JINKI 200 南米戦線 第八話「目覚め、宵闇に咲く」

 近場の機械に腰掛けたリーダーと呼ばれている男に、両兵はコックピットで石のようなパンを頬張りつつ問いかける。

「……カラカスアンヘルなんて初めて聞いたぜ。その実はどうなんだよ。マジに二年前……ロストライフ現象が初めて観測された場所で結成されたってのか?」

「始まりは、ダビング中将の遺した……第二部隊の者たちであった。わたしたちはカラカスでの大規模戦闘時に、中将の部下であった者と、カラカスが核に消えていくのを遠巻きに眺めていた者とに二分される。……わたしは前者だった。嫌な役回りだよ」

「それでリーダーってわけか。気苦労も絶えねぇだろ」

「そうでもないさ。あの時、死に損なった命一つ、二年持ったのがまだいいほうだ」

 両兵はパンを水で胃袋に流し込んでから、久方ぶりの満腹感を得てコックピットで寝そべる。

「……そこまでさせる男だったって言いてぇのか」

「あの方を恨まないで欲しい。これはわたしたちの主観でしかないが……中将は未来を見据えることのできた人間だ。あのような男を死なせてしまった、それそのものが我々の功罪なんだ」

「功罪、ねぇ。あまり思い詰めるもんでもねぇと思うぜ? あいつが死んだのは、誰にも止められなかった、それが現実だろ?」

「現実でも、夢であればよかったのにと何度も思ったさ。生き残るということはそういうことだ、オガワラ。説くまでもないかと思うがね。生き残るということは……これ以上ないほどに……重い」

「そうかね。まぁ、オレもいっぺん死んだようなもんだ。……なぁ、オッサン。人間は、死んだあとどこに行くんだと思う?」

「何だそれは。生憎宗教の話なら……」

「違ぇよ。……オレは死の淵に立った。今でも思い出す。ああなったのはきっと、導きだとかそういうのでもねぇ。ここから先に続く、地獄を踏み出せって、言われちまったんだろうな。笑わせるだろ? ……オレは一度、黄泉の国って奴から出禁食らったんだ。もう簡単に帰ることもできねぇだろうな」

「オガワラ……君は……」

「しょーもねぇ話しちまった。寝る」

「……ああ。明日も襲撃が来るかもしれない。心してくれ」

「誰に言ってんだよ」

「そうだな。それこそ説くまでもない、か」

 立ち去っていくリーダーの背中を両兵は一瞥する。

 この二年、勝利ばかりが戦場ではなかったはずだ。

 むしろ敗色濃厚な戦いばかりを繰り広げたであろう背中は、思ったよりも狭い。

「……馬鹿らしい。他人の顔色窺うような人間じゃ、なかったろ、オレ……」

 誰かの痛みを背負った風になって、そして分かった風なことを言うのもきっと違う。

 今でも自分は、命の河の向こう――全ての物質が還るべき場所に、一度見切りをつけられたのだ。

 ならばこの命は、そう簡単に絶やしていい炎ではない。

「……命尽きるまで、か。それがオレに与えられた、裁きって奴なのかな。……けれどよ、青葉は違うって……それだけは誰かに、言って欲しかったのかもしれねぇ」

 益体のない考えを浮かべていたって仕方あるまい。

 今はただ、泥のような眠りにつくことだけが明日の活力になるはずであった。

 ――爆撃の連鎖は止めようがない。

 それでも、新たな青いトウジャである《トウジャMk‐Ⅲ》を操る広世は踏み締めた大地から一気に跳躍し、そのままブレードを打ち下ろす。

《バーゴイル》の胴体を割ってのけた一閃を力の限り振り回し、着地時のモーメントは最低限に。

『広世! 大型の古代人機がカナイマに接近しつつある!』

「分かってる! フィリプス隊長とみんなは銃撃で応戦。俺は隙を突いて敵機を迎撃する!」

『……頼むぞ。まだ奴らを、カナイマに行かせるわけにはいかんのだ……!』

 フィリプスたちのレジスタンス勢力が、銃撃網を空中の《バーゴイル》に向けて掃射するもそれは全て空を裂いていた。

 投光器の光が地上より投網のように漆黒の《バーゴイル》の装甲を照り返すが、相手にとってはそのようなもの、意に介せずとでも言うように空中機動で翻弄する。

「……張り合いないって奴かよ。キョムの勢力ってのは、これだから……!」

 広世はまずは一撃を与えるべきだと機体を軋ませ、循環ケーブルに負荷をかける。

「これでどうだ……ッ! ファントム……!」

 超加速度で肉薄した《トウジャMk‐Ⅲ》に《バーゴイル》は銃剣型のプレッシャーライフルで応戦していた。

 ブレードと刃の干渉波が押し広がり、直後には互いに弾かれ合ったように後退する。

「……リバウンドで浮いている敵って言うのは、これだから厄介なんだ……。山野さん! リアルタイムで敵の電脳の洗い出し、できそうか?」

『無茶を言うな、ハナタレが! アンヘルの電算設備では《バーゴイル》を狙い撃ちにして電脳だけを破壊するなど至難の業なんだぞ!』

「……じゃあやっぱり、昔ながらのアナログ手法かよ……!」

 人機を沈黙させる方法は大きく二つ。

 コックピットを破壊するか、動力源である血塊炉を粉砕するかのどちらか。

《バーゴイル》に関して言えば、コックピットには無人機の象徴たるAIが搭載されているはずだ。

 血塊炉を射抜くのは現状のアンヘルの装備では厳しいだろう。

 堅実に行くのであれば、頭部を狙って砕き相手の出端を挫く――そうであるはずなのだが。

《バーゴイル》はしかし、この攻勢の本懐ではない。

 あくまでも警戒すべきは敵機の保護する爆撃機だ。

「……アンヘルを更地にするつもりか……」

 爆発の炎がジャングルを焼き尽くさんとする。

「ここで爆撃機を迎撃しなくっちゃ、俺たちの居場所はなくなるって寸法かよ。……キョムにしては小癪な真似を……」

 しかし戦法としては有効。

 自分たちは絶対防衛線を敷いている以上、これより奥には退けない。

 広世が歯噛みした瞬間、古代人機が地下から体躯を回転させながら出現する。

「しまった! 新手か……! 狙いは……言うまでもなくアンヘルの宿舎……!」

《トウジャMk‐Ⅲ》の疾駆を駆け抜けさせようとして、通信網に声が焼き付く。

『広世君! あなたは空中展開する《バーゴイル》の相手をお願い! こっちにはまだ奥の手があるわ』

「南さん! ……だがこいつら、結構しつこいぞ。このままじゃ押し切られる……!」

『――弱音は嫌いよ』

 不意に通信に割り込んできた声に、広世は瞠目する。

「……お前……」

『出撃準備、できてるわ。要は宿舎に現れた古代人機から蹴散らせばいいんでしょう?』

「そう簡単に行くのか? まだ思わぬ伏兵を隠している可能性も……」

『考えたって答えなんて結果でしか出ない。――行くわよ』

『格納庫展開! 《モリビト2号》、出撃準備ー!』

 整備班の声が響き渡り、灼熱の戦場へと《モリビト2号》がその眼窩を滾らせて出撃姿勢に入る。

『ルイ! 分かっているでしょうけれど、陽動もあり得る。一体一体に手間をかけている時間はないわ』

『分かってる。言ってしまえばいつも通り……確実に破壊する』

 その声に宿った戦闘意識をそのまま引き写したかのように、《モリビト2号》は戦意の塊の如く、疾走する。

 炎の領域を抜け、加速度を上げて一気に古代人機へと組み付き、膂力で圧倒していた。

「……さすがは《モリビト2号》……パワーなら折り紙つきか……」

 巨躯であるはずの古代人機を持ち上げ、剛腕をその心臓部へと打ち込む。

『リバウンド――プレッシャー!』

 高出力リバウンド磁場がのたうち、古代人機を内側から粉砕する。

 かつて《モリビト一号》も使用していたリバウンドプレッシャーは、今は《モリビト2号》も使用可能となっていた。

 その叡智は相手の電脳回路へと割り込んだ「天才」が依拠している。

『こっち、《バーゴイル》へとウイルスを打ち込んでおいた。ジャミング可能時間は三十秒!』

 空中展開する《バーゴイル》が不意に足並みを崩す。

 リバウンドの浮遊に乱れが生じた敵の陣形へと、広世は突っ込んでいた。

「充分……! 《トウジャMk‐Ⅲ》、広世……敵を迎撃する!」

 跳躍した《トウジャMk‐Ⅲ》が相手の頭部をブレードの柄頭で叩きのめし、二の太刀で引き裂く。

 揚力を失う前の《バーゴイル》に乗り上げ、足掛かりとして陣形を組んでいる《バーゴイル》に飛びかかっていた。

 雄叫びと共に一閃。

《バーゴイル》を一刀両断する。

「これで二機! フィリプス隊長!」

『分かっている! 爆撃機を狙え! キム! 《ナナツーウェイ》小隊、対空砲火だ!』

『了解ッ!』

 爆撃機へとこの時になってようやく火砲が届く。

《モリビト2号》がそのきっかけを作ったのだ。

 暗夜を朱色で染め上げる炎の中で、古代人機を一機ずつ仕留めていく《モリビト2号》は力の象徴のようにその拳で打ち砕いていく。

 ブレードを構え、一足飛びに《バーゴイル》を狙い澄ました《モリビト2号》にうろたえた相手へと、容赦のない斬撃が叩き込まれていた。

「……相変わらずやるな」

『言われるまでもないってことよ』

『……ちょっと待って。《ナナツーウェイ》レジスタンス小隊! そこで一時後退! ……何かがおかしいわ』

 作戦指揮を取っている南の声に、広世はうろたえを浮かべる。

「何か……? 今がようやく押してるって言うのに?」

『私の勘だけれど……さっきの新手の古代人機が作ったのは、ともすれば本来の狙いを分かり辛くするためかもしれない。……わざと大きく騒ぎを起こして、本来の目的を……』

「本来の目的って……こいつらの目論みはアンヘルを爆撃することじゃ……」

『いいえ……きっとそんな容易いものじゃない。確かにキョムの技術は私たちの五年以上は先を行っているけれど、歩兵や戦術そのものは既存の物を使わざるを得ないはず……。これは相手にしてみれば《モリビト2号》を引っ張り出す……陽動作戦なのだとすれば?』

「モリビトが出て来たことそのものが、相手の目論みだって? でもそんなのを容認すれば……」

 赴く先を予見した広世に、南は応じる。

『……ええ、そろそろ――来るはず』

 瞬間、宿舎の一角を爆砕した噴煙に広世も、ましてや《モリビト2号》のルイも全く反応できなかった。

 小型の古代人機を並べ据えているのは間違いようもない――。

「……キョムの、強化人間か……! まさか目的は……!」

『……ええ。広世君、それにルイも。急いでちょうだい、敵の目的は――昏睡状態の青葉よ』

 背筋に冷水を浴びせかけられたかのような感覚が突き立った直後には、小型の古代人機によって宿舎が次々と破壊されていく。

「……そんな……青葉を……」

『ぼうっとしている場合? すぐに追いついて……!』

 ルイの《モリビト2号》が姿勢を沈め、ファントムの構えに移った瞬間、地下より無数の触手が出現し、《モリビト2号》の駆動系を奪っていく。

「……まさか! はめられた……!」

 動きを鈍らせた《モリビト2号》へと統率を取り戻した《バーゴイル》がプレッシャーライフルを振り向ける。

 王手、のサインなのだろう。

 それ以上の追撃をもたらさない合図として、声が響き渡っていた。

『よう、アンヘルの連中。夜はよく眠れているかよ』

「……キョムの強化人間……それも自我があるタイプってことは……八将陣か……!」

 苦々しげに言い放った広世へと、相手が哄笑を交えて応じる。

『こっちは王手かけさせてもらってんだ。少しは慈悲くれぇは見せてやらないとな! 身動きできない《モリビト2号》と! それにトウジャの新型! どっちもここでは殺さないでおいてやる。まずは――作戦目標を達成しねぇとな!』

「まさか青葉を……! やらせるか――ッ!」

『全てにおいて遅ぇ。《バーゴイル》』

《トウジャMk‐Ⅲ》の動きを空中から《バーゴイル》が羽交い絞めにする。

 人機の駆動系を心得た動きに、広世は歯噛みしていた。

「こいつら……! 時間稼ぎなんて……!」

『悪く思うなよ。これもキョムの作戦でな。てめぇら相手に何年も渡り合っている余裕もまぁなくなってくるのさ。とっととカナイマアンヘルを崩壊させるのには、この先に居るって言う、操主を殺せば手っ取り早いってな』

「……こんな……! こんな状態で……俺は……!」

『……広世君、聞こえてる?』

「南さん? すまない……! 俺が一番近い位置に居るってのに……!」

『いいえ、あなたのせいじゃないわ。……私の操る指揮官用ナナツーなら、この距離からでもキョムの強化人間に攻撃できる』

 その赴くところの先を、広世は予見して目を戦慄かせる。

「まさか……! 青葉が無事じゃ済まない……!」

『それでも! ……私たちがただ指をくわえて殺されるのを待っていろって言う選択肢よりかはマシのはずよ。それに、私は今のカナイマの指揮官。こういう時の苦渋の判断くらいは飲み込ませてちょうだい』

「……駄目、だ……! 青葉だけは、死なせちゃいけない……!」

『……広世、南だってそれは痛いほどに分かっている。でも、今は。八将陣を一人でも減らせる絶好の機会なのよ』

「……あんたまでそんなことを言い出すなんて……!」

『自惚れないで。……辛いのは、あんただけじゃない……!』

 ルイも必死に堪えている。それでもこの命令に異を唱えることさえもできない。

 分かっている――これまで牙の届かなかった八将陣とキョム。その戦力を減らせる好機を無駄にするべきではない。

 しかし、青葉に実弾が命中してしまえばそこまでだ。

 どれだけ操主として優れていても彼女は昏睡状態のまま。

「……やらせない……!」

『……広世君』

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