JINKI 200 南米戦線 第十六話 「霜月桜花」

 リーダー機からの声に、両兵は太刀を提げて対峙したナナツーの軍勢からの銃撃網を潜り抜ける。

『……かつてダビング中将が用いたシステムでもあり、そして《バーゴイル》に搭載されていると言う人工知能の一種。人機の自動操縦を可能にする……』

「要は、木偶人形が増えただけって話だろうが! 一気に押し切るぞ! 敵勢にビビってんじゃねぇ!」

 応! の声が津波のように返ってきて、両兵は跳ね上げた切っ先で敵機の血塊炉を射抜いていた。

 そのまま切り払い、青い血潮が迸る。

 即座に蒸発した血糊を顧みもせず、両兵は前衛を務める。

「もうすぐカラカスだってンだろ? ……だったら、足踏みしている場合でもねぇよなァ!」

『リョーヘイ、気を付けて……。どんどん敵影が増えていく。包囲されたら終わりだよ……!』

「ケッ、てめぇに教えてもらうほどじゃねぇや。霜月、きっちりついて来い! 言っておくが、足挫いた奴をいちいち気にかけるほどの余裕はねぇぞ!」

『な――っ! それは両兵も同じでしょ! ほら、そっちの敵影、鈍い!』

 桜花の《アサルト・ハシャ》が銃撃し、敵のナナツーのコックピットを貫いていた。

「……そうだよ。今は、ただ前に進むっきゃねぇ! 全員、足止めた奴から放っていく! 置いて行かれたくなきゃあ、しっかり足踏ん張れ!」

 カラカスアンヘルの者たちの声が相乗し、敵人機を抑えにかかるが、それでも実力不足な人間から脱落していく。

『嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたく……』

 ぷつりと途切れる回線越しの命を感じつつ、両兵は《ナナツー零式》の太刀を振るう。

 この死地において一つの命に頓着すれば、一つ取りこぼす。

 雄叫びを上げて命の鼓動を上げ、自分自身を奮い立てる。

「消えねぇ……消えるわけがねぇ! オレたちのこれまでと、これからの道筋は……決して消えるはずが……ねぇっ!」

 呼気一閃で人機の群れを突き抜けた両兵は、傾いだビルの壁面よりこちらを狙い澄ます敵意を意識する。

「霜月、危ねぇッ!」

 片腕で突き飛ばしたその時には、自機の腕をワイヤー装備で絡め取られている。

『リョーヘイッ!』

 片腕をそのまま釣り下げられ、ビルの影に潜んでいた機体と相対する。

「……新型機か……」

 機体識別照合には《K・マ》とあるが、その機体は明らかなカスタムタイプで、片腕に備えたロケットランチャーにワイヤーを備えおり、ウィンチで《ナナツー零式》の機体重量を支えている。

 もう片方の腕に握られたアサルトライフルが火を噴くかに思われた瞬間、加速重圧が《ナナツー零式》の機体を吹き飛ばしていた。

『リョーヘイ!』

 桜花の操る《アサルト・ハシャ》が加速度で《ナナツー零式》への照準を逸らす。

 ワイヤーは切れないままだが、それでも大地に足をつけた両兵は嬲られるように銃撃を受けた《アサルト・ハシャ》を目の当たりにしていた。

「霜月ッ! こんの……パワー勝負なら、オレは負けねぇッ!」

 先ほどは不意打ちを受けたが、大地を踏み締めたのならばこちらに分がある。

《K・マ》を引っ張り込んだこちらに、相手は恐れを浮かべるよりも先に両断の太刀が咲く。

 分断された《K・マ》が爆発の光輪を押し広げたのを視認する前に、両兵は桜花の《アサルト・ハシャ》に向かっていた。

「霜月! 無事か!」

『う、ん……。何とか……』

「重傷か? おい、救護班! 早くしやがれ!」

『大、丈夫……。一人で起きられるよ……』

《アサルト・ハシャ》が何とか機体を起こすが、それでも動力部付近を射抜かれているのが伝わる。

「てめぇは下がっておけ。あとはオレが押し上げる」

『で、でも、リョーヘイ。私はまだ……』

「――聞こえねぇのか。負傷兵は邪魔だって言ってンだ」

 そう断じればさすがの桜花でも喰らい付くことはない。

 当たり前だ。

 この二年間、ずっと戦ってきたと言うのならば、自分が下がるべき時は心得ているはず。

 リーダー機と背中合わせになり、両兵は接触回線に吹き込む。

「……霜月は後衛に回したな?」

『何だかんだ言って、お前は優しいところがあるようじゃないか、オガワラ』

「うっせぇよ。足手纏いになるんなら後ろに下がれって言うのはマジの話だ。もうすぐでカラカスだろうが。この戦いの意味を見出すのなら、こんなところで足止めている奴は下がったほうがいい」

『……言ってくれるな。きっと桜花だって辛い』

 両兵は鋼鉄の太刀を掲げ、敵陣へと踏み込む。

「……行くぞ……!」

 ――パチン、と火が跳ねる。

 あ、と声にした時には既に野営地の中央で寝かせられていた。

「……起きたか」

 桜花は焚火の灯を照り受ける両兵の相貌を視界に入れる。

「……私、生きてる」

「前線で意識失ってんじゃねぇよ。もうちょっとのところだろうが」

 その物言いには少しむっとしてしまって、思わず言い返す。

「リョーヘイが捕まったのが悪いんでしょ」

「へいへい、あんな無謀な特攻しないでももうちょっとマシな助け方があっただろうが。何だっててめぇは無鉄砲なんだよ」

「それは……でも、勝てたんでしょ?」

「……そう思うか?」

 桜花は咽び泣いている仲間たちをめいめいに視野に入れてから、今一度両兵に問い質す。

「……負けたの……?」

「いや、進軍はしている。ただ、想定していたよりも遅れ気味って話なだけだ。負け戦ってほどでもねぇが、カラカスには今日着いている予定だった。それが明日ってなれば、穏やかでもねぇ」

 桜花は自分に掛けられた毛布を意識する。

「これ、リョーヘイの?」

「……ンだよ、文句あんのか?」

「……ううん、リョーヘイの匂いがするから……」

「くせぇって遠回しの言い分なら返せ」

 相変わらず取り付く島もないような言い草だが、それでもコーヒーを啜る両兵の面持ちには今日一日分の疲弊が窺えた。

「……リョーヘイ。これっていつまで……続くのかな」

「何だよ。いつになく弱気じゃねぇの」

「だって、リーダーはカラカスを取り戻せばきっと、アンヘルの勝利だって言っているけれど、何だかそんな単純じゃないような気がするもん……。私は例のダビング中将には会ったこともないし、その人のことを信じろって言われても何だか……不思議な感じがして……」

「珍しいこともあるもんだ。てめぇは妄信的にあいつのこと信じてるじゃねぇのか?」

「……今まではカラカス奪還なんて遠い理想だったけれど、それが何でなのかな。ようやく届く段階になって、逆に怖くなっちゃっているのかも。本当に……それが私たちの、戦いの終着駅なのかなって……」

「小難しい理論こね回してるもんだな。てめぇみたいなのは猪突猛進タイプだろ、どうせ。戦って勝つ以外に知らねぇのはお互い様だが、そっちが弱気になってどうするんだよ」

「それは……。言いっこなしだよ……」

 どうしてなのか自分でも不明瞭だが、カラカスを取り戻した先に未来が待っているとこれまで教え込まれてきた――その常識が砂上の城のように脆く思えてしまう。

 自分たちはともすれば、掴もうとして消える幻にただ手を伸ばしているだけなのではないのかと。その弱々しさに、自分だけではない、両兵も巻き込んでしまっているのではないかと言う恐怖。

 今さらそんなものに囚われるほど弱くはないと断言するのには、自分一人では少し持て余す。

「……ねぇ、リョーヘイ。もし……負けちゃったらどうしよう」

「戦う前から負けるかもなんて言い出す奴は戦いにゃ向いてねぇよ」

「それはその通りかもしれないけれど……リョーヘイは、怖くならないの?」

「ならん。って言うか、負傷兵は大人しく寝ておけ。明日も今日の分を取り戻すために進むって話だ。お前は後衛に置くって決定だかんな。前に出しゃばって来るんじゃねぇぞ」

「そんな……! 私の《アサルト・ハシャ》があれば……前にだって!」

「アホ。それで今日動力炉を潰されたんじゃ話にならんだろうが。……これはリーダーの決定だ。オレが何か言ったわけでもねぇ。納得できねぇって言うのか?」

「それは……リーダーがこれまで間違ったことなんてないけれど、でも……。ようやく決戦なんだよ? だって言うのに、これまでの編成を無視して後ろになんて居られない! どんな機体だっていい、私を前に出して! 今日みたいな失態は冒さないから!」

「言い切れるもんでもねぇだろ。戦場は流れる水みてぇなもんだ。どんな勝算があっても、一パーセントでも不確定要素があるんなら潰しておくのが定石だろうが」

「それは……合っているけれど」

 それでもこちらが難しい顔をしているせいなのか、両兵が覗き込んでくる。

「……お前、どうあっても前に出たいって顔してやがンな……」

「だって、今日だって私が居ないと、リョーヘイを助けた人なんて居ないんだよ? それってやっぱり、私が必要ってことじゃ――」

「自惚れンな。てめぇだって替えの利く駒ってわけでもねぇんだ。幸いにして機体は余ってる。傷の少ない人機をあてがってやるって話だ」

 落ち着き払ってコーヒーを飲み干そうとする両兵へと、桜花は思い切り背中を叩いていた。

 案の定、コーヒーが逆流したのか、両兵は吹き出す。

「何すんだ、てめぇ!」

「いいもん、リョーヘイってば、本当にズルいんだから」

「……あのなぁ、オレは死にたがりのお供をするつもりなんてねぇんだ。見えねぇわけじゃねぇだろ。今日だって大勢死んだ。だって言うのに、命を拾ったんなら、それはめっけもんって奴なんだよ。……お前の自己満足のために連中は死んで行ったわけじゃねぇ」

 桜花は額に巻かれた包帯をさすり、それから無理やり引き千切る。

「もう治ったもん!」

「……呆れて言葉もねぇとはこのことだな。別にカラカス奪還で全部終わるってわけでもあるめぇよ。その先の、生きて、戦いの果てに辿り着いた後の話を考えたっていいだろうが」

 桜花はハッとして両兵へと振り返る。彼は落ち着き払った声音で諭していた。

「お前も他の面子も、カラカスさえ奪い返せばって考え方で戦っているが、オレにしてみりゃ視野が狭いように映るぜ。キョムの目論みはロストライフ化だろうが。だって言うのに、盤面の一部だけこっちのもんにすれば、それで解決って問題でもねぇはずだ」

「……分かんない。分かんないけれど、何だかその時までには……命を燃やし切らないといけないって気がしちゃう」

「生き急ぎだな、てめぇって奴は。少しは落ち着いて足を止めて、んで空でも見て大きく深呼吸すりゃどうだ?」

「そんなの! しているヒマなんてない!」

「そうか? ……オレはそっちのほうがよっぽどどっしり構えているもんだと思うがな。いずれにしたって死に急ぎをいちいち引き留める趣味はねぇ。もうここは敵の領域なんだ。少しでも命を長引かせたけりゃ、自分の息一つも自由になんねぇぞ」

「……リョーヘイはやっぱり、そんなだから……!」

「そんなって何だよ。霜月、言っておくがこっから先はほとんど出たとこ勝負なんだ。今までの戦い振りでどうこうなるって思わねぇほうがいい」

「呆れた! 怖がっているって言うの?」

「……正直言っちまえば、ビビりも一つの命の防衛手段だ。このカラカス近郊じゃ、爆心地付近ってのは生きた心地がしねぇ」

 平時ならば否定するはずの両兵がここに来て恐れを宿すということは、その恐怖は本物なのかも知れなかった。

 だが、今さら退くわけにはいかない。

「……私、リーダーに治ったって伝えてくる」

「勝手にしろ。死ぬも自由だ」

「勝手にする! ……本当に、リョーヘイってズルいんだから」

 背中にかかる両兵の言葉も聞かず、桜花は野営地の中心部へと歩んでいった。

 そこでリーダーたちは作戦会議をしているはずだ。

 血の痕跡が残る包帯を握り締めて、声を振り絞ろうとした、その瞬間であった。

「リーダー、カラカスの爆心地にそれがあるってのは本当なのか?」

「ああ、研究施設は間違いなくあるはずだ。キョムからしてみても揉み消したい事実だろうからな」

 桜花は覚えず足を止め、人機の陰に隠れる。

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