そう言われてしまえば、赤緒には返す言葉もないのだが、じとっとジュリを睨む。
「……ジュリ先生みたいな大人には……分かんないんですよ」
「何? しみったれた顔しちゃって。恋の悩みでもあるの?」
ペラペラとページを捲りながら問いかけられて、そう言えばマキはジュリに相談していたことを思い返す。
「……マキちゃんのその、相談事に関してなんですけれど……」
「私は答えないわよー」
「……まだ何も言ってないのに……」
「馬鹿。あんたねぇ、一応は私も教師なんだし。生徒のプライバシーは尊重します」
雑誌を丸めてぽんと頭を叩かれ、赤緒は自分の至らなさに縮こまる。
「……けれど、分かんないのはどうしようもないじゃないですか……。ヒントくらいはくださいよ」
「ヒントねぇ。ま、あの子らしいっちゃらしいわよ。それと、これは放課後まで預かっておくから」
「あっ、返してくださいよ……」
「返して欲しければ放課後来なさい。反省文も書かせるからねー」
片手を振って立ち去って行こうとするジュリに、赤緒は何も言えないでいた。
「……私じゃ、何にもできないのかな……」
そのままとぼとぼと教室に戻ったところで、赤緒はマキと遭遇する。
「あっ、赤緒ー! どったの? 塞ぎ込んだ感じで」
「あれっ? マキちゃん、昨日までとちょっと違う……」
「あー、うん。まぁね。ちょっと悩み事がいったん終息したって言うか」
「あの……! えっと……その、マキちゃんの悩み事とか、その、私……っ!」
何か言おうとして、壊滅的に言葉が出ないことがもどかしい。
そう考えていると、マキはそっと肩に手を置いてくれていた。
「聞いたよ、泉と一緒に考えてくれていたって。けれどさ、これ……何て言うの? 三次元の話じゃなかったから」
想定外の返答に赤緒は戸惑う。
「三次元の話じゃ……ない?」
「どうやらマンガの人気投票があったらしくって。そこに贈る恋文を、マキちゃんは考えていたそうなんですよ」
「ああっ、もう、泉ってばー。恥ずかしいじゃんかぁー……」
思わぬ種明かしに赤緒は目をぱちくりとさせる。
「えっとぉー……人気投票? 恋文?」
マキは頬を掻いて、こちらの疑問に応じる。
「……同じ雑誌で掲載している、少女向けの漫画家さんがさ。その雑誌に出てくるキャラへのラブレターを募集していて……。いい作品だったら採用するって話だったの。けれど、私、ラブレターなんて贈ったことないし、どうしたものかなってずっと思い悩んでいて……。その時、ジュリ先生に、さ。あの人、歴史の授業だけじゃなくって語学も堪能だから。手紙の書き方を教えてもらったんだー。そしたらだよ? 採用してもらえるって聞いてさ! いやー、報われたのなんの!」
マキが漫画雑誌を鞄から取り出し、その少女漫画を指し示す。
マキの好みのキャラクターはあまり端正な顔立ちのキャラとは言えず、どちらかと言えば野性児じみた粗暴なキャラだ。
「こいつにさー、どう贈れば届くのかなーってここ一週間くらいずーっと考えてて。ほら、このキャラ、色んな意味で乱雑だし、そもそもラブレターなんて読むのかなーとか考え込んじゃって。でね! 私、このキャラ実は初恋なんだ!」
「は、初恋……?」
「うん! マンガ読んでびびってきたって言うか! これが初恋なんだと思う!」
自信満々に言い放つマキに、赤緒は泉へと視線を流していた。
彼女は唇の前で指を立てる。
「まぁ、マキちゃんの初恋なら、応援しないわけにはいかないですわね。親友として」
さすがに、今回のような事態は想定できず、赤緒は深い嘆息をついていた。
「あれ? どったの、赤緒。何だか骨折り損のくたびれ儲けって顔してるよ?」
「いや、その……ある意味じゃ私も、マキちゃんのこと、理解してなかったんだな、って思って……」
「いやいや! 赤緒と泉には世話になったんだから! ほら、このキャラさ! 赤緒のところに出入りしているあの男の人に近いじゃん? だから、赤緒ならどうするかなーってのもきっちり考えたんだよ?」
「わ、私なら? って、それって小河原さんのこと……?」
思わぬところで飛んできた指摘に、赤緒は改めてそのキャラを凝視する。
両兵に似ている――そう言われてみれば、否定できないこともない。
「やっぱ他人の色恋沙汰とか、分かんないけれど、いざやってみるとハマってねー。赤緒、もし赤緒が誰かを好きになったりとかしたら一番に相談して! その経験、私のマンガに活かして見せる!」
「結局、いつものマキちゃんだったってことですよね」
泉の結論に、赤緒は要らぬ努力をしたことを痛感しつつも、それでも少しだけ気分は清々しかった。
「……まぁ、その時に相談するかどうかは分かんないけれど……いつものマキちゃんに戻ってよかった」
「マンガのためなら命懸けるもの! 色恋の一つや二つ、どーんと来ーい!」
「相変わらずだなぁ……あ、放課後、ジュリ先生のところに取りに行かなくっちゃ……雑誌……」
反省文を書かされるのは少し痛手ではあったが、それでも、今の赤緒は悪い気はしていなかった。
「それに……マキちゃんの初恋、応援できるのなら……きっとそれでよかったはずだから」