床を這っていたルイとエルニィにさつきは瞠目していた。
「立花さんに、ルイさん? ……えーっと、何をやっているんですか?」
「ヤバっ! さつきに見つかっちゃたらお終いじゃん!」
逃げ出そうとしたエルニィの首根っこをルイがむんずと掴む。
「まぁ、待ちなさい。赤緒じゃないならまだどうにかなるわ」
「あ、それもそうか。さつきなら篭絡……こほん、説得できるかも」
「……今、篭絡って言いました?」
「言ってない言ってないって。さつきさぁー、ちょっとここは目を瞑ってもらえない? ボクらにとっちゃ、これでも結構重大なことなんだよね」
「重大って何ですか。って言うか、赤緒さんに内緒なんて感心しませんよ?」
「そんな悪いことをするわけじゃないから。ね? ルイ。前にさぁ、パソコン繋いだじゃんか」
そういえばそんなこともあったな、とさつきは思い出していた。
「ありましたけれど……またパソコンですか?」
「うん、今回はちょっとね、あっちの科学者連中とチャットしようと思ってさ」
聞き慣れない言葉にさつきは首を傾げる。
「えっと……お茶……?」
「お茶じゃないって。チャット。まぁ、文字でやり取りする……何て言うの? コミュニケーション?」
「コミュニケーションって……。パソコンでそんなことができるんですか?」
「ああ、そう……。あれ? 日本ってまだその辺全然整備されてなかったっけ?」
「自称天才、結構こっちに来て思ったけれど、やっぱり遅れているのよ。取り残されていると言ってもいいわ」
ルイの勝手知ったるような態度にエルニィはふむぅと思案する。
「そっかぁー……まぁ前回だって報告書作るだけで精一杯だったし、そんなもんなのかもねー」
何だか暗に馬鹿にされているような気もしていたが、さつきは慎重に言葉を継ぐ。
「えっとその……お茶をするんですか? パソコンで?」
「いや、だからチャットだってば。文字で会話するの」
「でも……海外とかに電話とかするととってもお金がかかるって南さんが言っていましたよ?」
「大丈夫だって。一応、電話回線でダイヤルアップ接続だし。まぁーその間電話は使えなくなるんだけれど……その辺、赤緒には黙っていてくれない? ほら、電話って柊神社の備品だからさ。勝手に使うとまずいじゃん」
エルニィがやろうとしていることがまるで理解できないまま、さつきはひとまず確認事項を口にする。
「……危ないこと……じゃないんですよね?」
「とんでもない! むしろこれから大事になってくること請け合いだよ! 人機の開発者ってさ、基本的に南米……いや、全世界的に点在しているんだけれど、まぁ連絡を取り合う手段がないんだ。古典的な手段なら手紙だけれどやっぱりラグがあるし、そういう分野じゃ日進月歩……って言うんだっけ? とにかく! 一秒の遅れが命取り! だからこうしてチャットで情報交換するの」
さつきには相変わらず横文字が全く頭に入ってこなかったが、それが必要な事柄であることだけが呑み込めていた。
「でも、電話が使えないのは困るんじゃ……?」
「だから、その間だけ! ね? どうせ二時間も三時間もやらないんだから、大丈夫だって! それに……赤緒に知られたら、またどうなるか分かんないし。柊神社ではそういうの禁止です! って言われちゃうかも!」
「自称天才、今のちょっと似ていたわ」
しかしエルニィがそういった事柄を優先するのはまだ分かるとして、ルイが協力している理由が不明なままだ。
「えっと……ルイさんは何で?」
「何でって、面白そうでしょう? なら、やらないのは損よね」
相変わらずの刹那主義者にさつきは舌を巻く。
「まぁ、ってことで! さつきもチャットをやらせてあげるから、今回は見逃してよ!」
両手を合わせて懇願されると、何だか無碍にするのも野暮な気がして、さつきは呻った後に承服していた。
「……分かりました。けれど、赤緒さんには言い訳できませんよ?」
「それも分かってのことだし! まぁ、さつきはこういう時に義理堅いのも知ってるからさ!」
早速、ということでパソコンの筐体を運び出してきたエルニィは台所のテーブルに置いていた。
それなりに重量があるようでルイとエルニィ二人でやっとのことで運び終える。
「ふぅー、やだねぇ。もうちょっと軽くなんないかなぁ。ボクが開発してもいいんだけれど、互換性の問題でやっぱりこれになっちゃうっていうか」
「ここに電話線があるわね」
「おっ、じゃあそこにお邪魔しちゃおうか」
電話線を抜こうとするのでさつきは大慌てで止めに入る。
「ま、待ってください! 電話線って抜いていいんですか……?」
「何言ってんのさ。インターネットの基本だよ? 基本。それに、チャットの醍醐味はやっぱりリアルタイムだよねー。海外の誰かとほとんど誤差なく喋れるって言うんだからいやはやこれから先、楽しみな技術だよ」
「……そ、その……いんたーねっと? って、安全なんですか? 何かそのー、怖いことに巻き込まれたり?」
「さつきってば、まだまだだなぁ。第一、インターネットが怖いなんて、そんなこと言い出せる身分? ボクらはもっと怖い人機なんてものを運用してるんだよ? その勝敗で国が傾くんだから、今さらだってば」
「繋げたわ。ダイヤルアップ接続をするわね」
途端、聞いたことのないような劈く音が響き渡り、さつきは狼狽していた。
「な、何ですか? この音……ちょっと怖い……」
「あー、回線を繋ぐ音だから。大丈夫だって。さつきは相変わらず怖がりなんだから」
しばらくして音がやむと、パソコンの電源を点けて黒の画面に白の文字列が入力されていく。
「これでよし、っと。じゃあまずは、南米の研究仲間に進捗を聞いてみよっか」
「それよりも。他のことを聞いたほうがいいんじゃない? 赤緒が居ないんだから、今のうちよ」
「あ、それもそうだ。せっかくだし、あっちの手土産でも送ってもらおっかな。えーっと、柊神社の住所は……」
電話帳を参考に住所を書き込もうとするエルニィにさつきは制していた。
「た、立花さん! 住所を他人に漏らすのは……ちょっとまずいんじゃ……」
「えーっ! さつきってばいちいちビクつくなぁ。これくらい普通だよ? それに、どうせクローズドのチャットなんだし、バレないバレない」
さつきは画面を覗き込む。
黒一色の画面に白い文字が次々と刻まれていくが、どれもこれも英語で解読ができない。
「……あの、英語なんですけれど……」
「うん? だって当たり前じゃん。日本語なんて、あっちじゃ滅多に通用しないんだし」
「それもそうなんですけれど……やり取りが分かんないのは……不安じゃないですか?」
「ルイも英語できるじゃん。問題ないでしょ」
ルイはと言えば、何でもないようにチャットのカーソルを凝視している。
「いえ、でもですよ? アンヘルの情報が漏れたりとかしたら、分かんないじゃないですか」
「うーん、さつきってば案外、心配性? それとも機械音痴だっけ? そうそう情報なんて漏れないし、こっちはこっちで隔壁を作っているから大丈夫だってば」
「隔壁……? えっと、壁とかあるんですか?」
「あーっ、そっかぁ……。パソコンに馴染みのない人にウイルスだとかプロテクトだとか、圧縮技術だとかはまるで分かんないか……。えーっと、こっちの情報が筒抜けになんないように、一応何て言うの……そういう壁みたいなのが疑似的にあるって言うか……」
「つまりはそう簡単には情報を抜き取られたりはしないってことよ」
ある意味では簡潔に纏めたルイの言葉にさつきは当惑する。
「……へぇー……そこまで技術って進んでいるんですね……」
「うん。じゃあまぁ、本題に入ろっか。あっちの人機開発技術とこっちの技術の擦り合わせ。トーキョーアンヘルじゃ、一応は最前線だから、後方で人機開発に尽力している人たちからしてみれば、結構有益なデータになるんだよね。それを相手に伝えて……あーっ……フロッピー余ってたっけ?」
「フロッピー……?」
エルニィがジャンク品の混じった工具箱から取り出したのは薄い板であった。
それをパソコンに挿入し、何やら機械がカリカリと音を刻んでいく。
「……あのー、ルイさん。これ、分かります? 私にはさっぱりで……」
「ああ、フロッピーディスクに書き込んでいるのよ。記録させているともいえるかしらね」
「記録……よく分かんないんですけれど……」
「ノートで板書を取るでしょ? あれと同じ」
普段、滅多なことでは勉強をしないルイから出たたとえにいまいち納得できず、さつきはその模様を眺めていた。
「……うん。やっぱり空戦人機の実験的な運用は必須だよね。ってことは、この間ウリマンが開発したって言う、《ギデオントウジャ》だっけ? あれのデータフィードバックが欲しいな、っと」
エルニィがキーを叩く速度はあまりにも速い。
何だかそれを追っているだけで、少し目が酔ってきそうだ。
「《ギデオントウジャ》って言うのは……?」
「南米で開発された空戦人機よ。これから先、トウジャタイプの量産が進むって言うんで、あっちじゃ新型機のロールアウトも推奨していきたいみたいね。けれど、こっちに来るのはいつの話になるかまだ分からないし、見えないのよ」
「私……最近は《キュワン》に乗っていますけれど、あれみたいな感じですか?」
「《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》は武装が少し貧弱だから、速度面と強度面、あとは火力に信頼の厚いトウジャを推し進めたい上の思惑は分かるんだけれど、少し尚早が過ぎるとは思うわ。自称天才、それも言っておきなさい」
「分かったって。人遣い荒いなぁ、もう。えーっと、トウジャタイプのロールアウトはこっちと足並み合わせてって。まぁ、簡単に造れるものじゃないからね。さつきは基本的なことって分かってるっけ?」
「人機の建造ですか? 確か、血塊炉がたくさん要るってことくらいは……」
「まぁ、正解かな。血塊炉……ブルブラッドエンジンがなければ人機は基本的には開発できない。基本的に、と前置きしたのは都市部での戦闘を前提とした有限の電池式人機も実装されているから」
「《アサルト・ハシャ》、だとか、《ホワイト=ロンド》だとかはそれに近いわね。特に《アサルト・ハシャ》は完全に血塊炉から解き放たれた運用形態だけれど、都市部そのものを戦場にするリスクもあるし、なかなか日本じゃ導入も難しそうってわけ」
さつきは話を聞きながら、人機運用が如何にリスクとそれ以上のリターンの上に成り立っている産業であることを実感していた。
今の自分たちは専用機が存在するから問題はほとんどないが、もしこれが絶たれた場合、慣れない人機に乗り込むことでさえも考えなければいけないのだ。
そう思うと薄氷の上に成り立っているような戦いであるのだと確信する。
キョムの側にはほぼ無限の供給があるのに、こちら側は絶えず不利に立たされているのだろう。
「それにしたって、久しぶりのチャットなんだから業務以外も話そうかな。そっちの感じはどう? 上手くやれてる?」
気安い様子で問いかけたエルニィに無数の英語が帰って来ていた。
どうやら一人と対面で話しているというよりも、無数の人間とやり取りしているようだ。
「ふぅーん……青葉は元気そうかな。フィリプス隊長も相変わらずみたい。レジスタンスで戦うって言っても限度もあるだろうしね。こっちで新型機の運用を進められれば、もしかしたら逆輸入じゃないけれど、あっちに戦力を送ることもできるかもしれないし。そうだなぁ……《モリビト雷号》のスペックデータを送ってもらおうかな。こっちの《モリビト2号》にフィードバックできれば、さらに強くできるかもだし」
エルニィは慣れた仕草でキーボードを叩くのをさつきは横目に眺める。
「……何だか立花さん、知らない人みたい……」
「自称天才は元々、ルエパの技術者連中と組んでいたからね。そっちとのコネクションが強いんでしょ。カナイマの現状も分かるって言うんで同席したけれど」
「あっ、青葉がチャット部屋に入ってきたよ。ルイ、話してく?」
促され、ルイはエルニィと入れ替わっていた。
――と、今度は意外なことに日本語のやり取りである。
さすがにそれはさつきでも追えていた。
「“ルイ、元気でやってる? 《モリビト2号》は大丈夫だって信じているけれど、キョムは手強いから”……ね。余計なお世話よって返事しておこうかしらね」
「その……青葉さんって……」
エルニィへと視線を流すと彼女は快活に応じていた。
「ああ、うん。元々《モリビト2号》の操主。あっちじゃ、多分一番強い操主かな。それくらいトップクラスで適性があるんだ。まぁ、それでも……青葉に別れを強いたのは他でもないボクみたいなものだから引け目もあるんだけれどね」
頬を掻いて当惑したエルニィに、さつきはルイのチャットのやり取りを垣間見る。
『ルイ、ご飯ちゃんと食べてる? 南さんは多分、しっかりしていると思うけれど……。あっ、それと《モリビト2号》はどっか壊れてないかな? エルニィも一緒だし、整備は大丈夫だろうって言うのは信用しているから、そこまで不安じゃないんだけれど』
「……青葉ってば相変わらず心配性。“心配しなくっても、頼まれなくったってご飯を作ってくれる人間は居るわ。それに、《モリビト2号》は快調そのもの。不安要素は少ないから、あんたは自分の心配をしなさい”、と」
何故なのだろう。
そのやり取りに宿ったあたたかさにさつきは胸を締め付けられる気分であった。
ルイはきっと、青葉を信用している。
同じように青葉もルイを信用しているように思われた。
それは恐らく、一朝一夕で紡がれた絆ではないはずだ。
「うんうん! やっぱりチャットしてよかったね。今はこうして距離が離れているからさ。それに向こうも戦いの日々だろうし、なかなか連絡も取れないだろうけれど、お互いにさ。頑張っているんだって分かるの、すっごくいいと思うな、ボク。それに、青葉はボクにとっても親友だし、機械越しとは言え喋れるのはありがたいよ」
チャットとやらも何も怖いだけの代物ではないのだろう。
さつきは会話を交わすルイと青葉に少しだけ、羨望にも似たものを感じていた。
もし、話せれば――自分ならば何を言うだろう。
何を話題にするだろう。
うずうずしていたのが伝わったのか、エルニィがわざとらしく咳払いする。
「……こほん。さつき、ひょっとして興味あったり?」
「わ、私……? いえそのぉ……もし、できるのであれば……はい。やってみたいです。それに、赤緒さんに託した元のモリビトの操主の方とこういう形であっても話せる機会ってないでしょうし」
「じゃあ選手交代。ルイ、譲ってあげて」
肩を叩かれてルイは自分へと席を譲る。
しかし何を話せばいいのだろうか、と戸惑っていると相手のほうから日本語のチャット文が送られてきた。
『はじめまして……なのかな? トーキョーアンヘルの操主さん、だよね? 私は津崎青葉。カナイマアンヘルで操主をしています』
「あ、これはどうもご丁寧に……」
「さつきってば、喋ったって伝わらないんだから。文字、打たないと」
「そ、そうでした……。えーっと……“私は川本さつきです”……わ、わってどうやって打つんだっけ……」
見ていられないという気分だったのだろう。
ルイが手早くその文章を打ち込む。
すると想定外の言葉が返ってきた。
『川本……? ってことは、川本さんの親類の人?』
「あれ……何でお兄ちゃんのこと知って……」
「言ってなかったっけ? 青葉の《モリビト2号》とかをよく整備していたのがさつきのお兄さんなんだ。だから青葉からしてみても川本は恩人ってわけ」
思いも寄らぬ縁にさつきは戸惑っていると、ルイが割り込んで文字を打っていた。
「“青葉、さつきはそっちの川本の妹で、なおかつ血続操主として私とツーマンセルを組んでいるわ”……っと」
『えっ、すごい! ルイとツーマンセルなんて相当頑張らないと無理なのに……。じゃあさつきさんはきっと、かなりの頑張り屋さんなんだね!』
何だかてらいのない称賛を受けると照れてしまう。
「えっと……“そ、そんなことないですよ……私ってばまだまだで……”」
『乗っている人機は? ナナツータイプ?』
「あっ、《ナナツーライト》……って打たないと。“《ナナツーライト》です”っと」
『ああ、ウリマンの開発したナナツータイプ! あれ、私もちょっと乗ってみたいんだー。よければ今度乗せてもらっていい?』
思ったよりも青葉は気安い性質の持ち主のようであった。
自分のような引っ込み思案に対しても遠慮せず、人機に関してのことは熱量を持って接してくれている。
「“ええ、ぜひ……!”っと……何だか青葉さん、思っていたよりもずっと話しやすいかも……。モリビトの元の操主だからちょっとストイックな人だと思い込んじゃっていたかな……」
「ね? チャットも悪い文化じゃないでしょ?」
ウインクするエルニィにさつきは微笑んで頷いていた。
「青葉さんって、本当に人機が好きなんですね。文字からだけなのにそれが伝わってくるなんて」
「ま、青葉は根っからのロボットオタクだからねー。それに、《モリビト2号》をこの世で最も愛している人間でもあるし。何だかんだで切っても切り離せないってのはこういうことを言うのかも」
『さつきさん、よければもし……会えたらでいいんだけれど、東京を案内してもらえないかな? 私、もうこっちで慣れちゃって今の東京がどんなのなのか知らないんだ。それに、元々13歳の時にこっちに来たんだし』
「じっ……13歳の時に……? 私と同い年で、南米に行ったんだ……」
それは想像するに余りある過酷な運命であろう。
自分がもし、一人で南米の大地に取り残されたらと考えるだけでぞっとする。
『でも、私、こっちに来てよかった! だってモリビトと出会えたし、みんなと出会えたから! そっちにエルニィが居るんでしょ? ルイだってそう。本当に、出会いに感謝しているんだから』
「……相変わらず恥ずかしい奴」
ぼやいたルイに続いてエルニィも頬を掻く。
「ちょっと正直過ぎるのが玉に瑕かな。けれど、青葉の正直さって多分、純粋で……だからこそボクもルイも心動かされた。違う?」
目線で問いかけるエルニィにルイはぷいっとそっぽを向いてしまう。
「知らないわよ。……ただの直情的な馬鹿だってだけでしょ」
「そうかもね。でもまぁ、こうして話し合えるんならさ。文字の上だけでも、出会えてよかったのかも。……あっ! さつき、書いちゃ駄目だからね! さすがに恥ずかしい……」
照れた様子のエルニィにさつきはキーをゆっくりと叩いていた。
「“……約束します。青葉さん、いつかきっと、日本に来てください。それをずっと……待っていますから”……いずれトーキョーアンヘルの一員として、一緒に戦えれば……それはきっと……」
きっと――素晴らしいことに違いないのだから。
『ありがとう、さつきさん! 私、もっと頑張ってみるね! ルイとエルニィも、また!』
「“はいよ。そっちも無理しないでね。メカニックはどこに行ったって手不足なんだから。雷号を無駄にしないこと!”……っと。ま、いつでもってわけじゃないけれど、ボクらには海を越えて想いを伝える術だってある。だったならさ、それを頼りにして戦おうじゃんか。キョムなんかには絶対に負けないってね!」
心得たさつきは青葉に最後のメッセージを送っていた。
それは自分の想いそのものである。
「“……青葉さん。私はきっと……きっと強くなりますから。だからそれまで、絶対に……負けないでください。私も……負けません”」
「おっ、さつきにしては強気な言葉じゃん」
「はい! だって青葉さんは多分、未来を見据えていらっしゃいますから。だから、私がここで……弱音を吐いている場合じゃないんだって、よく分かったんです」
「結構結構。じゃあ、ボクもメッセージを打とうかな。今も戦い続けている青葉に向けての、ちょっとしたエールを」
それは多分、自分が介入すべきではないのだろう。
さつきは自ずと立ち上がり、最後のメッセージを見なかった。
彼女らだけの領域であるはずだ。
だからきっと――言葉は想い以上の力を帯びて、海を越える。
それが正しいことなのだと、今の自分は信じて。
――夜半に目が覚めてしまうのは珍しいことではないのだが、赤緒は喉が渇いたのを感じて下階へと降りた矢先、奇妙な音が劈いたのを聞いていた。
「……何だろう? ピピーガガーッって、変な音……」
足音を殺して廊下から窺うと、パソコンの筐体を運び出してエルニィとルイが交互にキーを打っている。
「こんの! 負けないんだから!」
「自称天才、あんたはこのゲームでは私に勝てないわ」
「何をしていらっしゃるんで……?」
覗き込むと二人とも素っ頓狂な声を出して尻餅をつく。