JINKI 200 南米戦線 第十七話 「別れの時だとしても」

 だが、大丈夫だ。

 もう自分は――大丈夫なのだから。

「うん。日本に行くのは南さんとルイ、それは決定でいいと思う」

「そうじゃなくってさ……! 青葉と《モリビト2号》を引き離すなんて、ボクは……!」

「エルニィ、これは私の決めたことだから」

 そうやって肩を抱くと、彼女は震えていた。

「……ゴメン……ゴメンね、青葉……っ! ボクが、ヘマしなければ、こんなことには……っ!」

 しゃくり上げるエルニィに、青葉はそっと背中をさする。

「ううん、いいの。モリビトはきっと、私が思うよりももっとたくさんの人を守ってくれる。そのために離れ離れになるのなら、それくらい全然怖くないもん」

 エルニィは涙を拭い、鼻をすすり上げて無理やり笑顔を作る。

「……じゃあ、最終調整はボクがしないとだね……っ! だって、ボクはアンヘルの……メカニックなんだから……っ!」

「……うん。きっとそれがモリビトにとって一番のプレゼントになると思う」

「よぉーし! 腕が鳴る。さぁ、やるよ! みんな! カナイマアンヘルの総力で《モリビト2号》を完璧な状態に仕上げよう!」

 エルニィの言葉に導かれて総員が出払う中で、青葉は車椅子に乗った山野の声を聞いていた。

「……お前とも随分と長い付き合いになっちまったな」

「山野さん……。いえ、私も……ここに来られてよかった。結果論ですけれど、日本に居たら、こんな感情、抱けなかったと思うんです。私はおばあちゃんの死に囚われて、きっと……抜け殻みたいな生き方をしていた……。でもここに来れたから、ここで生きて、息を吸って、そうして強くなれたから……! 私はみんなに誇れる操主に成れた! ……私を変えてくれたのは、ここに居るみんななんです。誰一人、欠けることのない……」

「……両兵の馬鹿野郎がここに居ねぇのは、俺にも責任はあると思っている」

「いえ、両兵とは……まだ繋がっている。絆は生きている。だから、そんなに心配していないんです。変かもですけれど、両兵は、この空で繋がっているどこかで、まだ……命を燃やし続けているのだけは分かるから……」

「……現の奴も、いい操主を育て上げたもんだ。きっとあいつも喜んでいるだろうな」

 青葉は山野の言葉にハッとして振り返っていた。

「……何だよ」

「いえ、その……いい操主って、面と向かって言われるのきっと、初めてだから……」

「そんなに意外か? ……ったく、何度も言わせんな。いい操主といい人機、それにいいメカニックが揃えば怖いもんはねぇ。ここには全部あるだろ。なら、恐れるものなんて一個もねぇはずだ」

「……ええ、確かに。私は……私の愛した《モリビト2号》と一緒に、ここまで来られてきっと、幸福だった。だから、笑顔で送り出そうと思うんです。それがきっと、モリビトも嬉しいはずだから……」

「……これは戯言だと思ってくれていいんだがな。いい乗り手が居るんなら、メカも命冥加があるってもんだ。たとえ戦う土地が遠く離れたとしても、それでも繋がっているもんがある。人はそれを、絆と呼ぶんだろうがよ」

「……モリビトはルイが預かってくれます。だから、私は大丈夫」

 こちらの顔を一瞥し、山野は帽子の唾を下げる。

「……大丈夫って奴のツラじゃ、ねぇとは思うがな。……別れの言葉に口出しなんてしねぇよ。輸送の手はずが整うまで、コックピットは開けておく」

「……ありがとう、ございます」

 涙顔で何度も何度も、青葉は込み上げるものを感じていた。

 ――1988年、ベネズエラ。

 そこで全てが変わった。

 人機との出会い、別れ、戦い、離別、因果――そして、紡いできたものの名前は絆。

 そして、二年経った今、自分は《モリビト2号》に何を伝えられるだろう。

 何を託せるのだろう。

「……青葉、南が呼んでる。……青葉?」

「……あ、ルイ……。ううん、何でもない」

「南が一度、話があるって。……大丈夫なの?」

「うん。私は大丈夫だから」

「……そうは見えないけれどね」

 きっと泣き腫らした顔を見せているに違いない。

 だが、取り繕えるような余裕もなかった。

――《モリビト2号》とはここでお別れ。

 もう二度と、出会えないかもしれない。

 自分の愛した人機は、遠い国へ、日本を守るために。

 南は責任者としての部屋に居た。

 かつて静花のものであった部屋だ。

 ノックして、返答を待ってから入る。

「……失礼します」

「青葉、お疲れ様。決断は聞いたわ。エルニィを含むメカニックはきっちり仕上げてくれるって話だし、あんたにはこの先、新型機が充てられることになるでしょう」

「あの、南さん。用って言うのは……」

「別段、用事って言うほどでもないんだけれど……もう涙は見せて来たのよね?」

 こちらの気持ちを慮った南の声に、それだけで感極まってしまう。

「……はい。モリビトとはここでお別れ。私は、南米の――アンヘルを守り続けます」

「向こうで余裕ができれば、あんたを呼ぶって言う手はずだって整えられるかもしれないけれど、今はお互い、離れ離れでキョムとの戦い、か……。辛いわね、ここまで見知った人間同士の別れって言うのは。それがたとえ今生のものと言うわけでもなくったって」

「また、逢えますよ。きっと、逢えます。……だって、モリビトもアンヘルのみんなも、ここまで頑張ってくれたんですから」

「青葉、あんたにはできれば無理をして欲しくない。広世君が残るって言ってくれているから安心はしているんだけれど、それでも、ね。愛した人機と別れろって言っているんだもの。非情な物言いだとは分かっている」

「無理なんて。私は本当に……モリビトと出会えて……そして南さんたちとも出会えてよかったんですから。きっとここまで強くなれたのは、一つだけじゃない、みんなとの出会いの証なんです。だから、私は……戦い続けます。何もかもなくなったとしても、絶対に……。愛したこの土地を守り抜くために……」

 そこまで誓いを述べたところで、不意にぬくもりを感じて、青葉は目を見開く。

 抱擁してきた南の体温に、ハッとしていた。

「……そこまで無理しなくたっていいの。あんたはいつだって、思った以上に無茶をするんだから。青葉、私は別にあんたの上官でもなければ、指図をする人間でもない。だって、ここに来て、あんたと出会えたのは、友達になるためでしょう?」

「友達……?」

「そっ。友達。あれ? 違った? 私は最初からそのつもりだったんだけれどなぁ」

「いえ、その……。そっか。あれだけ憧れていた友達って……もうできていたんだ……」

 何だか妙に胸の内がくすぐったい。

 南と顔を合わせると二人してぷっと吹き出していた。

「何だか可笑しいですね……。思いつかなかったなんて」

「ええ、可笑しい。青葉。あんたは私の、胸を張って言えるだけの親友なんだから。だから、目一杯笑って、目一杯泣いて、それで気持ちをハッキリさせなさい。《モリビト2号》とのお別れにはまだ時間があるでしょう?」

「あっ、そう言えば山野さん、コックピットは当日まで開けておいてくれるって……」

「ほら、そういうところ。……一人で立っているわけじゃないんだから。《モリビト2号》とのお別れは済ませておいて。誰も邪魔しないんだから。あんたとモリビトの絆には分け入れないもの」

 青葉は南の体温に、涙がじわりと滲み出したのを感じた。

 こうして、自分の痛みを分かってくれる。

 他者の痛みであったとしても、それをまるで自らの痛みのように、分け与えられる。

 この出会いはきっと、永遠なのだろう。

 人機と出会わなければ、《モリビト2号》の操主に成らなければ――これも得られなかった出会いの欠片。

「……私、南さんと会えてよかった」

「私も。青葉と会えてよかった」

 そうして二人して、少しだけ涙の痕が残った顔を見合わせて笑い合う。

 ――大丈夫。きっと、この出会いは途切れない。

 そう心に結んで、青葉は部屋を出ていた。

「気は済んだ?」

「あっ……ルイ……」

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