JINKI 200 南米戦線 第十二話 「シュナイガー強奪」

 積載されたコンテナには二機の人機が眠りについている。

 青葉は助手席で設計図に目を通していた。

「片方は……換装機能を有した試験機、なんだよね。トウジャタイプとしてみれば、汎用性を目指したって」

「そうそう。トウジャの強みと、モリビト、ナナツーの強みを一度に実現できたら強いでしょ? まぁ、他にも開発コストの削減だとか、世知辛い事情も噛んでいるんだけれど、それも込みでようやく、アンヘルとしては正式な採用機になる。――名前を《ブロッケントウジャ》。試験操主は広世だっけ?」

「あ、うん……。トウジャの搭乗経験があるからって言って。陸戦なんだっけ?」

「まぁ主に、だけれどね。ブロッケンの強みは戦場を選ばないところにある。比して、もう一機はちょっとばかしピーキーにできていてね。これはさらにスゴイよー。何せ、《バーゴイル》以外では血塊炉一基で長距離を飛翔できるのは初めてなんだから」

「人機史上、初めての機体……」

 エルニィは後部座席で胡坐を掻いて設計図を自分へと差し出す。

「名前は《シュナイガートウジャ》。この機体はねぇ、速度が持ち味なんだ。だから格闘兵装しか持たせていないし、他の銃火器だとかは後々調整が必要かなぁ。ちょっとばかし浮ついた挙動かもしれないし」

「えっと、こっちの試験操主は……私、なんだよね?」

「《空神モリビト2号》の搭乗経験を活かして、って言うのが表向きのところ。まぁ、実際には史上初の空戦人機には実力のある操主を充てたいってところもあるし」

「エルニィは? 乗らないの?」

 その問いかけにエルニィは肩を竦める。

「乗りたいのは山々なんだけれどねー、ボクの身柄をどうこうしたいお歴々の数々がそれを許しちゃくれないんだ。パッケージ以上の性能は要らないから結果を見せろってのが目下のところらしいし……」

 後頭部を掻いて唇を尖らせたエルニィは見るからに不服なのが窺えた。

「それにしたって、青葉に頼むなんて、ベネズエラ軍部も随分と厚顔無恥って言うか……やからしを気に留めている場合でもないんでしょうけれど……」

 ハンドルを握る南の苦言にエルニィはやれやれと頭を振る。

「あれだっけ、日本じゃ恥はかき捨て、って言葉もあるくらいだし、抜き差しならないことを目の前にすれば、自然と手段は選べないんでしょ。……その気持ちも半分くらいは分かるけれどね」

 エルニィはこの二年間、新型人機の開発に死力を尽くしてきたというのは聞いた話だ。

 彼女には彼女の戦場がある。

 自分には自分の戦いがあるのと同じく。

「でも、《シュナイガートウジャ》、か。トウジャタイプを動かすのは……シミュレーター以外じゃ私も初めてだよ?」

「人機の操縦経験値で言えば、青葉以上の適任も居ないよ。それに、空戦機って言うと勝手が違ってくる部分も大きい。ボクが開発者として出張ったっていいんだけれど、それにしたっていう部分だってあるし、やっぱり百戦錬磨の操主のほうが文句も出ないでしょ」

 エルニィはあくまで開発者としてのスタンスを崩すつもりもないようで、青葉は移送トラックの硬い助手席に揺られながら、試験場を視野に入れる。

「……すごい。本当に人機の試験場だ……!」

「この二年間で南米周りの施設は様変わりしたんだ。隠れ回って穴倉で人機開発していた頃が懐かしく思えるよ、ホント」

「……でも自由になったってわけでもないんだよね」

「それはそうだよ。キョムの強襲だってありかねないんだ。《バーゴイル》がもし襲ってきたらって言う想定で考えると、トウジャの旧型式を置いてはいるけれど」

『もしもの時には我々もお忘れなく!』

 回線に割り込んできたのはフィリプスをはじめとするレジスタンス部隊の威勢のいい声で、展開する《ナナツーウェイ》は武装で固めている。

「物々しいなぁ……」

「新型人機を動かすんだ、当たり前だよ。これだって譲歩したほうさ。本音を言えば、カナイマの秘密作戦めいたもので運用するのがベストだったんだけれど、そうも言っていられなくってね。これ、見て」

 エルニィの差し出したのは文字の羅列が記された一枚の書類であった。

「これは?」

「暗号文。どうにもこの試運転、解析された可能性が高い。……だからと言って中断するような余裕もなし。これがキョムの横槍なのか、それ以外なのかは分からないけれど、いずれにしても強行するって言うのが上のやり方さ。ボクの手塩にかけて開発した二機の安全は度外視っての、気に入らないな……」

「けれどエルニィ、ここでお披露目しておかないとロールアウトも円滑にはいかないでしょうし、清濁併せ呑むってのはこういうことを言うんじゃないの?」

「……南も分かった風なこと言うなぁ。どっちにしても、シュナイガーとブロッケンの試運転は今日この日って言うのは絶対みたいだし。まぁボクは開発者、あくまでも、ね。だから口出せないんだよねぇ……」

 エルニィも少し見ない間にどうやら我儘だけでは世界を動かせないことを悟ったようですらあった。

 南もカナイマアンヘルの責任者としての立場が板についてきたように思える。

「……変わってないのは私だけ、か……」

 それでも、今できるのは《シュナイガートウジャ》の試運転だろう。

 自分に課せられた役目がそうならば、全うするのが当然のはず。

「……そういえば、ルイは? てっきりシュナイガーの操主はルイになるかと思っていたんだけれど」

「ルイは本人の希望で護衛だってさ。トウジャタイプに乗れる絶好のチャンスだよとは言っておいたんだけれど、まだいいって。まぁ、この二年間でルイも充分に強くなった。護衛としちゃ、出来過ぎなくらいだよ」

 エルニィの信頼もいつの間にか得ているのだろう。

 今の自分の身分からしてみれば、ルイの実力も少し羨ましい。

「でも……私とルイの操主としての実力はさして変わらないはずだけれど」

「だとしてもねぇ……まぁ本人の言い分もあるし。それにトウジャの操縦系統はナナツーとは少し違う部分もある。今は《ナナツーウェイ》を極めたいのかもしれないね」

「そういえば、エルニィ。前に話に出ていた日本行きの話、考えてくれた?」

 話を振った南にエルニィはいんやと応じる。

「日本に行くなんてそうそう考えられないね。ボクには南米でやらなくっちゃいけないことがたくさんあるし、そうじゃなくったってロストライフ現象が世界各地で起こってるんだ。解明にはボクくらいの頭脳がないと厳しいでしょ」

「南さん。日本にアンヘルの支部を置くって言う話……本当なんですか?」

「うん、まぁね。キョムの勢力がまだ手を出していない数少ない国でもあるし、先手を打ちたいのが実情なのよ。それに、血続の発生には日本と言う土地が少なからず影響しているっていう研究結果も出ているし」

「私も……日本人だから……?」

「目下解析中ってところ。確定情報じゃないよ。……とは言ってもデータが証明しちゃってるんだからしょうがないところもあるんだけれどね」

 エルニィの不服そうな声を聞いたところで移送トラックは試験場の入り口で停車していた。

 パスコードと確認書類を受領させ、基地の内部へと至る途中、青葉はふと空の中で煌めいたものを感じ取る。

「何……飛行機……?」

「青葉?」

 窓を開けた自分に二人が怪訝そうにしたその時には、雲間を引き裂く銃撃がコンテナトラックを見舞っていた。

 瞬時にハンドルを切って回避した南は声を張り上げる。

「何が起こったの! 状況は!」

『上空より奇襲! 識別信号はキョムの《バーゴイル》です!』

「おいでなすったか! 青葉、こういう時のための操主だよ。《シュナイガートウジャ》に乗り込んで、敵の迎撃を――」

 その言葉を遮るかのように《シュナイガートウジャ》が格納されていると言われていたコンテナへと一斉掃射が浴びせられる。

 火の手が上がり、コンテナが爆ぜていた。

「人機が……!」

 舌打ち混じりに南はコンテナ部を切り離す。

 ドリフト走行で旋回してから、青葉は中空より舞い降りる白銀の色彩を誇る《バーゴイル》を視認していた。

『キョムの軍勢が! 行くぞ!』

 フィリプスたちの声が弾ける中で、青葉は燃え盛るコンテナに駆け寄ろうとしてその手を南に握り締められていた。

 彼女は無言で首を横に振る。

「で、でも……このままじゃシュナイガーが……!」

「青葉、いいのよ」

「いいって……」

 白銀の《バーゴイル》が重火力を絞り、基地の一角にある格納庫を目指す。

 それを目の当たりにしてエルニィはまさか、と目を戦慄かせる。

「知ってるって言うのか……? 各員、防衛に当たって!」

 何を、と言う主語を結ぶ前に白銀の《バーゴイル》はフィリプスたちの火線を潜って《ナナツーウェイ》へと肉薄する。

『ま、まずい……!』

 眼前で弾けた高火力が《ナナツーウェイ》を転倒させる。

 もう一つのコンテナからは広世の声が飛んでいた。

『青葉……! 無事か?』

「広世? もう一個のコンテナから……?」

 コンテナが開き、金色の腕を振るって立ち現れたのは疾駆のトウジャタイプであった。

「……あれが、《ブロッケントウジャ》……」

《ブロッケントウジャ》は燃え盛るもう一方のコンテナへと一瞥を配り、アサルトライフルを《バーゴイル》へと照準させる。

『あの動き……操主の感覚がする……』

「操主? まさか……人が乗っているって言うの……?」

《バーゴイル》の銃火器が瞬き、《ブロッケントウジャ》の装甲を打ち据える。

 そう簡単には沈まない堅牢さを誇っていたが、それでも相手に先手を取られた状態では容易く反撃にも転じられない。

 アサルトライフルの牽制銃撃を潜り抜けた白銀の《バーゴイル》は超加速度に至っていた。

『ここで貴様らは打ち止めだ。銀翼の――!』

 黄昏色のエネルギー皮膜が流転する。

「何……?」

 機体そのものの加速とエネルギー余波を利用した翼が翻り、《ブロッケントウジャ》へと突撃していた。

『アンシーリー――コートッ!』

 紡がれた技の名前と共に《ブロッケントウジャ》がその瀑布を受け止める。

「広世――ッ!」

 叫びの中で広世の《ブロッケントウジャ》が気圧されて後退する。

 どうやらアサルトライフルを犠牲にして直撃は免れたらしいが、途端に膝を折っていた。

『パワーゲインがダウン? ……新型機の功罪か……!』

 硬直した《ブロッケントウジャ》を相手は狙うかに思われたが、その予測に反して敵機は距離を取り、基地中央の格納庫へと道を作っていた。

「あいつ……やっぱり分かってるんだ……! みんな、何としてもそいつを阻止して!」

 エルニィの命令が飛ぶ中で、火線を抜けた《バーゴイル》が一直線に降下する。

 格納庫の屋根が破られ、粉塵が舞う中心軸に対して、誰もが引き金を躊躇う。

 何が、と当惑した青葉は次の瞬間、舞い上がった風圧を感じ取る。

 それは新たなる人機の脈動――。

 格納庫をその出力だけで吹き飛ばし、白銀の体躯が陽光に露となる。

 生命の灯火を誇るかのように空を仰いだ鋭角的な人機に青葉は圧倒されて呟いていた。

「……あれが、《シュナイガートウジャ》……」

《シュナイガートウジャ》が瞬く間に飛翔し、高空を取って他の人機を睥睨する。

 赤い眼窩に宿った敵意の光に、僅かに及び腰になったフィリプスたちは直後には反撃していた。

『撃て、撃てーっ! シュナイガーを渡すわけにはいかん!』

 しかし、《シュナイガートウジャ》は先ほどまでの《バーゴイル》までと同じ操主とは思えないほどの流麗な速度で機銃掃射を掻い潜り、マウントしていた格闘兵装を顕現させる。

『こいつが……スプリガンハンズ!』

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