「赤緒さん、私ももらいましたから、赤緒さんだけじゃないですよ。それに、さつきさんたちも頑張っていらっしゃるんです。私たちもじゃあ今日ばっかりは母の日を謳歌しましょう」
五郎の返答に赤緒は改めて箱を覗き込んで、面映ゆい感覚を覚える。
「……ですかね。悪意じゃないって言うんなら、私も。受け止めてもいいのかもしれません」
「もうっ! 赤緒ってばまだー?」
台所へと声を投げてきたエルニィに赤緒は返事をする。
「まだですってばー! ちょっと待ってくださいよー!」
応じてから人数分の紅茶を淹れて持っていく途中、南と鉢合わせしていた。
「あら、いいチョコレートをもらったのね、赤緒さん」
「南さん? あれ、そのカーネーション……」
「ああ、これ。ルイもそれっぽいこと覚えちゃって。まぁ、いいんだけれどね」
胸元に差した赤いカーネーションの飾りは平時では割と地味な南の服装に映えている。
きっと、ルイも想いを伝えたのだろう。
だとすれば、この催しだって悪くはないはずだ。
「……南さん。母の日って……ちょっとくすぐったいですね」
「そうね、くすぐったい。けれどそれが、いいんでしょうね」
世界で愛されるようになった記念日の意味も分かってくると言うものだ。
赤緒は居間で待ち構えているアンヘルメンバーへと、今だけは笑顔を返して――。
「さぁ、皆さん。お茶にしましょう!」
こうしてお茶の時間だって、特別なものになるのには違いないのだから。
「――ってなわけだ。ま、男として当然の義務を果たしたまでだよ」
「……何だっててめぇはこうしてじゃあ橋の下に来てんだよ。功労者として呼ばれりゃよかっただろうが」
ソファーに寝転がって武勇伝を聞かせる勝世へと両兵は不機嫌そうに応じていた。
「あのなぁ……こういう時に出しゃばらないのが真の裏方ってもんなんだよ。分かるか? お前には。……まぁ、分かんねぇだろうなぁ」
「何が言いてぇんだよ。てめぇ……第一、母の日だってのに、何が悲しくって野郎と顔を突き合わせなくっちゃならん――」
その段になって突き出された赤いカーネーションに両兵は言葉を仕舞う。
「……余りもんのカーネーションだ。てめぇにやるよ」
「……言っておくが、そのケはねぇからな?」
「オレだってねぇよ! ……ただな、お前、生まれは日本だろ? じゃあ母親の記憶の一つや二つはあるってもんだ。オレは……まぁそういうのとは縁遠いからよ。オレの分だけお前にやる」
両兵は一輪のカーネーションを握り、神妙に見据える。
「ま、墓に添えるなりどうするなりはお前の自由さ。オレもヤキが回ったかな。野郎に花あげるなんざ、世界が終ったってねぇと思ったのによ」
片手を振ってソファーから起き上がった勝世はそのまま立ち去ろうとする。
「待てよ。オレも……母の日ってのはどうにも、落ち着かねぇ性分なんだ。一杯くらいは飲んで行けよ。腹ぁ、減ってんだろ?」
「……酒酌み交わす程度しか、オレらみたいな見守る側にはできねぇってことか」
とくとくと勝世のグラスに日本酒を注いでから、両兵は赤いカーネーションをそっと刀の傍に沿えていた。
「オヤジがきっと喜ぶだろうさ」
「オヤジさん……っつーと現太さんか。余計なことは聞かねぇよ。今は」
「花見酒一杯、ってところだろ」
勝世と杯を交わして強い酒を喉に流し込む。
「……っつーっ! 来るなぁ、これ」
「そうか? オレは呑み慣れてるからそんなにだが」
「……お前よぉ……赤緒さんたち泣かせるなよ? のんべぇのどうしようもねぇ大人にだけは、さつきちゃんも引っ掛かって欲しくねぇな」
「……何でそこで柊とさつきの名前が出てくンだよ」
「さぁね。自分で考えな」
勝世の言葉を受けつつ、両兵は橋げたを仰ぎ見て、ふぅと息をつく。
――静かに春が行く橋の下の風は、確かにあたたかかった。