「……そんなに分かっているのなら立花さんがやって勝てば終わるんじゃ……?」
「うーん、それでもいいけれど……どう? 両兵」
「いんや。ここまでやって来たんだ。今さら後には引けねぇし……何よりも、だ。――負けられねぇだろ。これくらいは分かるよな? 立花」
「あー、はいはい。ボクも格ゲーは嗜むからよく分かるよ。一回でも勝てればってなると熱くなるよねぇ」
「……呑気に言わないでくださいよ、立花さん。私のなけなしのお小遣い……」
「あー、直接被害を受けているのは赤緒のお財布だっけ? ……んじゃあ、これ以上はさすがにね。破産しちゃうもん。両兵、でもそろそろ……分かって来たんじゃない?」
その言葉の赴くところが理解できずにいると、両兵は腕を回して、こきりと首を鳴らす。
「……まぁな。さて、そろそろ終わりにしようぜ」
両兵が台に向かい合う。
これまで通り、相手は遠距離の戦法から両兵の隙を見出して、そのチャンスを逃さずに殴り散らかす戦術を取っていた。
だが、今回ばかりは毛色が違う。
両兵は果敢にもその旋風の中へと飛び込む。
当然、体力ゲージは減っていくわけだが、そんなことには頓着していない姿勢であった。
「お、おい! ここまで来て勝負を捨てるのか! ゲーセン破り!」
「旋風の中に飛び込んだんじゃ、十秒も持たないぞ!」
「――いや、それで――充分だ」
すぐさま体力ゲージが赤に染まり、半分以上が振り切れてしまう中で赤緒もあわあわとしてしまう。
「どうしよう……また負けちゃう……」
「――いや。両兵、見極めたね」
確信めいたエルニィの声音に言葉をなくしていると、敵キャラがジャンプからの踵落としに入ろうとする。
これも必勝コンボだ。
このまま踵落としを受ければ確実に負け、回避しても先ほどと同じように旋風を前に近づけないまま終わる。
だが、両兵のキャラは踵落としで生じた隙を突いて一点を目指していた。
ただ一点――画面の端を。
否、そこはもう――画面外だ。
両兵のキャラがめり込むように画面外に入ったその瞬間、踵落としを決めようとしていた相手のキャラが敵を見失う。
完全に捉え損ねた大きな隙、それを両兵のキャラは逃さず、すぐさま反転し、パワーのある拳を叩き込んでいた。
そこからは防御の時間すら与えない。
ダダン、とボタンを軽業のように叩いてコンボを繋ぎ、両兵のキャラが大きくアッパーを突き上げる。
それで勝負は決まっていた。
派手に飛ばされた相手キャラの体力ゲージが消え、KOの文字が躍る。
「よっしゃぁッ!」
勝ちを収めた両兵の雄叫びに、誰もがしんと水を打ったように静まり返っていた。
「まさか……負けた?」
「我らがゲーセンの神が……」
両兵はふんと鼻を鳴らしてから、コートを肩に担ぐ。
「このゲーセンも破らせてもらったぜ。十六戦、いい戦いだったと言わせてはもらおうか」
立ち上がった両兵は相手を一顧だにせずにゲームセンターを後にする。その背中に遅れて赤緒は駆け寄っていた。
「ま、待って……! 小河原さん、その……勝ったんです、よね……?」
「ああ? 見てたろ、分かンねぇのか?」
「分かりますけれど……。相手の顔も観ないでいいんですか?」
「あー、いいんだって赤緒。こういうのは観ないのがマナーみたいなもんなんだから。それにしたって……両兵もやるじゃん。あのゲーム、画面外バグがあってさ。一定のフレームレートで画面の端っこに突っ込んだら当たり判定から逃れられるんだよね。まぁ相手もそれを分かっている節があったから遠距離の足技キャラだったんだろうけれど、十六回も戦って油断したのか、それとも両兵にはその知識がないと踏んだのか知らないけれど、まさに隙を突いた勝利だったね」
感心するエルニィにルイがぼそりとこぼす。
「……よくやる手よ、この自称天才が。天才の癖して画面外バグを多用するなんて風上にも置けないわね」
「あれも作戦勝ちなんだってば! それに、製品版だと修正されてるし、あんまし使えないからねー。アーケードならではの緊迫感ありきなんだから!」
「どうだか。ゲームじゃ凡才の言い訳よ」
ルイとエルニィが言い合いになるのを、両兵が清々としたような口調で仲裁する。
「まぁいいじゃねぇか。あれだけの相手、いっぺんくらいは顔を拝みたかったが、それは観ないのがルールみてぇなもんだ。にしたって、勝てるもんなんだな。画面外に関しちゃ、オレも賭けだったが」
「……小河原さん。何か大切なこと、忘れてませんか……?」
じとっと赤緒が問いかけると、両兵は思案するように中空を睨んでから、あっと声にしていた。
「今日の晩飯は豪勢に頼むぜ、柊。勝利飯だからな」
全く反省の色がない両兵に赤緒はさすがにムカッとしてしまう。
「もうっ! 駄目です! 今日の小河原さんはご飯少な目なんですからっ!」
「おいおい! そりゃねぇぜ、柊! せっかく勝ったんだ。腹も減ってんだよ」
「知りませんっ! それに何より、ゲームは一日一時間なんですからね!」
「わーお、赤緒ってば古臭いんだからなぁ、もう」
「本当よ。ゲーマーの言い分も聞いて欲しいものだわ」
エルニィとルイの糾弾の声に赤緒は全力で言い返す。
「ゲームは駄目ですっ! しばらく禁止なんですから!」
――カタッ、と立ち上がった自分にゲーマーたちは平伏する。
「か、神……ッ! やはりその……負けたのが……」
「いえ、別に。ちょっとした暇潰しをしただけですのでぇ……まぁいいんですよぉ。これもまた……縁と言うものなのでしょうねぇ。人機で勝負する前にゲームで負けるなんて」
赤縁眼鏡のブリッジを上げ、ふぅーんと訳知り顔になる。
「にしたって、熱くなりやすい性格は分かりましたよぉ、アンヘルのリーダーさん♪ 次に会う時はこんなぬるいゲームじゃなくって、それこそ硝煙の舞う戦場がよさそうですねぇ」
「か、神ッ! なにとぞ、我らにご神託を……!」
結った髪をかき上げてその言葉に応じる。
「もうっ。持ち上げないでくださいよぉ。私はただぁ、ちょっとした暇潰しをしていただけですしぃ……それでも得られたものは大きそうですけれどねぇ……。あれが……柊赤緒、ですか。それに、小河原両兵……楽しめそうですねぇ、存分に」
ふふんと鼻歌交じりにゲームセンターを後にするのを、数名のゲーマーたちは見つめていたが、やがて誰もが顔を見合わせていた。
「そういえば……我々は神と言っていたが、誰かあの人の名前を知っていた人間は……?」
「いや、誰も……人知れずその強さだけで神の立場になった人だから……」
「赤い眼鏡が印象的な人だったな……。おっとりとしていてとてもじゃないが格ゲーなんてやりそうでもなかったのに……。いや、そもそもあの人は……何だったんだ……?」
幻影と疾風の如く、その女性の印象は古びたゲームセンターからは失われていくのであった。
――これも一つの出会いの形だと、気づくのは当分後になってからである。