JINKI 200 南米戦線 第十六話 「霜月桜花」

「……何を喋っているの……?」

「……それにしても、ダビング中将は何で、あいつだけを目覚めさせたんだ。こんな不幸な巡り会わせもないじゃないか……」

 嘆く仲間へとリーダーは強い顎鬚をさすって声にしていた。

「あるいは……中将の考えは最初からそうであったのかもしれん。桜花を……あいつだけを生かして、他を死なせることこそが、最もあの子の幸福なのだということを」

「……私のこと……?」

「けれども、後方支援部隊だって断たれているんです。この状態で、本当にやるんですか……? 研究施設の破壊工作なんて」

「そうしなければ中将も浮かばれまい。桜花の生まれた土地とは言え、わたしは鬼となろう。忌むべきあの子の呪われた出生を、完全に封じ込めるのにはこれしかないんだ」

「カラカスアンヘルの最終目的がキョムの実験施設の破壊なんて……オガワラには言えませんよ」

「二年、二年間だ。ようやく我々はここまで来られた。――約束の地、首都カラカス。消滅したその身を横たえさせるカラカスを救うのにはそれしかない。中枢にある実験施設を消滅させる。その間、オガワラには盾になってもらおう。彼の力は優秀だ。きっと桜花も守り通してくれるだろう」

「……リョーヘイを……盾に……?」

 声音が震え出す。

 一体リーダーたちは何を言っているのだ。

 ――自分の生まれた地? 呪われた出生?

「明朝決行する。桜花には報せるな。あの子は知らないままでいい。わたしの決定だ」

「リーダー、あんたの決定に今さら異は挟まないが、オガワラはどう言うか分からない」

「……その時はわたしが全霊を持って対処する」

「対、処……? まさか、リーダーはリョーヘイを……!」

 立ち上がりかけて貧血症状によろめく。

「誰だ!」

 勘付かれた、と察知したその時にはリーダーたちは自分の存在を目の当たりにしていた。

「……桜花、か」

「……リーダー、私……リーダーたちが間違ったことをしているなんて、そうは思ってこなかったけれど……。本当なの? リョーヘイを盾にして……私の出生? どういうこと……?」

「知らなくっていいことだ。オガワラは理解のある男、それくらいは飲み込んでくれるだろう」

「……リョーヘイは知っているの? 私の……ことを……」

 無言こそがその答えであった。

 桜花はリーダーへと歩み寄り、その覚悟の双眸を見据える。

「……カラカス奪還なんて大嘘……! 最初から、目的はそれだったのね……!」

「……嘘ではない。カラカスを奪還すればアンヘルは大きくキョムに打って出られる」

「何人も死んだ……! 今日だって!」

「必要な犠牲だ」

「私のためだって言うの? 私のために、何人も……お兄ちゃんだって死んで……」

 リーダーの手がそっと肩に置かれる。

「桜花、わたしはお前を裏切ったつもりはない。二年前にお前を見つけてからずっと、この日を待っていた。中将はお前だけは生きるべきだと判断してわたしに託したのだろう。霜月桜花――その名前を誇りに持て」

 桜花はしかし、リーダーの手を払い除けていた。

「嘘、嘘……今日までの日々は全部嘘っぱち……! みんな、私に隠し事をして、それで死んで行くなんて……あんまりじゃない……!」

「桜花! 何言ってるんだ! リーダーだって苦渋の決断で……」

「私を騙して楽しかったの? 私を今日まで欺いて……それで何が救われるって言うの……」

 頬を熱が伝う。

 リーダーは何か言おうとしたようだったが、桜花は身を翻していた。

 もう、今は誰の言葉も聞きたくなかった。

 そんな自分の足は自ずと、先ほど別れを告げたはずの両兵の下へと戻っていた。

「どうした、霜月。連中と相談して来たのかよ。……オレは火の番をしてから寝る。お前もちょっとだけでも疲労を取っておけ。そうじゃねぇと、もしもン時戦えねぇぞ」

 両兵だけは自分のことを、お荷物だと思っていない。自分を見てくれている。

「霜月桜花」という記号でしかない自分に意味を見出してくれているはずだ。

 桜花は両兵へと背中を向け、その場に座り込んでいた。

「……私も火の番をする」

「そりゃいいが、何だよ。何にも出ねぇぞ? メシならあいつらのほうに行っておけば――!」

「もう……! あんな人たちの顔も見たくない……!」

 塞ぎ込んだ自分へと、両兵は静かに語りかけていた。

「……何があった。リーダーは信じるんだろ?」

「……私は……何で今ここに居るの……? 何のために……人機に乗って戦っているって言うの……」

「らしくねぇじゃねぇか、霜月。そんなもん、考える前に飛び込むのがてめぇだろうが」

「分かんない……分かんなく……なっちゃった……」

 自分の出生の謎なんて考えたこともない。だが、リーダーも仲間たちもどこか自分に対して思っていることがある。

 それなのに何も知らないまま無鉄砲に戦って、馬鹿みたいではないか。

「……私は何を信じればいいの……」

「難しいことを言ってんな。てめぇの頭にゃそんな崇高なもん、入ってねぇだろうが」

 今は両兵の言葉にも、少しばかりの抵抗をする気もない。

 沈黙を返した自分に、両兵は振り向かずに頭をくしゃくしゃと撫でる。

「痛っ……何するの、リョーヘイ!」

「ベソ掻いてんじゃねぇよ! ここまで来たんだろうが! だったら、何を信じようがそれはてめぇの意思だ! ……今さら誰かの意図だとかそういう余分なもんは、全部すっ飛ばせ! オレの知っている霜月桜花はそういうガキだぜ」

 ハッとして、桜花は自分の掌に握り締めた包帯へと視線を投じる。

 必死になって、足掻いてもがいてここまで来たのは紛れもない、自分の意思。自分の信念であるはず。

 誰かに言われたから命を預けてきたんじゃない。

「……でも、私はガキじゃないもん」

「そうかよ。決戦は明日なんだ。今さら足を取られてんじゃねぇ。こうなったら気張るぞ。カラカスアンヘルの栄光って奴が輝くんだろ」

「……うん、そうだね。そうだと信じて、最後まで戦い抜ければ、きっと……」

 その先に明日へと続く道があると言うのならば。

 自分の生の意味も、きっと意味がある。

 そう信じたい。

「……リョーヘイ。背中、あったかいね」

「火ぃ焚いてるからだろ。何だ、暖を取りてぇンなら、真正面に来りゃいいじゃねぇか」

「ううん……今は、背中合わせでちょうどいい。背中合わせできっと、よかった……」

 涙を見られずに済んだから。

 今はきっと、この距離感でいい。

「……眠るんなら毛布に包まっとけ。決戦前夜に風邪引いてんじゃ、世話ぁねぇぞ」

 それでも今は。

 両兵の背中が一番、あたたかかったのだから。

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