それはお互いのクリスマスの思い出を語り合って、少しばかり分かり合えた気持ちになれたからかもしれない。
さつきにだけの思い出と、自分にだけの思い出があるように、きっとエルニィにも、彼女だけのクリスマスがあったはずなのだ。
「あ、あのっ、赤緒さん。じゃあその、せっかくのクリスマスですし、ちょっとお勘定からは足が出ちゃいますけれど……」
さつきが自分の耳へと囁きかける。
その提案に、赤緒はうんと頷いていた。
「いいと思う。じゃあそうしよっか! さつきちゃん!」
「はい! これで立花さん、喜んでくれるといいなぁ……!」
「――今日も自衛隊の演習場から帰って来たよーって……うわっ、何これ。真っ暗じゃん。えーっ、誰も居ないのー?」
呼びかけつつエルニィは闇に沈んだ柊神社の中を探っていくと、不意に明かりが点いた居間で弾けたのはクラッカーの音と極色彩であった。
「メリークリスマス! 立花さん!」
サンタ服に身を包んだ赤緒とさつきがそれぞれ、自分へとクラッカーの紐を垂らすのをエルニィは呆けたまま目にしていた。
「えっとー……何?」
「何って、立花さん、忘れちゃったんですか? 今日はクリスマスですっ」
「うーん? でもまだ五月だよ?」
「もうっ! そうじゃなくって! ……パネトーネだけじゃ雰囲気も出ないでしょうから、私たち、日本人流のクリスマスの感じでお祝いしようと思いまして。さつきちゃんのアイデアで」
「あー……だから料理も豪勢なんだ。すごいね、鶏肉三昧」
「クリスマスって言ったら七面鳥かなって思いまして。日本人っぽいかもですけれど」
「いや、ボクは別にいいんだけれど……これって結構お金かかってない? いいの? こんな普通の日に」
「普通の日じゃありませんよ。今日はアンヘルのクリスマスなんですから! 立花さんがパネトーネを食べたいって言ってくれたから、私たちもクリスマスの気分になれたんです。これって、何だかちょっと楽しいかもって、そういう話になりまして」
ルイはサンタ服姿で早速七面鳥に噛り付いている。
「あっ、駄目ですよ、ルイさん! 今日はアンヘルのクリスマスなんですから!」
「なら、私もクリスマス衣装を着てるんだし、おあいこよ」
さすがにメルJはサンタ服には身を包んでいないが、柱にもたれかかって微笑みを投げる。
「どうだ、立花。これがこいつら流のクリスマスなんだと。……正直、私の文化圏ではもっと粛々としたものだったんだが、今は日本流に従おう」
「えっと……じゃあ改めまして! メリークリスマス!」
音頭を取る赤緒が奥から差し出してきたのは、思い出深い香りの――。
「あっ、この匂い、パネトーネ?」
「よ、よかったぁ……。とりあえず形にだけはなったんです。でも、ドライフルーツはないので……代わりに新鮮な果物を入れてみました」
「その……もしかしたら立花さんの思い出の中のクリスマスとは違うかもですけれどでも……これが届くんならきっと、いつだってアンヘルではクリスマスをやれるはずですから」
「……そっかぁ。赤緒もさつきも、ボクのために作ってくれたんだ。ありがとね。じゃあ、今日はぱぁーっとクリスマス気分で行こっか!」
――夜も少し更けた頃。
エルニィは屋根の上で寝そべって東京の星空を眺めていた。
「……星だけは綺麗なんだなぁ」
そう呟いた自分へと、不意に影が差す。
「何やってんだ、立花。いいのかよ、連中、今日はクリスマスなんだろ?」
「うん……。ちょっと無理させちゃったかもだね。元はと言えばボクがパネトーネ食べたいってごねたせいだし」
「……後悔してンのか?」
「いや、そうじゃなくってさ。……両兵は知っているから言うけれど、ボクはずっと、じーちゃんと二人暮らしだったんだ。その時のパネトーネってさ、じーちゃん、それだけはいつも時間をかけて作ってくれたんだ。他のは効率を重視して、とか、ちょっと質素だったんだけれど、クリスマスのパネトーネだけは、しっかりとラム酒に漬けたドライフルーツで、少し手狭な部屋だったけれどでも……満たされたクリスマスだったの、今日ので思い出しちゃった」
いや、今日の赤緒たちのお陰で思い出せたのだけではない。
元々、暑くなってきたこの気候に、故郷のクリスマスを重ねて少しだけセンチメンタルになっていたのだ。
向こうでの思い出を語れる人間はこちらでは少ない。
せいぜい両兵と南くらいなものだろう。
「……らしくねぇぞ、立花。何だってパネトーネみてぇな手間かかるのわざわざあいつらに頼んだんだよ」
「……ま、絶対に無理だって分かっていても、たまには人間、無茶したくなるもんなんだなぁって、そう思ったからかもね。ボクはもうこっちに来て、さ。郷に入らば郷に従え、だっけ? 日本のことわざ。分かっているつもりだったけれどでも、不意打ちみたいに寂しくなっちゃうんだ。だってボクの故郷は地球の裏側。何かとてつもなく大変な事でもない以上はもう帰れない。だってあっちは、ずっとキョムとの南米戦線が続いているんだ。……帰りたくっても帰れないし、もう戻りたくっても戻れないんだと思うとね。ちょっとだけ二人に意地悪したくもなっちゃった」
「……柊たちはそれでも応えてくれただろ」
「うん……。それがある意味じゃ、ちょっと辛いかも……。余計にもう……あの日々はないんだなぁって、痛感しちゃったって言うかさ」
両兵はため息をつき、そして自分の隣に座り込む。
きっと軽蔑しているのだろうと思って顔を隠して寝返りを打ったその時、人機が降下する音をその耳は聞いていた。
ハッと面を上げてエルニィはフライトパックを装備した《ナナツーウェイ》が柊神社の境内へとそっと降り立ったのを目にする。
「……《ナナツーウェイ》? 誰……」
キャノピー型コックピットを開いた先に居たのは、こちらへとサムズアップを寄越す南であった。
「……まったく。こっちだって非番なんだからねー、あんた」
「南? あ、そういやさっきまで居なかったけれど……何してたの?」
「何ってあんた、これをご覧なさい」
南が手に提げていた袋の中身は――。
「パネトーネ?」
「そっ。私の伝手で向こうの食糧が手に入らないかなってちょっと思ってね。さすがに今から送れじゃ間に合わないから取りに行ったのよ」
「……でも取りにって……南米は内戦中じゃ……」
「何言ってるの。パネトーネを売っているのは何も南米だけじゃないでしょ?」
そこで合点が行った自分は、何だ、と笑みがこぼれていた。
「……みんながみんな……クリスマスの、ボクなんかの気紛れなんかで……変なの」
頬を流れる熱いものを今だけは両兵も南も茶化さなかった。
「さっ、飲みましょうか、エルニィ。極上の旨酒もあるのよー。アンヘルのクリスマス二次会、楽しみましょ?」
エルニィはそれとなく、両兵に視線を送る。
「……知ってたんでしょ」
「……いんや」
「知ってたね。両兵がそう言う時は知ってる時だ」
だがそれがありがたい。
赤緒たちのクリスマスに水を差すわけでもなく、こうしてアンヘルの人々から素直な祝福の言葉を貰うのは決して――嫌な気分ではない。
むしろ、かつての日々を思い出させてくれる、あたたかな場所であった。
南の注ぐ旨酒を両兵は杯で呷りつつ、自分は彼女の手土産たるパネトーネを口に運ぶ。
「……故郷の味だ」
そして、祖父との絆の味。
エルニィは今宵の月を仰ぎ、そして静かに約束していた。
「……じーちゃん、地球の裏側でも、ボクはクリスマスが送れている。だから……いつかよぼよぼになって、それでじーちゃんのところに行くまで、ボクは精一杯、生きようと思う。このクリスマスを、何度経験することになるのか、それを楽しみにして……」
――今宵はクリスマス。
誰にとっても特別な日のはずだ。