まだ本格的な装備を施されていないのに、軽業師めいた挙動で躍り上がり、脚部に装備された反重力機構を発現させる。
リバウンド斥力磁場が干渉し合い、四枚羽根と蹴りが激突する。
捲れ上がった土くれと駐屯地の大地がひび割れ、シールと月子の先導する《テッチャン》が周りに警告する。
『危ねぇ……っ! リバウンドへの備えがねぇ奴は下がれぇ! 高出力リバウンド兵装に巻き添えにされんぞ!』
『皆さん、下がってくださーい! 《テッチャン》で私とシールちゃんが誘導しますので!』
見学していた自衛隊員たちがその声で一気に避難していく。
《エスクードトウジャ》は羽根を蹴り上げてさらに直上へと舞い上がる。
土くれの一部でさえも足場にして背後を取ろうとしていた。
その動きの流麗さ、そして迷いのなさは平時のルイが備えている身体能力に近しい。
「ちょこまか……! こんのぉ……っ!」
ライフルを構えた《ブロッケントウジャⅡ》が速射モードに設定して乱射する。
ペイント弾の軌道をルイは全て呼吸のように理解してすり抜け、《ブロッケントウジャⅡ》の懐へと潜り込んでいた。
『遅いの』
ライフルがほぼゼロ距離で構えられる。
命中すればその時点で敗北。
エルニィはその一瞬に息を呑んだのが伝わった。
否、下操主席である自分にしかその決定的な隙は分からなかっただろう。
――これが恐れを吸い取ると言うこと。
上操主席のエルニィの鼓動や呼吸の乱れでさえもリアルタイムで実感される。
肌が粟立ち、鋭敏となった感覚野が捉えたのは、引き金が絞られる一瞬であった。
恐らく、エルニィ本人でさえも関知できない、ほんの一秒未満の致命的な部分。
だからこそ――下操主の自分は反応できる。
「……そこっ!」
感覚したのは一拍の本能。
下操主に許可されている人機の下半分の操縦権限を使い、《ブロッケントウジャⅡ》が蹴り上げる。
「……な……っ!」
意識の外であったのだろう。
エルニィのうろたえと、舞い上がったライフル。
武器を失ったルイの《エスクードトウジャ》へと、赤緒は照準しようとして、不意打ち気味に姿勢制御が崩れていた。
「あ、あれれ……っ、う、うそ……っ?」
理由が分からないままの戦いは、お互いがもつれ合うようにして二機が倒れたことで終わりを告げていた。
『そこまで! ルイもエルニィも……赤緒さんも。引き分けよ』
南がメガホンで判定を下す。
コックピットから這い出たルイはこちらを見据え、それから口にする。
「……ルイさん……」
『やるじゃないの。けれど、赤緒。あんたはまだまだよ。もっと上操主の呼吸を見なさい。話はそれから』
そう言った切り踵を返してしまったルイに、結局は諍いの理由は聞けなかったな、と赤緒は上操主のエルニィへと意識を振り向けていた。
「……立花さん。起きてます?」
「起きてるってばぁー。ホント、無茶が好きだよね、赤緒ってば」
「……かもしれません。でも、お二人のほうが随分と無茶だったんじゃないですか? 今回は模擬戦なのに、こんなにしちゃって……」
「……ま、馬鹿にされたまんまじゃ、収まりがつかないからね。今回のはボクも大人げなかったよ」
『赤緒とエルニィも、すぐにコックピットから出てメディカルチェックだ! 医療班! それに整備班は二機のメンテ急げよなー!』
シールの声とサイレンの音が重なる中で、赤緒はそう言えば、と思い返す。
「……何で二人とも、喧嘩のわけを教えてくれなかったんだろう……」
「――よっ。随分と無茶させたな、立花」
軒先で夏が近づいた風を浴びていたエルニィへと両兵が呼び掛ける。
「……両兵さぁ、気づいてたんでしょ? シミュレーターで赤緒と話した時点で」
「何のことだかな。てめぇと黄坂のガキがやるようなこった。とんでもねぇのは分かり切っていただけさ」
エルニィは頬杖をついて理由を語り始める。
「……“馬鹿にしてるの、下操主に赤緒なんて”……って。そう言われちゃうとボクもムキになっちゃうよねぇ。そっちこそ! って具合にさ。……でもこれも誤解だったんだから、何て言うか救われないよねぇ」
ルイが言った本当のところは「自分の下操主に赤緒をあてがうことを馬鹿にしているのか」ではなく、「今さら赤緒のような一端の操主をわざわざ自分の補佐に付けるなんて」と言う意味であった――と言うのは全部終わってからの話。
何だか力が抜けた、と言うのが本音であった。
「ま、てめぇらのやるようなことはいっつもそんなもんだろ。どっちに転んでもよかったんじゃねぇの? 柊も一個、何か吹っ切れたみたいだからな。あれだけモリビトを動かしてンだ。下操主を任せるのも信頼の証ってな」
「……何それ。両兵ってさぁ、外から見透かしたようなこと言うの得意だよね」
「悪いかよ。これでも操主としての歴は長ぇんだ。そいつがどんな悩みを抱えているのかどうかはコックピットの中ならある程度当てられるつもりさ」
「……ふぅん。じゃあ、ボクが今何を考えてるか、当てられる?」
両兵はこちらへと視線を振る。
エルニィはその眼差しを覗き返していた。
「……分からん。何にも。言ったろ? コックピットの中だけだって。そういうことにゃ、背中で応じるってのが信条の下操主の務めでもあるからな」
背中を見て、それでしか相対できない――人機のコックピットに限ってはということか。
何だかそれは真正面から向かい合いたかった自分にしてみれば拍子抜けで。
なおかつ、普段の両兵の在り方そのもので。
「……ホント、ズルいんだからなぁ、そういうの。でも、いっか。赤緒には、背中越しでも、ちゃんと向かい合うようなぶきっちょさが、一番似合うような気がするからね」
「それにゃ同意だな。あいつの背中はまだまだだが、いつかはちゃんと、誰かの想いに、気づけりゃいいよな」
不器用でも、今はただ。
お互いの信頼関係を、積み重ねられればきっと――。
「けれど赤緒の背中も、あったかいんだからなぁ、ホントに」
微笑んだエルニィはコックピットの中で応えてくれた赤緒の背中を思い返す。
何だか――無理をしているのは承知でありながら、いずれはその背中に弱音の一つでも吐き出せるような、そんな前向きな気分にさせられていた。