「芸能界とかって点で言えば、オレみてぇなのは素人もいいところ。騙そうと思えばどれだけでもだろうさ。だが、あの社長は逃げなかったからな。ガンくれて逃げねぇんだ。それなりの肝っ玉だと思えばいいだろ」
「……何だそれ。まるで喧嘩腰じゃないか」
「……まぁ、喧嘩するつもりじゃねぇと、てめぇはやれねぇって思っただけだよ」
そこでメルJが不意に足を止める。
黄昏色の色彩が差し込む中で、メルJの頬が少し赤みを帯びているように映っていた。
「……どうした? 間抜け面して」
「いや、その……。小河原、お前は……私のことを真剣に、身勝手なところにやれないと、そう思ってくれていたんだな……」
「当たり前だろ。形だけとは言え、兄貴って身分ならな……っと、悪ぃ」
兄と言う身分は決してメルJにとってはいい思い出ばかりではないはずだ。
それを感じ取っての謝罪であったが、彼女は頭を振る。
「……いいや、その、ちょっと嬉しいんだ。お前が……仮初でも私の……兄の身分に重荷を感じないでいてくれるのであれば」
「何だよ、それ。兄貴分は一人で事足りてるぜ? さつきだけじゃなく、てめぇもオレに兄って呼びたいクチか?」
「……そう呼んでいいのか? “お兄ちゃん”」
何だか改まって言葉にするとお互いに照れくさい。
メルJは何度か咀嚼してから、やはり、と撤回していた。
「……今のは、なし……で」
「……まぁ、好きに呼べよ。オレは二人分、妹ができたって別に何てこたぁねぇ。守り切るだけさ」
「……いや、どうかしていた。小河原、ありがとう」
「……ん。お前もモデル稼業か。……頑張れよ、ヴァネット。もしかすると人機で戦うよりも面倒かもしれねぇな」
「……その時は頼らせてもらうとも。今日みたいにな」
――何度だって、頼って来い、と。
今だけはしっかりと返せていた。
「――たっ、大変、大変、たいへーん! これ、メルJ? いつの間に? モデルさんじゃん!」
雑誌を持ってきたエルニィに対し、メルJは落ち着き払って応じる。
「……目聡いな、相変わらず」
「ひっ、否定しないってことはマジ? へぇー、水着? ふぅーん、へぇー……」
「……メルJ、こういう浮ついたことは嫌いなんじゃなかった? あんた」
雑誌を覗き込んで問いかけたルイに、メルJは射撃訓練の的を見据える。
「……私も少し、欲しくなってな。居続けていい意味のある場所と言うのが」
「赤緒ーっ! メルJってば、モデル! って、あ。赤緒は前にもモデルしてたじゃん。じゃあ競合?」
台所からぱたぱたとスリッパの音を立ててやってきた赤緒が雑誌を手にして驚嘆する。
「ヴァネットさん、本当に?」
「ああ、本当だとも。何か問題でも?」
てらいのない返答のせいか、赤緒は困惑した後に、首肯していた。
「がっ、頑張ってくださいっ! 応援してますっ!」
「そうだねぇー。メルJだけは暇を持て余したみたいだし、いいんじゃない? モデル稼業」
「けれど、不思議ね。こういうの、あんたは一人で決めがちだと思うけれど、これも一人で?」
「いや、一人では……ないな、うん。私には誇れる……そういう奴が居るから」
その言葉に宿ったものを感じ取ったのか、ルイはそれ以上言及してこなかった。
「それにしたって、赤緒にさつきもー。メルJにお株取られちゃうかもよ? 水着モデルなんて攻めてるなぁ」
「わっ、私は別に……一般人ですし……」
食事の準備を終えてから居間のテーブルにアンヘルメンバーが寄り集まる。
「見ました、ヴァネットさん。すごいですね、モデル」
さつきの言葉にメルJは僅かに頬を掻く。
「……まぁ、そういうことだ。探り探りやっていくとしよう。それに……」
それに――決して自分は独りではないのだ。
それが分かっただけでも、よかったのだから。
「じゃあ、ご飯にしましょうか。ヴァネットさんのモデル稼業祝いに!」
「こういう時、赤飯じゃないのー? 何だか物足りないー」
「もうっ、立花さんってば。食べたいだけじゃないですか。それに今日の主役はヴァネットさんですよ」
いつも通りの朝の食卓だが、今日ばかりは眩いように映っている。
だから、感謝を込めて。
「いただきます」
そうして――自分の道はこれからも続いていくのだろう。