「うん……! フィリプスさんたちが危ないって言うんなら、私たちがうろたえている場合でもないもん……!」
事態がどう転がったのかをまずは確認すべきだ、と青葉は繋がった通信網で耳朶を打つ。
『頼むわよ、青葉。それにルイも。前線に赴くって言うのはそれだけキョムの部隊とかち合う可能性が高まるっていうことだからね』
『分かっているわ。《ナナツーウェイカスタム》じゃ心許ないけれど、ないよりかはマシでしょ』
自分と並走するルイの《ナナツーウェイ》へと視線を走らせた青葉は、そのいつも通りの言葉振りにフッと笑みを浮かべる。
「……何か、ちょっと変だよね。ルイとこうして肩を並べて戦えるなんて」
『別に今に始まった話じゃないでしょうに。……一気に決めるわよ、青葉』
「分かってる……! ファントム!」
超加速度に移った《モリビト2号》と共に別動隊へと援護射撃の陣形に入ったルイの《ナナツーウェイ》がジャングルの中を分け入る。
跳躍した《モリビト2号》の機体のバネを利用し、崖下に位置取る古代人機を照準する。
ライフルで牽制銃撃を見舞い、まずは相手の出鼻を挫いてから、近接に持ち込んでブレードを振り払う。
「これで一撃!」
薙ぎ払った一閃で古代人機を吹き飛ばす。
ブレードに纏ったリバウンド磁場がのたうち、剣閃が続けざまに古代人機の群れを痺れさせていく。
「広世! レジスタンスへの援護に一気に向かう……っ! 古代人機の相手は……」
『ああ! 任された……!』
機銃掃射を見舞ったのは広世の搭乗する《トウジャMk‐Ⅲ》だ。
肩口から速射された火線が古代人機の射線を遮り、敵がたたらを踏んだ瞬間を狙い、青葉は《モリビト2号》に再び加速を点火させる。
「もう一度……っ! ファントムで……!」
加速度のGを味わいつつ、青葉は前線へと参戦していた。
『散れ、散れーっ! 敵は《バーゴイル》とは言え、小隊編成だぞ!』
フィリプスの声が弾ける中で、一機のナナツーがプレッシャーライフルの攻勢を受けて急速後退していく。
「フィリプスさん! 私が前に出ます! 皆さんは下がって!」
『津崎青葉か……! 黒髪のヴァルキリーには期待しているぞ』
「もうっ! その渾名、やめてくださいよ。そんな大したもんじゃないんですから」
とは言いつつも、既に敵対領域だ。
軽口を叩いている場合ではないのは充分に理解している。
《バーゴイル》の射程は実弾ではなくプレッシャー兵装な分、想定しているよりも長い。
よって相手がこちらを照準するよりも先に次手に移っていなければ間に合わない。
「《バーゴイル》……!」
小隊編成が一斉にプレッシャーの光条を見舞う。青葉は制動をかけつつ、狙い澄ます照準の群れから一足飛びで逃れ、横合いからブレードを掲げる。
「リバウンド――プレッシャー、ソード……ッ!」
リバウンド磁場を纏い、拡張した剣閃が《バーゴイル》へと直進する。
光の刃が《バーゴイル》の胴体を割り、爆発の光輪が押し広がる中で、小隊編成へと背後から仕掛けたのはルイであった。
アサルトライフルを掃射しつつ肉薄し、両腕の下部に装備された特殊兵装のリバウンドダガーで《バーゴイル》の急所たる頭部を引き裂いていく。
『これで残りは三機。できるわよね、青葉』
「もちろん……!」
着地した《ナナツーウェイ》を狙おうとした敵影へと、青葉は腹腔に力を籠めるイメージを伴わせて飛翔していた。
《モリビト2号》が刃を突き上げ、初撃で敵の銃剣と打ち合って干渉波のスパークを散らせたのも一瞬、リバウンドを纏った剣を返し、相手の武装を弾き飛ばす。
雄叫びと共に敵機を蹴り上げ、さらに高く、空へと舞い上がった《モリビト2号》は腰にマウントしていたライフルの銃口を突き付けていた。
残り二機――差し迫った決断を引き金に変え、青葉は敵を蹴散らす。
頭部を正確無比に撃ち抜いた《モリビト2号》が着地した瞬間、敵機は爆ぜていた。
『こちらでも確認したわ。情況終了! お疲れ様、青葉、ルイ。レジスタンスの損耗は?』
「こちら津崎青葉です。レジスタンス部隊に消耗があれば、報告はカナイマアンヘルが受け付けますので」
『こちらフィリプス、幸いにして損傷軽微だ。……それにしてもとてつもないな、アンヘルの操主は。我々ではどれだけ訓練しても追いつけない』
『青葉、古代人機は撤退に移った。やっぱり、《バーゴイル》の……それもキョムの部隊の中に古代人機を操る信号を持っている機体があるのは間違いなさそうだな』
広世の《トウジャMk‐Ⅲ》が追従し、レジスタンスのナナツー部隊と合流する。
『広世、助かる。我々として見ればキョムの軍勢と渡り合えているのは君たちのお陰だ。そうでなければとっくに喰われていることだろう』
フィリプスたちには死傷者が居ないのは不幸中の幸いだったが、それでも人機の側に損耗があるのは間違いなく厄介だろう。
「……《バーゴイル》は……いいえ、キョムは強くなっている。このままじゃ、アンヘルが焼き尽くされてしまってもおかしくはない……」
こちらの懸念にルイが口を差し挟む。
『それに関して言えば、心配は要らないでしょう。私たちが前線を押し上げていれば、侵攻されることなんてないだろうし』
『油断しないことよー、ルイ。相手の血塊炉はこっちの血塊炉よりも先を行っているんだから。技術で追いつくのは難しいと考えるべきでしょうね』
『南、うるさい』
『あんたは信用してんだからねー。油断してやられたなんてことになったら、許さないんだから』
どうやらこの二年間で二人の関係はより深くなった様子だ。
言葉にせずとも信頼関係が築けているのが窺える。
「……羨ましいな……」
そっと呟いた自分の言葉を、広世は拾い上げていた。
『青葉、羨ましいって……』
「あ、ううん。別に今が寂しいとかそういうことじゃないんだけれど……」
『……青葉。後で宿舎の裏に来てくれないか? 話しておかなければいけないことがあるんだ』
「うん……? なに、改まって……」
『いいから。ともかく、今日中に言っておかなければいけないことが俺にはあるんだよ』
わざわざ《トウジャMk‐Ⅲ》が《モリビト2号》に触れての接触回線で自分だけに言い聞かせてくるくらいだ。
何かあるのかもしれないと、青葉も直通回線で応じていた。
「うん、分かった……。その前に、帰投したらエルニィに《モリビト2号》のフィードバックを言っておかないと。メカニックを今統率しているのはエルニィなんだし」
『ああ、その後でいいから』
崖下で激戦を繰り広げた《モリビト2号》の各所は損耗しており、またしてもメカニックの苦言を受けなければいけないな、と青葉は察する。
「……山野さんたち、心配しているだろうな……」
懸念を浮かべつつ、《モリビト2号》を滑空させ、一路アンヘルを目指す。
格納庫が視野に入るなり、青葉は機体を反転させ、減殺ネットに向けて後退させていた。
『オーライ、オーライ!』
古屋谷ら整備班の誘導通りに帰還を果たすと、青葉はコックピットに繋がれた通信回線を聞いていた。
『青葉、どう? モリビトの調子は』
「エルニィ! うん、とてもいい調子……リバウンドプレッシャーを武装に纏わせるなんて思いつかなかった……」
『どういたしまして! それも《モリビト2号》に膨大に蓄積された戦闘データの賜物かな。何だかんだで両兵と青葉が乗っていたのは大きいよ、これ。他の人機にはない強みに……あっ、ゴメン……』
両兵の名を出したのが自分の心の脆い部分に触れたのだと感じたのだろう。
青葉はトレースシステムを解除しつつ、首を横に振っていた。
「ううん、両兵のことは……別に気にしてないから」
『……それ、気にしてる人間の態度なんだよねぇ。でも、ボクも両兵の足取りに関しては全く掴めてないし、今のは単純に失言だった』
「いいよ、両兵は……私より先に目を覚ましたんだし。そこから先は両兵の自由だもん」
『とか言って青葉、無茶してない? ……別に、何でも相談してとまでは言わないけれど、ボクと青葉の仲じゃんか。少しくらいは相談役になれるつもりだけれど?』
「……エルニィ。ううん、これって多分……私が乗り越えないといけない、そういうものなんだって思うから。それよりもモリビトのフィードバックはどう? 今送っておいたけれど」
『うん……うん、うん! かなりいいね! 元々、《モリビト2号》は最初期に建造された人機の一つなんだ。データは全部、カナイマとベネズエラ軍部のものっていう契約上だったんだけれど、カナイマのみんなが少しでも応戦してくれたから、今のボクの側に情報の伝手はある。何だかんだでありがたいよ、ホント。これのお陰で新型人機の建造方法も定着しそうだし』
「エルニィ、今はトウジャの新型機を造ってるんだっけ?」
『次の奴はすごいよー。何せ、史上初の、アンヘル主導による空戦人機の開発なんだから! これまでもフライトユニットを使えば飛べたんだけれど、航続距離と血塊炉との接続バランスの問題があって、それはそもそもブルブラッドシステムが永久電池を前提としているシステムだからこその欠陥でもあったんだけれど――』
興味深い話だったが、広世との約束もある手前、全て聞くことはできなさそうだ。
「ごめん、エルニィ。ちょっと先に休んでいくね」
こちらの言葉に、エルニィは通信先で少しだけ不機嫌になったのが伝わった。
『……いいけれど、まぁ確かに操主が使い物にならなくなったらお終いだからね。レジスタンス勢力との渡りがあるって言っても、彼らだってナナツーなんだ。モリビトタイプの戦力はそれだけで貴重なはずだよ』
「うん……それは分かっているし、フィリプスさんたちには支援をしていきたいところだけれど……」