レイカル 61 10月 レイカルと巡る季節に

「な、何……? って言うか、その銃偽物よね……?」

 戸惑った小夜が両手を上げていると奥から覗いたナナ子が口を差し挟む。

「……もしかしてハロウィンじゃない?」

「ハロウィン……? あっ、“お菓子をくれなきゃイタズラするぞ”ってこと?」

「そうだ。お菓子を渡せ。でなければイタズラする」

 本来の意図とはまるで異なった、脅し文句のみになっていたので、こちらは面食らったのもある。

 大仰にため息をつき、小夜はレイカルの首根っこをむんずと掴んでいた。

「……誰が教えたのかしらね、そんな中途半端な知識……。まぁ、大体予想は付くけれど」

「な、何をするんだ、割佐美雷……! いいからお菓子をくれ! こうして脅せば大抵の人間からお菓子を巻き上げられるんだと聞いたんだー!」

 ばたばたともがくレイカルに小夜は思考を巡らせる。

「……どうするの? ナナ子、お菓子をあげる?」

「まぁ、やぶさかではないけれど……一応、聞いておきましょうか。レイカル、ハロウィンを押しかけ強盗みたいに教えたのは誰?」

「教えたのは……って言われるとヒヒイロだが……この方式で合っているって言ったのはカリクムだな」

 案の定の結果に小夜は項垂れる。

「……カリクムも分かって言ったんでしょうね……。ちょっと懲らしめて来るか」

 レイカルをサイドカーに押し込み、バイクのエンジンを吹かす。

「どこ行くんだ?」

「カリクムのところよ。大方、削里さんのお店でしょうけれど」

「そうねぇ。カリクムに悪意があるんだかないんだか分からないけれど……小夜は創主として間違いは正さないとね」

「間違いなのか? ……おのれカリクム、あいつ私に間違いを教えたって言うのか……」

 ぐぬぬと悔しそうにするレイカルに、小夜はヘルメットを被ってまぁと言葉の穂を継ぐ。

「……完全に間違いでもないのがややこしいところだけれど。あの子に一発、ガツンとしないと収まらないって言うか」

 レイカルの押しかけ強盗に一瞬だけビビってしまったのもある。

 何だかやられっ放しは癪なので、少しばかり逆襲もしたいのだ。

「とにかく、飛ばすわよ。しっかり掴まってなさい、レイカル」

「……割佐美雷ぃ……お菓子は……?」

「……カリクムをとっちめた後にあげるから。そんなうるうるした眼で見ないでよ」

 何だか悪いことをしている気になってしまうではないか。

「まぁ、それにしてもハロウィンねぇ……。ついこの間まで随分と猛暑日だった気はするけれど」

 ぼやいたナナ子に小夜は吹き込んできた涼しい風を自覚する。

「……季節は巡るってことなのかしらね」

「――それでだな、ハロウィンにはお菓子をくれなきゃイタズラするぞって言うんだよ」

「どんな風に……ですか?」

 問い返すウリカルにカリクムは上機嫌に応じる。

「そりゃー、銃を持って“お菓子を出せ。このバスケットいっぱいにだ”って具合に――」

「その教え、待った」

 のれんをくぐって店内に入った途端、カリクムの悪行に出くわしたので小夜は早速、それを制止する。

 こちらを認めるなり、カリクムは戸惑ったようであった。

「……げっ、小夜……?」

「あんたね、やっぱり。レイカルにあることないこと吹き込んで!」

 カリクムの首根っこを引っ掴んで言いやると、彼女はしゅんと項垂れる。

「……だ、だってぇ……! 全然今年は小夜たちがハロウィンをしようとしないからだろ。私は結構好きなんだよ、この催し」

「だからって、レイカルに間違ったことを教えて……! ウリカルまで……?」

 疑問符を挟んだのはウリカルの傍にはラクレスが控えており、バニーガール衣装に身を包んでいたからだ。

 ウリカル本人もバニーで、意味不明な取り合わせに困惑する。

「……えっと、ウリカル? ハロウィンの意味は分かる?」

「もちろんです! ラクレスさんとカリクムさんに教わりました! 仮装をするんですよね?」

「あっ、うん……合ってるけれど……」

 思わず小夜はラクレスへと耳打ちしていた。

「あんた、何を教えたの?」

「いえ、小夜様。大したことは教えてませんわぁ。ただ、仮装をするのならば、殿方に喜んでもらえる姿をするのが流儀と言ったまでです」

 しかし、得心が行かないのはラクレスが居ながらレイカルがすっかり騙されてしまったことだろう。

「……レイカルを騙した当人は誰なのよ」

「実行犯はカリクムでしょうね。私も少しだけ口を挟みましたが」

「わ、私ぃ……? だって、私はただハロウィンの催しを今年はしないのかって言っただけで……」

「あっ、カリクム! よくも騙してくれたな!」

 踏み込むレイカルに小夜に摘ままれたままのカリクムは暴れる。

「ま、待てって! 誤解だろ! 第一、じゃあ仮装ってどんなのなんだって言うから……冗談のつもりで、強盗ルックを……」

「冗談が本当になっちゃうんだって分かるでしょうに。……でも、レイカルってあんまり仮装って感じはしないわね」

「そもそもハロウィンって何なんだ? 意味分からん」

「ハロウィンと言うのはヨーロッパからアメリカを経て日本に伝わった文化じゃな。“夏の終わり”を意味する悪霊を追い払うための宗教的な行事から、今ではただの一大仮装イベントと化しておる」

 削里と将棋盤を挟んで対局しつつ、ヒヒイロはテレビの模様を眺めていた。

 テレビでは渋谷のハロウィンの様子が映し出されており、今年もごった返しそうだ。

「……あー、まぁ確かに元々も意味合いは失われたわよね。今じゃ、ただただ騒ぎたい人間の口実みたいなところもあるし」

 ナナ子は椅子に座ってから携帯を取り出してネットニュースのチェックに余念がない。

 小夜もカリクムを離してから、はぁ、とため息をつく。

「……何だかねぇ。そりゃー、私だってそれなりのものを期待してはいたけれど、何だかお祭りって大規模になればなるほど置いていかれる感じもあるって言うか」

「元々はほんのささやかなものですからね。ハロウィンがここまで大規模化したのは、色んなイベントに絡ませて、なのが大きそうですが」

 パチン、とヒヒイロが駒を打つと削里がむぅと盤面を睨む。

「待った」

「よいですが、待ったは五分までですよ。さて、レイカルたちも今回はどのような勘違いを?」

「いや、勘違いってわけでもないのかも。ゾンビだとか、ジャック・オー・ランタンとか、お化けとかの仮装だったじゃない? 元々って。なのに、今じゃコスプレ大会なんだもん。中にはレイカルみたいな仮装が居てもおかしくはないし」

 ナナ子の補足に小夜は渋い顔をする。

「……こういう時に乗れないのって、何か損している気分ではあるんだけれど、普段から仮装みたいなもんだし……」

「トリガーVの新作決まってよかったじゃない。また仕事には困らなさそうね」

 特撮に出ている手前、変に仮装をして、そこを写真に収められて――と言う最悪の想定を避けなければならない。

 ここが片足だけでも芸能界に足を突っ込んでいる人間の辛いところだ。

「……私だって祭りは遠くで見るんじゃなくって参加したいタイプなんだけれど……。とは言え、仕方ないわよね。マネージャーの頭痛の種を増やすわけにもいかないし」

「けれど、ヒヒイロ。結局、仮装してどうするって言うんだ? いつもナナ子に撮ってもらっているみたいな写真を撮るのか?」

 レイカルの疑問にヒヒイロは応じる。

「そうじゃのう。記録に残す場合もある。じゃが、昨今のハロウィン事情は特殊でな。何だかんだでその場の盛り上がりが高じて、という意味合いが強い。いずれにせよ、西欧圏の文化ならばラクレスのほうが詳しいのではないのか?」

 そう言えばラクレスはかつて「ノイシュバーンの魔女」と呼ばれて恐れられるほどのベイルハルコンであったのだった。

 こうして一緒に居るとどうしても忘れてしまう。

「……ねぇ、ラクレス。正しいハロウィンをレイカルたちに教えてあげなさいよ。あんた、知っているんでしょう?」

「知っている、と言っても大したことは。知っているだけでもありますから」

 何だか今日のラクレスは殊勝だな、と小夜は感じる。

 まるで触れられたくない過去でもあるかのような。

「まぁ、結局のところコスプレ大会になってしまうのは否めないわよね。文化が変容するなんてよくあることだし。その結果が、今の感じなんだとすれば落ち着きどころって言うのかしら」

 ナナ子はそう言ってつまらなさそうに唇を尖らせる。

 彼女にしてみても恐らくは見ているよりも参加するほうが性に合っているイベントなのだろうが、自分の都合もあって不完全燃焼気味であった。

「割佐美雷! じゃあ、外に出なければいいんだろ?」

「まぁ、そうなるけれど……」

「ちょうどいい場所を、私たちは知っているじゃないか!」

 名案を思いついたかのように明るく告げるレイカルに、まさか、と小夜は直感する。

「……それは……あんたがいいならいいけれど……でも……」

 ――今日も今日とてある程度の設計図を大学で仕上げてから、帰路につく。

 その際、カレーの匂いが鼻をついて作木は思わず懐かしいな、と感じてしまう。

「……秋めいてきたなぁ」

 軒を連ねる家々からは夕飯時の香りと、そして街路樹のキンモクセイが匂い立つ。

 この時期特有の、どこか急かされるような、それでいて自分たちの時間はちゃんと保っているかのような感覚。

 秋は少しずつ、ここ数年で短くなっているような気がする。

 ただ、完全に消えたわけではないのはこういった機微に触れると実感できた。

 ちょうど石焼き芋が売っていたので、レイカルたちの分を、と作木は注文していた。

「……ただ、苦学生の辛いところだなぁ……」

 勝った焼き芋は一個だけで彼女らと分けることになるだろう。

 すっかりすっからかんになってしまった財布を振って、アパートに戻ったところで鍵が開いていた。

 例の如く――既に部屋の中には小夜とナナ子、それにレイカルたちが帰宅していた。

「遅かったじゃないの、作木君」

「課題と一緒に、学校のパソコンで今度のフェスで出すフィギュアの設計図も仕上げちゃおうと思いまして……。えっと、皆さん……?」

 玄関で立ち止まったのは小夜たちが纏っている服飾のせいだろう。

 小夜はミイラ女の仮装を、ナナ子は大きな帽子を傾けて魔女の仮装でキッチンに陣取っている。

「……あっ、そっか。ハロウィンだ」

「遅い気付きね。けれど、作木君、細かい仕事とかできるんだから、レイカルたちにハロウィン衣装を作ってあげたらいいのに」

「いや、さすがに僕でも服飾関係じゃナナ子さんに負けますってば。それに、中途半端なのを作るのって何だか嫌で……」

「まぁ、その辺はこのナナ子様に任せなさい! ミサイルからブラジャーまで仕込んであげるわ!」

 ナナ子の采配だろう。

 レイカルたちもめいめいに仮装している。

「創主様! 似合いますか?」

 レイカルはおばけの格好をしている。

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