「そうね。私ができることなんて限られているもの。戦いの中で、あの子たちがベストの選択肢を選び取れるように、せめて他のところでは意識を割かなくっていいようにしてあげるだけ。縁の下の力持ち気取っているけれどね、それしかできないってのは辛いわよ」
南とて痛みを背負った末に今の境遇に居るのは理解している。
だが、だからと言って自分まで、その痛みを知った風な口で承服するのは違うはずだ。
「……オレは分かんねぇ。これって聞き分けがねぇだけか?」
「あんたらしいんじゃないの。飲み込んでばっかりじゃ、私の知っている小河原両兵はそんな人間じゃなかったはずだもの」
「……そうなのかもな。つーか黄坂、一個いいか?」
「何? あんたもそれなりに成って来たって言うのか……」
「いや、さっきからボリボリ何食ってんだ。他人が腹減らして黙って待ってるって言うのに、菓子食ってんじゃねぇよ……」
「あら? これはこの間の視察帰りに買った奴なんだから。あげないわよ?」
「……オレは朝メシ食いに来たんだ。てめぇの菓子を欲しがるほどじゃねぇ」
南は煎餅を頬張りつつ、渋い茶を飲み干す。
「ま、今はどっちにしたって、あの子たちの助けになって欲しいってだけなのよ。何なら、ちょっとした一歩だっていい。あの子たちの戦う理由があんたに成れるんなら、それに越したこともないし」
「オレは戦う理由になるほど立派な人間じゃねぇし、できてもいねぇ。……つーか、そういうのは自分で編み出すもんだ。他人に教えられてどうこうって領域じゃねぇよ」
「そう? 私はいいと思うけれどね。あんたが戦う理由の一個に成ったって」
南はお茶菓子をお盆に乗せてそのまま軒先を後にする。
両兵は小春日和の空を仰いで、嘆息をついていた。
「……戦う理由、か。ンなもん、各々見出すもんだろうに。オレがそこまで立派なもんに……成れるわけもねぇだろうがよ」
「――小河原さん、何だか不機嫌そうでしたよね?」
エルニィに問いかけた赤緒は、彼女が首を傾げたことで戸惑う。
「そう? 両兵っていっつもあんなんじゃない? お腹空いてるからだろうし」
「そんな、子猫とかじゃないんですから。……でも、小河原さんがこうしてくれるの、当たり前だと思っちゃいけないんでしょうね……」
「なに? 赤緒も思うところアリって感じ? って言うか、計測するボクの身にもなってよね。赤緒、ほとんどの試験で難ありだよ。これじゃー、《モリビト2号》の操主も安心して任せられないって」
肩を竦めるエルニィに、赤緒は特設プールの上でちゃぷちゃぷとスクール水着を着込んで浮かんでいた。
ビート板片手なのは泳ぎに自信がないことの表れで、他の面々が何だかんだで二十五メートルを泳ぎ切っているのを横目に眺めている。
「赤緒もさぁー、せっかく《モリビト2号》の操主なんだから、もっと自信を持って、それで意気込めばいいじゃん。何だってこういう時には自信なさげなのかなぁ? 空中ファントムをその場で会得とかしてみるクセに」
「そ、それはその……人機に乗っていると身に付いて来るって言う感じで……」
「……普通はその感覚がないもんなんだけれどねー。まぁいいや。赤緒の操主としての適性は……まぁ、評価で言うとBとかその辺になるんだけれど、でもなー……天性の何かがあるって言うのは確かだし、ビートブレイクも計測不能な超能力モドキだって言うんじゃ、赤緒の戦闘能力を正確に窺い知るのは無理だよ」
「で、でもですよ……自分でも分かんないんですから……」
うーんとプールサイドで頭を抱えるエルニィは、不意に自分へと水を掛けて来たルイに視線を向ける。
「赤緒、アホ面」
ルイは自在にプールの底から潜水し、ビート板を叩いて飛ばして見せる。
「あっ、ルイさん! ……私、泳げな――」
「何やってんのさ。誰かー……しょうがないなぁ、ボクが助け……えっ、何で?」
飛び込んできた影に赤緒はすくい上げられ、何度か水を吐く。
咳き込みながら目を擦っていた。
「あ、ありがとうございます、立花さ――えっ、小河原さん?」
「何で両兵? ここ、男子禁制のはずだけれど?」
戸惑ったエルニィに両兵はこちらへと視線を振り向けて言いやる。
「……おい、柊。お前、泳げもしねぇのか」
「そ、それはぁ……そのぉ……」
「ったく、しょーがねぇな。ほれ、ビート板。掴んだままなら泳げンだろ? バタ足くれぇはできるよな?」
「えっ……でも小河原さん、びしょ濡れで……」
「これくれぇ何ともねぇよ。それよか、立花。柊の操主適性はどうなってるんだ?」
「えーっ、うーんと、非常に言い難い感じで……」
「濁すなって。どうせB適性以下だろ」
断じた両兵はそのままビート板の先を掴んで自分を導くように遊泳する。
「……その、怒らないんですか……」
「何が。黙って足動かせ。泳ぎのコツってもんは泳ぎながらでしか覚えられねぇからな」
「じゃなくって……そのー、モリビトを操るのに、これじゃ、駄目ですよね……?」
「……お前みてぇなの、昔居たんだよ。操主適性も何もかも駄目な奴。だがあいつは、一端以上に人機が好きだった。その好きだけの、たった一個だけで不可能な情勢を覆しやがった、すげぇ奴が居たんだ」
「それって、青葉さ――」
「名前はどうだっていいんだ。ただお前には……人機を嫌いになって欲しくねぇ。それじゃ、駄目かよ。オレが手を貸す理由ってもんは」
両兵の真意は分からない。
分からないが、今は自分を導いてくれていることだけは確かであった。
「……いえ、その……私もその、充分です。でも、いつまでも手を貸してもらってばっかりじゃ、多分いけないですよね……?」
「まぁ、いつかはオレなしでも泳げるようにはなって欲しいし、人機だって一端に動かして見せろよ。そん時になってからだ、オレがお前に評価を下すのはな」
想定外の言葉に赤緒は顔が紅潮していくのを感じていた。
すると、そこいらかしこで溺れる真似をするアンヘルメンバーが出てくる。
案の定、ルイとメルJであった。
「……今さらだけれど、足がつかない」
「わ、私も……泳ぎは得意ではなくってな……実のところ」
「……ったく、お前ら……。ああ、構わねぇよ。オレが要らなくなるまで、とことん付き合ってやらぁ! ……お前らが本当の意味で、オレを必要にしなくなった時がきっと……操主として一流になったってことなんだろうからな」
どこか寂しげな響きを伴わせた両兵の言葉の後に、腹の虫が響き渡る。
「いかん、そういや朝メシ抜いたまんまだ」
その言葉に赤緒は微笑みかけていた。
「では帰ったらご飯にしましょう。あったかい朝ご飯を……作りますからっ」
「ビート板でようやく泳いでいる奴が言える台詞かよ」
「そ、それはぁ……言わないでくださいよぉ……」
だがこんな穏やかな時間も――嫌な気分ではなかった。
「――ん? エルニィ、何やってんだ? こんな時間まで」
シールが風呂上りに居間に押し入るとエルニィは咄嗟に広げていたものを自分の後ろに覆い隠す。
「な、何でもないけれど?」
「……嘘付くのはやめろ。何隠しやがった?」
「……うーん、シール、言い触らさない?」
「内容次第だ」
「……ちぇっ、一儲けできると思ったのに……」
ぼやいたエルニィは数枚の写真を差し出す。
それはプールでのスクール水着や体操服姿の赤緒たちの隠し撮りであった。
「……あー、お前。まぁーた自衛隊相手に商売しようとしてやがったな?」
「お得意さんなんだもん。それくらいはするよ」
唇を尖らせて反論するエルニィにシールはそれらの写真相手に呆れ返っていた。
「ったく……これだから始末に負えねぇって言われるんだよ」
「……ま、いいじゃん。理由を見出せたのは大きいでしょ。ボクじゃ、誰かの理由なんてそんな大げさなこと、真っ平だからね」
「……何のことを言ってるんだか知らんが、この写真のネガは没収だな」
「ちぇーっ、シールってば値段を分かっていないから言えるんだよ」
「どっちにしたってこういうのは駄目だろ。ま、理由なんて各々のもんだろうさ。それに意味を見出すのは……いつだって、誰かさんの役目なんだろうしな」
――今を進む理由は、それぞれの胸の中に――。