JINKI 200 南米戦線 第十一話 「後ろは振り向かない」

「それは本当なんだろうな? 新型トウジャの輸送タイミングに関しては」

『ああ。キョムの襲撃の可能性もある。それにしては薄い警備で運び込むのは後にも先にもこのタイミングだけだろう』

「ロールアウト間際に誰かに披露でもするのか、あるいはただの気紛れかは分からんが、このチャンス、逃すわけにはいかない」

 宵闇に染まった海上で浮遊する《バーゴイルミラージュ》がその時、接近する熱源を察知する。

 耳朶を打った接近警告にメルJは機体を翻し、その翼で敵小隊と向かい合っていた。

「《バーゴイル》の小隊編成……嘗めてくれる。行くぞ!」

 ハンドガンを携行させ、メルJは重火力を叩き込む。

 先陣を切った敵影を叩き据え、両翼に逃れた敵《バーゴイル》に向けて格闘兵装を奔らせていた。

「私から逃れることはできない! キョムの軍勢は全て叩き潰す! 銀翼の――!」

 排熱した《バーゴイルミラージュ》が超加速度を得て敵の一群へと突っ切っていく。

 それは世界の熱量でさえも引き写した一撃。

 白銀の翼が黄昏色のエネルギー磁場を纏って一気に猪突する。

「アンシーリー、コートッ!」

 エネルギー力場が流転し、《バーゴイル》小隊を蹴散らす。

 装甲が粉砕され、破片が舞い上がっていた。

 海域に没していく《バーゴイル》の欠片を一瞥し、メルJは敵意に染まった瞳を投げる。

「キョムもアンヘルも――私の前に立つのならば容赦はしない。全て、叩きのめすまでだ」

『戦闘かい? 人機を使う連中ってのはまだ世界でも指折りだ。情報屋としてはありがたいと思っていいのかね』

 通信を繋ぎっ放しであった迂闊さを呪いつつ、メルJは声を吹き込む。

「そういえば、正式名称を聞いていなかったな。ロールアウトされる機体の名を聞いておきたい」

『兄弟機らしい。トウジャタイプの初の空戦人機だ。片割れをシュナイガー――《シュナイガートウジャ》』

「シュナイガーか。私が乗るに相応しい、いい名前を誇っている」

 その名を胸に刻みつつ、メルJは黎明の空に向けて機体を飛翔させていた。

 辿り着くべきは、この戦いの夜明け――キョムの支配の向こう側に違いないはずだろうから。

『――リョーヘイ。三時の方向、敵影っ!』

 桜花の声を聞いて両兵は《ナナツー零式》の刃を奔らせていた。

 柄頭で《バーゴイル》の頭部を打ち据え、そのまま流れるように太刀筋を叩き込む。

 頭蓋を割った刃を敵機の肩口に食い込ませ、それを足掛かりにして《ナナツー零式》は跳躍していた。

 元々、推進機構を持たないナナツータイプであったが、身に馴染んだ操縦技術で機体を軋ませ、仰け反った勢いを利用する。

「……ファントム」

 超加速度で敵機に肉薄した両兵は刃を払い、敵の胴体を生き別れにしていた。

 爆発の光輪が広がったその時には、並走する桜花の《アサルト・ハシャ》の助けを得ている。

『リョーヘイ! やったね、撃墜ナイス!』

「……だが雑魚ばっかりだ。八将陣には辿り着けもしねぇ」

『この戦場じゃ、八将陣は展開していないのかも。私が先行して、情報戦に――』

「待て、霜月。こういう時にゃ、前に出過ぎれば足元をすくわれる。重火力編成のナナツー部隊が追い付くのを待ってからでも遅くはねぇ」

『……ふぅーん』

「何だ、何が言いたい」

『何も言ってないじゃない』

「何か言いたそうな態度を取ってるからだろうが」

『じゃあ言うけれど……リョーヘイ、私たちを信用してくれるようになったんだね』

「信用なんてしてねぇよ。信頼はしているがな」

『それって何か違うの? よく分かんない』

「分かんねぇのならそれでいいんだろ。背中任せる気になったってこった。難しく考えてんじゃねぇよ」

『……何それ。リョーヘイってば相変わらずよく分かんないこと言うんだから。それってアマノジャクだよ?』

「うっせぇよ、霜月。てめぇだって前しっかり見とけ。躓いて危なくなったって知らねぇぞ」

『はーい。……でもリョーヘイ。《バーゴイル》相手ならもう勝てるようになってきたし、これって近いうちにカラカスを取り戻せるチャンスが巡ってくるってことじゃない?』

「楽観視は捨てろ、アホ。敵はオレらの二手三手上を行ってんだ。常に上回られると考えたっていい。油断は死を招くぞ」

『……リョーヘイって難しいことたまに言うよね。普段は馬鹿みたいなのに』

「てめぇにだけは言われたかねぇよ。学ねぇのはお互い様だろうが」

『私は分数の割り算できるもん』

「それ、自慢になるのかよ。……って言うか、勉強に関しちゃ似たようなもんだろうが。いちいちオレ相手に上だとか下だとか」

 そうこう言っているうちに後方の重火力ナナツー部隊が合流してくる。

 ビルの陰を利用しつつ、少しずつ部隊が固まって来ていた。

『オガワラ。今回も先陣を切ってもらって感謝する』

「別に、後方支援が性に合わねぇだけだ。前しか出られないイノシシ野郎だって言ってもらったって構わねぇよ」

『いや、それを言ってしまえば我々は勇気がないだけだ。その戦いぶりは称賛しよう』

『だってさ。リョーヘイは頑張り屋さんなんだよ』

「うっせぇな。霜月、てめぇ《アサルト・ハシャ》の足回り気を付けとけ。この辺りは砂漠地帯だ。他の連中も! 足を取られても誰も助けられねぇぞ!」

『あー! リョーヘイもしかして照れてる?』

 桜花の潜めたような声に両兵は接近して肘で小突く。

「うるせぇ。気を付けとけってのは当たり前の話だ。何せ……首都カラカスにほど近い場所なんだ。汚染にも気を付けておけよ」

 両兵はコックピットの中で防護服に身を包んでいた。

 ここから先は、死の領域――核と重力崩壊が支配する、爆心地だ。

『後方部隊、防護準備よし。しかし、二か月でここまで到達できるとはな……』

『リョーヘイが毎日《バーゴイル》を倒してくれているお陰で、首都奪還はもしかすると思ったよりも早く達成できるかもね』

「……さっきも言ったが楽観視は捨てろ。出たとこ勝負なのは変わらねぇんだ。それに、敵だって馬鹿じゃねぇ。カラカスがいくら崩壊した場所だって言ったって、実験機の試験運用には最適だろ。八将陣レベルが出張ってくる可能性だって高い。気ぃ張っておけ」

 もし八将陣が出撃してきた場合には――この刃を突き立てるだけの覚悟は既に持っている。

 怨敵を睨むのに、いささかの迷いもない。

 しかし、八将陣の戦力は未だに不明瞭だ。

 そこに因縁の「刀使い」が居るかどうかも分かったものではない。

 慎重に行け、と言うのが作戦の大筋であるのには違いないが、砂漠地帯に高層ビル群が並び立つカラカス近辺はそうでなくとも異様な存在感を放つ。

 どこから何が仕掛けてくるのか、それは二か月前までは不可侵であった。

 しかしカラカスアンヘルの尽力によってここまで領域を取り戻せたのはきっと奇跡に近いだろう。

 両兵は周辺に突き立っている青い旗を視界に入れる。

 それはキョムから領土を奪還したという証であった。

『八将陣……リョーヘイは八将陣に恨みがあるんだよね……?』

「恨みつらみなんて湿っぽいもんを振り翳すつもりもねぇが、死んでも死に切れんものもあるからな」

『どっちにしたって、オガワラの《ナナツー零式》が切り込み隊長なんだ。俺たちはきっちりサポートするぜ』

 カラカスアンヘルの荒れくれ者たちも随分と丸くなったものである。

 彼らは自分へと徹底抗戦に打って出る構えであったのだが、二か月の共同戦線は腹を割って話すのには充分であった。

『リョーヘイ頼みなの、よくないよ。この先の野営地で一旦、落ち合おう。そこで今晩はリーダーの合流を待って』

「分かってンよ。霜月、《アサルト・ハシャ》の先導頼むぜ。《ホワイト=ロンド》部隊の後続は三時間以内だったな?」

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