「小夜……いい加減、下手に気を張らないで、もう行っちゃえば? どうせ作木君だってそこまでのものを用意しているわけでもないでしょうし」
「そ、それは言わない約束でしょ……。はぁ……じゃあ行くとしますか……」
肩を落として小夜はバイクに向かったところで、暖簾を潜って来た作木と鉢合わせしていた。
「げっ……作木君……?」
「あっ、小夜さん……。今、げって言いました?」
「い、言ってない、言ってない……。と、ところでどうしたのかしら? こんな日中に奇遇ねぇ。あっ! 天気がいいからお散歩?」
「小夜、芝居ヘタ過ぎ……。本当に女優?」
「う、うっさいわね、ナナ子」
「あっ、そういえば今日ってホワイトデーでしたので……その、お返しをしようと思いまして」
「へ、へぇー……そう。今日ってホワイトデーだったんだー」
「……小夜……」
呆れ返ったナナ子を他所に、作木が差し出したのは立派な木箱であった。
「……えっ……えっ……? もしかして作木君、内臓売って……」
「売ってません、売ってませんってば。作るのに手間がかかっちゃって、ついついレイカルに間に合わないかもって口を滑らしちゃったものですから。慌てて仕上げしたので粗いかもしれませんけれど」
木箱を開くと、そこには自分とカリクムのスケールを合わせたデフォルメフィギュアが背中合わせになっていた。
「小夜さんって言えば、やっぱりカリクムと一緒なイメージがありましたので。ちょっとしたスケールフィギュアに仕上げたらいいかもってアイデアが湧いて。でも、ラフとかに手間取っちゃって時間が思ったよりもかかっちゃったから……」
途端、小夜は大粒の涙を流していた。
その様子に作木がうろたえる。
「さ、小夜さん……? もしかして……嫌、でした……?」
「う、ううん……。嫌なわけないじゃない。やっぱり……作木君は私の王子様なんだって……再確認しただけって言うか……」
「乙女は嬉し泣きってこともあるのよ、作木君」
ナナ子の言葉に後押しされるようにハンカチで涙を拭っていると、作木は紙袋からもう一つ取り出す。
「あっ、これはナナ子さんに」
「……私に? でも私は本命じゃないでしょ?」
「いえ、レイカル共々、お世話になっていますし。ちょっとしたお礼と言うか」
「あっ、これってトルソー? しかもオリハルコンサイズの?」
作木の差し出したのはオリハルコンのサイズに合わせたトルソーであった。
「ええ、いつも服を作ってくださるので、もしかして持っているかもと思ったんですけれど」
「助かるー! こういうの欲しかったのよねぇ」
「あ、それとレイカルとラクレスにも」
「……私たちにも……?」
小首を傾げたレイカルへと、作木が差し出したのはペアリングであった。
レイカルには白銀の、ラクレスには金色のものがそれぞれ差し出される。
「二人分の重み……って奴かな」
作木の片腕には同じ色のペアリングが揃っている。
「創主様!」
「まぁ、作木様、私にもお返しを作ってくださっていたなんて。ふふっ……これはお礼のし甲斐がありますわぁ……」
レイカルに抱きつかれ、作木は照れ笑いを浮かべる。
「……そりゃあ、間に合わないわよ。これだけのお返しを用意していたんじゃ」
「言葉もありません。でも……みんなにはお世話になっている分、しっかりとお返しをしたくって」
「皆まで言うもんじゃないわよ、作木君。けれど、あえて言っておくと……これだけの女子相手に全部お返し。――気が多いって思われるとは、思っていなかった?」
完全に失念していたらしい。
あっ、と声を漏らした作木の腕に小夜は飛び込む。
「なーんて! ね? 今日は私が独り占めー!」
「あーっ! ズルいぞ! 割佐美雷! 創主様は私にもお返しをくれたんだからな! ですよねっ! 創主様!」
言葉を返し損ねている作木へと、ナナ子は訳知り顔でウインクする。
「……ね? 大変なのよ、女子ってのは」
「――そろそろいいか」
「はて、何のことでしょう」
将棋盤を挟んで向かい合っているヒヒイロへと、削里はそっと包みに入ったチョコレートを差し出していた。
「これはこれは。真次郎殿がお返しとは。作木殿やレイカルに触発されましたか?」
「手痛い言い回しをするなよ。毎年のことだろ? これも」
「しかし三倍返しには程遠い様子。よいのですか? これではさしもの私も呆れ返りますよ?」
「じゃあ三倍返しを賭けて勝負だな。言っておくが、今日ばっかりは負ける気はしない」
「では、この一手で」
ヒヒイロが駒を進める。
その一手で暗雲が垂れ込め、やがて首をひねった後に削里は負けを認めていた。
「……参りました」
「勝負の世界も、催し物の世界も素直が一番、ですね」