「そうね、それさえ揺るがなければ、最終目的地で惑うことはない。私は、これでも戦士のつもりだもの。バルクス、あなたも戸惑うことがなければいいけれど」
「私は武人だ。戸惑いは死に直結するのを知っている」
「だからこそよ。あなたが一度でも戸惑ってしまえば、それは八将陣から抜けるだとか言い出しかねないもの」
こちらの懸念事項にバルクスは真面目腐って思案する。
「……私に八将陣以外の道など、もう残されていない。敗残の兵として生き永らえるくらいならば、崇高なる死を選ぶだろう」
「そうならなかった時が心配。……もしかしたらキョムの最大の敵は、そうやってストイックに考える人間なのかもね」
「興味深い話だ。私がキョムを離反すると?」
「その可能性の話。したっていいでしょ? 可能性くらい」
「……私がキョムを相手取る、か。……それはまさしく、永劫の勝者に敗北を喫した、その時なのだろうな」
言外にキョムと敵対する可能性など一ミリもないと言い出さないのが、バルクスと言う男だ。
彼は自分の信念に忠実であり、その信念の赴くところを間違えれば、キョムを相手取って世界のために戦うことだってあり得るだろう。
その時には――自分は彼に銃口を向けられるだろうか。
一拍の疑念が脳裏を掠めたが、そんなことは今考えるべきではないと一蹴する。
「アーケイドのメンテナンスに行くわ。彼女だって血続操主じゃないけれど、それでも戦えている」
「期待はしている。八将陣が欠けるよりかは、充分な戦力を整えることこそが、世界との闘争に打ち勝つことに繋がるだろう」
踵を返したバルクスの大きな背中を一瞥してから、ジュリはメンテナンスルームへと向かっていた。
格納デッキに佇む巨体である《キリビトプロト》の存在感は他の人機を圧倒する。
「……これでも試作機、か」
呟いたジュリは指笛を吹いていた。
コックピットが開き、露わになったのは無数のケーブルに繋がれたアーケイドであった。
彼女は血続ではない。
ゆえに血続操主でなければ埋めようのない隔絶を埋めるために、《キリビトプロト》向けに彼女は「調整」されている。
それもこれも、キョムの八将陣として戦うための禁術であった。
「……あ、私、は……」
「アーケイド。出番よ。次の戦地はカラカス中心部。それで私たちはキョムへとあなたの存在を認めさせる。正式な八将陣になれるのよ」
「私、が……八将陣に……」
戦闘状態にないアーケイドは、ほとんど夢を見ているようなものだ。
そんな彼女でも、八将陣の席は魅力に違いない。
自分が与えた、この世界を変える最後の居場所なのだから。
「……やれるわね?」
「……向かってくる敵を全て倒せば……」
「そうよ。あなたはいつも通り、《キリビトプロト》の戦力を存分に振るってくれるだけでいい」
「……任せて、お姉様。私は……絶対に、八将陣として……」
まるで吸い込まれるようにしてコックピットが閉まり、アーケイドの肉体はケーブルの内側に呑まれていく。
きっと《キリビトプロト》は、人を蝕む人機なのだろう。
それでも、その力を使ってでしかできない抗いがある。
「……でもそれは、あなたにとっての幸福では、ないのかもしれないわね」
呟いたジュリは踵を返し、自分の機体へと向かっていた。
真紅の人機、《CO・シャパール》――自分の剣だ。
「全ては黒将の望んだ世界のために。私たちは、バルクスのような崇高さを持ち合わせているわけでもなければ、破壊衝動のままに宣戦布告するんじゃない。私たちのための世界を実現するために、ここで動く」
《キリビトプロト》の眼窩に命の灯火が宿る。
ジュリは遥か眼下の地球を見据えていた。
「……行くわよ」