レイカル41 1月 レイカルとおみくじ

「……やっぱり、レイカルってばお子ちゃまだよなー」

「……作木君、私はフォローはしたのよ?」

 二人分の返答を受けて作木は胸元で泣きじゃくるレイカルへと視線を落とす。

「えっと……一体何が……」

「簡単な話ですわぁ、作木様……」

 浮かび上がったラクレスはそっと耳打ちする。

「どーもこーも――」

「――レイカルー、あんたちょっとこの正月見ない間に……何だか丸くなったんじゃない?」

 削里の店内で例の如く修行に明け暮れるヒヒイロとウリカルを他所に、レイカルはミカンを頬張っている。

「そうか? でもお前らみたいに太ったりはしないぞ? 私たちはオリハルコンなんだからな!」

「……そう言えば前もこういう話したわよね。食べるだけ食べてエネルギーにはなるけれど、太ったりそういう風にはならないって」

 恨めし気な視線をカリクムに送っていると、せんべいを頬張っているカリクムはむっとする。

「何だよ……それ、まだ根に持ってるの? 言っておくけれど、太らないって言うのは見た目上の話で、体重とかは案外、きっちり増えたりはするし……そこまで便利でもないのよ?」

「そうなの? てっきり体重とかの増減も自由自在なんだって思ってた。……ま、あんたらが太ったってどうせ戦いに支障なんて出ないだろうから、無用の話だろうけれど」

 そう言って嘆息をついたナナ子の当面の目標は正月太りの解消らしい。

「……初詣の神社で飲んだお神酒が美味しかったからって、そこでお雑煮までもらうことはなかったんじゃない? ナナ子」

「こういうのは別腹よ、別腹。大体、小夜だって甘酒もらってその日は上機嫌だったじゃないの」

「そりゃーあんた……。初詣は別って言うか……。あっ、そういえば私、おみくじ引き損ねちゃったかも」

 その言葉にレイカルがぴくりと反応する。

「おみくじ……? 何だそれは? 割佐美雷」

「あんた、おみくじも知らなかったっけ? えっとー……何て言うの? お正月にもらえる……特別な……」

 説明に窮しているとウリカルをハウルの覇気で吹き飛ばしたヒヒイロが、ふと視線をくれる。

「……おみくじ、ですか。いい機会ですからレイカルたちにも聞かせておきましょう。それに、ウリカルや。今の打ち込みはよかったぞ」

「はい! 師匠!」

 ウリカルはクリスマスに作木に見繕ってもらったジャージを着込んで正月から気合が入っている。

 それに比して、母親だと仰がれるレイカルはどこかだらけた様子だ。

「元々はくじに尊敬語の接頭辞である“み”を加えたものとされております。紙に吉凶を占う運勢が書かれており、大きく分けて大吉、吉、中吉、小吉、凶に分かれております」

「へぇー、中吉って吉より下だったんだ?」

「場所によります。中吉のほうが上の場合もございますので一概には」

 ウリカルは熱心に聞いているが、レイカルは理解しているのかしていないのか、首を傾げるばかりだ。

「それって……結局意味あるのか? ヒヒイロ」

「そうねぇ……初春を祝うある意味じゃ習慣みたいなもんだし」

「おみくじを引いておいて損はないかと思いますが、神社によって祀る神も変わってきますゆえ、それは重々承知のほどを」

「うーん……まぁ私にしてみれば、一年の吉凶を占うはじめの一手って言うか……。ほら? この業界だと浮き沈みとか気にしちゃうじゃない」

「小夜、今年も特撮業界は安泰みたいじゃないの。もう最新の戦隊とのコラボも決まっているとか」

「いや、別に私、特撮畑だけで芸能界やっていくつもりもないからね? ……まぁー、縁があるって言うのは嬉しいもんだけれど」

 それもある意味では複雑なのは、こうしてゆっくりとナナ子たちや作木と時間を作れる機会も少なくなっている点なのであるが。

「なぁ、ナナ子。おみくじってどんなのなんだ? 強いのか?」

「強い弱いじゃないって言うか……でも日本人はみんな好きよね? おみくじ。あれってやっぱり、占い好きな民族性も関わってくるのかしら?」

「女子はみんな、占い好きでしょ? 私もそうだけれど……今からでも引いてこようかしら?」

 うずうずしていると、レイカルが卓上で跳ね上がっていた。

「私も引きたい!」

「えっ、でもあんた……オリハルコンに吉凶なんて……」

「何でだ、割佐美雷! 私が引いちゃ駄目なのか?」

「いや、駄目とは言ってないけれど……どうなのかしらね? ヒヒイロ、その辺詳しいんじゃないの? あんた、結構な年月生きているんだし」

「私はあまりそういったことに左右されるタイプではございませんが、今からならば高杉神社にでも詣でれば如何です? おとぎ殿も眼が見えるようになったことですし、今年から巫女の役割も本格的に行っていくとか」

「おっ、おとぎちゃんの巫女服? ……ふーむ、後学として写真に収めておきべきかしらね……」

 真剣に悩み始めたナナ子とおみくじに興味津々なレイカルを見比べて、小夜はため息をついていた。

「……分かったわよ。どうせ、あんたら足がないんでしょ? ナナ子はサイドカーで、他の……カリクム、あんたも来る?」

「うーん、私はこの物真似一発芸大会が終わってから――」

「何言ってるんだ、カリクム! お前も来い! おみくじだぞ!」

「……絶対意味分かって言ってないわよね、これ……。とは言ってもなぁ……」

「あらぁ、カリクム? あなたそこまでものぐさだったかしらぁ……」

 うわっ、とレイカルとカリクムが同時に驚愕する。

「……あんたいつから居たのよ……」

「ずっとよぉ……ねぇ、ウリカル」

「あ、はい。ラクレスさんはずっといらっしゃいましたが……何か?」

 レイカルとカリクムはウリカルへと、珍妙なものを見る眼差しを向ける。

「……こいつのこと、平気なのか? ウリカル」

「へ、平気も何も……よく教えてくださいますし、自慢の先生ですっ! ラクレスさんは!」

 純度百パーセントの笑顔で言われてしまえばさしもの二人でも成す術がないのか、うっと呻いて後ずさる。

「……か、カリクム……どうやら私は駄目みたいだ……。ウリカルみたいにあいつを純粋な眼で見られない……」

「ば、馬鹿っ! それは私もそうだってば……! うーん……元々敵同士とかそういうしがらみでもないんだけれど……未だに苦手なのよね……」

「ぼそぼそと何言ってんのよ。さっさと来る。特に、カリクムね」

「えー! 何で私だけ名指しなんだよー!」

「……あんた、如何にオリハルコンが太らないとは言ってもそれだけだらけていたらもしもの時に負けちゃうわよ? 少しでもハウルを使って浮遊して、カロリーを減らしなさい」

「ちぇっ……せっかくの漫才コンビだったのになぁ……」

 名残惜しそうに浮遊したカリクムに続いて、レイカルはナナ子のサイドカーに乗り合わせる。

「ウリカルとラクレスも来なさいよ。せっかくなんだし」

「えっ……でも私、修行中……」

「よい。社会勉強も大事じゃ。ウリカルも行くがよい」

「は……はいっ! 師匠! では、お供させていただきます!」

「あんまり堅苦しくなくっていいってば。じゃあ飛ばすわよー! しっかり掴まってなさいー!」

「安全運転でねー、小夜。それにしたって、ラクレス、あんたは飛べるでしょ?」

「いいえ、たまにはよろしいかと」

 サイドカーに乗り合わせたラクレスが妖艶に微笑んだのを、ナナ子はどこか気にかかる様子で目に留める。

「ま、いいけれど。さぁーて、今年ばっかりは大吉を引かせてもらおうかなー」

 アクセルを噴かせた小夜はナナ子の言葉に呆れ返る。

「……あんたってば、去年も大吉じゃなかった? さすがに神様は見てるわよ」

「そんなことないわよー。小夜は……ああ、そうだっけ」

 面白がったナナ子にレイカルたちが顔を上げる。

「どうしたんだ、ナナ子。割佐美雷がどうしたって?」

「いや、それが傑作なのよ、レイカル。小夜ってば、くじ運は悪くってね。ここ三年間、ずーっと、凶なのよ」

「言わないでってば……。もぉー……今年こそはツキに恵まれてやるんだから!」

「……何で凶なんだ?」

「くじ運じゃない? それとも、本当に神様は見ているのかもねー。過ぎたる運はよろしくないって」

「さっきの仕返しのつもり? ……あんた、覚えてなさいよ」

 とは言え、くじ運が悪いのは今に始まった話でもない。

 他の運はともかく、おみくじに関してはずっと良かったためしもないのだ。

「……何でかしらね……。模範的ではあろうと思っているはずなんだけれど……」

「まぁ、これから行く高杉神社は少し趣が違うかもだし、もしかしたら小夜でも吉くらいは引けるんじゃない?」

 大吉女であるナナ子は余裕の構えを崩さない。

 小夜は少しケチがついた気分で道すがらを駆け抜けていくのであった。

「――あっ、明けましておめでとうございます、皆さん……!」

 出迎えたのはおとぎとヒミコである。

「あれ? 高杉先生……は、コスプレ?」

「失礼ね! 巫女服じゃない! どう? まだ似合うでしょ?」

「いやいや、無理があるって言うか、そもそも前言っていたじゃないですか。オトナになったから、って……」

「あれ? あれはまぁ、そういう言葉のあやって言うか。まぁいいじゃない! 細かいことは!」

 とは言え、巫女服姿の高杉姉妹は単純に絵になっている。

 ナナ子は抱えてきた大仰なカメラを構え、シャッターを切っていた。

 小夜はと言うと、まずは参拝を済ませるべきだとレイカルたちを促す。

「ほら、あんたたちも来る。えーっと……一礼二拍手……」

「小夜ー、そんなのはいいからさー、とっととおみくじ引いて帰ろうよー。ここ、水刃様が居るから落ち着かないんだってば」

「駄目よ、カリクム。こういうところで徳を積んでおけば、いずれ神様もって……!」

「徳ねぇ……人間ってのは煩わしいものに振り回されるんだなって思うよ」

「待たせたわね。一年分、撮影して来たわ」

 興奮した様子でカメラの中の高杉姉妹の写真を眺めるナナ子も相当に俗物めいており、何だか初詣に来たような気分でもない。

「……ま、とりあえず今年の抱負とか色々ーっと……。えーっと……今年こそ……」

 言葉にしないが、さすがに作木との進展があってもいいはずだろう。

 祀られている神へと再三釘を刺しておいてから、パンパンと手を叩く。

「小夜は……まぁ何を願ったのか分かり切っているけれど、レイカル。あんたはこういうところ、初めてでもないでしょう? 何をお願いしたの?」

「創主様と私が、もっと強い相手と戦えることだ! ついでに私の戦闘力をもっと上げてくれと頼んでおいたぞ!」

「あんたねぇ……少年漫画の神様じゃないんだから、頼みも聞き入れる限度ってものがあるわよ」

「ま、レイカルらしいでしょ。カリクムとラクレスは?」

「私は……いーだろ、別に。何だって……」

 そっぽを向いたカリクムのことだ。きっと自分のことも願いのうちに入れてくれたに違いない。

「私は……作木様のご健康とご健在を。創主のことを願うのはオリハルコンとして当然でしょぉ……」

 ラクレスは存外、まともなように見えてこれで抜け目がない。

「……あの笑い方、やっぱり私、ちょっと何かあるように見えちゃうんだけれど……」

「奇遇ね、私もよ……」

 ナナ子と言葉を交わしつつ、社務所でようやくおみくじを引く。

「それを振って、出た番号を言ってねー」

「おとぎさん……荷物を運んできた……って、ヒミコさん? 何で……巫女服なんて……」

 社務所から顔を出した懿は白装束に身を包んでおり、すっかり高杉神社に馴染んだのが窺える。

「わっ……懿君……? 手伝いしてるんだ……」

「ええ、小夜さん、それにナナ子さんも。明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いします」

 堂に入った礼儀に、こちらも思わずかしこまってしまう。

「あっ、これはどうもご丁寧に……」

「小夜ってば、それじゃご近所さんみたいじゃないの」

「し、しょうがないでしょ。思ったよりも似合ってるんだもの」

「そう言ってもらえるとおれも嬉しいです。先生に見繕ってもらったので」

「水刃様に? そういえば水刃様は? 見かけなかったけれど」

「先生はこの時期は神社の奥にある楼閣に籠っていらっしゃいまして。アーマーハウルとしての器を上げるために、十日間は過酷な修行を積まれていらっしゃるとか。なので自分もまだ年が明けてから会っていないんですよ」

 その返答にナナ子が肘で小突いて声を潜める。

「ねぇ、小夜。賭けない? 水刃のジジィが何をしてるのかって」

「何って……懿君の言う通りじゃないの?」

「ふっふっふっ……甘いわね、小夜。この間飲んだ甘酒よりも甘いわ。十日も、よ? 正月明けに弟子である懿君を放っておいて十日。楼閣とやらに籠って。……正月番組を見ているに千円」

「あんた……ケチ臭い賭けを吹っ掛けるわねぇ。……じゃあ私は二千円」

「言っておくと、ここ水刃様の領域だから、そういうのバレちゃうわよ?」

 ヒミコの忠告にナナ子と小夜は同時にひっ、と言葉を詰まらせる。

「あ、あのぉー……高杉先生。ご内密には……」

「もう聞こえちゃってるんじゃない? まぁそれでもって言うんなら……お酒、後で奢ってくれる?」

「えっ……そういうのもバレちゃうんじゃ……」

「私はこれでも高杉神社の元巫女なのよ? それくらい聞こえないようにする術は知っているわ」

 どうにもヒミコのほうが一枚上手のようだ。

 参った二人は同時に頭を下げる。

「……じゃあ、ビール一本で……」

「美味しい奴をお願いね。はい、二人とも。それにレイカルたちも、おみくじ」

 万端の準備の上に小夜はごくりと唾を飲み下し、おみくじの紙を開く。

 書かれていた運勢は――。

 と、自分のほうに集中する前にレイカルの嘆きの声が遮っていた。

「れ、レイカル……? どうしたのよ!」

「おしまいだぁー……見てくれ、ナナ子……」

「なになに……。あー、まさかの大凶……えーっと、運気、商い、その他諸々……全部悪しなんて、ちょっと高杉先生ー、いくらなんでもこれ、やり過ぎじゃないですか?」

 さすがにナナ子も仕込みだと感じたのだろうが、ヒミコは頭を振る。

「あ、いいえ……? おっかしいなぁー、普通のおみくじのはずなんだけれど……。うわっ、本当に大凶だわ。うちのおみくじにこんなの入っていたの?」

 顔を見合わせる懿とおとぎは、ふるふると首を横に振る。

「いえ、おみくじの中身はおれたちも関知していないので……」

「じゃあその……すっごく珍しい……大凶が出たってこと?」

 レイカルは天を仰いで嘆いていた。

「終わりだー! いきなり大凶を引いてしまったー!」

「あ、あんたねぇ……。大凶なんて大げさな……」

「じゃあカリクム! お前は何なんだよ……!」

「えっと……あっ、小吉だわ」

「……何よそれ。コメントしづらいわね」

 ぼやいた小夜にカリクムが突っかかる。

「な、何だよー! 悪かったな! コメントしづらくって!」

「ちなみにウリカルとラクレスは?」

「私は中吉ですわね。ウリカルは……」

「あっ、私は吉ですね……。えっと……コメントしづらくってすいません……」

 申し訳なさそうに謝るウリカルに思わず小夜は返答する。

「い、いや……ウリカルが謝る必要はないのよ、うん。だっておみくじってその人の運勢なんだから」

「……さっき私に言ったことと全然違うんじゃないかー、小夜ー……」

「とは言え、枝に括ればいくら大凶でもさすがに悪く転がることはないはずですので……。皆さん、よろしければ枝に……」

 おとぎの言葉にレイカルは小首を傾げていた。

「えっと……何で枝にくくるんだ?」

「あんた、それも知らずに……って言われても私たちもよく分かんないんだけれど、とにかく枝にくくればいくら悪いのを引いても大丈夫らしいのよ」

「そうか! よぉーし、枝まで――!」

 そこでレイカルは何かに蹴躓いたのかすっ転んでしまう。

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