JINKI 157 それぞれの聖夜に

「むぅ、さすがの赤緒でもとぼけないでってば。暑くなるってことはつまり、クリスマスが近くなることなんだよ」

「えっ……クリスマス?」

 思いも寄らぬ言葉とはまさにこのことで、赤緒は脳内が混乱したのを感じていた。

「えっとー、立花さん? まだ五月の半ば程度ですし、クリスマスは半年以上先ですよ? ……毎日複雑な筐体と睨めっこしているせいで、まさか……」

「失礼だなー、赤緒は。あ、でもそっか。こっちって日本だから、暑くなる時期にクリスマスってのはおかしいんだ」

 自分の中で勝手に納得してしまうエルニィに、赤緒は戸惑ってしまう。

「えっと……理由、聞かせてもらえますか?」

「理由って……。だって向こうに居た頃はクリスマスが近くなるとぐんぐんと暑くなっていったもんだよ。その感覚が分かんないってのは……。あーでもそれもそうか。日本だとクリスマスってどうなるの?」

「どうって……普通ですよ。あっ、でも雪が降るとホワイトクリスマスって言ったりしますね」

 こちらの言葉に今度はエルニィが困惑する番であった。

「雪ぃ? ホワイトクリスマス? ……なーんか違うなぁ。だってボクの故郷はブラジルだから。ブラジルのクリスマスってさ、すっごい暑いんだ。あ、もちろんみんなの熱気もなんだけれど、もう日本じゃこのくらいの暑さかなーって感じの」

「ああ、言われて見れば……」

 ブラジルは南半球。日本とは気候が真逆のはずだ。

「でも、残念だなー。ってことは、こっちじゃパネトーネも食べれないんだ?」

「ぱ、ぱねと……何ですか?」

「パネトーネ。知らない? あっちじゃ当たり前なんだけれどなぁ。こっちで言うと……蒸しケーキとかパンみたいなの。それにドライフルーツをありったけ入れて、で、その家ごとにパネトーネの出来は違うんだけれど、ボクの思い出の味は……」

 そこで不意に言葉を切ったエルニィは、そうだと手を打っていた。

「ないんなら作ればいいんだよ! ブラジルのクリスマス料理!」

「えっ、でも私……そのパネトーネとか言うのの知識ないですよ?」

「うーん……じゃあさつきも連れてさ。今日はブラジル流のクリスマス! ま、カレンダー上は全然なんだけれど、こう暑くなってくると、ああクリスマス近いなぁってなったから! 今日はその気分なんだ!」

 エルニィの自由さは存分に知り得ているつもりだったが、まさか五月をクリスマスと言い張るとは思いも寄らない。

「でも……さつきちゃんでも作れますかね? レシピがあれば別ですけれど……」

「なぁーに! 任せてってば! これでもボク、パネトーネに関して言えば、ちょーっと小うるさいくらいなんだからね! よぉーし、今日はクリスマスだ!」

「――って言っていたわけなんだけれど、何で私? 私だってカナイマに居た時分じゃ普通に冬がクリスマスよ?」

 南が自分たちを連れ立って商店街へと足を運ぶのは意外と珍しいのではないか、と思いながら赤緒は歩を進める。

「でも、南さん、あっちの経験があるお方ですから。何かと情報源になるんじゃないかなと思いまして」

「うーん……当てにしないでよね。エルニィの言うパネトーネって言うの、言っちゃえば蒸しケーキとかパンなんでしょ。さつきちゃん、ケーキは作ったことあったっけ?」

「何度かは……。ですが本格的な蒸しケーキ……それも立花さんの中の思い出のクリスマスケーキを再現するのは全くの知識なしじゃ難しいですよ……」

「そうよねぇ……。でもあの子も意外。何だかそういうの、エルニィとは無縁そうじゃない?」

「……ですよね。何で急にクリスマスとか言い出したんだろ、立花さん。……やっぱり毎日パソコン触っているから、ちょっと……」

 そこから先はさすがに本人が居ないからと言って言葉にできず、赤緒はもごもごと濁す。

「でも、あの子だってやっぱり女子なのねぇ。ケーキが急に食べたいなんて」

 そう言われてみれば、と赤緒は戸惑ってしまう。

「……立花さん、女子なんですよね?」

「当たり前のことじゃないの。赤緒さんだってあの子が女の子なのは分かってるはずでしょ?」

「いや、それはそうなんですが……毎日の言動を見ていると、たまに男の子みたいに見えちゃう時もあるんで」

 これは普通に失礼かもしれないと思いつつもそう口にすると、さつきも同調していた。

「ちょっとだけ分かります。立花さん、スポーツも何でも得意ですし、何なら男の子より男の子っぽいかも」

「あっ、さつきちゃんもそう思うよね?」

「エルニィが男の子ねぇ。まぁ最初に会った時は本当に今よりも女っ気のない感じの子供だったから、あの頃を見ていたら余計にそう思っちゃうかもしれないわ」

「……立花さんの子供の頃……」

 勝手に想像して、エルニィの幼少期を脳裏に描く。

 きっと今よりも快活で、男勝りだったに違いないと想定してしまう。

「でも、情報が乏しいですよ。一応、立花さんから貰ったメモがありますけれど……」

 さつきが覗き込んでいたメモにはざっくりとしたパネトーネの作り方と図解が書かれている。

「なになにー……本当にざっくりねぇ。食材は基本的に蒸しパンみたいなもんか。そこにドライフルーツをふんだんに盛り込んで……赤緒さん、この日本にドライフルーツなんてあるの?」

 あっ、とそこで気づいてしまう。

「ドライフルーツなんて……そんじゃそこいらには売っていませんよ……」

「そうよねぇ……。日本の風土じゃこういうの作っているって言っても限られそうだし、東京中を今から探し回るのは現実的じゃないわ。ここは一つ、普通のフルーツを使いましょう」

「……でも、いいんでしょうか? せっかくの思い出のケーキなのに……」

「そこは今日食べたいって言い出したんだし、少しは我慢してもらいましょう。えっとー、それから蒸しケーキなんだけれど……私料理したことほとんどないから分かんないのよねぇ。それって結構大変なの?」

「蒸しケーキは段取りがありますので。結構時間自体はかかります。……でも、立花さんも急に思い立ってって感じですよね。何か、変な感じではありますけれど」

「変って?」

 さつきは名言化が困難なように、どこか遠慮がちに呟く。

「立花さんって、何て言うんでしょう……普段はワガママって言ったってそこまで急なことは言い出さないじゃないですか。でも、今回ばっかりはちょっと、無理難題だなぁって思って……」

「でも、立花さんの思い出のケーキなら、できれば再現したいのは本音だし……」

「とにかく、蒸しケーキを作るところからなのは事実なのよね? じゃあさつきちゃん、ちょっと後の買い物は任せるわ。私はちょっと用事を思い出しちゃって」

「えっ、ちょっ……! 南さん? ……行っちゃった」

 追いかける前に南は喧騒の中に消えていく。

 サムズアップだけを寄越されても、こちらには何の鼓舞にもならない。

「もう、南さんも勝手だなぁ……。じゃあ一応、そのメモ通りに買い物しようか、さつきちゃん」

「はい。……でも、さっき言い出せなかったんですけれど、立花さんにとってのクリスマスってどんなものだったんでしょう?」

「ブラジル……だよね? 立花さんの故郷って。想像つかないなぁ……。人機で色んなところに行ったけれど、それでも何て言うか、予測の範囲外って言うか……。地球の裏側って分からないし……」

「……でもきっと、楽しかったんでしょうね、立花さん。だって、そうじゃないとあんなに嬉しそうにクリスマスの思い出として、このメモを書いたりしませんから」

 メモの中には「これがパネトーネ!」とエルニィ燻製の絵まで描かれている。

「立花さん、確かおじいちゃんと一緒に住んでいたって、何度か聞いたような気はするんだけれど」

「どんなだったのか、想像もできませんよね。それでお兄ちゃ……小河原さんと出会って、南さんと出会って、ですから。何だか不思議な縁ですよね。それだけの人たちが今のアンヘルを作ってるんだと思うと」

「私も、アンヘルに入って、操主にならなかったら、さつきちゃんのこと、知らなかったんだって思うと……操主として戦うのは辛いことや、たくさんの戦いの上で成り立っているけれどでも……よかったなって思うこともあるかな。だってさつきちゃんとこうして肩を並べて買い物するのも、もしかしたら本当に奇跡的な確率なのかもしれないし」

「赤緒さん……。ですね、なら立花さんの思い出のケーキ、絶対に作りましょう。きっと立花さんも喜んでくれるはずですし」

「うん、でも立花さんがクリスマスか……。何だかどんな風な子供だったんだろうって思っちゃうね」

 エルニィは普段はまるで実生活のことなんて垣間見させないのに、こうして不意に思い出したように言い出す辺りが彼女らしいとも思う。

「私、クリスマスは旅館で過ごすことが多かったので……。旅館のみんなと、お客さんが帰った後に食べたお茶碗蒸しが美味しかったのを思い出しますね。……お兄ちゃんはもう居なかったけれど、でもあったかかったなぁ……」

「クリスマスの思い出かぁ。私、まだ三年くらいだけれどでも、楽しいってのは分かるかな。さつきちゃん、マキちゃんと泉ちゃんのことは知ってるっけ?」

「はい。赤緒さんのご友人の方ですよね?」

「二人とも、私がクリスマスだとか知らなかったから……何て言うのかな。びっくりさせようと思ってくれたんだと思う。急に赤いサンタ服で柊神社に来て、それで五郎さんと一緒に私にクリスマスを教えてくれたの。懐かしいなぁ……って、まだ三年前なんだけれどね」

 今でも思い出すのは五郎もどこか浮き足立ったかのように自分へと七面鳥や様々なクリスマスの行事を教えてくれたことだろう。

 きっと彼からしてみれば、過去も何もない自分を救済する術にも思えたのかもしれない。

 実際、そうやって少しずつ、人間らしく成れたような気がするのだから不思議である。

「でも、問題はパネトーネなんですよね。……立花さんのクリスマスってどんなのだったんだろう……」

「うーん……普段使っているパソコンとかで調べられるのかな?」

「でも立花さん以外じゃ南さんくらいしかまともに触れる人いませんし……」

 目下のところ、エルニィのクリスマスに関しては不明のまま。

 しかし、活力だけは湧いて来ていた。

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