JINKI 200 南米戦線 第十四話 「暗黒は芽吹く」

 こちらの挑発にカリスは鎌を突きつけて応じる。

「てめぇの子飼いが八将陣の穴埋めってのは納得はしてやる。だがな、いつまでも実戦投入されない穴埋めってのはただのゴクツブシだって言ってんだよ。オレたちはこの二年余りで実地のロストライフ現象を数多く引き起こしてきた。だが、てめぇの飼っているアーケイドとやらはいつまで経ってもロストライフの実戦に駆り出されないんじゃ、疑問も出てくる」

「《キリビトプロト》は繊細な機体なのよ。簡単にロストライフ現象の実戦投入と言うわけにもいかない」

「繊細? 繊細ねぇ! 笑わせてくれるぜ! キョムの生み出した人機はどれもこれもこの世界の盤面を崩すに足る強力な人機だ。それを繊細の一言で投入の足踏みをされてるんじゃ、割に合わねぇって言うんだよ」

「カリス、随分と突っかかって来るじゃないか。それほどに、アーケイドに不満でも?」

「……ああ、不満って言うよか解せねぇな。奴はオレらみたいに純粋に黒将の選んだ八将陣じゃねぇ。オレやあんたみたいに、世界への憎悪を膨らませて、それで生き永らえている人でなしとは違うんだ。そいつに八将陣の席を与えるのだって、オレは反対なんだぜ?」

 なるほど。ただの戦闘狂に思えてこれでもしっかりと八将陣の行く末を考えている。

 だからこそ黒将は見初めたのだと言えるのだろう。

「カリス、あんたは自分の戦歴を少しでも鑑みたほうがいいんじゃないの? 他人の勘繰りなんて趣味じゃないだろうに。前回の《バーゴイル》小隊と古代人機が全滅、上に届いていないとでも?」

 死に体のはずのカナイマアンヘルへの強襲作戦が泡沫に帰したのはカリスの責任問題だ。

 それを突きつけると、さしものカリスもうろたえる。

「あ、あれはイレギュラーだった! 何もなかったら成功していた任務だったはずだ!」

「その何もなかったら、じゃないから失敗したんじゃないの? あまり他人の糾弾に忙しくなるのは愚かしいとは言えないかしら?」

「……何だと、てめぇ……ジュリ。オレに! 盾突こうってのか!」

 鎌を振るい上げたカリスに対し、ジュリは眉一つ動かさなかった。

 その必要性すら感じなかったからだ。

 振るい落とされるはずだった鎌を掴んだ剛腕は、八将陣の中でも巨漢の一人である。

「……てめぇ、バルクス……!」

「八将陣同士で揉め事とは、感心しないな」

「関係ねぇだろ……! てめぇは所詮、オレたちとは対等なんだからよ……!」

「だがあのお方の留守を預かっている手前、八将陣同士の潰し合いなど看過できまい」

「……黒将は死んだんだろ」

「言葉が過ぎるぞ、カリス。あのお方がそう簡単に滅ぼされるものか。その証明を我々は探し続けているはずだ……!」

 バルクスの怪力は強化人間であるはずのカリスでさえも及び腰にする。

 鎌が握り潰されるのを感じ取ったカリスは素早く後ずさっていた。

「……黒い波動……か。それもこれも、どうにも不確かじゃねぇのか? 本当に黒将はあんな形になっても生きているって言うのかよ」

「あんな形、と言うのは適さない。あのお方は純然たる姿こそが本懐のはずだ」

「……へいへい。これだから黒将原理主義者ってのは話が合わないんだ。あり得ないことを前提にして暴論を振り翳しやがる」

「……カリス……」

 暫し睨み合った後、武器を下げたのはカリスのほうであった。

「……八将陣同士で喰い合うのは旨味がない。その意見には同調するぜ。だがな、アーケイドはこのジュリが勝手に見初めたどこの馬の骨とも分からん人間だ。黒将の集めたオレたちとは違う。雑味がある」

「……ではその議論の末に戦うか、カリス」

「馬ぁー鹿。それこそ誰かしらの目論みだろうが。オレは損耗しない。この程度で論客に上がったところで、馬鹿馬鹿しいってもんだ。次の戦いに備えて人機を万全にしておく。それこそが、八将陣なら務めだろ」

「さっきまで喰ってかかっていた人間と同じ口から出ているとは思えないけれど?」

「うっせぇよ、ジュリ。てめぇだって女だ。いつでもヤれることは頭の片隅に入れておけ」

「その時には私があんたを殺っちゃっているかもね」

 互いに言葉を投げ合ってから、カリスは舌打ちを滲ませていた。

「八将陣同士で争うのは旨味がない、か……。その言葉、きっちり覚えておくんだな、ジュリ。それにバルクスのオッサンも。オレたちはあくまでも黒将の意に沿うことを目的とした集団、それ以外は全て些事だ。後ろから撃たれても文句は言えねぇんだからな」

 その時、声を投げて来たのはハマドであった。

「カリス! 何をやっているのです! ……ジュリとバルクス……二人相手に何を……」

「何でもねぇよ、ハマド。てめぇも、つまんねぇ奴なら後ろから斬るって話だ」

「……どういう……」

「ハマド、言及はおすすめしない」

 バルクスのドスの利いた声に、ハマドはフッと笑みを浮かべる。

「……何だ?」

「いえ、随分とご執心のようでしたので、少し可笑しくって。恋人の失態は、鋼の男であるバルクスといえども、無碍にはできませんか?」

「ああ、できないな」

「……あなたは真顔でそう言えるから、余計になのでしょうね。行きますよ、カリス。彼らの意見に水を差すことはできそうにない」

「……とは言ってもよ、ハマド。いつになったら黒将は再臨するんだろうなァ。オレはもう待ちくたびれちまったよ。二年だぞ、二年。黒い波動を集めていれば、黒将は復活する――なんて妄言を信じて二年だ。オレたちはもしかすると、担がれているのかもしれねぇなァ」

「担がれているとして、それでも世界を回すのは我々の側でしょう、カリス。今は辛抱強いほうが勝つ」

「……そうだなァ……辛抱強く、か。そいつは……随分と言えた話かもしれねぇぜ」

 下卑た笑みを浮かべながら、カリスはハマドと共に遠ざかっていく。

 その背中が庭園から消えたところで、ジュリはバルクスにウインクしていた。

「……ありがと、バルちゃん。お陰で命拾いしたわ」

「アーケイドに関してはお前の一存だ。カリスたちの意見も分からないわけではない」

「それでも、惚れた女に味方してくれるのがあなたでしょう?」

「……カリスたちの意見も耳を傾けるところがないわけでもない。少しは身の振り方を考えろ。そうでなくとも、八将陣の席を埋めるのはかなりの重責のはずだ」

「心配してくれているの? 優しいのね」

「……杞憂で終わればいいのだがな。《キリビトプロト》――彼の機体はエクステンド機に分類されるのだと聞いている」

「一部の人間に強く共鳴する機体……エクステンド機、それが純粋な血続でもないアーケイドに充てられているとなれば、心配も増えると言う話かしら?」

「……私が真に憂いているのは、そのエクステンド機の試作型こそが《キリビトプロト》なのだと言う……ここで下手に前に出して撃墜の憂き目に遭えば、それこそ事だぞ」

「彼女は強いわ。私の思っていたよりもずっと、ね」

「それは執念深さとも言う。あの局面、死んでいたのは自分かもしれないと言う感覚がアーケイドを強くしている。しかしそれは……亡者の誘因だ」

「死の臭気が濃くなれば警告もするわ。私の女ですもの」

 こちらの毅然とした態度に、バルクスは下手な言葉は差し挟まないほうが得策だと判じたのだろう。

「……よかろう。あれに関してはお前に一任する。とは言っても、私は現状の宙ぶらりんな八将陣を束ねているだけ。いずれリーダー格の人間は現れるだろう。そうなった時、八将陣の席をどうするのかはその人間の素質次第だ」

「今も行方不明なヤオおじいちゃんみたいなのらりくらりが主義の八将陣だって居る。正直、組織としての体裁なんて今さらないのよ」

「それでも、最終的な勝利者は揺るがない。キョムこそが世界を支配する」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です