郎の遺言守って死ぬってのか? それがここのアンヘルの誇りだとでも言いたいのかよ」

「……我々も何も馬鹿ではない。資源はもらっているが、それも限りある話。彼らは即座に、ということはないだろうが、ゆったりと、それでいて真綿で首を絞めるように我々を見離すだろう」

「彼らってのは、アンヘルじゃねぇな?」

「隠すのも下手になったか。……元々八将陣を手に入れ、この国の根本からやり直そうとしていた者たちだ。彼らは自国に核を落とした自責の念と、そして最後までダビング中将に返し切れなかったほどの愛国心がある。その責務を分かっているうちは、下手な真似には出ないだろう」

「それも、リミットありきの話だろうが。オレが分かってねぇとでも思ってンのか? 連中、裏切るぞ」

「そうだろうな。表立って八将陣に与することはしないだろうが、我々を見限るのは時間の問題だろう」

「ダビングとの約束ってのも分からねぇもんだ。核を落として《バーゴイル》五百機を止めたのはデケェんだろうさ。だがな、それも過去のこと。もう世界じゃロストライフ現象ってことで片が付いている話だ。大方、上役は“高度に政治的”、だとか言う理由で切り捨てる準備を始めているところだってのは予想がつく。オレが言うまでもねぇんだろうが、てめぇらこのままじゃ全員、死ぬぞ?」

「オガワラ。我々は我々の正義と信念のために今日まで戦い抜いてきた。退き際くらいは見極めさせてくれ。それも我々のやり方で、だ」

「……オレは所詮、よそ者だからな。最後のやり方まで口出しする気はねぇよ」

「理解してくれて助かる。……そう言えば、カナイマアンヘルからお前は来たんだったな。いいのか? 心配にならないのか?」

「強ぇ奴らを残して来ている。そいつらが諦めねぇ限りは大丈夫だろうさ。それに……今はどうしているか知らねぇが、オレなんかよりよっぽど強ぇ操主が居る。そいつが目ぇ覚ませば、戦局も違ってくるだろうしな」

「お前よりも強い、か。それは信頼と言う奴だな、オガワラ」

「……かもな」

 その言葉を潮にして、両兵は身を翻していた。

 どこで決断するつもりかは分からない。それは自分の領分ではないからだ。

 かと言って、このまま磨り潰されるのを待つのは性に合わない。

「……歯がゆいな。これが南米戦線の実情かよ。オレ一人居たって、結局のところ、何一つ好転なんざ……」

 通路を折れたところで鉢合わせしたのは桜花であった。

 彼女は一つに結った髪を揺らして、うーと呻って自分を威嚇する。

「何やってんだ、マヌケ面晒しやがって」

「リョーヘイ! リーダーと直接話したんでしょ! それってズルい!」

「何がズルいんだよ。つか、てめぇの《アサルト・ハシャ》はもういいのか? 結構やられていただろ」

「そういうとこ! ズルいズルい、ズルいー!」

 ぽかぽかと両手を振って殴りかかろうとしてくるのを、桜花の額を押さえて両兵は制する。

「自分の人機くらい、自分で面倒看れるようになれ。メカニックに任せっ放しじゃ、人機がいざと言う時にどういう挙動するんだか分からねぇぞ」

「知った風なこと言わないで! 私はここじゃ、エースなのよ!」

「……そうかい。じゃあエース様、てめぇ様の人機が壊れてもオレは次から関知しません、っと。追い込まれても知らねぇからな」

「上等じゃない! 私だって、リョーヘイを助けてなんてあげないんだから!」

「……オイ、誰が誰を助けてだと、てめぇ……。言っておくが、《アサルト・ハシャ》の活動時間は有限なんだ。前に出過ぎて自滅されちゃ、こっちだって足並みが揃わねぇってのを言ってんだぞ」

「そっちこそ! 一番隊を任されているからって偉そうなこと言わないでよね! ここじゃ私のほうが先輩なんだから!」

 譲るつもりのない桜花の論調に両兵は大仰なため息をついていた。

「……そうかよ。今日、《ホワイト=ロンド》部隊が帰って来るらしい。もしかすると、吉報を持って帰って来るかもしれねぇな」

「お兄ちゃんが?」

「おにい……何だ。てめぇに兄貴なんて居たのかよ」

「あっ、それは……。リョーヘイには関係ないでしょ!」

「関係なくねぇよ。兄貴ねぇ……。こんなクソ喧しい妹が居たら、兄貴は随分と大変そうだな」

「何よ! また分かった風なこと言っちゃって!」

 またしても殴りかかろうとしてくる桜花に、両兵は制しつつ、思案を浮かべていた。

「それにしたって、血塊炉がねぇってのは随分と不便しているはずだろ? 《アサルト・ハシャ》部隊の電力供給だって無限ってわけじゃねぇし、電力の供給源からキョムにここが割れるってリスクもあるんじゃねぇのか?」

 くるっと身を翻し、桜花は自信満々に腕を組む。

「大丈夫よ! 電力供給網はダビング中将が都市戦を想定して、数十カ所に分けているんだから。それもこれもカラカスで決着をつけるつもりだったんでしょうね」

「へぇ、そういうことか。供給源は今も生きてンのか?」

「都市の一部分はね。カラカスにはここだけじゃなくって地下シェルターも多いから、最初からダビング中将は撤退戦も考慮して人機の大隊を構築していたみたい」

「……詳しいな。会ったことあんのかよ、ダビングに」

 格納庫へと足を進める中で生じた疑問に、桜花は首を横に振る。

「会ったことはないけれど、立派な方だったんでしょう? それはリーダーの話を聞いてれば分かるわ」

「……立派ねぇ、あいつが……」

「あいつってまるで知り合いみたいな……。大体、中将って付けなさいよ! バチアタリって奴よ、リョーヘイは!」

「へいへい、てめぇらからしてみれば神様みてぇなもんだろうがよ」

 手を振って制していると、桜花は野良犬のように呻り声を上げる。

「何よ! リョーヘイってば本当、そういうところ、ズルいんだから!」

「だから、何がだよ。言っておくが、オレはあの野郎を神様だとか仰ぐつもりもねぇし、信じてンのは今も昔も、自分の操主としての腕だけだ。その点で言えば、無神論者、って奴なのかもしれねぇな」

「神様は信じたほうがいいわよ、リョーヘイ。もしもの時に誰も信じられなくなっちゃう」

「……もしもの時ねぇ。それはもう終わってるもんだと……オイ、あれ、帰還部隊じゃねぇのか?」

「本当?」

 こっちが確認をする前に桜花は駆け出す。

 格納庫には《ホワイト=ロンド》が一機、佇んでいるようであった。

「……一機だけ。そんなはずがねぇよな。《ホワイト=ロンド》部隊ってわざわざ言ってんだから」

 しかし、《ホワイト=ロンド》のコックピットから降りてきたのは重傷を負った操主であった。

 すぐに担架が用意され医務室へと運ばれる途中、桜花へとその操主は声を投げる。

「……すまない、桜花……。お前の兄を……守れなかった……」

「もういい喋るな! すぐに医療班を!」

 無数の声が行き過ぎていく中で、桜花は立ち竦んでいる。

 その小さな背中に両兵は声を投げていた。

「……今の、《ホワイト=ロンド》部隊のか?」

「……うん。お兄ちゃんの……仲間だった」

「霜月、お前――」

 窺う前に桜花は駆け出していた。

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