「……削里さん……に、ヒヒイロとウリカル……? って言うか、何やってるの?」
思わず駆け寄って削里へと詰め寄っていた。
彼は軽く手を上げる。
「おっ、網森さんじゃないか。今帰り?」
「網森さんじゃないか……じゃないですよ! これ! ヒヒイロとウリカル……さらしっぱ……」
指差して言いやると削里は頬を掻く。
「大丈夫じゃないか? ヒヒイロはハウル障壁を心得ているし、ウリカルもその弟子だ。下手に正体が露見するような真似はしないよ」
その言葉が真実であることを証明するかのように、店員は誰一人として気にしている様子はない。
しかし、問題なのはその店構えだ。
「……花屋さん……に見えますけれど……」
「見た通りだけれど? 何か違っていたかい?」
「いえ、その……何で花屋……?」
「小夜ってば……急に振り返って駆け出したかと思えばどうしたのかって……あれ? 削里さんとヒヒイロ、それにウリカルも。どうしたってのよ」
「どーもこーも……また何か企んでます? 削里さん」
「またと言うのは何だか不名誉だな。俺は何も企んでないよ。それに、今回はヒヒイロとウリカルの用事だからって言うんで同行しているだけだからね」
「ヒヒイロとウリカルの用事……?」
首を傾げているとウリカルは小さなメモ書きを取っていた。
その眼前には赤いカーネーションが飾られている。
「あっ、ひょっとして母の日……ですか?」
悟ったナナ子に削里は首肯していた。
「うん、そうみたいだ。ウリカルからしてみれば、レイカルは母親なんだろう? だったなら、人間界の催しに乗っかるのも悪くないと思ってね」
小夜はあのだらしがないレイカルが母親と言う身分なのはいまいち納得できなかったが、ウリカルからしてみればハウルで自分を産み育てた恩人。
それが母親と言う形であるのならば、当然の帰結であろう。
「……それにしたってねー……あのレイカルが花束で喜ぶかしら?」
「それに関しては心配無用かと。既に作木殿と話を合わせてありますので、如何に彼奴が疎くとも分かるでしょう」
さすがはヒヒイロと言うべきか根回しは万全であるらしい。
「でも、母の日……か。私も何か買って帰ろうかな」
ナナ子も物色モードに入ったので小夜は問いかける。
「あんたのところの両親、田舎住まいだっけ?」
「うーん……まぁ東京に比べればね。それでも、何となく娘が元気な様子を見せれば安心もするでしょ」
「……元気な様子、か……」
そこでナナ子は失言だと感じたのか、咄嗟に謝る。
「……ゴメン。小夜のこと、考えもせずに……」
「別に、もう今さらのことだし、それにパパがうるさいのなんのって。そっちのほうがここ最近の憂鬱よ」
ただ、母の日と言うものには触れて来たことはあるものの、やはりどこか自分とは程遠いように感じられてしまうのは、自分が母親を早くに失ったせいもあるのだろう。
「……小夜ー。この三人はここで買い物してくるんだろうしさ。私たちはとっとと自分たちの用事に戻ろうよ」
カリクムが袖を引っ張るので小夜は嘆息をついていた。
「……あんたには情緒ってもんが分からないのかしらねぇ……。あのレイカルに対してウリカルの一途さ……少し泣かせるじゃない」
「とは言ってもあのレイカルだろー? そんなの分かるのかよ。子供って言ったって、子分みたいなもんだとしか思っていないだろうし」
「まぁ、それが良くも悪くもレイカルらしさよね。変に気取ったところがないって言うか……」
ナナ子の意見にカリクムは少し不機嫌そうであった。
「……母の日とか、ガラじゃないんだよな」
カリクムの考えている人物は何となく察しが付く。
自分と同じように失ってから初めて気づく尊いものもこの世にはあるのだ。
「でも、カーネーションも今はこんなにたくさんあるのねー。造花だったり、色も様々だったりって感じで」
「カーネーションを母の日に贈ろうと言う運動を始めてから、そこまで時間は経っていないはずですが、いやはや、日本人と言うのはある意味では信心深いと言うべきなのでしょうか。一度定まった催しには全力で、と言うのが本音なのでしょう」
「要は乗っかりたい賑やかしが多いってことでもあるのよねー。ま、これは日本人の特性に限った話でもないかもだけれど」
日本人はそうでなくとも「今日は何の日?」と言う話題に敏感だ。
意味がないとしても意味を作るのが日本人の醍醐味でもある。
「ウリカル、何で悩んでいるの?」
「えっと……やっぱり真っ赤なカーネーションにしようかなと言うのと……青いカーネーションもあるみたいで」
「昔は青い薔薇は不可能の象徴とか言われていたっけな。今はそうでもないんだったか?」
「意味合いとしては変わっていませんが、それでも技術の日進月歩には目を瞠るものがあります。今に七色のカーネーションが開発されてもおかしくはありませぬ」
「……何だか、意味合いをはき違えている気もするわねぇ。元々、日々の感謝をって言うんだったんでしょ? それなのにその……何て言うか……」
「ビジネスの匂いがして気に入らない、でしょ? 小夜もある意味じゃ業界人だからねー」
先回りしたナナ子の言葉に小夜は神妙に呻る。
「まぁ、どこへ行っても商売っ気があるって言うの? そういうのってやっぱりねー……何て言うのか商魂たくましいって言うのかも」
「そもそも何でカーネーションなんだっけ? ヒヒイロ、詳しいところ分かる?」
ヒヒイロは心得たように教鞭を振るう。
「一説には、ですがカーネーションの花全体の花言葉は“女性の愛”、“純情な愛情”などを示すとされています。赤が好まれるのは“母への愛”や“真実の愛”など、直接的な感謝が込められているとされています」
ヒヒイロはかねてより人間社会への造詣が深い。
自分たちでは知り得ないことでもヒヒイロならばどことなく知っている風でさえある。
「また先ほどナナ子殿の仰られていた青のカーネーションで言えば、“永遠の幸福”というものも込められているとか」
「へぇー……結構色だけでも幅があるのね。じゃあメッセージを込めるんだったら、うってつけってわけか」
ウリカルは色とりどりのカーネーションを何度も見比べては、やはり決めかねていた。
「……ウリカル、別に母の日って一生に一回きりってわけじゃないし、もっと肩の力を抜いたら? レイカルだって、毎年受け取ってくれるわよ」
小夜の慰めにウリカルは、ううんと頭を振る。
「い、いえでも……お母さん……レイカルさんには分かってもらいたいんです。私の……気持ちを」
「いじらしいと言うか、一途ねぇ。ウリカルは。レイカルのハウルが基だってのが信じられないくらい」
「オリハルコンはその形になった時点で、別の人格になるもんさ。たとえ基のハウルが似た形であったとしても、この世に生まれ落ちた時点で、別の存在なんだ」
削里の言葉に小夜はちらちらとこちらを窺うカリクムに目線を送る。
彼女とて、何かカグヤ相手にしてやりたいことの一つや二つはあるはずなのだ。
しかしと言うか、やはりと言うか、小夜にはカーネーションの知識はまるでない。
「あ、これなんてどう? ピンク色のカーネーション!」
ナナ子が手に取ったそれをヒヒイロが補足する。
「ピンク色のカーネーションはそれそのもの“感謝”や“温かい心”じゃ。お主が贈るのにはピッタリかもしれんな」
「そう……ですね。でも師匠、私にとってレイカルさんは……その程度じゃ言い表せない感じなんです……。あっ、感謝していないとかじゃなくって……」
「分かっておる。難しいものじゃ、無意識の部分を明言化するのは」
「黄色のカーネーションは? 明るくっていいんじゃない?」