カリクムも笹にぶら下がると、二人分の重量を支え切れず、跳ねた笹の勢いに跳ね飛ばされてしまう。
レイカルは地べたに顔をぶつけ、カリクムは尻餅をついた形だ。
「……痛ったぁ……っ! レイカル、いい加減にしろよ!」
「こ、この程度で私がうろたえるとでも思っているのか……カリクム……。創主様! 笹は私がお守りしますね!」
微笑みかけたレイカルに作木は当惑して頬を掻いていた。
「いや、まぁ……うん……」
「笑ってないで、作木君も何とかしてよ。この二人、ずーっと張り合っているんだからね」
今回は呼び出された自分だが、訪れるなり笹の葉を巡って対立するレイカルとカリクム、それをどこか他所にして冷笑するラクレスと言う図に作木は困り果てていた。
「あの……削里さん? 何がどうなったんですか?」
削里はヒヒイロと将棋の盤面を挟んで向かい合っている。彼は片手を上げて応じていた。
「いや、どうにもね。今日ってホラ、七夕だろう?」
「あー、そういえば……。7月7日だ……」
「……もう、作木君ってば、日時くらいは覚えておきなさいよ」
「いや、すいません、小夜さん……。七夕って言うと……短冊かな?」
「正解。それで一悶着あったってわけさ。まぁ聞いて行ってくれよ。ヒヒイロ、説明を」
「よろしいですが、待ったは5分までですぞ」
身を翻したヒヒイロがこほんと咳払いする。
「そもそもの始まりは、いつもの授業の延長線上であったのです――」
「だから! 1+1はどう考えたって2にはならない! これは私の経験則だ!」
胸を反らして自信満々に言い放ったレイカルにヒヒイロはとことん、頭痛を覚えているようであった。
「お主……まだそれを言うか。これはそういうものと、人間界の常識で決まっておるものと考えよと何度言えば……」
「だが、ヒヒイロ! 事実と違うことを覚えたって戦闘力は身につかないぞ? そうじゃないのか?」
「……どうにもこやつの脳細胞は戦闘力に帰結するようじゃな……」
「なぁ、もうやめとけってヒヒイロ。何回教えてもこれなんだもん。多数対一になった時に不利だろーって言ってもだし」
カリクムはファッション誌を物色する小夜を横目に眺めていた。小夜はナナ子とファッション誌を手繰り、これ、と互いに見せ合う。
「これで作木君もメロメロ! 今年こそは夏の王者になるのよ!」
「これで伽クンも私から目を離せないわね! 私こそが夏の王者!」
出し合った水着の写真に、ナナ子と小夜はファッション誌を折り曲げてぶつけ合う。
「何よ! あんな鳥頭に好かれたって何の価値もないってのよ! それこそ夏の王者失格!」
「何言ってんの小夜! 伽クンの良さが分からないってあんたこそ頭大丈夫? ビーチより先に病院行けば?」
その言葉を嚆矢としてナナ子と小夜はファッション誌を丸めて大立ち回りを決めてみせる。ほとんどチャンバラ勝負の様相を呈してきた夏の衣裳でどっちが勝者か、という勝負は、持ち越し状態に陥りつつある。
「……人間って大変だなー。馬鹿みたいなことで喧嘩するし」
「あらぁ……、カリクム。あなたこそ、レイカルと張り合っているのじゃないのぉ……?」
妖艶な笑みを浮かべるラクレスにカリクムは柿の種を口の中に放り込む。
「何だってことじゃないって。レイカルなんて、とっとと追い越してやるんだから」
ヒヒイロはレイカルにこれ以上足し算を教えるのは難しいと判断したのか、では、とカレンダーに視線を投じていた。
「今日が何の日かどうかくらいは覚えておくといい。人間社会の常識に溶け込む好機じゃ。7月7日は?」
「……7月7日……? 7が二つで……あーもうっ! ヒヒイロ、ずるいぞ! 算数の勉強はもうしないって言ったじゃないか! こんがらがってきた……!」
頭部を押さえてブリッジするレイカルにヒヒイロはほとほと呆れ返ったようである。
「……別に難しい話でもあるまい。今日は七夕じゃ」
「タナ……バタ……? 何だそれ? 強いのか?」
きょとんとするレイカルに、カリクムは、そう言えば、と思い返す。
「そっか……今日、七夕だったっけ……」
「……カリクム?」
窺ったラクレスの視線に、何でもない、と突っぱねるが、カリクムは自ずとその視線を小夜へと向けていた。
――小夜は、覚えているのだろうか。あるいは、もう知っているのだろうか。
七夕にまつわる、逸話。自分が前の創主――カグヤより教わったことを。
「むぅ、そこからか……。まぁよい。教えるとしよう。七夕の日には短冊に願いを書くと、それが成就すると言われておる。ちょうど笹の葉があるし、お主らも願いを書くといい」
短冊が差し出され、カリクムは困惑してしまう。しかしレイカルはペンを抱えて鼻歌混じりに書き出した。
「そんな便利な日があるのか! 人間もやるな!」
「……何書いてんだよ」
「見て分からないか? これだ!」
そこには拙い文字で「つよくなれますように」と書かれている。ぷっと思わず吹き出したカリクムへとレイカルは露骨に反感を抱いた。
「何だよ! 何で笑うんだ!」
「いや、だって……。七夕の日ってのは、別に何でもかんでも願いを叶えてくれる万能な日じゃないんだぞ? 織姫と彦星が――」
そこまで口にして、しまった、と口を噤んだ時には、レイカルは怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。
「……オリヒメ? ヒコボシ? ……ヒヒイロー、こいつ、分かんないこと言ってるぞ?」
「いや、分からぬことでもあるまい。織姫と彦星が一年に一度出会う、特別な日ともされておるのじゃ。カリクム、お主は知っておったのだな」
「いやまぁ……人間界の常識だし……」
はぐらかしたが、レイカルはこちらを注視した後に、じゃあ、と短冊を奪い取る。
「お前の分の願いも私が叶えてやる。えーっと、オリヒメとヒコボシ……?」
「ば、馬鹿! 私の願い事は別にあるんだってば!」
慌てて奪い返すが、レイカルは承服しなかった。笹の葉へと飛び移り、自分の短冊を我先にと垂らそうとする。
「あっ、ずるい……!」
カリクムはレイカルへと飛びかかるが、ひょいと身をかわされてしまい、そのまま笹へと額をぶつけた。
「痛っつ――! 何すんだよ!」
「何だ、願い事を叶えたいのか、叶えたくないのかハッキリしろ」
「……お前には見せたくないんだよ」
「何だそれ。結局、そのオリヒメとか、ヒコボシとかの話もよく分かんないし、何なんだ?」
問いかけられても、カリクムは強情に口を噤む。小夜へと視線を流したが、彼女はこちらに気づいてもいない。
「私が一番乗りだな。えーっと、この辺に……」
短冊を下げようとしたレイカルへとカリクムは飛びかかってその手を払い落としていた。
「あーっ! 何すんだ、カリクム!」
「……何か、嫌だ。お前が一番乗りってのは」
「何だそれ! お前さっきから言っていること滅茶苦茶だぞ!」
「……お前だって……! 何にも、知らないくせに!」
「……でまぁ、この有り様と言うわけです、作木殿。何でだか私にも分かりません。しかし……これはあまり大きな声では言えんのですが、カリクムも何か思うところがある様子」
囁きかけたヒヒイロに作木は得心し、いがみ合う二人を目にしていた。
互いに威嚇を繰り返し、短冊を我先にと吊るそうとする。
「私のが先だ!」