JINKI 211 出会いのヨスガに

「うん……! こっちに向かってくるのは三機小隊……当たって!」

 引き金を絞り、《モリビト雷号》の放った弾頭は敵機の頭部を吹き飛ばす。

 キョムの人機は基本的に無人であり、AIによる統制が成されているため、人機の弱点は血塊炉よりもそのシステムの中枢たる頭蓋に位置する。

 的確に頭部を破砕した青葉は次弾を装填しようとして、《バーゴイル》二機が上昇したのを視認していた。

「直上からのプレッシャーライフル……炙り出すつもり? そうはさせない!」

 プレッシャー兵装を使われればジャングルに戦火が燃え広がる。

 青葉は機体を沈ませ、推進剤を焚いて飛翔していた。

 すかさず《バーゴイル》が狙いを定めようとするのを、感覚して足裏に装備されているリバウンドブーツを稼働させる。

 紙一重の回避でプレッシャーライフルの火線を読み切り、砲身を突き付けていた。

「このまま……撃ち落とす!」

 砲口を照準し、腹腔を射抜く。

 上半身と下半身が生き別れになった《バーゴイル》を一瞥し、最後に隊長機らしき機体へと肉薄した青葉であったが、途端に光の柱が顕現し、《バーゴイル》の姿は掻き消えていた。

「……逃げた、って思っていいのかな……」

『青葉、古代人機の攻勢も危うい。援護して欲しい。フィリプス隊長たちだけじゃジリ貧だ』

「分かった……! ファントム……!」

 機体を軋ませ、直後には超加速に浸っている《モリビト雷号》は前線へと赴いていた。

 崖を飛び越え、古代人機の触手相手に苦戦するフィリプスたちレジスタンスの、《ナナツーウェイ》が視界に入る。

「フィリプスさん!」

『津崎青葉か……! すまない、こちらが不甲斐ないばかりに……!』

「大丈夫ですか? 雷号で突破口を作ります!」

《モリビト雷号》の砲身バレルの下部に装備されているブレードを駆使し、触手を断ち切っていく。

 モリビトタイプのパワーならば、古代人機複数相手でも果敢に立ち向かうことが可能だ。

 そのまま絡みついた触手を力任せに引きずり出し、古代人機を引き寄せたところで、青葉はもう一方の腕にブレードを握り込ませる。

 逆手で古代人機の装甲を両断し、砲身を突き付けていた。

 ゼロ距離の砲撃が古代人機を叩きのめす。

 相手も抵抗する意味がないと判じたのか、じりじりと下がって行っていた。

『すまない、津崎青葉……。前線を維持するのは我々の役目のはずなのに……』

「いえ、いいんです。広世、空からは?」

『さっきの《バーゴイル》三機小隊以降は敵影はなし。今のところ、完全に撤退したって感じだが……』

 煮え切らない様子の声音の広世に青葉は言葉を先回りする。

「……偵察……みたいな可能性があるってことだよね?」

『《バーゴイル》三機と古代人機なんて何かを探っているとしか思えない。その辺に関しては一回、カナイマに帰ってから相談しないか? ここ数週間の防衛実績は何か……別の意図が働いているとしか思えないんだよな』

 広世とて、幾度となくキョムの前衛部隊と交戦を繰り広げてきた操主だ。

 その第六感は馬鹿にならない。

「……うん。じゃあ一回、フィリプスさんたちもアンヘルに帰投してください。前線部隊だからって、補給もなしに戦い続けるのは無理がありますよ」

『そうだな。戦士とは言え、休息も必要か。レジスタンス部隊、津崎青葉に続け』

 部下たちを呼び寄せたフィリプスに、青葉は機体を翻させてから、ここまでの相手のやり口を顧みる。

「……古代人機でまずは斥候、それからこっちの戦力を試すみたいに《バーゴイル》の一個小隊で応戦。……何だか、嫌な予感がするな。これ、当たらないといいんだけれど……」

《モリビト雷号》の長距離砲をマウントさせ、青葉はアンヘルに向けて帰路を取る。

 暗雲の垂れこめた空が茫漠と広がっており、未だ見えぬキョムの意図をはかりかねていた。

「――こっちこっち! そのまま、オーライ! レジスタンスの《ナナツーウェイ》は酷いな……。リバウンドの盾だって、馬鹿にならないのに……」

 ぼやいた古屋谷のガイドに従ってレジスタンスの《ナナツーウェイ》が収容されていくのを青葉は視界に留めていた。

 宿舎で私服に着替えてから、アンヘルの現状を話し合うために格納庫へと一路向かう。

「……けれど、こんなに敵が迫ってくるなんて……やっぱり異常なんじゃ……」

 と、途中の通路で鉢合わせた広世と視線がかち合い、お互いに後ずさっていた。

「あ、青葉……。これから山野さんやフィリプス隊長の意見を聞こうってのだけれど」

「うん……。広世の《マサムネ》は? まだ大丈夫そう?」

「試験機だからな……。定期的なメンテがないと血塊炉の活性化もうまく行かないだろうし、当面は装甲強度の見直しと、それに武装面じゃガンツウェポンが使い切りってのが問題が大きい。標準装備をもっと充実させてくれって要望も出してるんだけれど、やっぱり南米の資源だけじゃ限界が近いってのが本音だろうし」

「限りある資源は雷号に回してもらっているもんね。……でも、キョムの襲撃は徹底しているから、本当を言えばもっと人機が欲しいんだけれど……」

「日本に送ったって言う、ナナツーの新型機の一部分だけでも欲しいところなんだけれど、どうにもな。軍部じゃウリマンの発言力がまだ大きいってのもあるし、かと言ってあっちだって前線部隊に資源を送るので精一杯。俺たちは結局、苦しい戦いを強いられているってことだろうさ」

 広世の言葉繰りには《マサムネ》で戦い抜いてきただけの苦難が受け取れた。

「私が《マサムネ》に乗ってもいいんだけれど……やっぱりみんなをすぐに援護できる雷号が今のところ無難だろうし、それに広世はモリビトタイプの搭乗経験はないでしょ?」

「それなんだよなぁ……。今のところ、モリビトタイプの戦力を十分に発揮できるのは青葉だけだし……」

 そうこう言っているうちに格納庫へと至った二人は、山野たちとの相談に応じるために、応接室に赴いていた。

 かつて静花が使っていた応接室は今でも綺麗に掃除が行き届いている。

 そんな中で車椅子姿の山野の真正面でフィリプスが渋面を作っていた。

「……やはり《ナナツーウェイ》ではない、新造機を造るのは難しいですか」

「血塊炉が不足していなけりゃ、いくらでも寄越したいところなんだがな。こちとら《マサムネ》の修繕に、《モリビト雷号》に回す弾薬、それにレジスタンスも支援ってなれば、自ずと限られてくるってもんだ」

「とは言え、山野さん。ここ一番で敵に上回られているのが実情ですし、何か打開策が欲しいのも事実なんです」

 フィリプスの懇願に山野はふむと応じてからグレンを顎でしゃくっていた。

「これは一応、極秘なんだがな。ウリマン主導で新型機を造っているって言う噂が流れてきている。その操主をこっちで選出してくれ、とも。まぁ、この相談事の時点で、極秘もクソもねぇってもんだが」

「こちらです。青葉さんたちの分もコピーしたのでどうぞ」

 グレンが差し出したのは人機の設計図だ。

 受け取った青葉は、その基礎フレーム土台に着目する。

「……これ、トウジャですか?」

「まだ物になるかは分からんが、日本のアンヘル連中に送る新型機のフラッグシップ機って言う触れ込みだ。空戦人機は貴重だから、その辺慎重になっているのもある」

「空戦人機……《シュナイガートウジャ》と同系統って?」

「だから、それもカタログスペックだけじゃ、判断もしかねるってのが本音なんだよ。ウリマンは元々秘密主義が過ぎる。ベネズエラ軍部と一緒こたになってたっていう経歴もあるからな。下手なシステム噛まされたんじゃ、こっちも大損ってもんだ。だから、運用はできれば内々で進めたい」

「名を……聞いてもよろしいでしょうか? この人機の名前は……」

 フィリプスが慎重に切り出したのを、山野が設計図の名称を紡いでいた。

「こいつの名前は……ギデオン――《ギデオントウジャ》だ」

「《ギデオントウジャ》……」

「飛行型って時点で人を選ぶ。だからこそ、操主の選出と、それに伴ってのテスト運用はキョムに悟られるわけにはいかねぇ。今のところを見させてらえば、適性があるのは広世、お前さんだな」

「俺? 俺は《マサムネ》でも充分戦えるけれど……」

「だが元々《トウジャCX》に乗っていたって言う土台もある。トウジャタイプにこの中じゃ一番上手く組み込めるのがお前だろうな。あっちも分かっていて情報を流している節があるから、それ込みだ」

「分かっていて情報を……今のままじゃカナイマが勝てないって?」

 山野は一拍置いた後に、全員の顔を見渡してから首肯していた。

「いくら青葉と《モリビト雷号》が強力でも一機じゃ頭打ちが来る。それはもちろんだろうし、敵は《バーゴイル》で戦力をはかってきているのは、ともすれば大規模戦闘の前触れか、あるいは強力な人機投入の試金石かもしれん」

「まさか……八将陣クラスが?」

 思わず口にした広世に山野は諫める。

「逸るんじゃない……って言いたいところだが、それも分からなくなっているのが実情だ。何も敵だって東京だけを襲っているわけじゃないってのは知っての通りだろうが、矛先が一度でもこっちに向けば、迎撃に打って出るのも難しくなる」

「度重なる血塊炉不足に加えて、南米の爆心地はほとんどキョムの陣地らしいです。ついこの間も、わざわざジャングルを襲ったくらいですし、相手のやり口とすれば、南米の戦力分布を完全に掌握してから、ゆっくりとロストライフ現象を推し進めたいんでしょうね」

 グレンの補足に広世は顎に手を添えて思案する。

「……このギデオンとか言うの、俺がもし、すぐに乗るって言い出したらどうなるんだ?」

「ウリマンからの受領、って形になるだろうな。正式な配備には時間がかかるかもしれんが、青葉とレジスタンスを伴わせての譲渡となる。ジョーイの馬鹿が引き取りには行ってくれるとは思うんだが……」

 その先を濁した理由を、青葉は理解していた。

「……簡単にキョムが新型機を寄越すはずがない、ですよね。必ずこっちの妨害をしてくる」

「そうなった時、《ギデオントウジャ》が破壊されればそれだけ被害も広がる上に、新型機の譲渡が上手く行かなかった時のリスクとして、ウリマンからの物資補給の中断もあり得る。事は慎重に運んだほうがいいだろうな」

 重苦しい沈黙が場を支配する中で、青葉は問いかけを絞り出す。

「……広世は? 広世はこの人機、どう思う?」

 唐突であったせいか、それとも予想だにしていなかったのか。

 広世は少しうろたえたようであった。

「俺? ……俺は、そうだな。《マサムネ》でこれから先もずっと、勝てるとも思っていないってのは……それは確かだ。だけれど、トウジャにもう一度乗るってのは……」

 どこか調子がつかない理由を、何となく自分は察することができる。

「……ま、すぐにとは言わねぇ。だが、決められるのならばその時が近いほうがいいだろう。レジスタンスも戦力不足に参ってるって言うんなら、一機でも人機は多いほうが助かるだろうしな」

 山野はそれ以上追求しようとはしなかった。

 どこか、この会議もその結論を先延ばしにした形で解散する。

 フィリプスは指揮するレジスタンスの《ナナツーウェイ》の調整に戻るようであったので、青葉は声をかけていた。

「あの、フィリプスさん……。もし……新型機がロールアウトしたら、フィリプスさんが乗る気は……ないですか?」

「私が、か? ……いや、それは相応しくないだろう。《ナナツーウェイ》で困っているのは確かだが、現状の盤面を覆せるだけの実力を持っているのは、君と広世だ。それに、広世はこの二年間、トウジャタイプに一人で乗ってきた実績がある。私たちに比べても特段に適任だろう」

「……それは、分かっているんですけれど……」

 気持ちの落ち着けどころが分からずに、青葉は言葉を彷徨わせる。

 フィリプスは微笑んで、肩に手を置いていた。

「なに、君たちばかりに任せてもいられないのは事実だが、せっかくの新型機だ。適材適所もある。広世だって、黒髪のヴァルキリーに任せっ切りと言うわけでもないだろうし、彼の意見を汲んでやってくれ」

 その言葉を潮にフィリプスは《ナナツーウェイ》の整備へと戻っていってしまった。

 青葉は少し取り残された気分で、整備中の《モリビト雷号》をタラップ越しに見やる。

「……私たちだけじゃ駄目だって言うのは、きっとそう。もし……キョムの八将陣が攻めて来れば、それだけで被害は出るだろうし……。でも、広世の気持ちは……」

 当の広世は《マサムネ》の整備状況を聞き出している途中であった。

「予備弾薬頼みじゃない戦法に調整してくれないかな……。あ、あとやっぱ装甲強度の洗い出しも。並の戦闘機と同じってのはこっからじゃ通用しなくなるだろうし」

 彼も彼なりに戦い方を考えている。

 それなのに、自分は――どこか持て余す。

 広世がどう決断したとしても、新型機の、しかもトウジャタイプに乗るとなればまた別の話だろう。

「……だって、広世は昔、トウジャに乗っていた頃は……」

 ――パチン、と焚き火が跳ねたところに広世は木材を加えていた。

 静かに夜を過ごすのは少しだけ久しぶりで、火を眺めながら昼頃に提案された事柄を顧みる。

「……俺に新型トウジャ、か。けれどそれってのは……」

 そこで気配を感じ取り、広世は思わず身構えていた。

 習い性の身体が拳銃を手に取る。

「……何だ、青葉か」

「何だ、じゃないでしょ。……外に居るなんて」

 青葉の困惑顔に広世は拳銃を仕舞ってから、焚き火へと視線を投げていた。

「悪い、最近野営ばっかりだったから、宿舎は逆に落ち着かなくって……。何かあったか?」

「何かって……それはあったじゃない」

 ここで誤魔化すのもどこかばつが悪く、広世は対面に座り込んだ青葉へと応じていた。

「……だよな。俺がトウジャ、か。もう一度……っても変だけれど。だって、二年間はずっと乗っていたんだから……ただ」

 これも女々しい考えだ、と断じようとして青葉の言葉が先回りする。

「新型トウジャに乗るってなると、思い出すんじゃ……って。勝世さんのこと……」

「……バレちゃってるよな、やっぱり。別に勝世に誓いを立てるだとか、そういうことはもういいんだ。あいつだって、とっくの昔に操主を引退して、今は……何やってるんだろうな。聞かないから分かんないけれど……きっと元気でやっているとは思う。だけれど……改まってトウジャに乗るってなると、何だか思い出しちゃうよな」

「……広世は、さ。一人で人機に乗れるとしても、それでも思い出があるんじゃない。それってとってもいいことだと、私は思うな」

「それは青葉だって……って、ゴメン。言うべきじゃないよな、これって」

 青葉がかつて愛した人機である《モリビト2号》は、今や遠く離れた日本にある。

 加えて別れを告げたのは彼女自身なのだ。

 それを思い出させることも、ましてや一緒に乗っていた――両兵との思い出に分け入ることも、自分はしてはならないはずだ。

「ううん……別にそれはいいの。ただ……広世には、一番いい選択をして欲しいなって」

「一番いい選択……」

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