レイカル 58 7月 レイカルと期末テスト

「い、いいぞ……いつでも来い……」

「レイカル、声震えているぞ? ビビっちゃってー」

「び、ビビってなどいるもんか! カリクム、お前こそビビってるんだろ!」

「な――っ! 誰が! そっちと違って座学は得意なんだよ!」

「あのー……テスト前ですので、お二人ともその辺にしたほうが……」

 おずおずとウリカルが挙手するとヒヒイロが同意していた。

「テストを前にして落ち着かんとは、どうしようもないのう、お主らも」

「な、何のことだ? ヒヒイロ……私はこの通り、落ち着いているぞ?」

「そ、そうよねー……テスト前でカリカリするなんて、大人げない……」

 互いに視線を逸らしつつ、レイカルとカリクムは言いやる。

「……では始めるぞ。解答時間は一時間。スタート」

 ヒヒイロがストップウォッチの上で座り込む。

 レイカルは早速解答用紙と向き合うが、はてなマークが何個も頭上に浮かんでいるのが窺えた。

 対してカリクムも似たようなもので、何度も首をひねっている。

 その模様を眺めていた小夜は、何よ、と文句を垂れていた。

「あれだけ言っておいて、あんたも変わらないんじゃないの、カリクム」

「う、うっさいわね……! あっちとこっちじゃテスト問題が違うんだってば……!」

「あー! カリクム、うるさいぞ! 落ち着いて解けやしないじゃないか!」

「何を!」

「やるのか!」

 袖を捲り合って牽制する二人に、ヒヒイロは無情にも告げる。

「もう十分経ったが?」

「……え、もう……?」

「ちょ、ちょっと! 全然解けてないんだけれど……!」

 再びテスト問題に向き合って脂汗を流すレイカルと、何度も思案を浮かべつつようやく一問解いたカリクムは似たり寄ったりだ。

「……って言うか、何で今さらテストなんてするのよ」

 根柢の問題を尋ねたナナ子にヒヒイロは応じてみせる。

「なに、彼奴らの学習意欲がある間にやっておこうと言うものです。奇しくも、時期的には夏休み直前。期末テストがあるものなのでは?」

「……私、そう言えば高杉先生以外の単位ってヤバいかも……」

「小夜はしょっちゅう講義バックれているしねぇ……。そろそろ真剣に大学生活に向き合わないと。せっかくまぁまぁの大学に入れたって言うのに、仕事に追われて中退なんて笑えないわよ?」

「そ、それは……気を付けているけれどさ……。ほぼ毎晩のダウンオリハルコン退治に、高杉先生以外の専門科目まで取れって言われたら大変なんだってば。卒業まで間に合うかしら……」

「私は何だかんだで講義には真面目に出ているし? 小夜と作木君はその辺、いい加減と言うか、せっかくの大学生なのに、謳歌していない感じもするわねぇ」

「……何よ、ミスコンとかには出たじゃないの」

「あれだって他人からの勧めでしょう? 普通の大学生活なら、オリハルコンとドンパチやったり、一流企業とバトったりはしないんだってば」

 せんべいを頬張るナナ子の言葉も今ばかりは一理ある。

 小夜はこの間、ようやく必修科目の講義のレポートを出したばかりなのだが、生憎と大学生活よりも創主としての生活が板についていたせいか、書き方をほとんど忘れてしまっていた。

 交流のある学生仲間数人とやり取りしつつ、ようやく書き上げたものがC判定なのだから、あまり笑えない。

「……レポートって苦手なのよねぇ。こちとら創主としての戦いと、それに芸能事務所との兼ね合いもあるし……」

「小夜、大学生なんだからそうは言ってはいられないわよ? 言い訳が付くのもある意味では学生の特権! ちょっとすれば、就活に面接。待っているのはそういうありふれた道なんだから」

「うぅ……考えたくない……」

 とは言っても、と小夜は菓子を頬張り続けるナナ子をじとっと睨む。

 明らかにふくよかになっているのは事実な彼女に、ぼそっと呟く。

「……太った?」

「え? 太ってないわよ」

「いや、明らかに何て言うのか……貫禄が出ているって言うか……」

「それは幸せ太りって奴ね。伽クンとの目くるめくロマンスがあるのだもの!」

 ノロケを見せつけられれば小夜もげんなりする。

「……あーあ! つまんなーい!」

「小夜、うるさいんだが! こちとら必死に解いてるのに邪魔してないでよ!」

「何をエラそうに! あんたらの解いているのって小学生レベルでしょうが!」

「……それでも頭を使うんだよ……」

 ぶすっとして不貞腐れたカリクムは何とか全問埋めようと必死のようであった。

 レイカルは、と言うと半分ほど意識がテストに向いていないのか、明後日の方向を見てぼんやりしている。

「……レイカル、レイカルってば。あんた、せめて空欄は埋めなさいよ」

「わっ……! 何だ、カリクム! ……見せてやんないぞ!」

「あんたの答案なんて誰が見るのよ……。カンニングされる恐れなんてないでしょうに」

「分からないじゃないか。……あー……戦闘したい……」

「本音漏れてるぞ。……はぁー、戦いなら役に立つのに、こんなのなんていつ使うんだよ……」

「カリクムよ、四則演算は少なくとも一生使うぞ。心しておくがいい」

「えー……! マジかよ、こんなの人間は覚えて生活送ってるんだから、面倒な仕組みを考えつくよなー」

「面倒も何も小学生でみんな習うわよ……。どれだけ学習意欲がないんだって言う……。ねぇ、ラクレス。あんた、こいつらにもちゃんと教えたんでしょうね?」

 ラクレスは、と言うとヒヒイロに代わって削里と将棋盤を挟んでいる。

「ええ、教えましたわぁ……。けれど、レイカルとカリクムの二人とも、覚えが悪くって。これ以上は無理と判断して自習としましたので」

「……それって結局、投げてない?」

 ナナ子の疑問も当然のことだ。

 当のラクレスは駒を打つと、削里はむっ、と盤面を凝視する。

「……待った」

「待った、は五分まででしたよねぇ……削里様」

「とは言え、です。レイカルたちの適切な学力をはかるために、これは必要なものかと。期末テストはお二人にはなかったのですか?」

「うん? そりゃーあったけれど……大学って滅茶苦茶難しいテストなんてそうそうしないもんよ? 入るのには大変だけれどね」

 ナナ子の言葉に小夜は思い出したくもない受験勉強を思い出す。

「……名門校に行かされそうになって、必死に色々勉強したっけ……。理解できる? パパってばお嬢様学校に入学させようとしていたのよ?」

「あー……小夜のお父さん、そういう人だもんね。元々、高校とかは女子のほうが多い共学だっけ?」

「大学にまで女だらけってなれば、敵同士の猛獣が同じ檻に入れられているようなもんだってば。あれ、結構酷よ? ……まぁ、そんな調子で、今の大学は偏差値だけは真っ当だしね。パパも妥協したってこと」

 とは言え、それなりに努力したのは事実だ。

 思えば勉強を本気でやったのは受験が最後の機会だったかもしれない。

「でも、意外と言えば意外ね。小夜ってば、努力しようと思えばどこまでも伸びるタイプでしょ? もっと上の、それこそ難関大学とか選べたんじゃないの?」

「……うーん、そういうのは向いていないって言うか、別に学歴に箔をつけたいわけでもなかったし……。って言うか、それこそあんたのほうだってそうじゃない。何で今の大学にしたのよ」

「私? 私は学費が安いからよ。少しでも趣味に回せる出費が多くなるでしょ?」

 本当に、心底それしか考えていないような答えに小夜は眉根を寄せる。

「……金のかかる趣味を持っているとそうなるのか。……って、そういう点で言えば作木君もじゃない」

「作木君もそう言えば、大学を何でここに決めたのかとか聞いていなかったわね。まぁ、私と似たような理由のような気もするけれど」

 万年金欠な作木のことだ。

 学費よりも趣味の出費が痛いに違いない。

「……何だか置いて行かれている気分かも……」

「小夜は趣味どころか仕事になっているじゃないの。就活とかも困らないで済むかもしれないし、意外と安泰でしょ?」

「いや、そうも言っていられないんだってば……。特撮系だって簡単じゃないし、毎年出られるかは運だし……。それに、ギャラがどれだけ弾んだって一回のスキャンダルで駄目になっちゃうのが芸能界の怖いところなのよね……」

「有名人は大変ねぇ」

 ナナ子の実の入っていない感想を受けつつ、小夜はこれからの大学生活をどう送るべきか考えていた。

「……ねぇ、やっぱり恋愛の一つや二つはするべきかしら?」

「小夜ってばモテるんだから、その辺は今さら気張らなくってもいいんじゃないの? 黙っておしとやかにしていれば、だけれど」

 それが無理だから、ここまで殊に恋愛に関してで言えば不戦敗なのだ。

 大仰にため息をついて、小夜は項垂れる。

「……高杉先生も当てになるかどうかで言えば微妙だしなぁ……」

「それこそ勉強すれば? 資格でも取れば違うんじゃないの?」

「あんたはいくつか資格を持ってるんだっけ?」

「カラーコーディネーターと、あとは服飾関係かな。上手い具合に軍資金が溜まれば、服飾の専門学校に通うのも視野に入っているし」

 小夜は素直に驚嘆していた。

 同い年で、なおかつオリハルコン関係のことをこれほどまでに共有しているナナ子でさえも、自分では及びもつかない将来のビジョンを描いているのだ。

「……それに引き替え、私はレポートが怖いって言うんだから、始末に負えないわね……」

「勝手にダメージ受けないでってば。ちょうどいいし、小夜も勉強してみれば? 思ったよりも自分が色んなことに興味があるって分かるわよ?」

 ナナ子が鞄から取り出したのは様々な職業のパンフレットで、ページごとに付箋が付いている。

「……あんたもこんなの一端に考えるんだ? ふぅーん、色々あるのねぇ」

「芸能界一択じゃなくって、考え方を広げないと。……まぁ、その点で言えば一択なのは小夜だけじゃないけれどね」

 作木のことを暗に言っているのだろう。

 小夜は、そろそろ作木と今年もまた海に繰り出す季節か、と思案する。

「作木君、この間の肝試しでも随分と軽かったし……ちゃんと食べているか心配よね……」

「ね? 小夜は作木君のことを考え出すと止まんないんだから、それって結局のところ、そういうことじゃないの? 好きなことは止められないって言う」

 不意にナナ子がそれっぽい恋愛処世術を言ってのけるものだから、小夜は思わず頬が紅潮するのを感じていた。

「な、何よ……いきなりそれっぽいこと言っちゃって……」

「どうせなら、テストしてみる?」

「テスト? レイカルたちみたいに?」

「そうじゃなくって。ほら、ファッション誌。恋愛のテストよ」

 ナナ子が取り出した流行りのファッション誌には「彼との関係値テスト」なる項目があった。

「……こういうのってさ、誰にでも当てはまることを言ってるって言う……バーナム効果だっけ」

「あら、小夜にしては冷めてるのね。いいから、やってみれば? 意外と当てはまるかもだし」

 促されるがままにテストを受けてみる。

「……ふぅーん、“どっちかと言うと待つより待ちたいタイプだ”とか……こういうのって役に立つのかしらねぇ」

 進めていくと、タイプCに分類されていた。

「えーっと何々……“恋愛では意外と奥手タイプ! もっとガツガツ行ったほうが望みの答えを引き出すことができるかも!”ですって。やっぱり現状打破よ、小夜」

「そうかしら……? まぁ、いずれにしたって今のままじゃ駄目なのは確かなんだろうけれど」

「そこまで」

 ヒヒイロがストップウォッチを止める。

 ラクレスが後ろから答案用紙を回収すると、レイカルとカリクムは頭を抱えていた。

「頭がパンクしそうだ……」

「全然解けなかった……小夜のせいだからな!」

「私のせいに勝手にしないでよ。あんたの勉強不足でしょ」

「では、採点に向かうとしましょうか」

 ヒヒイロがこちらのテーブルへと向かってくる。

 何なのだろうと思っていると、肩を叩かれた。

「小夜殿、ナナ子殿、採点は作木殿の監督のもとに行います。答案を持って作木殿の家までお願いします」

「……えっ、何で作木君……?」

「そういう決まりで、レイカルたちを何とか期末テストまで追い込ませたのです。私は動けませんが、ラクレスに任せればよろしいでしょう」

 不承気にレイカルたちの答案用紙をラクレスに差し出し、小夜はバイクのヘルメットを担いでいた。

「じゃあ、いつもみたいに飛ばすけれど……本当に何で? 作木君じゃないと駄目な理由なんてあるの?」

「まぁ、着いてからのお楽しみ、というものですわぁ……」

 どこか納得できないでいたが、小夜はレイカルたちをサイドカーに乗り込ませてバイクのエンジンを吹かしていた。

「――あっ……そう言えばレポート、明日までだっけ……」

 すっかりフィギュア制作に夢中になっていた作木はパソコンを取り出して、レポートの作成に取り掛かろうとする。

 ヒミコの課題は単位免除の形であるものの、それ以外は普通の大学生と変わらずレポートを提出しなければいけない。

 最低限度の性能のノートパソコンを制作机に置いてレポートを書こうとするも、慣れない業務にはなかなか打ち込めない。

「……レポートって、確か民俗学系の奴だったかな。えーっと、資料は、と……」

 資料を漁っている途中でインターフォンが鳴る。

 扉を開けると小夜が仁王立ちしていた。

「……えっと、何か……?」

「何かじゃないわよ、作木君、ちゃんとしてる?」

 レポートのことを言われているのだろうか。

「あ、えーっと……ぼちぼちです」

「創主様! 期末テストを解いてきました!」

 レイカルの声が弾けて、そう言えばと思い出していた。

「ああ、ヒヒイロが作ってくれた奴か。忘れていましたね……」

「まったく……上がっていい?」

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