シールはその言葉を受け止め、深呼吸した後に頬を張る。
「……何やってんだ、オレ……。こういう時に、操主に気ぃ遣わせるもんじゃねぇよな……! 下操主の心配は要らねぇ、さつき! 思いっ切りやってやれ!」
「はい……っ! 《キュワン》!」
心拍が一体化した人機の躯体が跳ね上がる。
古代人機の砲撃が迫る中で、空中で舞踊するように一回転した《キュワン》は緑色の光を全身に帯びていた。
十二単を想起させる稼働部位から、リバウンドの光弾が充填される。
「Rフィールド――っ、プレッシャー!」
一斉掃射の輝きが地表を這う古代人機を打ち据える。
接地点を重点的に狙い澄ました攻撃は古代人機を転倒させていた。
そのまま馬の蹄のように鋭い脚部装甲で飛び蹴りを見舞う。
古代人機の表皮装甲が裏返り、一撃で貫通せしめていた。
「……残り四機……!」
「行けっ! さつき!」
「はい……っ! ファントム……!」
シールの声を受け、四方八方からのシューターの砲弾を潜り抜けたのは神速の加速度であった。
黒く染まった大地を駆け抜けた《キュワン》は、その手に標準装備された小太刀を袖口から現出させ、すれ違いざまに掻っ切っていく。
それは《ナナツーマイルド》との幾度のツーマンセルが成し得た結実であった。
小太刀を掌で回転させ、こちらの速度に付いて来ていない古代人機の頭部へと投擲する。
「これで残り二機……!」
古代人機が砲弾を中空へと放つ。
それは何かしらの合図であったのだろう。
先ほどまで南の《ナナツーウェイ》を相手取っていた《バーゴイル》が一斉にこちらを照準していた。
『さつきちゃん! シールも! そこから離脱して! 回り込まれるわよ!』
「……だってよ、さつき。離脱するか?」
「……いいえ。南さんがつい先ほど仰られた通り。――ここでキョムは全機、撃墜します!」
自分自身を鼓舞する声に、シールは姿勢を沈めて下操主席の操縦桿を強く握り締める。
「……あーあ、これ、結構な貧乏くじだぜ。いきなりやらされるのが、新型機の慣らし運転なんてな」
「……シールさん、一気に決めます。準備は……できてますか?」
「冗談言うなよ。……とっくの昔にできてるぜ!」
さつきは意識を《キュワン》の内部へと沈める。
――《キュワン》はRフィールド生成機が《ナナツーライト》を凌駕するように設計された人機。
何よりも、シールたちの信頼が形になったものだ。
だからこそ――ここで迷わない。
目を見開いたさつきは《キュワン》を押し包むリバウンドの輝きを全て認識していた。
それは後背部に位置する平時では目で確認できないRフィールド形成機でさえも、意識のうちに入れている。
「――爪弾け! Rフィールド、プレッシャーガーデン!」
全方位に向けて放射されたRフィールドの散弾が古代人機とキョムの《バーゴイル》を射抜いていく。
その曲芸めいた弾道はより自在に。
無数の軌跡を描いて《バーゴイル》を内側から撃墜していた。
『……ぜ、全機、撃墜……。さつきちゃん……』
驚愕に声を震わせた南に、さつきはようやく緊張を解く。
「……や、やった……やりましたっ! シールさんっ!」
「……喜ぶのはまだ早ぇんじゃねぇの? 帰還までが任務だろ?」
「はいっ! ……その、私、シールさんのこと、誤解していたかもしれません」
「誤解って、……何だよ、言ってみろよ」
「……その、ちょっと強引なところもありますけれどでも……操主と人機のことをここまで思いやってくれる、最高のメカニックなんだって!」
「……褒めても何も出ねぇぞ、ったく。第一! そんな恥ずかしいこと、言ってんじゃねぇ!」
それも強がりの一つなのだと、今ならば分かる。
「はいっ!」
『なに、なにー? 何だか私の知らない間に、二人の仲が縮まった感じ?』
「うっせぇぞ、南! ……野暮なこと聞くんじゃねぇ」
確かに、野暮なことには違いない。
ロストライフの地平を、今だけは一人ではないと誇って、さつきは声にしていた。
「川本さつき、《キュワン》、これより帰還します!」
「――おーっ、さつきー。何してんだ?」
台所に入って来たシールにさつきは微笑む。
「お菓子を作っていて……今日はマドレーヌにしようかなって」
「おっ、美味そっ。じゃあ一個味見な」
言うなりぱくっと食べてしまったシールへとさつきは言いやる。
「あっ、駄目ですよ、シールさん! みんなで食べるから美味しいんですからねっ!」
「へいへーい。そりゃあ、悪ぅござんしたねぇー」
手を振って居間へと戻っていくシールの背中を眺めて、オーブンを見ていた赤緒が呟く。
「……もうっ、シールさん。だらしがないんだから」
「でも……人機と操主をしっかり見てくれる……最高のメカニックさんですから。今の一個は借り一個ってことにしておきます」
「……さつきちゃん、何かいいことあった?」
突然に尋ねられてさつきは戸惑っていた。
「えっ……何でですか?」
赤緒は屈んだまま、こちらへと視線をやって微笑む。
「だって何だか……前よりもシールさんとの距離、縮まったみたいだから」
「そ、そうですかね……。でも、そうかも……。何て言うのかな……いいお姉ちゃんができたみたいで、ちょっと嬉しいのかもしれません」
「お姉ちゃん、かぁ……。でもシールさんがお姉さんで、小河原さんがお兄さんじゃ大変じゃない?」
そう言われると自分でも奇想天外なことを言っているような気もしてくるが、自ずと嫌な気分ではない。
「いえ、でも……シールさんはきっと、こういう気持ちなんだろうなぁって、思うんです」
マドレーヌが焼き上がるのを待って、さつきは先ほどのシールの面持ちを思い返す。
焼き菓子と人機ではまるで違うだろうが――それでも誰かの笑顔のために、こうして待ち望むのはきっと楽しいはずだ。
「焼き上がったら、一番に言うんですよ。マドレーヌ一個分、シールさんは抜きです、って」
「そっか。じゃあ、さつきちゃんもいい妹さんだね」
「はいっ! だって姉妹って言うのはきっと、そういうものなんですからっ!」
芳しい香りのマドレーヌを皿に盛り付け、さつきは鼻歌交じりに居間へと持っていく。
――きっと彼女たちは、その瞬間を楽しみにしてくれるに違いないのだから。