JINKI 276 赤緒のゲーム事情

「好感度……? ゲームが誰かを好きになるって言うんですか?」

「だから、恋愛シミュレーションゲームって言ったじゃん。恋愛ってさ、誰がどれくらい好きだとか、誰にどれくらい恋してるだとかって基本的には分かんないでしょ? でも、これは分かるように可視化してあるんだ。もちろん、隠しステータスはあるよ? それも関係はしてくるけれど、やっぱり一番は好感度だね。女の子からの印象、いわゆるどれだけ好かれているか、と言う目安」

「そんなの分かるんです?」

「右端にハートマークがあるでしょ? それが好感度のゲージだから。それと赤緒、このゲームをプレイする前に言っておくけれど」

 何だか真剣に咳払いしてみせたエルニィに赤緒も背筋を伸ばす。

「な、何でしょう……」

「コホン。赤緒、恋愛シミュレーションゲームでは基本、八方美人はやめることだね」

 言われた意味が分からず赤緒は首をひねる。

「あれ……? それって変な心がけって言うか、恋愛……なんですよね? じゃあいい人のほうが得なんじゃ……」

「赤緒さぁ。誰に対しても優しい人なんて好きになる?」

 出し抜けの恋愛観を問われたものなので、赤緒は少しだけ挙動不審になる。

「そ、それは……確かに誰に対しても優しいって、別に私じゃなくってもってなるかもです……けれど」

「それと同じ。攻略対象は決めてからプレイすること! それともう一個。一応攻略対象は三人なんだけれど、そのうち一人は隠し要素だから。普通のプレイじゃ、出てこないんだよねぇ」

「えっ……じゃあどう攻略すれば……」

「そこは、自分で見出すのがゲーマーの醍醐味だよね」

 別段、突き放されたわけでもないが、赤緒は早速画面と向かい合う。

 まずはピンク色の長髪を持つ美少女の攻略に打って出たが、まるでゲージが上がらない。

「駄目だってば! フラグとか折っちゃってるし、ステータスが足りてないよ」

「ふ、フラグ? ステータス……」

「まぁ、要するにその子を攻略するのに大事な要素ってところかな。ほら、すっごくベタなたとえだけれど、ハンカチを拾ったから次にまた会いましょうみたいな。それってフラグが立ったっていうんだよね」

「へぇ……そうなんだ……」

 現実世界では滅多に遭遇しない縁結びも、ゲームの中では自在と言うわけか。

 何とか慎重にゲームを進めるも、赤緒は最後の最後で告白を断られてしまっていた。

『ごめんね。あなたのこと、そういう風には見れないの』

「な……! 何で? 何回もたくさんデートしたのに……!」

「赤緒さぁ……もしかして思ったよりも鈍感? 現実だってたくさん一緒に居るからって恋人になりましょうとはならないでしょ」

 それはその通りなのだが、ゲームなのだからある程度は簡単に事が進むのだと思い込んでいたのもある。

「で、でも……! せっかく色々ステータスとかも調整したのに……!」

「それが人生じゃん。苦労したからって振り向いてもらえるかなんて分からないし」

 まさか思わぬところで人生の真理を突いて来るとは思っておらず、赤緒は茫然とする。

「と、とりあえず一人……攻略してみせます……っ!」

 ステータス調整はひとまず、知性の値を上げ、学園一の秀才に仕上げてみせる。

 すると、全体的にモテモテにはなるが、桜の木の下での告白時にはやはりと言うべきか、断られてしまっていた。

『ごめんなさい。私よりもいい人が居るはずだから……』

「な、何でぇ……! せっかく必死にステータス上げたのに……!」

「赤緒、八方美人はやめろって言ったでしょ。頭がいいだけの人なんていいことないよ」

 それをIQ300の天才少女が言うか、と赤緒はむっとしてしまうが、ここで諦めてしまえば誰一人として攻略できないまま終わってしまう。

「……次……!」

「あのさ、赤緒。それもいいけれど、そろそろお昼ご飯……」

「後にしてください。このピンク髪の子を攻略して……残り二人も攻略するまでてこでも動きませんから」

「ちょ、ちょっと待ってってば! 赤緒、ちゃんと攻略対象だとか理解してる? 本当にちゃんと攻略しようとすれば、それなりに時間がかかるんだよ?」

「じゃあ、攻略まで時間をかければいいじゃないですか。……ここで終われませんっ!」

 選択肢とステータス、それに好感度のバランスを考えつつ、赤緒は台所から持ってきた菓子パンで籠城する。

 その背中へと、エルニィは呼びかけていた。

「し、所詮はゲームだよ?」

「でも、ゲームだって恋愛なら本気じゃないですか。……よし、やるぞ」

 菓子パンを頬張り、赤緒は熱を入れていた。

「――って言うのが、事の次第で、赤緒はご飯を食べるとき以外は……いや、食べる時もかな。ずっとゲームに熱中。どうしたもんかな……」

 台所で会議をしていると、南が提案する。

「攻略させちゃえばいいんじゃないの? エルニィ、あんたなら好感度だとか色々分かってるんでしょ?」

「それが……ランダム性の高いイベントもあるから、どうしたって最後の一人だけは攻略できるかどうかは変わって来るんだよね。だからボクも本当のところは分かんないわけ」

「それにしても、あれだけゲームを目の敵にしていた赤緒が、恋愛シミュレーションなんてものにハマるなんてね。自称天才、どうするの? この二日、赤緒はまともに動いていないわよ」

「それだけじゃねぇな。今のところキョムの侵攻がねぇからいいが、もし敵襲の時にあんな風にぼんやりされたんじゃ、撃墜されちまうぞ」

 両兵の懸念にエルニィは唇を尖らせる。

「分かってるってば……。赤緒自身もまさか、ここまでハマっちゃうとは思っていないんでしょ。ずーっと菓子パンだし……。それにしても飽きないもんなんだねぇ」

「エルニィ。一応、これは責任があるわよ……。赤緒さんが攻略完了まで戻って来なかったら、それこそ一大事なんだから」

 エルニィは天井を仰いで考え込む。

 赤緒をゲーム沼に引きずり込んだのは自分のようなものなので、どうにかして答えを見つけなくっては。

「とは言ってもなぁ……。赤緒の現状は?」

「あんた聞きに行きなさいよ。もしかしたらあと少しで攻略かもしれないし」

「ボク? ……しょーがないなぁ。これで全然攻略していないってなるとどうしようもないからパソコンをシャットダウンするよ」

 居間で座り込んだまま菓子パンを頬張る赤緒へとエルニィはそれとなく尋ねていた。

「あのさ……赤緒。そろそろやめない? もう結構経ってるよ?」

「……立花さん。この子……男の子かと思ったら女の子ですよね?」

 画面を一緒に凝視すると、赤緒が攻略しているのは主人公の悪友ポジションのキャラであった。

 それはちょうど――隠しキャラとして実装されていたものである。

「あ、もうここまで来ちゃってたんだ……。他の二人は?」

「二人はもう攻略したんですけれど……この見た目男の子の女の子だけは……なかなか難しくって」

 赤緒も二日間でこのゲームに慣れたのか、好感度チェックに余念はない。

 他キャラとの兼ね合いもきちんとフラグ管理しつつ、隠しキャラ一人に専念している。

「まぁ、元々女であることを隠しているヒロインだからねぇ……。どう攻略するのか……」

「告白までの期日は残り二か月……。このままだと多分、振られるかそもそも正体をぼやかされるかのどっちかだと思うんですけれど……」

 赤緒は引き際を見失っているらしい。

 確かにここまでお膳立てを済ませたのならば、あとは告白だけだ。

 ゲーマーとして、トゥルーエンドギリギリまで来たのならば、引き返すのは少し惜しい。

「……うーん、実のところはボクも本当のエンディングの仕様までは知らなくって……。この子だってのは知っているんだけれど条件が分かんないんだよねー……」

「じゃあ、立花さんは口を出さないでください。私がこの子を落としてみせますから」

 赤緒はこのゲームをプレイし始めてほとんど二日間、寝食も忘れていることをあまり考えていないらしい。

 何とかしてここで止めるか、それとも攻略を手伝うかしかないか、とエルニィは思案していた。

「うーん……ここまで中毒になっちゃうなんてなぁ……。って、あれ? 赤緒、ステータス高くし過ぎじゃない?」

 見れば赤緒のプレイする主人公のステータスはほぼ最大値だ。

「だって、そもそもこの子が学園首席なんだから、ここを合わせないと話もしてくれないじゃないですか」

 なるほど、とエルニィはそこでピンと来る。

「じゃあさ、ここでわざと下げちゃわない?」

「わざと……下げるってステータスをですか?」

 怪訝そうにする赤緒へとエルニィは助言する。

「そうそう。ここでステータス上げに使うのを全部、高感度上げに使っちゃうんだよ。そうすれば別のエンディングが見れるんじゃないの? ……最初に言ったでしょ。八方美人はやめなって」

「……分かりました。試してみますけれど……」

「――お、終わったぁーっ!」

 赤緒がその三十分後、ようやくエンディングに辿り着く。

 小躍りした赤緒へとエルニィも喜びを分かち合う。

「やったね! ……けれど、赤緒……」

「何です?」

 すんすんと赤緒のにおいを嗅いでから、愛想笑いを浮かべる。

「……一回、お風呂入ってきたら?」

 その段になって顔を真っ赤にした赤緒は風呂場へと飛び込んでいく。

「し、失礼します……っ!」

 嘆息をつき、エルニィはパソコンに表示されたエンディングを見据える。

「……やれやれ。赤緒も本当にしょうがないんだから」

 エンディングではヒロインたちの隠しCGも含む映像が流れている。

 男だと偽って学園に入学していた最後のヒロインの笑顔で締めくくられ、エルニィは考え込む。

「それにしてもフィクションだなぁ。男だと思ったら女の子だったなんて、現実じゃあり得ないでしょ」

「それをあんたが言う? 自称天才」

 ようやく居間に戻ってきたルイがテレビゲームのスイッチを入れる。

「けれど、赤緒さんも一度夢中になっちゃうとなかなか戻って来られないのねぇ。学習したわ」

 南の言葉に、両兵はそうか? と応じる。

「あいつのこった。何だかんだで一度熱が入るとなかなかだろ。いい意味でも悪い意味でも不器用なんだろうさ」

「あの……お風呂もらいました……」

 真っ昼間から風呂上りの赤緒がしゅんとして顔を出す。

 エルニィは理由だけは聞いておこうと思っていた。

「あのさ……赤緒、他のゲームだとすぐに諦めちゃうのに、何でこれだけは意地でもここまでやったのさ」

「そ、それはぁ……だって、恋愛だって言うのなら本気でやらないと、失礼じゃないですか」

 丸二日付きっきりでゲームをしたことなどこれまでなかったはずだ。

 赤緒なりのゲーム体験はそれなりに有益だったと思うべきなのだろうか。

「気持ちが分かったんじゃない? 私たちの」

 ルイは既にテレビゲームに興じている。

「……はい。何だかこういう、ゲームも全部が全部、悪いものじゃないんだなぁって思えましたし。それに……ちょっと楽しかったんですよね。恋愛シミュレーションって。嘘でも一度だけの恋愛を、何度も味わえたっていうのはなかなか……」

「どうでもいいけれどよ。二日間、ほとんど菓子パンばっかだったんだ。……太ったんじゃねぇの?」

 両兵の指摘に赤緒は慌てふためく。

「や、やっぱり……そう見えますかね……。さっき体重計乗って、びっくりしちゃったんですけれど……」

「まぁ、赤緒さんもゲームには注意ってことね。のめり込むのもほどほどに」

「……はい。でも、ゲームっていいものですよね。熱中すると、ここまでなんだ……って」

 エルニィはと言えば、赤緒の言葉を咀嚼していた。

「恋愛なら本気で、か。赤緒らしいぶきっちょさだなぁ。……じゃあ今度はボクから言わせてよね。毎回、言われっ放しだし」

 ずびし、と赤緒を指差してエルニィは宣言する。

「――ゲームは一日、一時間! ってね」

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