少しだけ身体が軋むが、それ以上に意識が拡張していくのを感じていた。
『カメラとの連動率はクリアできた? じゃあ、ダメージフィードバックの精度を上げていこうか。今のところ二割だけれど、そうだな……四割程度にしないとまともに動かないかも』
「は、はい……っ!」
Rスーツの肘と脚部から伸びるエナジーラインがコックピットへと接続され、赤緒は深く呼吸していた。
『機体システムリンク、六十七パーセントで推移。今のところ、制御パターンに問題はなし。……エルニィ、これじゃ性能の半分も発揮できねぇだろうが』
『シールちゃん、今回は訓練だから。これ以上引き上げると操主へと返ってくるダメージが強くなっちゃうよ。赤緒さん、息苦しいとかはない?』
シールと月子の質問に赤緒は両腕を振るってアームレイカーを掴み取る。
「ちょっと普段よりも狭いかもですけれど……大丈夫です」
『単座仕様だからね。複座設計の《モリビト2号》に比べると、手狭なのは仕方ないよ。……えーっと、武装確認だけしてもらっていい? まずは片腕に装備した義肢を持ち上げてくれる?』
エルニィの誘導に従い、赤緒は機体の右腕を振るい上げる。
平時ならば盾が装備されているのがお馴染みの腕は骨ばったフレームだけで構築されており、まるで血が通っていないように思われたが、どうやら機体設計理念としてはそれで合致しているらしい。
『よーし、そのまま……指を開いたり閉じたりしてモーメントを確認するよ』
「こ、こうですか……?」
アームレイカーに通した指を開いたり閉じたりすると連動した人機の指先が油圧で動き出す。
『細かいシステム面だとかは後々に回すとして……赤緒。気分悪いとかない? 前回の《モリビト2号》の臨界実験の時みたいな、急に頭痛だとかは?』
「あっ、今のところはないです。……それもこれも、《モリビト2号》じゃないからなのかもしれないですけれど」
自分が今稼働させているのは慣れ親しんだ《モリビト2号》ではなく、全身骨格が銀色の人機の基礎フレームであった。
ただし、モリビトとしての性能を有しているらしく、アイカメラはその意匠を踏襲している。
『赤緒さん、少しでも異常を感じたら降りてちょうだい。……正直、相手のペースに乗せられているようで癪なのよね、今回の一件は。こっちが跳ね除けられればよかったんだけれど……そうでもなくって』
南の通信網に滲んだ苦渋は、彼女なりの交渉が上手くいかなかったことへの憤りじみたものもあるのだろう。
『まぁ、南だけのせいじゃないよ。《ビッグナナツー》から先、日本で受け入れているものも限界があるって言うか、どうにも彼の国には露見しているみたいだからね。新型機を造るための血塊炉の密輸もそうなら、ばーちゃんたちのことも』
赤緒はエルニィの言葉を聞きながら、新型機に施されたナンバリングを諳んじていた
「……《モリビトZ‐1》……アンヘルが造ったわけじゃない、初めてのモリビト……」
コックピットのモジュールが違うのもそれならば頷ける。
『早くしてよね、赤緒。こっちは待ちぼうけを食らってるんだから』
不意に接続されたのはルイの声であった。
彼女はと言うと、《モリビト2号》へと乗り込んで自衛隊の訓練場に歩み出ている。
「す、少し待ってください……。この子、ちょっと特殊で……」
赤緒は各種インジケーターを操作しつつ、《モリビトZ‐1》の機構を確認する。
テーブルモニターで上下していくプログラム言語を眺めつつ、赤緒はこの機体が自衛隊駐屯地へと運ばれた経緯を思い返していた。
「――赤緒さー、モリビト以外に乗る気はない?」
不意に居間で筐体を組んでいたエルニィにそう尋ねられたものだから、畳んでいた衣服を取り落とす。
「……そ、それはどういう……」
「あ、ごめん。何だか深刻に捉えちゃった? 別にモリビトから降りろって言っているわけじゃないんだよ? ただねー、やっぱし数値とか見ると赤緒と元々の操主である……青葉とじゃ使い方の差があるって言うかさ。これは適性の問題になって来るんだけれど」
エルニィは印刷した資料を読み込んでから、ふぅむと思案していた。
「えっと……私じゃモリビトの操主として駄目だってことですか?」
「結論を急がないでってば。南が二日後くらいに帰って来るんだけれど、どうにも《モリビト2号》の操主に関して、ちょっと別口から干渉があるみたい。ほら、さつきとかルイはもし《ナナツーライト》や《ナナツーマイルド》が使えなくっても新型機があるじゃん。けれど、赤緒は替えもないし……もしもだよ? もしもの話、《モリビト2号》だけを封殺する局地的な作戦を建てられた場合、赤緒はまるで戦力にならなくなっちゃうわけ」
確かに自分は他の人機への搭乗経験がほとんどない。
今からナナツーの駆動系を覚えろと言われてもほとんど無理だろう。
「……けれど、だったらどうすればいいんでしょう……。私、トウジャやナナツーもほとんど乗ったことないですし……《モリビト2号》くらいなんですけれど……」
「そこなんだよねー……。隠したってしょうがないか。今度、南が輸送してくる機体ってモリビトタイプなんだけれど、随分と形式と言うか、中身が違っていてさ。それの適応力を見たいって言うのが本音。だから、ちょっと意地悪な物言いになるんだけれど、他の機体に乗れる? ってこと」
「それは……」
最早、身に馴染んだ《モリビト2号》以外に乗ることはほとんど考えられなかったが、エルニィや南がきちんと自分のことを考えて機体を回してくれているのだ。
それならば応えないのも不義理と言えるだろう。
「まぁ、カタログスペックだけ見れば、誰かが慣らし運転したわけでもないし、赤緒専用機をメカニックじゃ考えてるところもあるんだ」
「私専用の……?」
「うん。だって元々モリビトはルイが乗るはずだったし。今の整備状況で赤緒に合わせてはあるけれど、《モリビト2号》は当初の予定だとルイの搭乗を予定していたから、赤緒に合わせてもらっているって言い回しはちょっと違うかもだけれど、《ナナツーライト》とかみたいにさつきの搭乗を最初から想定したわけじゃないんだ」
そう言えば《ナナツーライト》はさつきの兄が建造に関わっていたのだったか。
そういう点で言えば、それぞれの専用機があてがわれている中で、自分だけそういったものには疎かったかもしれない。
「……けれど専用機って……私、そんなに立派な操主じゃ……」
「何言ってるのさ。充分に東京での戦果は出しているし、専用機の一つや二つはないほうが不自然だよ。それに……まぁ、これはオフレコの感じもあるんだけれど、京都支部、って前に話したよね?」
「あ、はい……。確か京都のほうでもアンヘルが立ち上がるかもしれないってことは……」
「そっちの動きがまるで読めない。南には一応、定期連絡をしてもらっているんだけれど、どうにも最近、バックにきな臭い企業が持ち上がったって噂でね。人機産業で言えば、日本はまだまだよちよち歩きの赤ん坊みたいなものだから、それなりの資本がある企業の協力は断れないんだよね……」
「えっと……つまり?」
エルニィは資料を読み込みながら、片手でペンを回す。
「つまり、京都支部みたいに勝手なことをされれば、いつの間にかトーキョーアンヘルも飲み込まれかねないってこと。敵はキョムだけじゃないんだよねぇ、厄介だけれど。内から外から、人機産業に群がりたい、この新しい産業に噛みたい連中がいるってこと。ボクや南だけじゃ限界もあるんだ」
赤緒にしてみれば、ずっと飛び回っている南とエルニィはほとんど完璧な仕事をしているように映っていたが、実際のところで言えば思い通りにいかない部分もあるのだろう。
「……私専用機を受け入れるのも、そういう思惑があるってことですか?」
「まぁ、両面ってところかな。外から充てられる機体を赤緒専用機にできれば、資材だとか後はバックアップの問題だとかを解決できるし。それにモリビトタイプだって言うんなら、赤緒もそこまで拒否感はないでしょ?」
「それは、まぁ確かに……」
トウジャやナナツーに転向しろと言われると無理が生じて来るが、モリビトならばまだ前向きに考えられる。
「ま、それも込みってところでさ。さつきには《キュワン》の搭乗訓練もしてもらってるし、ルイもそうだね。新型トウジャに乗って欲しいって頼んでいる。本人もやる気があるのはいいことだから。ただ……赤緒はそうじゃないじゃん。モリビトに乗ったのだって成り行きでしょ? だから、この機会に自分自身で搭乗する人機を選んで欲しいんだよね。もちろん、無理は言わないよ? ただ、一回くらい試してみてもいいんじゃないかなって」
エルニィにしてみれば、自分が《モリビト2号》以外に乗りたくないと言い張ることも想定の内なのだろう。
赤緒は、すぐには決断できずに考えを巡らせる。
「……その、ちょっと考えてもいいですか?」
「ああ、もちろん。すぐに乗れって話じゃないし。ただ……まぁ前向きに考えてもらえると助かるよ」
洗濯物を畳んでから、赤緒は台所で夕飯の支度を始めているさつきに行き会っていた。
「あっ、赤緒さん。今日はハンバーグでいいですかね?」
「あ、うん……。ちょうどお肉も安かったし……」
「赤緒さん? 何かありました?」
こちらの顔を覗き込んできたさつきに、やはり自分は隠し事が得意ではないのだな、と実感する。
「……立花さんから、《モリビト2号》以外の人機に乗らないかって言われちゃって……。それもモリビトタイプらしいんだけれど」
「えっと、でも赤緒さんは嫌なんですよね……?」
「うーん……嫌って言うのもちょっと変って言うか……」
そもそも搭乗経験が不足している自分が嫌などと言える立場なのだろうか。
頬を掻いていると、さつきは味噌汁の仕込みをしながら聞き返していた。
「赤緒さんが嫌なら、立花さんも無理は言わないと思いますよ? 《モリビト2号》は赤緒さんにとっても特別な人機でしょうし」
「うーん……それは言われたんだけれど、何だか我儘な気がしちゃって……」
「我儘、ですか?」
「うん……。みんな、だって新型機へのテストはしているわけじゃない? それなのに私だけ《モリビト2号》に固執していいのかなって……」
その話の中にはさつきのことも出ていたのを悟ったのか、彼女はすぐに飲み込んで応える。
「《キュワン》のこととか……多分立花さんは話に出したと思うんですけれど、私はあの子も好きですよ? だから乗ろうと思えたのもありますし」
「でも……さつきちゃんにはお兄さんからもらった《ナナツーライト》もあるし……」
「それはそうなんですけれど……いつまでもお兄ちゃんがくれた人機におんぶにだっこでも駄目じゃないかなって思えたのもあるんです。それに、ルイさんは新型トウジャへの訓練も重ねていますし、もしもの時にお荷物になりたくないって言うか……」
さつきはルイとのツーマンセルを想定して編成を組まれている。
それもいずれは解消することもあり得るのだろう。
彼女なりに、一歩ずつでも前に進もうとしているのが窺えた。
「……私、色んな人に話を聞いたほうがいいのかも」
「赤緒さん、今日の夕飯の仕込みは私がやっておきますので……その分、色んな人に話を聞くといいと思います」
さつきの応援を受け、赤緒は頷いていた。
「……うん。そうするね。だって、私にとってモリビトは……多分、すぐに替えが効くような人機じゃないから」
赤緒はまず、格納庫へと向かっていた。
「おっ、赤緒じゃんか。どうしたんだよ。まだ晩飯には早いだろ?」
そう言いつつシールはカップ麺をすすっている。
「……シールさん、夕飯前ですよ」
「小腹が空いたんだよ。こうして重労働しているとな。どうしたって腹の虫が鳴きやがる」
「赤緒さん、シールちゃんを怒らないであげて? 私もチョコを齧ってるし……」
「せ、先輩方、お茶が入りましたよー……」
月子はチョコレートを頬張っており、奥から緑茶を煎じた秋が即席のテーブルへと三人分の湯飲みを運んでくる。
何だか完全に休憩所のようになっていて、赤緒は相談しようと身構えたのが少しだけ馬鹿馬鹿しくなっていた。
「……何だよ、勝手にがっくりしやがって。あっ、分かった。どうせ体重増えてたんだろ? 運動しねぇからなー、赤緒は」
「そっ……そんなことないですよっ! ……最近はそれほど変動してないし……」
ごにょごにょと濁していると、湯飲みを覗き込んだ月子が尋ねる。
「何か、相談事? 学校のことはちょっと難しいかもしれないけれど、人機に関することなら相談には乗れるよ?」
「あっ、えっとぉ……。立花さんから聞いたんですけれど、南さんが新型機を持って来るって……。その操主にどうかって言われていて……」
「何だ、エルニィの奴、もう言っちまったのか。届いてからでも操主の選別はできるだろうに」
「でも、確かに差し迫った問題かもね。……届くのは確かモリビトタイプだっけ?」
「型式番号は……D75式戦闘人機……色々番号が飛んでZ‐1か。ややこしい型番してやがんな」
「Z‐1……それが新しいモリビトの名前なんですか?」
「まぁな。こっちに持ってくる時には武装だとか何だとかは外してくるだろうが、原型はこんな感じだ。……見るか?」
書類を差し出されて、赤緒は戸惑いながらそれを捲る。
ほとんどが英語なので判読不可能な部分もあったが、はっきりと書かれているのは「Z‐1」の型番だ。
「《モリビトZ‐1》……」
「まぁ呼び方なんざこっちで何とかならぁ。要はお前自身、それに乗る気が起きるかって話だろ?」
「……わ、私はできるだけ、立花さんの言うことには従いたいと思っていますけれど……」
「機体追従性は新型のトウジャだとか、《キュワン》に近いかもね。専用のRスーツもあって……これもサイズが合うかはちょっと分からないんだけれど」
不安を押し殺せず、赤緒は思わず尋ねていた。
「あの……アンヘルのみんなはどうやって……違う機体だとかに乗ったんだとか聞いてもいいでしょうか?」
「みんなって……それこそ、メルJだとかか? あいつが乗ってんのはバーゴイルの改修機だからな。まぁ、乗りやすさで言えばピカイチだとは思うぜ? こっちと違って資材を使い放題なキョムの鹵獲機だ。操主ごとのばらつきも少ねぇだろうし、何よりもクセが少ないだろ。それをメルJ専用のガトリングだとか機銃で固めることで少しでもシュナイガーの操作性に近くしているのもあるんだろうが」
そう言えばメルJはメンバーの中では最も早く、別の機体をあてがわれたはずだ。
彼女なりの苦悩もあったのだろう、赤緒は立ち上がる。
「その……ちょっと行ってきます」
「おう。夕飯までには帰って来いよなー」
シールの声を背中に受けつつ、赤緒はメルJを探す。
「あれ……? いつもは部屋に居るのに……」
きょろきょろとしていると、不意に背中を叩かれていた。
「ひゃんっ!」
「なーにやってんだ、てめぇは。……いいのか? 晩飯の仕込みの時間だろ? そろそろ」
屋根伝いに逆さ吊りで自分の背を叩いたのは両兵であった。
「お、小河原さん……? 何やってるんです?」
「何って、妖怪ジジィと将棋打ってんだよ。てめぇもやるか?」
両兵とその友人であるらしいヤオと言う名の老人は屋根の上で将棋盤を挟んでいる。
傍には紙幣が積まれており、明らかに純粋な勝負ではない。
「……小河原さんっ! お金賭けちゃ駄目ですよっ!」
「別に構わんだろ。こればっかはオレの金なんだし」
「そ、そういうのよくないですよ! 不健全ですっ!」
「不健全ねぇ……で、てめぇは何だってきょろきょろしてたんだ? 自分の家で挙動不審なほうが怪しいと思うが」
すぐには返答できず赤緒はまごついてしまう。
「そ、それは……えっと……」
戸惑っているとヤオが立ち上がる。
「どうやらワシが居らんほうがよさそうな話のようじゃな。退散するとするかのう」
告げるなりヤオの姿は風に巻かれるようにして消えていく。
「あっ、てめぇ……っ! 今日の勝ち分をチャラにはすンなよな!」
「何だ、また負けたのか? 小河原」
屋根に座り込んで足をぶらつかせているのはメルJである。
まさか、悪い交友があるのでは、と疑った自分に両兵が言いやる。
「……たまにこいつの勝負勘は当てになる。負けそうになったら将棋に参加させてンだよ」
まさか柊神社の屋根の上で公然と賭けが行われているとは思っておらず、赤緒は項垂れていた。
「……もう。ヴァネットさんも悪い賭けを止めてくださいよ」
「あのヤオなる老人は時折、特上の酒を持って来てくれる。それもありがたいのだがな」
「だから! お酒は二十歳から……って、ヴァネットさんは二十歳……?」
「まぁ、その辺はややこしくなるからやめとけって。んで、何だってお前は夕飯の仕込みをせずにうろついていたんだ?」
「あっ、えっと……」
当のメルJと、さらに言えば無数の人機への搭乗経験がある両兵をいざ目の当たりにすると、軽々に聞いていいのかどうか躊躇いが生まれる。
「……赤緒。何か悩んでいるのなら、ハッキリ話して欲しい。私たちにもできることはあるだろう?」
どこか心得た様子のメルJに両兵は頬杖をつく。
「こいつが悩みぃ? ……あンのか?」
「な、悩みだとかをまるで滅多にないみたいな言い草をしないでくださいよ。……私にだって悩みくらい……」
「いいから聞かせろって。答えられるかどうかは知らんが、あの妖怪ジジィが退散したってことは、アンヘル絡みだろ?」
「あっ、当たり……って、分かるもんなんですね」
「これでもな。んで、何に悩んでいやがる。下手に悩んだって近道なんざねぇぞ?」
それもその通りで、赤緒は素直に打ち明けていた。
エルニィの提言に、もうすぐ海を渡ってくる《モリビトZ‐1》に関して。
そして他の人機への搭乗経験がほとんどない自分自身についても。
「……ふぅむ。他の人機への不信感のようなものがあるのか?」
「まさか! ……メカニックの皆さんはちゃんとしてくれていますし、私だって立花さんたちを信用しています。でも……」
「怖い、か。そればっかりは拭えねぇだろうな」
両兵に言い当てられて赤緒は俯く。
「その……いつまでもこんなんじゃ駄目だとは思うんですけれど……《モリビト2号》は特別だって言うか……」
「だろうな。《モリビト2号》は他の人機と違って、抱えてきた想いが段違いだ。お前にだって特別なのはそうなんだろうさ。……ただ、お前自身、ちょっとは思うところがある。だから、ここ一番で悩むんだろ?」
両兵は将棋盤を見据えつつ、詰め将棋を始める。
「赤緒。私はお前の挑戦を支持する……が、無理はするべきでもないとは思う。私はシュナイガーに慣れていたが、お前は違う。別段、超えなくってもいい試練だ。ならばこれから先、キョムとの戦線が過酷になる以上、余分なことはするべきではないとも言える」
「……ヴァネットさんはその……シュナイガーと引き離されて、どう思ったんですか?」
「どう……か。そうだな……寂しいには寂しい。《シュナイガートウジャ》はほとんど私自身の半身のようなものだ。簡単に乗り換えられるものではない。しかし、逆にこうも思う。シュナイガーとの距離が離れたがゆえに、余計に思いの力が強くなったのだとも」
「距離が離れたから……?」
「いつでも乗れた頃とは違うってこったろ。ヴァネットは特にそうだろうな。元々、立花が開発していた機体だ。それをチューンナップして、ついこの間まで前線で戦ってきたんだ。重みが違う、って奴なんだろうさ」
「重み……私、やっぱり半端な覚悟で乗るもんじゃないんですかね……」
「だがよ、お前の心の中でその悩みってのはあるんだろ? いいんじゃねぇの、いっぺんくらい。モリビトだってその程度で怒りゃしねぇよ。あいつは自分を大切にしてくれた操主を愛せる……そういう人機だ」
「……何だか《モリビト2号》本人みたいな言い方ですけれど」
「まぁ、半分ほどは間違っちゃいねぇな」
その返答には疑問符を浮かべていると、メルJは首肯する。
「小河原の言うことも間違いではない。私もこうして人機と向き合ってみて思ったが……専用機と言うのは面映ゆいものがあるものの、それでも唯一無二になってくれる。自分にとっての鏡のようなものだ」
「鏡……ですか」
「そうだ。いい時も悪い時も、《シュナイガートウジャ》は私を見つめ直してくれていた。だから、そういう存在があっていいのかもしれない。もちろん、お前自身の気持ちはある。乗機を変えるのは不安もあるだろう」
「ま、唯一無二なんてそうそうねぇよ。考えると……そうだな。トーキョーアンヘルの面子は随分と器用な奴らが揃ってはいるが、そう思えるってことは、お前も操主としていい目線に立てているってことだろうな。最初のほうとは違ぇ。お前は自分の意志で、操主になることを選べているんだ。状況がそうさせるだとか、なし崩しだとかじゃねぇ。ここ一番で、お前の意志を聞かせてくれよ。それからでも遅くはねぇだろ?」
――人のためにどこまでも自分を犠牲にして……勝手に死ね。