JINKI 200 南米戦線 第十五話 「少女が見てきた戦場」

「……私だって進言したけれど、シュナイガーの強奪に関しては、一度開発者である立花博士に話を、って言うのが向こうの言い分。内々で取引されていた可能性もある以上、エルニィの身柄は一時拘束される。……そりゃ、悔しいけれどね」

「エルニィは、帰って来るんでしょうか……」

 不安に駆られた青葉へと、南は首肯する。

「今は難しいかもしれないけれど、エルニィだってアンヘルの一員なのよ。私がそうはさせないんだから。あんたはエルニィの心配をするよりも、自分の心配をしたほうがいいわね。今日も《バーゴイル》とそれに率いられた古代人機の侵攻。……正直、対処療法では限界があるわ」

「……攻め込もうにも、相手は空の向こう……」

「光の柱で召喚される敵陣営を追うことは不可能に近い。……ここまでキョムとの技術力の差が開いているとは思わなかったわね。それを埋める切り札がエルニィだって言うのに、上のお歴々は何を考えてるんだか……」

 南とて言いたいことがないわけではないのだ。

 それでもある程度は承服しなければアンヘルの存在意義さえも危うい。

「……エルニィの開発していたトウジャは、どうなっちゃうんですか」

「最悪、凍結だけれど、《ブロッケントウジャ》に関してはエルニィ本人の権限が生きている。何らかの形でアンヘルに貢献できるはずよ。問題があるとすれば、《シュナイガートウジャ》の行方が不明なのと、それを奪ったとされる人物の所在……」

 青葉は南より差し出されたファイルを捲っていた。

「……メルJ・ヴァネット……」

「国籍不明、情報は完全に秘匿されているけれど、キョムに独自で対抗している人物ね。操主としての技量も見るからに高いことから、血続の疑惑もある」

「……血続……」

 金髪の女性は銃を携えており、猛禽類のようなその眼差しは鋭い。

「戦いにおいては厄介な戦力よ。どこが抱き込んでいるのかも全然分からないけれど、それでも彼女がシュナイガーを奪ったことで、パワーバランスが崩れた。このままじゃ、上の読み合いで全てが決まってしまう。……青葉、例の件、考えてくれた?」

「……日本行き、ですよね」

「首都決戦が近いとされているのは何も南米だけじゃないわ。未だにロストライフの手が伸びていないのは、片手で数えるほどの国家しかない。その中で、次にキョムの脅威にさらされる可能性が高いのは、日本だという試算が出たのよ」

「日本が……戦場になる……」

「もしもの時に、あんたが東京の守りについてくれればこれほど頼もしいものもない……って言うのが本音だけれど、このカナイマアンヘルの防衛網やレジスタンスだってある。問題が解決しないまま、あんたを連れ出せば、どこかでひずみが生まれるのは必定でしょうね。だからこそ、これは酷だとは思うんだけれど……」

「私かルイか、どちらかが日本へと……《モリビト2号》と共に向かう、計画でしたね」

 南はテーブルに置かれていたマグカップを手に取る。

 黒々としたコーヒーに照明が反射していた。

「《モリビト2号》をあんたから奪うような真似になってしまうのが、私としては心苦しい。でも、ルイも充分に強くなった。青葉、あんたと肩を並べられる立派な操主になったと思うわ。ただし、連れて行けるのはどちらか一人。これは南米の軍部との交渉でもあるし、それに一気に二人の血続が抜ければ、カナイマは遠からず壊滅する。……だから青葉、私と一緒に東京に行くのなら、あんたなんだと思うんだけれど」

「南さんはでも、ルイと向かいたいはず、……ですよね」

 南はコーヒーを一口、含んでから静かに頷いていた。

「……うん。私が人の親としてまともかどうかはさておき、あの子一人を残すのは少し、ね……。《モリビト2号》を運用する以上、あんたかルイは絶対に必要になる。本来なら、新型機を揃えてから言えって話だけれど、シュナイガー強奪の件で強く出づらくなったのも事実なのよ。エルニィが進めているモリビトの新型機――《モリビト雷号》が完成するよりも先に、東京行きの人員は決めないといけないわ」

「分かってます、私……。ルイも強いですし、悩む理由なんてない。ないんですけれど……」

 握り締めた拳が震える。

 こんなところで、《モリビト2号》と別れなければいけないのか、それとも日本に渡り、新たなる戦いに身をやつすのか。

 どちらを取っても辛い決断には違いない。

「……青葉。あんた、目が覚めてからちょっと働き詰めよ。一日分の休暇を出すわ。どうしようがあんたの自由。ちょっと行ってらっしゃい」

「……でも、キョムは向かってくるんじゃ……」

「それでも、よ。あんたが潰れちゃえば、他も立ち行かなくなる。ルイや広世君も敵が攻めて来なければ無理に戦闘待機にする必要性もないし、重要な決断を前に少しでも、ね。あんたは自分の頭で考えるべきなのよ」

「自分の、頭で……」

「そう。どんな時でも、実際に状況を変えるのは他でもない、自分自身の意思だけなんだから」

 その優しい言葉が、自分の背中を後押ししてくれる。

 いつだって、出会いが変えてきた。津崎青葉と言う人間の運命は、この南米、ベネズエラと共に変わっていったのだ。

 だから、ここでも変わるのならば、それは自分の意思で。

「あの……南さん。ちょっと、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい。返答がどんなものであったとしても、私は青葉の選択として尊重するから」

 駆け出した青葉は格納庫に仕舞われている《モリビト2号》を発見するなり、叫んでいた。

「あの! 《モリビト2号》……出せますか?」

「青葉さん? でも今は戦闘待機じゃないって……」

「いえ、ちょっとモリビトと……行きたい景色があるんです」

「待ちなさい。一人で行くつもり?」

 コックピットから出てきたルイと視線を交わし合い、青葉は微笑む。

「じゃあルイもその……一緒に来てくれる?」

「……ついて行かないのも嘘でしょ。《モリビト2号》、出撃準備に入るわ」

 タラップを駆け上がり、青葉はいつものように下操主席に座ろうとしたルイに、声をかけていた。

「……あの、今だけは私が、下操主してもいいかな?」

「……好きになさい。あんたも南も勝手なんだから」

 恐らくは日本行きのことはもう南から聞かされているはずだ。

 ルイも悩んでいるに違いない。それでも前に進むために、自分と一緒にモリビトに乗ってくれると言うのなら、答えなければいけない。

 自分だけの言葉で。

 自分だけの気持ちで。

 下操主席に座り込むなり、思い出が溢れ出す。

 ――かつて、自分と共に歩んでくれた愛しい人機。

《モリビト2号》はその鼓動を静かに刻み、格納庫より飛翔していた。

 そのルートは既に決まっている。

「ポイントB20、到着……」

 初めて古代人機に遭遇した場所、そして自分にとっては初めての「戦場」。

「青葉、周囲に敵影なし」

「ありがとう、ルイ。私の我儘に付き合ってくれて……」

「別に。とっとと済ませなさい」

 つんと澄ました様子だが、それでも自分の気持ちを分かってくれているから出る言葉なのだろう。

 青葉はコックピットから出るなり、ゆっくりと降下し、少し歩んで砂礫を踏み締める。

 霧が濃くなってきたものの、《モリビト2号》の双眸は翳らない。

 振り返り、青葉は視界の中に捉える。

 今日まで自分を見守ってくれた大事な存在。

 自分の半身と言っても差し支えない、尊い人機。

 それでも――別れの時は、訪れるのだろう。

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