JINKI 210 楽しみは別腹で

「オレは何となく、満足度が違う気はするがな。深夜にラーメン食うのと同じ感じだろ?」

「それともちょっと違うんじゃない? だって、これは禁断の味ってわけでもないんだし」

 エルニィたちが言葉を交わす中で、不思議と静かだったのは両兵だ。

「あれ? 小河原さん……美味しくなかったですか?」

「あ、いや、そんなことはねぇよ。旨ぇ。ただ、な。何となくだが、キャンプってのは心静かにやるってのとは縁遠いところに居たもんだから、こうして何の脅威もねぇってのは不思議でな」

「両兵の言っているキャンプって、それこそ紛争地とかの奴でしょ? それとこういう趣味としてのキャンプは一緒じゃないのは分かるけれどねー」

 両兵はカレーを口に運びつつも、どこかここではない場所を見ているように思えていた。

 おかわりを要求したエルニィに、赤緒も同じようにおかわりのために皿を差し出す。

 するとシールが悪い微笑みを浮かべていた。

「いいのかよ? 太っちまうぞ?」

「い、今だけは別腹ですから! ……今だけは……」

 言い訳がましくそう言うと、シールはふーんと訳知り顔になって皿によそう。

 赤緒は美味なるカレーを頬張りながら、空を仰いでいた。

 眩いばかりの星々の浮かぶ宵闇が茫漠と広がっている。

 どこか取り残されたような寂しささえも去来するのは、ミニキャンプの効力だろうか。

 やがてカレーを食べ終えた一同は、テントへと飛び込んでいた。

「さぁーて! キャンプも大詰め! テントで寝ちゃおーっと!」

「た、立花さん! 食べてからすぐ寝ると、牛になっちゃいますよ」

「えーっ! 赤緒ってばミニキャンプでもそんなこと言うの? 今だけは別腹! でしょ?」

 そう言ってシールとエルニィはテントに入るなり、寝袋に包まっている。

 直後には寝息が漏れ聞こえていた。

「……調子いいんだから、もう。月子さんは……」

「私ももうちょっとしたら、テントに入ろうかな。小河原君は?」

「オレは夜が明けるまで火の管理しておくぜ。柊、さすがにお前が入るスペースはないだろ? てめぇは部屋で寝ろよ」

「あっ、はい……」

「そう言うと思ったから……」

 月子が取り出したのは真新しい寝袋であった。

「あっ、それ……」

「赤緒さんもこれが最初で最後のミニキャンプなら、せっかくだし楽しまないとね! テントにはあと一人分は入れるから」

「あれ? じゃあ小河原さんは……」

「オレが女連中のテントに入るわけにゃいかんだろ。お前らが寝入ったのを確認してから、火の処理をして朝方には橋の下に戻っておく」

「じゃあ、お願いね、小河原君」

 月子がテントに戻って改めて赤緒は両兵と向かい合う。

 何だか火を挟んでこうして二人っきりになると、普段は思いもしないことが口から出そうであった。

「……このミニキャンプとやら、今日で終わりなんだろ?」

「あ……はい。さすがに境内で火は危ないので」

「ま、いいんじゃねぇの。一応、夜だって戦闘警戒だ。だが、メカニックの連中からしてみりゃ、ちょっとした息抜きだったのは確かだろうぜ。朝も夜もずっと人機の整備点検してれば、こういうリラックスも必要だろ」

「……その、私、頭カタかったでしょうか? これくらい、許してあげても……」

「そう思えるだけ、いいんじゃねぇの? どっちにしたって、キャンプってのは案外、楽しみも多いってことさ。コーヒーも旨かったし、カレーも格別だった。それってのはキャンプじゃなきゃ味わえねぇ代物だ」

「……ですね。何だかみんなでこうしてキャンプの物、揃えるのも楽しかったですし……また、別の機会があれば……」

「おう。そん時にはアンヘルの連中全員でやるのもいいかもな」

 赤緒は両兵へと、何か言葉を投げようかと思っていた。

 それは火の照り返しを受けた両兵の面持ちが平時とは異なっているように映ったからかもしれない。

 ただ――これはミニキャンプで、そして自分は入口に立ったばかり。

 少し深い話をするのには、まだ足りないだろう。

「……おやすみなさい、小河原さん」

「ああ。火に関しちゃ任せとけ」

 赤緒はテントに入るなり、三人が耳をそばだてていたことを認識する。

「何だよー。もっと何か言うかと思ったのにー」

「赤緒、お前も何だかんだでヘタレだな」

「赤緒さん、せっかくだし寝入るまで女子トークしましょう」

 めいめいの反応に戸惑いつつも、赤緒は寝袋に入って眠りの誘惑が来るまで取り留めもない話を繰り返す。

 それは今宵が特別なもののようで、赤緒は夢の船を漕ぎ出すまで、ずっと高鳴る鼓動を感じていた。

「――えっ……二キロも太ってる……」

 脱衣所で体重を確認した赤緒は青ざめる。

「何で、どうしてって……あっ」

 ミニキャンプの洗礼が今になって効いてきたということか。

 赤緒はがくっと肩を落として、でも、と微笑む。

「この二キロ分……思い出なんだって思えれば……きっと、いいのかな……」

 とは言え、体重を落とすためにはどうするべきか、と悩みあぐねていると脱衣所の扉をエルニィがこじ開ける。

「お困りかい? 赤緒!」

「へっ……ひやぁ……っ! 立花さん、今からお風呂に入るところで――」

「ははーん。さては太ったね?」

「な、何故それを……」

 打ちのめされた自分に対し、エルニィは分かり切っているように振る舞う。

「まぁ、それくらいこっちの考慮の上だったって言うか。赤緒! 今度はさ、夜の散歩とかどう? いい感じに痩せられると思うんだよねー。散歩コースもばっちりあるし」

 エルニィの楽しそうな相貌に、赤緒はやられた、と額に手をやる。

 何をどうしたって――自分から楽しみを導き出すのが彼女なのだ。

「……いいですけれど、それってやっぱり……?」

 エルニィは満面の笑みで応じていた。

「うん! みんなにはナイショ……だね!」

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