「あれ? あれれ……? いつもならこれくらいできるのに」
「甘いね! 赤緒! その箸は通常の箸の三倍は掴みにくくできているんだ。ボクのとっておきの発明品さ!」
「……そ、そんなのに頭脳を……?」
「むっ、そんなのって何? それに、これって赤緒のためのはずだよね?」
「そ、そう言われちゃうとどうしようもないですけれど……。せめてこんなそのー……芝生の上でやらなくっても柊神社まで帰れば……」
目論見とはまるで違うが、人通りがある程度ある公園の芝生の上で白昼堂々こんなことをやるのは嫌な汗が流れてくる。
「頑張れ! 赤緒! 緊張の分だけ汗は流れるんだから!」
「そ、そんなこと言いましても……。しかも全然掴めないし……」
先ほどから全く小豆が掴める気はしない上に、時折自転車の通行音が聞こえてきてその度にびくりと肩を震わせる。
完全に想定外の汗だけが首裏に滲んでいく。
「……ねぇ、エルニィ。やっぱりここはヘブンズ流のダイエットにしましょうよ。これ、赤緒さん向いてなさそうだし」
「うーん……そうだねぇ。集中力を養うダイエットも大事だとは思うんだけれど……さっきから全然拾えてないし」
「ああっ! ……落っことしちゃいました……」
がっくりと肩を落とす自分に対し、エルニィはやれやれと肩を竦める。
「……で、南、当てはあるんだろうね?」
「もちろんよ! ヘブンズ流、見せてあげるわ!」
「あ、あのぉ……もう、変なダイエットは……」
「「変って何!」」
二人の言葉が重なり、赤緒は意見を封殺する。
「あ、あぅ……」
「見てなさい! エルニィ! 私のダイエット術で赤緒さんの体重をストンと落としてみせる!」
「何を! ボクだって! カロリー計算と肉体の数値に基づいたダイエットで赤緒を何キロでも痩せさせてみせるんだから!」
二人の間で火花が散り、赤緒は恐ろしい方向へとこの減量が向かっているのを感じていた。
「そ、そのぉ……別に無理して痩せる必要性はないかなぁーって……」
「赤緒さん! まずはこっちよ!」
「は、話を聞いてくださいよぉー!」
南に手を引かれ、出向いたのは自衛隊の訓練場であった。
「むっ……赤緒か。どうした、黄坂南。こんなところに赤緒を連れ込んで」
「メルJ! あんた、射撃訓練の動く的が欲しいって言っていたわよね?」
「……まさか……」
青ざめた赤緒が逃げようとするのを南ががっしりと押さえる。
「まぁ待って! 生身で銃弾避けろなんて言わないから!」
赤緒は特殊な装甲服を着せられ、そのまま射撃場へと放り出される。
『いいー? 赤緒さん。メルJの照準から時間いっぱい逃れてちょうだい。逃れた分だけポイントになるから。これぞヘブンズ流ダイエット術が一つ! とにかく必死で避けろ、よ!』
『黄坂南。加減をするつもりはないんだが、いいんだな?』
メルJがこちらへと銃口を向ける。
赤緒は慌てて飛び退くがその時には動きを予見してメルJのレーザーポインタが据えられていた。
装甲服は重石になると同時にレーザーポインタの受信機でもあるらしい。
ブザーが鳴り、命中を告げる。
『……赤緒。その程度の動きでは動く的の役割をこなせんぞ』
不満そうにメルJが言うものの、赤緒はそもそもこんな大それた減量術になるなんて思いも寄らない。
「そ、そんなこと言われたってぇ……」
よろめいた赤緒へとさらに照準。
時間いっぱいまで避け続けるが、ほとんど全弾命中であった。
息を切らす赤緒に、エルニィがマイクを引っ手繰って告げる。
『まだだよ! 赤緒。南のダイエット術ってただのスパルタだから! ボクのダイエット術を試してみなって!』
そう言われた直後には、エルニィに手を引かれて、向かったのは電算室である。
「えーっと……これは?」
「いい? プログラミングってのは結構神経使うんだ。これから赤緒には一文字だって間違うと致命的なプログラムのチェックを行ってもらうから。大丈夫、大丈夫。そんなに専門的じゃないし。こっちのモニターに表示される文字列と、こっちの文字列が合っていればエンターキーを押せばいいだけの楽なお仕事」
エルニィは軽い調子で言ってのけるが、赤緒にとってしてみればパソコンの業務などまるで素人な分野である。
同じ文字列なのかどうかさえも分からずにエンターを押すと、すぐさまエラーが参照されてくる。
「赤緒! しっかり見ないと!」
「そ、そんなこと言われましてもぉ……。何のことやらさっぱりで……」
「文字が合っているかどうかを見るだけじゃん。こんなの、ほら、この調子で」
エルニィは軽い調子でタイピングを行い、赤緒の百倍近い手順をこなしていく。
その手際に目を丸くしていると、エルニィが視線を合わせる。
「ね? 簡単でしょ?」
「いや、そもそも私と立花さんじゃ、そのー、パソコンへの技量だとか……。そもそもこれってダイエットになるんですか?」
「集中力を鍛えれば、自ずと頭脳労働になるって言ったじゃん。赤緒には難しい計算式を解けって言ってるんじゃないんだから、これくらいはこなす!」
「えーっ……、何のことやらさっぱりなのに、合っているかどうかだけ判定しろって言われても……うーん……これかな?」
エンターキーを何となくで押すとまたしてもエラーの文字列。
「もう! 赤緒ってばこういうところでもどんくさいんだから! こんなんじゃ何日かかったって終わらないよ!」
「甘いわね、エルニィ。赤緒さんには、やっぱり体力勝負! ズガンと体重を落としたけりゃ、まずは身体を動かさないと!」
南に手を引かれ、一輪車に乗せられる。
「あ、あのぉ! これって何の意味が……?」
「一輪車は思ったより体力使うからねー! それでグラウンド五周!」
「そ、そんなこと言われましてもぉ……そもそも私、一輪車乗れな……きゃっ!」
倒れてしまったのをこれ好機とでも言うようにエルニィが手を引く。
「やっぱり時代は頭脳だよ、頭脳労働! 計算ドリル五百問! これで嫌でも痩せるはずさ!」
「えーっと……願いましては……」
そろばんを至らぬ速度で弾く赤緒を、南が無理やり手を引いて屋上へと連れ出す。
「あっちからこっちまで綱渡り! これで嫌でも痩せるはずよ!」
「わ、私……高いところは……」
よろめく自分の手を引いて、エルニィはジャンク品の山へと向かわせる。
「このジャンク品を使って赤緒だけのコンピュータを作って――」
「いやいや、赤緒さんはそんなのじゃ痩せないわ。まずはこのフラフープを――」
「いやいや、南。そんなの論外。そんじゃ赤緒、このグラフを解いて――」
「いやいや、それはナンセンス。赤緒さん、痩せるダンスを試してみれば――」
「いやいやいや、今度はこの頭脳労働を――!」
「いやいやいや! やっぱりこの世は体力勝負――!」
「――つ、疲れたぁ……」
バタン、と体操服のまま、赤緒は柊神社へとようやく帰ってくる。
すると、台所のほうから声が聞こえて来ていた。
「おや、赤緒さん、お疲れ様です。帰ったところで悪いですが、お夕飯の支度がありますので、少しだけ味見を手伝ってもらえますか?」
「あ、はいー……。今日の味見は……あ! コロッケですね! じゃあ今日も味見分……」
そこに至って赤緒は、ハッと気づく。
「……そう言えば五郎さん、私最近、こうして味見してますけれど……」
「はい? いつものことじゃないですか」
「いつものことなんですけれど……味見の量、増えてません?」
「ああ、それは。皆さんよく食べていらっしゃるので、自然と品数も多くなってしまって。その度に赤緒さんに味見をお願いしないと、皆さんの口に合わないかもしれないって……あれ? これはそもそも赤緒さんが仰ったのでは?」
体重増加の思わぬ原因は自分が招いていたのだ。
赤緒は今日一日分の疲れに机に突っ伏す。
うず高く盛られた味見用のコロッケに、そりゃ太るはずだ、と合点する。
「うぉっ……! 何だ、柊。台所で寝とぼけてンなよ。……何で体操服なんだ?」
「いえ、その、何ていうか……。今日一日分の色んな労力を返して欲しい……」
しくしくと恨めしく泣く自分に対し、台所に入ってきた両兵は味見用のコロッケを一つ頬張って、うんと頷く。
「今日も旨ぇな。ここの料理は」