両兵と最初に会った頃、そう言い渡されて《モリビト2号》を託されたことを思い返す。
あの時と自分は、いや、自分と両兵は既に思うことも交わす言葉も違う。
だから、なのだろうか。
ようやく、なのかもしれない。
あの言葉の呪縛から、一歩でも前に、解き放たれてもいいのだと――。
「……私、操主になります……!」
あの時と同じ言葉で、違う覚悟を抱ける。
それくらいの信頼関係を築けてきた。
「そうかよ。なら、手ぇ貸すぜ。柊」
笑みを刻んだ両兵はその手を差し出していた。
「――狭いのはあっちの都合とのことだったが……それにしたって下操主席はどうにからならんかったのか? 黄坂」
下操主席に乗り合わせた両兵のぼやきに南が大声で応じる。
『それは御免あそばせ……あんたが乗るなんて言い出さなかったら急ごしらえで下操主席を造ることもなかったのよ! 馬鹿っ!』
「うっせっ! ……こちとらインカムで聞いてンだ! デケェ声出すな!」
いつものやり取りが交わされることで、赤緒は少しばかり安堵していた。
「……その、すいません……。私のワガママで……」
「別に構わん。それに、覚悟を決めた奴の顔を見るのは嫌いじゃねぇからな」
それっきり両兵は顔を振り向けもしない。
赤緒はそんな背中に声をかけていた。
「……小河原さん、私、やっぱりちょっと怖いです」
「だろうな」
通信はわざと遮断して、両兵の背中にだけ語りかける。
「けれど……《モリビト2号》に、私もちゃんと成長したんだよって……言いたいんです。それにこの形が正しいのかは分からないですけれど……でも、少しは自分の足で、立てるようになったんだって」
「そうか。なら、姿勢制御はそっちに任せる。オレは下操主席で、そうだな。……てめぇの恐れだけを受け止めてやるよ。怖いだとか、ビビってる想いは全部オレが吸い取ってやる。だから――自分の力で立て、柊」
「……はいっ! 《モリビトZ‐1》、起動!」
仰向けに固定されていた《モリビトZ‐1》の拘束具を順次解除し、背面に繋がれている無数の電源ケーブルを解除させる。
『補助電源、パージ完了! 《モリビトZ‐1》、起動準備開始。シークエンスを67までスキップ! 機体制御を専属操主に一任!』
『機体伝導率、クリア! 《モリビトZ‐1》、システム解放! ……赤緒さん、頑張って!』
シールと月子の通信を引き受け、《モリビトZ‐1》が立脚する。
赤緒は深く呼吸していた。
心拍は高鳴っているが、それでも胸中は静かだ。
両兵が下操主席に座ってくれているお陰なのか、それともこうして見守ってくれている人々の想いが自分を押し上げているのか。
赤緒は真正面を見据え、相対する《モリビト2号》と動きを合わせる。
ルイの操る《モリビト2号》は、なるほど確かに。
元々の操主が彼女だったことを誇るように、何のてらいもなく佇む。
『赤緒、準備はいいわよね?』
《モリビト2号》が掌大のボールを掲げる。
『勝負は三十分間。《モリビト2号》とZ‐1でボールを取り合って、保持時間が長かったほうが勝ち。……両、かつて青葉とやったのと同じよ。分かるわよね?』
「……ああ。柊、がむしゃらでもやってみせろ。それがてめぇだろ?」
「……はいっ! 《モリビトZ‐1》……行きます!」
――カラン、と氷が溶けた音を聞いて赤緒は身を起こす。
「お疲れ様。……どうだった?」
いつの間にか疲れでテーブルに突っ伏していたのだろう。
南はグラス片手に度数の高い酒を嗜んでいる。
「……ちょっと、意外でした……。自分でもやれたんだって」
「赤緒さんの操主としてのポテンシャルはかなりのものよ。もっと誇っていいんだからね」
勝利そのものはルイに譲ったが、赤緒は掌を眺めてぎゅっと握り締める。
「……いずれは私も、誰かに言えるんでしょうか? 前に進んでいいんだって」
「赤緒さんは言えるわよ。きっとね。その時に……もっとすごい操主になれるんだって。私が保証してあげる」
「……南さん、《モリビトZ‐1》は……」
「一旦は保留ね。まぁ、うちの操主で乗れる人間が居るってことで、他の国からの干渉を退けられるわ。これもエルニィの考えの内かもしれないけれどね」
今日、駆け抜けた《モリビトZ‐1》の感覚は確かに新たな息吹を感じさせた。
自分でもやれる――否、もっと高く飛べるはず。
グラスにオレンジジュースが注がれ、氷が溶ける。
「今日は乾杯。赤緒さんも功労者なんだから。もっと自信を持っていいわ。きっと誰でもない、赤緒さんだけの向き合い方で、人機と付き合っていける。その時を信じて」
今は乾杯、と。
いつもならば南の酒癖を諌めるところだが、今宵くらいは合わせてもいいのかもしれない。
カツンとグラスを突き合わせる。
「……はい。いずれは運命でさえも、乗りこなせるように」
今日の自分に自信を持つことは明日の自分を信じること。
ならば、掲げるのは明日への展望だろう。
夏風が居間へと吹き込んで少しだけ生ぬるい。
そんな空気を一蹴するように、冷たいオレンジジュースを喉に流し込む。
ただただ、いずれ来たるであろう、未来に乾杯。
そんな風に夜を超えても、優しい結末への道標のはずだから。