JINKI 230 交差する道も

 ブレードが敵の胴体部を引き裂き、血塊炉が粉砕されていた。

 青い血飛沫を浴びながら、《モリビト1号》はその膂力で包囲してくる敵陣を蹴散らして行く。

 シバは鋭い一瞥を投げ、《バーゴイル》へと手刀を突き刺す。

 装甲部を叩き伏せて、弱点である電算機器が集約している頭部を砕いていた。

「シバさん……! 敵機、一時撤退していきます……」

 下操主席に収まったユズの声に、シバは一拍置いて応じていた。

「そうみたい……ね」

 しかしだとしても油断は禁物であった。

《モリビト1号》を岩場に隠し、索敵を厳にしてからシバはようやくトレースシステムの上操主席から降りる。

「ユズちゃん、今日の設営を行うわ。この辺りには街……少なくとも一個はあるみたいだけれど」

「あ、私その……見てきますね。生存者とか居るかもですし」

 ユズも手慣れたものだ、とシバはその言葉に感じ取る。

 自分のような世界からの爪弾き者と同行して、早一か月ほどだろうか。

 彼女は今や、《モリビト1号》の下操主でさえも習得しつつあった。

 しかし、元々が単座に近い性能を誇るキョムの建造した人機だ。

 ほとんど座っているだけではあったが、それでも時折、鋭い反応速度を見せることもある。

 それもこれも――要因は……。

「……ユズちゃん。ちょっとこっち」

「はい?」

 振り向いたユズにシバはアルファーを翳す。

 だが、どうしてなのだか反応はない。

「……あの、どうしました……?」

「ううん、何でも。街まで送ろっか?」

「モリビトに格納されているジープで大丈夫ですから。エンジンが壊れていないんなら……っ!」

 思いっ切りエンジンを吹かしたユズの声に応じるように、ジープが派手に揺れ、僅かに煙が上がる。

 人機の背部武装ラックにジープを格納するのは少しばかり迂闊かもしれない、とシバは感じていた。

「じゃあ、行ってきますので。……シバさん、もし宿泊可能な場所があれば……」

「そうね。あたしの分も頼みたいかも」

 ユズは首肯してジープを荒野に走らせていく。

 シバは無反応だったアルファーを再び凝視していた。

「……この間の戦闘では……一時的とは言え血続反応があったのに。まさか、そんな都合のいいことがあるわけが……」

 ユズが血続である――それに疑いを持たなかったのだが、非戦闘時にはまるでその反応は薄いのだ。

 殊に今のように戦闘神経を走らせていなければ、無反応の時もある。

「……血続なら、然るべき処置を、と思ったけれど、アルファーは反応せず。だったら、血続じゃないのかって言えば……」

 前回、キョムに侵攻された街を防衛する際に、一時的とは言え血続めいた反応を示したことがあった。

 だがその是非を問うのは、たった一枚のアルファーに過ぎないのならば、やはり決定打には至らない。

「……まぁ、いっかぁ……。あたしは別にユズちゃんが血続だからと言って、頼るわけでもないし」

 現状、キョムに対して反撃の嚆矢を練ろうにも、向かってくる追撃部隊をかわすので精いっぱいだ。

 こちらから打って出るにしては、あまりにも戦力が心許ない。

 シバは《モリビト1号》のコックピットで寝そべりながら、欠伸をかみ殺していた。

「……それにしたって、キョムも迂遠な戦闘ばっかり。八将陣の一人や二人を寄越して来れば、まだ決着はつくって言うのに」

 雑魚の《バーゴイル》ばかり相手取っていても仕方ないのだ。

 シャンデリアへと進攻する術は皆無とは言っても、相手とて自分を放逐するほど楽観的ではあるまい。

 オリジナルのシバからしてみれば、自身の生存こそが忌むべき証。

 やはり消したい汚点には違いないのだろう。

「……ロストライフの地平を一人旅……なら、まだ気持ちは楽だったのかもね」

 ユズと旅をしている間に情が移った、というわけでもない。

 別に、人間らしい感情で彼女を庇うと言った気持ちが湧いてくるわけでもないのだ。

 ただ、同行者に足を引っ張られるのは御免と言うだけの話。

 ユズは着実に、一人でも生きていける力を手に入れつつある。

 ならば、その足並みを自分が邪魔立てするわけにはいかないだろう。

「巣立つ雛に、いちいち頓着もしていられないし……」

 そう口にしてから穏やかな陽射しの差し込むコックピットで、シバはゆったりと瞼を閉じていた。

 眠りは思ったよりも早く訪れていた。

 ――街に人気はなく、やはりロストライフに制圧された後なのだろうか、とユズは感じていた。

 一応は護身用に拳銃を携えているものの、もし敵がキョムの強化人間であった場合、まるで役には立たないのであったが。

「とりあえず……宿、だよね……。しばらくまともにベッドで眠っていないし……」

 シバのためにも宿くらいは確保しなくてはいけない。

 そう思って宿屋らしき建築物へと歩み寄りかけた、その時であった。

「……うん? 声……?」

 身を潜めユズは声に耳をそばだてる。

「……数は……多くない。けれど、女の人……?」

 宿屋の主であろうか。

 あるいは、通りがかった何者か。

 身構えていると、ユズは後頭部に当てられた冷たい感触を味わっていた。

「……何者だ?」

 硬直する。

 剥き出しの殺意に中てられてしまえば、自分など塵芥に等しい。

「キョムの尖兵か?」

 声が出せない。

 渇いた喉がひりつく。

 幾度となくシバと共にキョムと戦ってきたが、それは人機越しだからこそ対応できていたのだ。

 生身の殺気は、思ったよりも重く沈殿する。

 容易く振り返ることもできないまま、呼吸を詰まらせた、その時であった。

「ハザマさん、その子は?」

 宿屋の中から声が弾ける。

 ハザマ、と呼ばれた女性兵士は自分に銃口を突きつけたまま、顎をしゃくっていた。

「探っていた、何かを。怪しいから問い質したまで」

「そんな小さな子に銃なんて突きつけないで。……大丈夫?」

 ハザマは不承ながらも銃口を降ろす。

 そこでようやく、ユズは言葉を発することができていた。

「あ、あの……」

「見たところ……難民……にも見えるけれど」

「その、実は……一晩だけでも凌げる宿が欲しくって。それで内側を探っていたんです。……ここいらはもう、ロストライフの地平ですから……」

 ハザマと、そしてもう一人――黒髪のボブカットの女性は視線を交わして窺う。

「どうする?」

「どうするって……敵の斥候かもしれない」

「キョムの? それはあり得ないと思うけれど……」

「分からないだろうに。キョムのやり方は徹底している。全てをロストライフの黒に染めるために、何でもやってみせるはずだ」

「そう言われてしまうとこっちも立つ瀬ないんだけれど……。名前は? 言える?」

「あ、ユズ……です」

「そう。ユズちゃん、ね。ハザマさん、とりあえず殺気を仕舞って。今は、そんな風に逆立たせている状況でもないし」

「……だが、確認はさせてもらおう」

 ハザマが懐から取り出したのはアルファーであった。

 平時にシバが持ち歩いているのとほとんど同じだ。

 その表面は輝きを宿さない。

「……血続ではない」

「じゃあ、余計に避難民かもね。ここいらで散発的に戦闘が巻き起こっているのは間違いないし。さっきも《バーゴイル》がちょっとした距離に現れていたみたいだから、シャンデリアの射程圏内だと思ったほうがいいわ」

「あの……お二人は、一体……」

 首を引っ込めて尋ねると、ハザマが説明を求めるように視線を振っていた。

「私は……後から来た身だ。説明するのならばそちらだろう、副隊長」

「……ええ、私……? 困ったわね。まぁ、でも、血続でもないし、それにこんな子がキョムの斥候部隊のはずがないしね。私たちは、言ってしまうとキョムへの抵抗組織……レジスタンス組織である【白夜の鬼】を率いているの」

 名を聞くのも初めてならば、レジスタンスなんてものに身をやつしている者たちを見るのも初めてだ。

「レジスタンス……? こんな場所でですか?」

 荒涼とした台地が広がっている中で、不意に湧いたような小さな街である。

「私たちは大きく移動しながら、キョムへと徹底抗戦を仕掛けている。私とハザマさんは先遣隊ね。こっちへ来てみて」

 促されるまま、ユズは街の末端まで後続する。

 ハザマは何度かこちらへと視線を投げて、敵視していた。

「……子供だからという言い訳も立たないだろう。キョムならばそれくらいはやってのける」

「だからって、疑ってばっかりじゃ、この子だって飢えてしまうわ。もしかしたら、今日の分の食べるものにだって困っているのかもしれないし」

「……ここいらの集落……人が点在する街は調べ尽くした。どこもかしこももぬけの殻だ。既にロストライフの手が回っていると思ったほうがいい」

「そうね、それは間違いないでしょう。人だけが消えていく現象はまさにロストライフ……命が消えると言う意味に他ならない」

「あの……お二人はロストライフ現象に詳しいんですか……?」

「ああ、いや。詳しいって程じゃないの。ただ、敵を知らなければ、勝てる勝負も勝てないって言うし」

「レジスタンス組織は、我々以外にも世界各所に存在しているのは証明済みだ。だが、我々はとあるリーダーを戴いている。それだけが、他の連中と違うか」

「リーダー……」

「頼りになる、私たちの隊長よ。今は、後続部隊の警護に回っているけれど」

 そう言ってハザマたちが顎をしゃくった先に羽根を休めていたのは、青い翼を誇る――。

「……《バーゴイル》……」

「あれ? 知ってるんだ。まぁ、それも当然か。《バーゴイル》だけれど、私たちのはレジスタンス仕様! 青に塗装された翼は、いずれこの漆黒の土地を取り戻すって言う意味合いを持っているのよ」

「私は《アサルト・ハシャ》だがな」

 ハザマの乗機は青く塗装された《アサルト・ハシャ》であり、彼女はコックピットへと昇降機で戻っていく。

「報告、お願いねー! 後続部隊が安心して来れないんだからー!」

 呼びかけた女性へと自分は覚えず好奇の目線を投げていたせいだろう。

 彼女は屈んで問いかける。

「ユズちゃんは……この辺の土地の?」

「あ、いえ……。私も流れて……ロストライフの……犠牲者って言うか……」

「そっか……。辛いことを聞いちゃったわね」

「あ、いえ、全然……! そんなことはないんですけれど。同行者って言うか、一緒に旅をしている人も居ますし」

「へぇ、ロストライフの土地をわざわざ? それってかなり酔狂って言うか……豪胆って言うか……。だってこの辺の土地は、もうキョムの制圧地点と言っても過言じゃないからね。人機なしじゃ、まともに戦えもしないし」

「……その、あなたは……」

「ああ、名乗ってなかったっけ? アイリス、ってのが私の名前」

 そう言って微笑んだアイリスには、心底てらいも何もないかのようであった。

「……アイリスさん、は人機に乗って長いんですか?」

「そうねー……。まぁ、言ってさほどなんだけれど、《バーゴイル》を操るのにかけては、まぁまぁかな。一応、副隊長やってるし」

「……レジスタンスってことは……今日みたいなことも?」

「ああ、宿屋に押し入っていたこと? 食糧も補給も馬鹿にならないから、こうしてロストライフで人の居なくなった街にはできるだけ立ち寄るようにしているの。……押し入り強盗みたいで、気は引けるけれどね」

 肩を竦めたアイリスに、ユズははぁと生返事する。

 思えば、自分も生きている人間が居ないのならば、適当に見繕おうと思っていたのだ。

 その点で言えば、彼女らのやり口と同じである。

「けれど、どうやってここまで? いつ《バーゴイル》に襲われても文句の言えない領域よ? ここは」

「あ、そのぉー……一緒に旅してる人が、人機乗りで。その武装格納庫にジープを乗せてもらっていて、本人は離れたところに居るんですけれど」

「へぇ、人機乗り? なかなかに珍しいわね。旅の同行者は、一人?」

「あ、はい。たった二人で何やっているんだ、って話かもしれませんけど……」

「いえ、立派だわ。たった二人でも、こんな戦局で生きて行こうって言うのなら、それは人間の力を信じているのね」

 アイリスの論調はどこか頼もしさでさえも纏わせている。

 彼女らの部隊がどれほどの規模なのかは推し量るしかないが、きっと相応の人々を抱えているのだろう。

「……副隊長。もうすぐ隊長機がこっちにやってくる。後続部隊は少し離れた土地で待機させるとのことだ」

 ハザマが《アサルト・ハシャ》のコックピットから顔を覗かせ、こちらへと声を飛ばす。

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