JINKI 211 出会いのヨスガに

「うん。私、《モリビト2号》と離れる時、今でも思い出すけれど、すっごく辛かった。でもそれ以上に、きっとモリビトは私が想像しているよりもずっと多く、色んな人を助けるんだって、そう思えたから、だから後悔よりも、今は《モリビト2号》がどんなふうに人を救うのか、そっちのほうがって気持ちはあるんだ。だってきっと、《モリビト2号》は素敵な人機だから。今でも誰かを助けて救う――守り人になっていると思うから」

 青葉のてらいのない言葉と笑顔に広世は少し照れるものを感じながらも、ふとこぼしていた。

「……羨ましいよな。それだけ想われるのは、人でも人機でも……。新型機、《ギデオントウジャ》、か。こいつも、さ。誰かを救う人機になるのかな。そうなると……いいよな」

 あまりうじうじと悩むのも自分らしくはない。

 広世は気つけに自らの頬を叩き、よし、と立ち上がる。

「こんなところでナーバスになっているような時間も、きっとないはずなんだよな。ありがとう、青葉」

「ううん、私は広世の決断をちょっと後押ししただけ。それに、アンヘルに新しい人機が来るのは、私も嬉しいもん」

 微笑む青葉に、広世はわざと視線を外して設計図を見やる。

「……よし、待ってろよ、《ギデオントウジャ》……!」

 ――ジョーイ中西の手引きで引き渡されるはずの《ギデオントウジャ》の護衛には《トウジャCX》が使われると聞いていた。

 青葉は既に《モリビト雷号》で警戒態勢に移っている。

 広世は《マサムネ》に乗り込み、空域を監視していた。

 重装備に身を固めているのは、何も引き渡しを危惧してのためだけではない。

 もし、敵も本気であるのならば下手に武装を薄くするのは逆効果だ。

「地上はフィリプス隊長と青葉に任せるとして……問題なのは空……だよな」

《バーゴイル》の空戦性能を舐めてかかるわけにはいかない。

 ここは慎重を期すべきだ、と広世は戦闘機形態の《マサムネ》を操る。

 すると、こちらへと向かってくる輸送車両と《トウジャCX》二機が視野に入っていた。

「……何事もない……ってのを祈りたいけれど……」

 しかし次の瞬間、光の柱が顕現し、天と地を縫い留める。

「おいでなすった……! 悪い予感ばっかり当たるってのはどうにも……!」

《マサムネ》のガンツウェポンで先制攻撃を仕掛けようとしていた広世は、相手から一射されたリバウンドの光軸に勢いを削がれていた。

 ハッと感覚するよりも先に習い性で機体を横ロールさせ咄嗟に回避する。

「……この出力……《バーゴイル》じゃ……ない?」

 光の柱よりじりじりと引き出されたのは漆黒のトウジャタイプであった。

 両肩にバインダーの盾を装備しており、腰にマウントされた中距離型の砲身がリバウンドの磁場を吐き出している。

「……中距離リバウンド兵装持ちだって……? しかもあれは……」

 敵の人機の形状を把握する。

 あれは間違いなくトウジャタイプ――それも東京で活躍しているはずの――。

「……ブロッケン……《ブロッケントウジャ》の……コピーか」

 敵《ブロッケントウジャ》は降り立つなり、リバウンドの中距離砲を護衛の機体へと向ける。

『やはり狙ってきたか……させるな! レジスタンス隊、前に出るぞ!』

 フィリプスの《ナナツーウェイ》を嚆矢として銃火器による応戦弾幕が張られるが、相手はバインダーの盾を翳していた。

「……まさか。でもあれは……フィリプス隊長! 実弾兵装じゃ危険だ! 相手は……!」

 それを完全に声にする前に、盾の表層に構築された皮膜が一斉に弾丸を反射していた。

『なっ……! リバウンドフォールだと!』

 弾丸の反射火力がレジスタンスの《ナナツーウェイ》の装甲をぐずぐずに融かしていく。

『フィリプスさん!』

 青葉の《モリビト雷号》が割って入り、長距離砲の砲身を突き付けていた。

 敵《ブロッケントウジャ》は腰の中距離砲を放ちつつ、ゆっくりとした足取りで接近を試みていく。

「……リバウンドの盾が重いから、簡単に接近はできないんだ。だけれど、腰の中距離兵装は厄介だぞ……青葉……!」

『うん……! リバウンドの砲撃は防御できないから……できるだけ相手を近づけさせないようにしたいけれど……』

 敵の目的は明らかにカーゴに搭載された《ギデオントウジャ》であろう。

 広世は操縦桿を握り締め、青葉へと提言していた。

「……青葉。《マサムネ》のガンツウェポンの火力で相手を押し留める。その間にやって欲しいことがあるんだ」

『……広世?』

「それは――」

 作戦を伝える。その途端、青葉は声を張り上げていた。

『何を言っているの、広世! そんなの危ないよ!』

「危なくっても……フィリプス隊長たちを助けつつ、被害を抑える最善手だと思う。……頼んだ」

『……分かった。でも可能なら雷号の砲撃で敵を破壊する作戦を取るから』

 無論、そちらのほうがいいに決まっている。

 だが、いつ敵が応援を呼ばないとも限らない今、主戦力を確実に潰すことこそが、相手の目論見を挫くことにもなる。

「……持ってくれよ、《マサムネ》……!」

 加速をかけさせ、地上の《ブロッケントウジャ》へと炸薬を投下していた。

 当然、相手は察知してリバウンドの盾で防御する。

 その期に乗じ、広世は《マサムネ》を可変させていた。

「可変プロテクト解除……《マサムネ》!」

 人型形態に変形を遂げた《マサムネ》が両脇より重火器を突き出し、《ブロッケントウジャ》へと業火を叩き込む。

 敵機の盾の一枚でも破壊せんとして、《マサムネ》は軽量化されたブレードを振るい上げていた。

 盾へと食い込んだそれを利用し、連結させていた爆薬を引火させる。

《ブロッケントウジャ》はアーム部から盾を破砕させ、僅かによろめく。

 一瞬の隙に過ぎないが、それでも充分であった。

 再可変し、飛行形態となった《マサムネ》が地表すれすれを滑空する。

「……まったく、こんな初対面があるかよ」

 シートベルトを外し、緊急脱出システムのボタンを広世は拳で叩いていた。

 キャノピーが排除され、展開されたパラシュートと共に広世の身体が浮かび上がる。

 四肢を広げ、直下のカーゴへと広世は受け身を取って着地していた。

 遠くで《マサムネ》がジャングルの木々に揉まれ、不時着したのが伝わる。

「……山野さんからしてみれば、大目玉だろうな」

 それでも、と絡まったパラシュートを外し、広世はカーゴ内に積載されている人機へと乗り込んでいた。

 全ての認証を飛ばし、システムを強制的に叩き起こす。

 操縦桿を握り込もうとして、かつての愛機によく似た系統に、フッと笑みをこぼしていた。

「……トウジャタイプってのは伊達じゃないってこと、見せてやろうぜ。――なぁ、《ギデオントウジャ》!」

 眼窩に光が宿り、血塊炉の鼓動が強く脈打つ。

 まず片腕を上げ、握り込んだ拳と共に一足飛びに機体を引き上げていた。

 新たに芽吹いた人機の剛腕を振るい、《ギデオントウジャ》は赤い眼光で敵影を睨む。

『広世……! 大丈夫?』

「ああ。《ギデオントウジャ》……行けるな?」

 呼応するように鳴動する機体へと、広世は初期装備の近接型ブレードを一対握らせていた。

「……敵の懐に潜り込んで一閃……何だ、何だか思い出すのは俺も繊細なのか?」

 かつて上操主を務めていた相棒の背中が脳裏を掠めたのも一瞬、広世は丹田に力を込める。

「――ファントム!」

 超加速によって敵機の射程へと潜り込んだ《ギデオントウジャ》へと、反応した相手の砲撃が迸る。

 広世は《ギデオントウジャ》の踏み込みを強くさせ、眼前に迫ったリバウンドの砲火を紙一重で避けてみせていた。

 遥か後方で爆発の余韻が広がる前に、下段より斜に振り上げた一撃がまず砲身を叩き割る。

 さらに二の太刀が閃き、相手の防衛の術であるリバウンドの盾に傷をつけていた。

 リバウンドフォールの効力を失った盾はただの過重積載だ。

 動きの鈍った《ブロッケントウジャ》へと《ギデオントウジャ》が刃を翳す。

 それはかつての相棒の太刀筋にも似て――踏み込みからの一閃は確実に敵《ブロッケントウジャ》の血塊炉を引き裂いていた。

 息を詰める。緊張の一瞬が流れる。

 敵機は硬直したように動かなくなった後に、血塊炉をダウンさせ頭部を項垂れさせていた。

 今さらになって呼吸が乱れる中で、広世は倒れ伏した敵人機を視野に入れる。

「……それにしたって、《ギデオントウジャ》……初陣がこれってのは、なかなかの奴だな」

 刃を振るい、《ギデオントウジャ》は青葉の《モリビト雷号》と目線を合わせる。

 コックピットを開き、直に声を発していた。

『もうっ! 危なかったんだよ、広世! 無茶して……!』

「悪い。けれどまぁ……よかったのかもな。何だかこうして無茶やるのも……あいつと一緒の気分でさ」

 広世は微笑み、《ギデオントウジャ》のテーブルモニターを一瞥する。

 多言語で「ようこそ」と記されたものの中に、広世はふと続く言葉を見出す。

「……“最高の操主へ”か。……それって当てつけのつもりかよ、《ギデオントウジャ》」

 しかし悪い気分ではない。

 それ一つを噛み締めて、広世は新たな息吹を上げた人機から望む空を仰いでいた。

 対面には悪い空ではない気がして、深呼吸する。

 肺の中を満たした空気をゆっくりと吐き出し、広世は《ギデオントウジャ》に挙動させる。

「これからよろしくって合図だ。覚えておいてくれよ、《ギデオントウジャ》」

 青葉の《モリビト雷号》と腕を翳し、それから信頼の証のように鋼鉄の腕を突き合わせる。

『これからよろしくね。《ギデオントウジャ》』

 青葉の声を引き受けて、《ギデオントウジャ》の血塊炉が静かに駆動する。

 それは新たな人機の呼吸に思えて、広世は苦笑していた。

「何だ、お前も現金な奴だな。青葉がいいのかよ」

 とは言え、出会いにはいい空であるのは間違いない。

 ――出会い一つの縁に、白銀の機体は青空の色相を映していた。

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