「さぁさ! これ、記念品だからよければ買って帰ってよ。一人五百円の御守り!」
促されるままに、二人組はそれを買い付け、満足して柊神社を立ち去っていく。
その後ろ姿を眺めていると、エルニィは自分に気づいてびくついていた。
「な、何だ赤緒か……。帰ってたんだ」
「何だじゃないですよ、立花さん。また勝手なことをして。何なんです? これ?」
「これ? 相性診断デラックス君」
「いや、名前のことを聞いているんじゃなくって……。そもそも神社に似つかわしくないじゃないですか。何のための機械なんです?」
「何のためって……いやー、それはそのー」
目線を逸らして濁すということはロクなものではないのだろう。
赤緒はじとっと睨んでから、筐体を撤去しようと手を伸ばしていた。
「……危ないものなら退けてくださいよ」
「ああっ! 待って待ってって! 分かった、正直に言うよ。これ、相性診断デラックス君って言ってボクの発明品。ここに手を乗せると」
エルニィに促され、赤緒は筐体の上部にある楕円型の部分に手を乗せていた。
その上からエルニィが手を乗せると、ハートマークがきらきらと輝き、豪華な演出の後に液晶へと数字が表示される。
「76パーセント、かぁ……。思ったより高いと思っていいんだか、よくないんだか分かんない中途半端な数字だよね」
「えっと……何の数字ですか?」
「何って、これ、親密度を数値化しているんだよ。お互いの相性だとかさ。まぁ、造るのは結構大変だったんだから。心拍数と、それにちょっとした脳波、後は人機に使っている諸々のジャンク部品だとかをやりくりして、ようやく完成したんだし。……赤緒の身勝手で壊さないでよね」
むすっとするエルニィに赤緒は手を彷徨わせる。
「えっと、つまりこれで相性診断? みたいなのができるってことですか?」
「ざっくり言っちゃうとそんな感じ。せっかく造ったんだから、柊神社の目玉にしようかなって試運転していたんだよ。ご利益ご利益ってね」
「……いや、勝手にご利益を増やされても……柊神社には縁結びの御守りはもちろん、ありますけれどこれって機械ですよね?」
「あっ、さては赤緒、疑ってるね? 所詮機械だから、そういう人間の機微だとかは分からないんだって」
「いや、そこまで言ってませんけれど……」
「じゃあ試してみようじゃんか。言っておくけれど、これでも朝から試運転して結構儲かってるんだよ? 一人頭五百円の御守りとセットで……」
と、そこまで言ってからエルニィは大慌てで口を噤む。
そういえばつい先ほど五百円の御守りと言うのが漏れ聞こえていたが。
「……立花さん? また悪い商売を?」
「ご、誤解だなぁ! 悪い商売って言うのはさ。正当なものだってば! 第一、ジャパンにはあれあるじゃん。おみくじとか。似たようなもんでしょ?」
「あれは……一応、当たるにせよ当たらないにせよ、それなりのご利益と言うのがあって……」
「出たよ、ご利益とか。目に見えないものを信じるのってどうなの? それによくない運勢が出たら枝に結ぶでしょ? それもよく分かんないし」
「それは、昔からのしきたりみたいなもので。……そもそも、立花さん、これで儲けようとしていたんですか?」
「トーキョーアンヘルの活動資金にできればっていう、純粋なものだって。疑わないでよ。それに、相性診断デラックス君はヤラセなしなんだから。きちんとデータに基づいて数値を概算しているのに、いわれのない誹謗中傷は何だかなぁ」
「……立花さんが裏で操作しているとかは、本当になくって?」
「うーん、赤緒ってば疑り深いんだから。じゃあみんなで試してみようよ。おーぅい! シール、ツッキー!」
格納庫で一仕事終えて休憩しているメカニック班へとエルニィが呼び掛けていた。
「何だ何だ? また妙なのを造ったもんだな」
「前に言ってたでしょ? 親密度とか相性を数値化できると面白いかなって。これ、試作品だけれど精度の面じゃ折り紙付き! ためしにツッキーとシールやってみなよ」
二人は顔を見合わせた後に相性診断デラックス君の楕円形のボタンへと手を乗せる。
するとハートマークが輝く演出と共に数値がたたき出されていた。
「二人の相性は90パーセント! さすがだね! ほら! これでヤラセとかインチキじゃないって分かってくれたでしょ?」
「で、でもですよ? だからと言って柊神社にこれを置くのは……」
「何だ、赤緒。別にいいじゃねぇか。カタいこと言うもんでもなし」
「縁結びの神様として、もしかしたら話題になるかもだよ、赤緒さん」
赤緒は腕を組んで思案する。
柊神社の利益となるのは間違いないのだが、そういったものは機械に頼らずしっかりとした古式ゆかしい逸話からであるべきだ。
「……縁結びとか言っちゃうと、半分くらい嘘みたいじゃないですか」
「そこでこの御守りだよ。これ持っていれば開運間違いなし! 四方完璧、何事も万事うまく行くってばかりに売りつければ大丈夫でしょ?」
「……そっちのほうがインチキじゃないですか」
「あのねぇ、赤緒。イワシの頭もどうのこうのって言うのがあるんだしさ? 相性診断デラックス君の弾き出す数値は今のところ九割九分正確なんだし、後は二人のその後次第じゃん。ここまでお膳立てしてるんだからむしろ感謝して欲しいくらいまであるね」
何だか恩着せがましいエルニィの言い分に、赤緒はじっと筐体を見据える。
「……でも、一日やそこいらで設置を許可するのは……」
「じゃああれだ! アンヘルメンバーでテストしよう! 組み合わせ次第でデータ蓄積にもなるし、お互いのことを分かっているから、インチキじゃないってのも了承できるでしょ?」
自分たちが被験者になるのならば、確かに知らない第三者を巻き込むよりかは安全だろうが、赤緒は思い悩む。
そうしている間にも、エルニィはメンバーを呼び寄せていた。
「南とメルJ……それにツッキーとシール、秋も来てくれたんだし。分かりやすいところだとさつきとルイも居るから、これで試運転には万全でしょ! 後は回数を重ねるだけ!」
「……自称天才、これって何なの?」
「何って、相性診断デラックス君。相性診断の機械だけれど」
ルイは嘆息をついてほとほと呆れたように声にする。
「……くだらないわね。暇に飽かしてこんなものを造っているなんて。その労力を少しは人機開発に向ければ?」
「えーっ! せっかくの機械なのにぃ……あっ、なるほどー、そっかそっかぁ」
どこか得心した様子でニマニマと頷いたエルニィにルイが突っかかる。
「……何よ。何か言いたいことでもあるわけ?」
「いやー、ルイってばさ、こういう機械で数値化されるのは多分、嫌いじゃんか。だから変な数字出ちゃうのが怖いんでしょー?」
「怖くなんてないわ。やるわよ、さつき」
売り言葉に買い言葉で、ルイはさつきの手を引いて相性診断デラックス君に乗せる。
すぐさま二人の診断結果が弾き出され、液晶に数字が映る。
「うーん……87パーセント? 高いんだか、低いんだか……」
「えっとその……でもルイさんとは相性バッチリで、よかったです!」
フォローの感想を口にしたさつきに、ルイは承服し切れていないようだ。
「……納得いかない。もっと高いはずよ」
「あれー? ルイってばさつきの親密度が高いって思ってるんだ? 何だかちょっと可愛いところもあるもんだねー」
エルニィの挑発にルイは分かりやすく反応して、もう一度さつきとの相性を測るが、やはり87パーセントからずれることはない。
「あの……別に低いわけではないので、その……」
「……さつき、赤緒と測りなさい。それ次第よ」
凄味を利かせたルイの論調に、赤緒はさつきと手を合わせてボタンの上に置く。
すぐさま相性度が診断され、弾き出された数値は――。
「85パーセント……うーん、コメントしづらいなぁ。ルイとは赤緒よりかは上で、けれど二パーセントの差しかないのか」
「えっとその……赤緒さん、よくしてくれますから!」
精一杯のさつきの声もルイは何だか納得いかない様子で、今度は自分の手を引いていた。
「赤緒、測るわよ。これで真っ当な数値が出るはず」
こっちが迷っている間にもルイは筐体に手を置く。
「77パーセント……低くなってるけれど……」
赤緒は頬を掻いてルイに向き直ると、ルイはまぁ、と結論付けていた。
「赤緒との間柄なら、こんなもんでしょ」
何だかそこで納得されるのも自分としては癪であったが、トラブルの種になるよりかはマシだろう。
「まぁ、よくも悪くも相性ってこういうものじゃない? 次、私ねー。赤緒さん、測ろうか」
南は上機嫌で赤緒の手を取り、筐体に乗せる。
思いのほか言葉尻が弾んでいたので、赤緒はうろたえていた。
「み、南さん、こういうの好きなんですね……」
「うーん、まぁ占いみたいなもんでしょ? こういうのって。元々おみくじとかも好きだし、面白いことなら何だって、ね」
手を乗せたところで数値がたたき出される。
「68パーセント……あれ? これってどっちのせい? 南が赤緒を信じていないのか、赤緒が南を信じていないのか……」
「失礼ねー、エルニィ。私は赤緒さんのことを信頼してるのよ?」
「じゃあ赤緒のほうに問題があるってことになるけれど」
「わ、私だって南さんは信用していますよ……」
とは言え、心のどこかでまぁこんな結果だろうと納得している部分もないわけではない。
南は続いてエルニィやさつきと相性診断デラックス君で診断していく。
「ボクとは……70パーセント……」
「私とは……72パーセント、ですね……」
「えーっ! 何で? 何でみんなちょっと低いの?」
「うーん、日頃の行い? 南ってば身勝手だからなぁ」
「あんたが言えるのかって話よ。……ルイ、何で離れているの?」
「私は嫌よ。南と測るなんて」
どうしてなのだか拒むルイに、南は心得たように微笑む。
「……まぁ、あんたがそう言うんならいいんだけれどね。機械で測るまでもないって話でしょ」
「もうちょっとデータが欲しいな。秋は? 赤緒とかと測ってみなよ」
「わ、私……? いえ、私は所詮その……裏方ですから……」
帽子を目深に被った秋にシールが肩を組む。
「秋は相変わらず暗ぇなぁ。こんなもん、ちょっとしたもんだろうが。ほれ、オレといっちょ測ってみるか」
「ちょ、ちょっと……! シール先輩……」
否応なく秋はシールと相性を測る。
すると、「75パーセント」という、またしてもリアクションのしづらい数値が弾き出されていた。
「ち、違……っ。もちろん、先輩方は尊敬していますので……」
「うーん……まぁ先輩後輩ならこんなもんかぁ?」
慌てふためく秋に比べて冷静なシールに、秋は自分のおさげをくるくると指先で巻いていた。
「……もうちょっとリアクションがあるかと思っていたのに……」
「えっと……じゃあルイさんと立花さんは? よく一緒に遊んでいらっしゃいますし」
「えーっ、ルイと? ……足引っ張らないでよ」
「そっちこそ。自称天才はこういうことばっかりなんだから」
手を置くと数値が弾き出され、想定外の相性に全員が瞠目する。
「90パーセントって……かなり仲がいいってことなんじゃ……」
「何だかさつきよりか高いのは引け目と言うか、悪い気がするなぁ」
「ま、所詮は遊びよ、遊び。遊びの仲ってこと」
二人とも数値にしては存外にドライで、赤緒は肩透かしを食らった気分になる。
「あ、そういえば……ヴァネットさんは誰とも測っていませんけれど……」
メルJは遠巻きから様子を眺めるばかりで、先ほどから相性診断デラックス君には懐疑的な様子であった。
「……相性診断なんてやらないほうがいいに決まっているだろう。もしもの時に疑ったのでは仕方がない」
「そんなこと言っちゃってー。メルJだって気にはなっているからさっきから見てるんでしょ? ためしに赤緒とやってみなよ」
メルJは胡乱そうにこちらの手を握り、機械の上に置く。
「……言っておくがこういうものは信じていないからな」
そう前置かれたが、数字はそれなりに高かった。
「87パーセント……よ、よかったです。ヴァネットさん、少しは心を開いてくれたみたいで……」
「勘違いをするな。これは所詮、機械で弾き出された数字に過ぎん。私が信じるのは、別のものだ」
とは言え、それなりの数字が出たのは照れ臭いのか、顔を逸らしている。
「じゃあ次ー! ボクと測ろっか!」
エルニィが笑顔でメルJの手を取るが、数値は大幅に下がっていた。
「あれ? 75パーセント……メルJ?」
疑り深い顔を向けたエルニィにメルJは順当だと返す。
「赤緒には食事を担当してもらっている恩義があるからな。……立花、お前はずっとゲームをしているだろう? その差だ」
「ムキーッ! 納得いかないー!」
奇声を上げて喚くエルニィを他所に、さつきがそっとメルJへと呼びかける。
「あの……じゃあヴァネットさん、私とは……どうですかね?」
「……さつきと、か……?」
何故なのだかうろたえ調子のメルJはそっと計測を始める。