「さぁな。あんたらアンヘルがこれまでよりも過酷な道になっちまったって言うのには同情はするが、それでもどうしようもねぇことだってある。カラカスが……南米の一都市が核で消えたんだ。お偉方は今頃しっちゃかめっちゃかだろうさ。そのツケを払うのに“ロストライフ現象”なんて名前を引っ提げるんだ。世界が大きく変わることだけは確かだろうぜ」
「でも、青葉ちゃんたちも帰って来たはいいものの、こんな事態になってしまったなんて、何だか救われないなぁ……」
火に薪をくべる古屋谷のぼやきに、川本は勝世へと言葉を振る。
「……守ってもらっておいて言える言葉じゃないと思うんだけれど、君たちは何で……静花さんに?」
「……何でかな。元々、オレも広世も流れ者だったんだよ。オレは軍属、広世は孤児だったか。行き着く先もない人生、それを拾ってくれたのが静花さんだったって話さ」
「恩義……みたいなのは感じているの?」
「……どうだろうな。オレらは結局、操主に成れなきゃ捨てられるってのは何となく分かった上での身の振り方だったし、アンヘルと敵対するのも静花さんがそういうのなら確かに、って感じだった。……けれどもう、分かんなくなっちまったな。恩人には違いないが、今さら誰かに従うのなんてウンザリってのもある」
「そもそも、こうしてアンヘルの守りについてくれるのは君たちからしてみれば真逆と言うか……不本意なんじゃないか?」
「……かもな。だがオレも頭の出来はいいほうじゃねぇから。広世が青葉ちゃんを守りたいって言うんなら全力で応援するし、今ピンチなのはあんたらだろ? なら、オレのやることは決まってるみてぇなもんなんだよ」
川本は火を囲む面々へと視線を投げていた。
「グレン、それに古屋谷。ジョーイも。……これから先、多分古代人機防衛戦以上に、僕らにとっては大変な局面が続く。カナイマアンヘルだからって括りだけじゃ、戦い抜けないと思う。だから、……これは僕の我儘になってしまうかもだけれど、メカニックを……どうかアンヘルを……継続させて欲しい。何よりも僕らが折れてしまえば、両兵たちの居場所を永劫失うことになりかねない。二人が目を醒ました時に、失望させたくないんだ」
頭を下げた川本に勝世は応じていた。
「……あんたが頭を下げることはないんじゃねぇか? それに、事ここに至って後退する人間なんて居ねぇだろ」
「そうですよ、川本さん。自分たちは覚悟を持って仕事に打ち込んでいるんですし」
「それに僕らだって、好きでこの仕事についているんです。……まぁ、そりゃあ、優秀な操主が昏睡状態って言うのは確かにこれから先の心配事ですけれど、それよりも……生きてくれていてよかったっていうのが勝っていますし」
グレンと古屋谷の返答に川本が涙ぐんだその時には、ジョーイも頬を掻いていた。
「……両兵には色々と借りも貸しもあったままだし、それにあいつから見りゃ、まだ俺も裏切り者に見えるかもしれないから、手は貸すぜ」
「ジョーイ……みんな……分かった。僕らは最後の最後まで、カナイマアンヘルの整備班だ。それに、こんなところで負けを認めたんじゃ、きっと両兵にどやされる」
「それにしたって、昏睡状態ってのが分からねぇな。現太さんも行方不明のままだし、テーブルダストポイントゼロで何が起こったのか、レコードくらいは残っているんじゃないのか?」
「あ、それに関してはエルニィちゃんが解析してくれているみたいだから、ちょっと行ってくるよ。彼女にしか分からない……何かがあるんだろうし」
「何か、か。オレは一端に上操主気取るしかできねぇからな。他のところは神頼み……ってところか」
勝世も今の状況を承服しかねているようだ。それはきっと、軍からも見離され、そしてアンヘルとして戦おうにも不明瞭な出来事に翻弄されているのもあるのだろう。
「……行ってくる。火の番は頼むよ」
川本は今も明かりがついている格納庫へと歩み出していた。
《モリビト2号》自体は傷一つない綺麗なものだ。
しかし、その機体に内包している秘密は恐らく、世界そのものの――。
「あっ、メカニックの人ー。ちょっと気になるデータが出て来てさー」
コックピット付近のメンテナンスブロックからケーブルを引いていたエルニィが筐体のキーボードを叩いている。
タラップを上がり、川本は画面を覗き込んでいた。
「何か、手掛かりでも……?」
「いや、手掛かりって言うか……一応テーブルダストポイントゼロの戦闘データの洗い出しをね。それにしたって、いざ潜ってみれば《モリビト2号》……ボクらが修復した時ともまるで違う……別物の人機になって帰って来るなんてね」
「やっぱりこれは、ルエパで修繕した時とも違っているんだね?」
「うん。ルエパの技術で修復した時ともまた違う、別の要素が噛んでいるとしか思えない機体になっている。そもそも、《モリビト2号》は修復時、三基の血塊炉を積んでそれらの相互作用で稼働するように設計したはずなんだけれど……」
濁すエルニィに川本はトレースシステムを搭載したモリビトのコックピットを窺っていた。
「回収した時に聞いた、精神的な介入を拒むって言うのは?」
「それも試してみた。何だか不明なままなんだけれど、どうやらモリビトの血塊炉反応と、《モリビト2号》の血塊炉反応が同調……いや、これは完全なる融合だね。この人機が積んでいるのは三基の血塊炉だけれど、実質は四基。恐らく、現状で最も出力値の高い人機だと思う」
「……まさかモリビトがそんな機体になって帰って来るなんて……」
想定外の事態ばかりが起こる中で、それでも帰還したこと自体が青葉と両兵の意志を継ぐ機体としては的確であったと言えよう。
「けれど奇妙なのは、戦闘データなり何なりのレコードがあるはずなんだけれど……これに関しちゃお手上げだね。綺麗さっぱり消えてなくなってるんだもん」
「テーブルダストでの戦闘は?」
「全く検知されない。追跡できるのはカナイマに来た当初の《空神モリビト2号》状態での戦闘まで。それ以降はプロテクトでもかかっているみたいに解析不能だね」
「プロテクト……《モリビト2号》にそんな特殊機構が?」
「いや、これは何なんだろう……オーパーツめいたものって言うか、今の科学技術じゃ解読できないんだ。歯がゆいけれど……」
《モリビト2号》はそれだけの秘密を抱えて戻って来たのか。
ある意味で幸運だったのは、エルニィの持ち得るデータベースはまだ活用可能である点だろう。
「動かせない……なんてことは?」
「それはない。血続が乗ればトレースシステムは稼働するはずだし、別にこれが青葉専用機ってわけでもない。ただ……」
「ただ?」
「……言っておいたほうがいいかもだけれど、リスクはあると思ったほうがいい。一号機の廃棄データを軍部に潜り込んで入手したこともあったんだけれど、《モリビト一号》は巨大な血塊炉の影響で最初期の人機としては異例の飛行システムと、プレッシャー装備の安定稼働を得ていた。《モリビト2号》も四基の血塊炉で動いている、一号機のようにならないとは言い切れない」
「……扱うのに、覚悟が要る……ということか」
「――それくらいのほうが駆り甲斐のあるというものよ」
タラップを上がって来たのはルイであった。
彼女は《モリビト2号》のコックピットに触れ、それから鋭い眼差しで口にする。
「自称天才。血続ならば誰でも乗れるのよね?」
「……ああ、うん。それは試算上、間違いないけれど……」
「じゃあ私が乗る」
その宣告はしかし、川本からしてみても、エルニィからしてみても意想外であった。
「で、でもこの機体は……一号機のような危険性が……!」
「だからって遊ばせておく余裕なんてないでしょう。何よりも、《モリビト2号》の操主としての鍛錬を受けてきた。今の人材なら私が適任のはずよ」
「それは……! だけれど、ルイちゃん……南さんが何て言うか……」
「南の許可が要るわけじゃない。私はもう、一人で人機を操縦できる」
「それは……その通りかもしれないけれど……」
分かっている。
ここでルイに全てを任せれば、自分たちはルイ一人にアンヘルの重石を背負わせるようなものだ。
ここに至るまで充分に傷ついてきたはず。
だと言うのに、こういう時に何も言えないのは純粋に力不足であった。
「……ルイ。言っておくけれどこれ、既存の人機と同じだと思わないほうがいい。何か大きな力が作用して、《モリビト2号》は特別な人機になったんだ」
立ち上がって対峙したエルニィに、ルイは真っ直ぐに見つめ返す。
「特別だからって何。私にとってしてみればナナツーだろうとモリビトだろうと、それは同じ人機でしかないわ」
「……ボクが言いたいのは、これを扱うのには生半可な覚悟じゃ駄目だってことさ。青葉の想いと、両兵の想い、それに数え切れないくらい……たくさんの人たちの想いを受けた人機が、この《モリビト2号》なんだ。だから、ルイには――扱うのならばそれは命を賭した覚悟じゃないといけないと思う」
「そんなの今さら問い質すまでもないわ」
ルイは《モリビト2号》のコックピットへと手を添え、アイサイトを見据える。
「――私にとっては今も昔も、《モリビト2号》は特別な人機。だからこそ、自称天才、あんたには言っておく。どんなことがあっても、私は《モリビト2号》から降りない。青葉と小河原さんが戻ってくるまで、絶対に。操主の座を譲るつもりはない」
その確かな覚悟の宿った双眸を見つめ続けていたエルニィは、やがてやれやれと肩を竦めていた。
「……やっぱりね。青葉もルイも、同じ瞳だ。人機のこれからを見据えるのに、その眼差しだけは馬鹿にできない。じゃあメカニックとして忠告しておくと、これから先の戦いは今までの対古代人機戦闘の比じゃない。恐らくは相手も人機……それもこちらよりよっぽど上を行く技術力で向かってくると思ったほうがいい」
「そんなでも、あんたは優秀なメカニックなんでしょう? なら、示し続けなさい。私たちと共に進む有用性とやらを」
「……そこまで言われちゃあね。ボクも譲れない」
川本には一触即発の空気のようにも思われていたが、やがてルイは嘆息をつく。
「……ここでの問答は仕方がなさそうね」
「そうだね。それに、ルイ。キミとは会ってそんなに時間は経っていないけれどでも、それでも分かるのは青葉と同じように、人機に対してまっさらな気持ちで立ち向かっているということかな。……ボクも気付かされた。それに、誓ったんだ。今度は人機に挑むって。なら、そういう人の想いって奴? 裏切れないじゃんか」
ルイが踵を返す。
まるでその言葉を聞くためだけにここに来たとでも言うように。
「……あんたが青葉に負けないくらいの馬鹿だってことはよく分かったわ」
「それはお互い様でしょ? 人機に懸ける思いは、伊達じゃないんだ」
「……青葉は目覚めると思う?」
「目覚めるまで待つ。それが青葉と両兵を信じて送り出した務めさ」
「……そっ。やっぱりあんた、変わり者ね」
「どうかな、キミも相当じゃない? それに、まだ勝負はついていないんでしょう? 青葉との一騎討ちも」
「……ええ、勝ち逃げされたままじゃ、堪らないもの」
タラップを降りていくルイの背中に川本は何も言えなかった。
エルニィが再び筐体と向き合い、演算キーを打っていく。
「……これでよかったのかい?」
「これでよかったも何も、まだ始まってすらないからね。問題なのは、何もできないまま敵にしてやられるってこと。ボクはそれだけは阻止しなくっちゃいけない」
「……青葉さんが目覚めると思う、か。……正直な話、僕らも先延ばしにしていた議論でもあるんだ。青葉さんと両兵、二人が目覚めないとなれば、《モリビト2号》をどうするのか」
「どうするもこうするも、転がり始めた石ばかりはどうしようもないでしょ。ボクは最悪の帰結を止めるためだけに頑張る。それはそっちも同じでしょ? カナイマアンヘルのメカニックだって言うんだ、言ってしまえばボクの先輩だし。……足掻いてみせてよ。それが前線で人機を見てきた人間の、それっぽい意志の輝きだ」
「……足掻く、か。そうだね、僕は……それだけを寄る辺にして、立ち向かうしかないんだ」
たとえ青葉と両兵が目覚めなくとも、自分たちが最後の最後まで足掻かなければアンヘルは終わってしまう。
それだけは絶対に、阻止しなければいけない。
「……ありがとう、エルニィちゃん。君のお陰で、少しは頑張れそうだ」
「でしょー? これでもボク、天才だからね」
その勝気な声音も今は清々しい。
川本は《モリビト2号》の双眸に湛えた光を見返していた。
「……まだ足掻ける……なら、諦めちゃいけないはずだ。僕たちだけは絶対に……!」
――未明に踏み出したのは、誰にも見咎めて欲しくなかったと言う女々しさか。
あるいは、自分の決意に水を差して欲しくないだけの我儘だったのかもしれない。
十年ほど前に撤去されたとはいえ、瓦礫の散乱した場所には簡素ながら慰霊碑が整えられている。
とは言え、参るのは自分くらいなものだ。
その墓地でさえ、古代人機侵攻がいつ来るのか分からない以上、目立つ行動は慎まれている。
加えて今は平時ではない。
ベネズエラ軍部駐屯地にほど近いこの場所は、目立つ行動を取れない現状のカナイマアンヘルにしてみれば捨てるべき土地であった。
「……それでも、何でかしらね……。ここに来ようって思ったのはやっぱり、始まりの場所だからかしら」
南は焼香を上げようと慰霊碑に歩み寄る。
その時に、暗闇の中で慰霊碑を見守っている人影に出くわしていた。
「……山野さん」
「……南、か。かち合うなんてな」
「……足、大丈夫じゃなさそうね」
車椅子姿の山野を慮ったが、彼はふんと鼻を鳴らす。
「少し不自由になった程度だ。年寄り扱いするんじゃねぇ」
山野と隣り合って、南は線香と花束を添えていた。
手を合わせてここで散った魂への慰撫と、そしてほんのささやかな自分の決意を口にするために、山野へと言葉を振る。
「……現太さんが行方不明だって聞いたわ」
「耳聡いな。いや、お前なら当然か」
「……テーブルダストポイントゼロに赴いたって。両なら、何か知っているのかもね」
「その肝心の両兵と青葉があのザマじゃ、現も浮かばれねぇよ」
「……死んでない、と思いたいけれど今は希望的観測を振り翳している場合でもないでしょうし。ドライに行くとするわ」
「……お前はよ、何で現に付き纏っていたんだ? あいつがお前になびくなんて、万に一つもないってこたぁ、一番に分かっていたはずだが」
「それでも埋めたかったのよ。寂しさって奴を。自分の孤独を誰かの決意だとか、志でとかで自分の覚悟のなさってものをね。……私もルイの母親を気取るのに、色々と足りなかったのかもしれない。一端の喪失感は、持ったつもりだったんだけれど」
それでも、行方不明の現太の生死と、そして目の前で散っていったダビングの命に、報いるだけのことをできるのだろうか。
彼らは使命に行き、そして志に殉じたはずだ。
その心一つを引き継げずに、自分はこうして過去の足かせに囚われている。
すっと、煙草が差し出されていた。
山野がライターで火を点ける。
「……失ったもんは数知れずさ。俺も現も、それにアンヘルの連中もな。この地で生き、この地で死ぬって決めた時点でもうお天道様に顔向けできねぇ真っ当じゃねぇ道だってのは百も承知。だが、俺たちは進み続けるしかねぇ。それがアンヘルと、そしてこの地を守り続ける守り人としての役割だ」
「守り人、か。その名前、少し重いくらいよ」
「重くねぇとこの地に根を下ろすには足りねぇはずだ」
「……そうね。重苦しいくらいがちょうどいいわ。山野さん、火を」
煙草の火をもらうなり、南は盛大に咳き込んでしまう。
「……向いてないこと、するもんじゃないわね」
「伊達でも吸えるようになっとけ。世の中、大抵のことは伊達で回っているようなもんだ」
「そうね。……覚えておくわ」