困り果てたカリクム相手に堂々巡りの思考を繰り返す自分たちへと、ナナ子が声を投げる。
「贅沢な悩みと言えばそうよね。自由研究の課題をどうするか、なんて」
そうなのだ。
小夜とカリクムは今まさに、自由研究の課題に突き当たっている。
いつものように削里の店に集合したカリクムはその段になって、あっと声を上げたのである。
「そういや、自由研究忘れてた……」
「自由研究って……夏休みの宿題の? って言うか、あんたらそんなの出されていたわけ? ヒヒイロも面倒見がいいわよねぇ」
「いえ、小夜殿。これはオリハルコン全員に出していたものですので。レイカルよ、できておるか?」
「もちろんだ! 自由研究とやらが何なのかはいまいち分からないが、要は自分の好きなものを突き詰めればいいんだろ! これだ!」
レイカルが提出したのは絵日記であった。
彼女にしては珍しい、毎日コツコツと描き上げた絵日記は作木との日々が記されている。
「どれどれ……お主、絵は上手いからのう。なるほど、絵日記は確かに受領したぞ」
「よし! これで私は夏休みの宿題一抜けだー!」
レイカルはスキップを踏んで自身の机へと戻っていく。
「あの……私はこれを……」
ウリカルが遠慮がちに提出したのはアサガオの観察日誌であった。
「ふむ、これは店先で育てていたアサガオの観察日誌か。なるほど、一日も欠かすことなく、よくやり抜いたな、ウリカル。合格点じゃ」
「やった……!」
「何だか小学校の時を思い出すわねぇ……」
思わずこぼした小夜は続いてラクレスが提出した冊子を目にしていた。
「これは?」
「ここでは言えないようなことを記録した日誌ですわぁ……。一日も欠かさず、ちゃんと記録しておりますので」
ヒヒイロは一読してから、なるほどと納得する。
「この色情魔……コホン。ラクレスなりの観察日記と言うわけじゃな」
「……一体何を観察したのよ……」
最後に残されたのはカリクムで、彼女はもじもじとしている。
「何やってるのよ、カリクム。あんたでしょ、最後は」
「その……やってない……」
「は? 何だって?」
「や、やってないんだよぅ……! すっかり忘れちゃっていて……!」
涙目のカリクムに小夜は呆れ返る。
「……あんたねぇ、ちゃんと夏休みの最終日までにこういうのはやっておくべきでしょう? しかも一番苦労するところを後回しにするなんて」
「そ、そうは言うけれど……小夜は昔、どうだったんだよ……」
「私? 私は……あー、確かに。言われてみれば自由研究って最後の最後になっちゃっていたわね」
「小夜はよく、ホームセンターで売っていた千円くらいの学習キットで凌いでいたじゃないの。ログハウスを組む奴とか」
思い出すだけで、小夜は縮こまる。
「……それも苦手だったから、適当に接着剤で組んだ奴を提出していたっけ……。だ、第一! みんな無難なところを攻め過ぎなのよ! アサガオだとか、絵日記だとか! 本棚を作ってくる子とかも居たけれど……」
「まぁ、自由って言われちゃうと困惑する気持ちは分かるわ。何せ、自由なんだもの。何をやってもいいは、無限の可能性がある代わりに、無限に躓いちゃう可能性もあるのよねぇ」
「そ、そういうナナ子はどうなのよ。夏休みの自由研究って何を作っていたの?」
「私? 私は昔から手先が器用だったから、それこそドールに着せる服とかをよく裁縫していたかしらね。ほら、ファッションショーを自分で企画して、それに準じて最優秀賞とかもクラスメイトからの投票で決めたりとか」
想定外の真っ当な自由研究に、小夜は戸惑ってしまう。
「……む、何だかそこまでちゃんとやっている人って初めて見たかも……。そもそも、自由って言うのがいけないわ。自由って言ったって評価されるのはある程度の枠でしょうし」
「とは言え、小夜殿。夏休みと言う限られた期間に何かをやる、と決めることに意義があるのでは?」
ヒヒイロの正論にはぐうの音も出ない。
「……とは言ってもねぇ……私自身が苦手意識のある分野なのに、カリクムに教えられることなんて……」
「カリクム。何か興味のある分野はないの? 今からでも作成は間に合うわよね?」
「……まぁ、そうね……。興味のある分野、かぁ……」
腕を組んで考え込むカリクムへと、小夜は提案する。
「そうだ! 一日でできることなら、キャンサーの観察日記は? えーっと……ツインキャンサーはどこに……」
「あいつなら、今日もレイカルのところのアーマーハウルと一緒だよ。……近頃はそればっかりで、夏の間はずーっとデートなんだと」
不貞腐れたカリクムに小夜は何とかアドバイスしようとする。
「……じゃあ、うーん……オリハルコンならではの何かとか……」
「何かって何だよ。相変わらず小夜は適当なんだからなー」
「な、何をぅ……。あんたがそもそも作り忘れたんだから考えてあげてるんじゃないの!」
「つ、作り忘れたのは色々と忙しかったからで……」
「いーえっ! 嘘ね、それ! あんた、毎日のように削里さんのお店に通っていたでしょ? その時にレイカルたちからでも聞き出せたはずでしょうに」
「じ、自由研究ってよく分かんないんだよ……。自由って言われると、逆に身が竦んじゃうって言うか……」
「まぁ、気持ちは分かるなぁ」
奥の居間で詰め将棋をしている削里が将棋盤から顔を上げずに応じる。
「……削里さんの時代は……どういう自由研究があったんです?」
「俺かい? 俺は……そうだな。手先が器用なクチだったんで、木造の彫刻だとか作っていたか。師匠に言われて、なのもあったけれどね」
「光雲殿は普段より、創主としての腕を磨くように仰っていましたからね。真次郎殿は元々、それなりの実力があったのですよ」
何度かヒヒイロと削里の口から出る光雲とはどのような師匠だったのだろう。
聞く限りでは、少しだけマイペースな人物に思えるが。
「まぁ、役には立たないかな。俺も結局、乾さん側の作り手タイプだから。ほら、自分の手で作っちゃえる奴ってのはこういうのは本当に苦にも思っていないんだ。何せ、当日提出でも色々とでっち上げられる。……そうだな、アドバイスするとすれば、でっち上げ能力とでも言うんだろうか」
「でっち上げ能力……まぁ、確かに。夏休みの絵日記を最終日に全部やっちゃうこととかはあったけれど……。そうだ! 今から絵日記でもそれこそでっち上げちゃえば?」
「夏休みに何が起こったかなんて覚えてないってば……」
「そう? あんたたち、毎日のようにここで顔を合わせてるんだから、それなりにエピソードはあるんじゃないの?」
「……その毎日が、代わり映えがなくって覚えがないんだって」
「絵日記はそもそもカリクムの労力がかかり過ぎちゃうわよ。今から大体四十日分を作るのだって大変だし。それにレイカルみたいに適当でも上手いわけでもないでしょ?」
言われてみればカリクムの器用さはそれほどではない。
絵日記を作れといっても十日分が関の山だろう。
「じゃあ……絵日記って言っても、そうね……夏休み中もダウンオリハルコン退治はしていたじゃない。その遭遇日記って言うか、相手との戦いの記録とかは?」
「……それこそ、レイカルじゃないんだ。覚えてないってば」
レイカルのように好戦的であれば、戦った相手の印象も強いだろうがカリクムはそれに関しても及ばないか。
「もう……あれも駄目、これも駄目って……ちゃんと考えてるの?」
「考えてるっての! ……ただ、何となくしっくりこないって言うか……」
「それこそ、小夜じゃないけれどホームセンターで千円の自由研究キットを買ってくればいいんじゃないの?」
「うーん……でもねぇ……」
それはしかし最終手段だ。
レイカルとウリカル、それにラクレスまで各々の特性を活かした自由研究を提出したとなれば、カリクム本人のプライドとしても何とかオリジナリティを尊重したい。
だが、考えてみればカリクムの得意分野があまり思い浮かばなかった。
「カリクム、あんた結局何が得意なのよ」
「何って……近接戦闘……とか。後はキック? ハウルの扱い……?」
「あんたは特撮の怪人かっての……。そんな怪人みたいなプロフィールで……」
「いいえ……小夜! それよ!」
ナナ子に指差されて二人してびくつく。
「そ、それって……?」
「カリクム、今からでも何とかなる自由研究で、なおかつあんたの得意分野! それは――」
――いつもの如く、部屋の鍵が開いていたので作木は少しだけ観念してドアノブをひねる。
「あっ、作木君。お邪魔しているわよ」
「……まぁ、レイカルが許可したんでしょうけれど……」
小夜とナナ子はアイスを食べてくつろいでいた。
「また仕事?」
「ええ。……なかなか涼しくならないので、近くのショッピングモールで。設計図だけでもお昼に仕上げて、少しだけ楽になる深夜に本作業ですかね」
残暑は厳しい。
もう暦の上では秋だと言うのに、汗ばむ毎日だ。
「確かになかなか秋は来ないわねぇ……」
レイカルたちは机の上で追いかけっこをしている。
「こら、待て! カリクム! せっかく自由研究を手伝ってやったんだから、そのアイスは私のだ!」
「あんたはさっき食べたでしょうに。これは私のよ!」
「本当、レイカルもカリクムもお馬鹿さぁんねぇ……」
そう言いつつラクレスはしっかりと自分の分を確保していた。
「えっと……何かあったんですか?」
「あっ、分かっちゃう? そうね……作木君は夏休みの自由研究ってどうしてた?」
出し抜けに尋ねられ、作木は記憶を手繰る。
「そう、ですねぇ……。あっ、今ほどじゃないですけれどもうフィギュア作りは始めていました。とは言っても、実物の何十分の一ですけれど。ちょうどちび化したレイカルくらいの大きさの立体物を」
「そう……。やっぱり、作り手ってみんなそうなのかしら?」
「いえ、僕の提出物は結構浮いていましたよ。みんなはホームセンターで千円で買えるログハウスの模型だとか、本棚だとか……どうしたんです?」
小夜は自分の言葉を聞いて頭を抱えていた。
「い、いや……やっぱりそうなのよね。はぁー……力の差を思い知るわ」
大仰なため息をついた小夜に作木は首を傾げる。
「創主様! 私たち、今日は自由研究を提出したんです!」
「あっ、それでか。そう言えばレイカルは毎日絵日記を書いていたね。うん、とても良かったと思う」
「ありがとうございます! お陰でヒヒイロからの評価もバッチリでした!」
「……そういえば、あの絵日記は作木君からレイカルに提案したの?」
「いえ、レイカルが好きなことをさせてあげたかったので、なら絵が得意だからそれでこういうのがあるよって、ちょっと手伝っただけですよ」
元々レイカルが自由研究をちゃんとしたいからと言っていたので自分がやったことなど大したことではない。