「わ、分かっているわよ。……私だって南のことばっかり考えているわけじゃないんだから」
「どうだかな。……貴様ら、親子なんだろう? なら、親の影響は自ずと受けていると思うが」
親子、という言葉にルイは久しく感じていなかったものを感じていた。
「……カナイマじゃ当たり前だったんだけれど、でもここは日本の東京。私だけでも、どうとでもなるんだから」
「それならばいいんだがな。お前の言い草ではどうにもならなさそうだが……」
「黙りなさい。この勝負、勝つのは私なんだから」
そう、南との勝負になるのなら――いつでも勝つのは自分であったはずだ。
南米での日々が、少しだけ回顧される。
「……南はいつだっていい加減でちゃらんぽらんなのよ。私を超えられるとか思っているわけがない」
「そうか? その割には……嬉しそうだが」
「嬉しい? 私が?」
想定外の言葉にメルJは頬を掻く。
「意外だったか? 今回の勝負に関して言えば、お前のほうが乗り気に映る。……正直、らしくないと言えばらしくないが、何だかいつもは隠されているお前の内面を見たような気もする」
そういえばメルJの前でこうして頑として譲らない部分を見せたのは初めてかもしれない。
特に南との親子の間柄はトーキョーアンヘルに属してからは誰にも窺わせないようにしていた。
それは意図的であったのか、あるいは無意識であったのか不明であるが。
「……でも、私だってできるのよ。南が傍に居なくたってね」
「――だぁーっ! 結構時間かかっちゃったー!」
「……エルニィ。あんたがこだわったせいだかんね」
「何言ってんのさ。南だってそうでしょ?」
「さて、勝敗は……」
ほとんど同時にルイとメルJは石段を登り切っていた。
「……同時……じゃあここからが勝負ってことで――」
「何をなさってるんですか? 四人揃って……」
げっ、とエルニィが後ずさる。
「あ、赤緒……。まだ帰ってくるには早かったんじゃ……?」
「心配だったので早めに帰って来たんです。……で、何で四人で買い物を? 買い出しは……南さんに頼んだはずですよね?」
「あー、赤緒さん? これには深ぁーい事情が……」
赤緒はニコニコとしているが、目は笑っていなかった。
「とにかく……家族会議が必要そうですね……」
「――いやぁー、こってりしぼられたわねぇ……」
軒先で涼しい風を感じていると、隣に座って来たのはルイである。
風呂上がりのその手には牛乳瓶があった。
「南が勝負ごとなんて仕掛けるのが悪いのよ。……お陰でしばらくは赤緒からお小遣いもないみたいだし」
「それにしても意外だったのは、あんた、ゲームとか買わなかったのね? 絶対に買うと思ってたわ」
「……勝負のルールから逸脱するでしょ。第一、メルJが最初にお金を使ったせいで残った額でやりくりしなくっちゃいけなかったのもあるし」
「あー、あの子もねぇ。まぁ悪気があったわけじゃないんだろうけれど」
「……でも結局、下手にお金のかかったカレーになったわね」
「そうねー。さつきちゃんと赤緒さんのお陰で私たちの買ってきた材料でも美味しく出来上がったのは奇跡ね」
「……南、もっと辛いのが好みかと思った」
「そりゃあ、辛党だけれどね。私も大人になったもんだわ」
「……私だって、成長してる」
牛乳をちびちびと飲むルイと視線は合わせずに、二人とも境内を眺めながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「……何だかねぇ。あんたとこうして……ある意味じゃ馬鹿騒ぎしたのって、カナイマで青葉とつるんでいた時以来かも」
「南も責任だとかに雁字搦めになったんでしょ」
「……そうねぇ。ある意味、向き合うきっかけになったのは嬉しかったかも。ルイ、私とこうして、馬鹿正直に勝負したの、つまんなかった?」
「……つまんなくはなかったわ。赤緒には割に合わない怒られ方をしちゃったけれど」
「それはその通り。……でも、あんたもまだ、こんな風にふざけ合えるのね。私にはもう、その資格なんてないんだって……どっかで思っちゃっていたのかな……」
少しだけ感傷的になりかけた自分へと、ルイは牛乳瓶を差し出す。
「……南らしくないでしょ、そんなの。カナイマじゃこうして、同じ飲み物を共有するのが」
「親しい証、だったわね。あんた、やっぱ変わってないわ。それがいいか悪いかは別にしてね」
ルイから渡された牛乳を、南は立ち上がり腰に手を当てて飲み干す。
その様を見やってルイは、べっと舌を出す。
「……変わってないのはそっちもでしょ。勝ち気なのは、相変わらず」
「そうね。……黄坂南と黄坂ルイには案外、あの頃から変わんないものがあるのかもね」
だから、こんな瞬間だけでも。
今はただの親子二人として、何でもない空気を漂わせて欲しかった。