JINKI 221 マキちゃんの初恋

 そう言われてしまえば、赤緒には返す言葉もないのだが、じとっとジュリを睨む。

「……ジュリ先生みたいな大人には……分かんないんですよ」

「何? しみったれた顔しちゃって。恋の悩みでもあるの?」

 ペラペラとページを捲りながら問いかけられて、そう言えばマキはジュリに相談していたことを思い返す。

「……マキちゃんのその、相談事に関してなんですけれど……」

「私は答えないわよー」

「……まだ何も言ってないのに……」

「馬鹿。あんたねぇ、一応は私も教師なんだし。生徒のプライバシーは尊重します」

 雑誌を丸めてぽんと頭を叩かれ、赤緒は自分の至らなさに縮こまる。

「……けれど、分かんないのはどうしようもないじゃないですか……。ヒントくらいはくださいよ」

「ヒントねぇ。ま、あの子らしいっちゃらしいわよ。それと、これは放課後まで預かっておくから」

「あっ、返してくださいよ……」

「返して欲しければ放課後来なさい。反省文も書かせるからねー」

 片手を振って立ち去って行こうとするジュリに、赤緒は何も言えないでいた。

「……私じゃ、何にもできないのかな……」

 そのままとぼとぼと教室に戻ったところで、赤緒はマキと遭遇する。

「あっ、赤緒ー! どったの? 塞ぎ込んだ感じで」

「あれっ? マキちゃん、昨日までとちょっと違う……」

「あー、うん。まぁね。ちょっと悩み事がいったん終息したって言うか」

「あの……! えっと……その、マキちゃんの悩み事とか、その、私……っ!」

 何か言おうとして、壊滅的に言葉が出ないことがもどかしい。

 そう考えていると、マキはそっと肩に手を置いてくれていた。

「聞いたよ、泉と一緒に考えてくれていたって。けれどさ、これ……何て言うの? 三次元の話じゃなかったから」

 想定外の返答に赤緒は戸惑う。

「三次元の話じゃ……ない?」

「どうやらマンガの人気投票があったらしくって。そこに贈る恋文を、マキちゃんは考えていたそうなんですよ」

「ああっ、もう、泉ってばー。恥ずかしいじゃんかぁー……」

 思わぬ種明かしに赤緒は目をぱちくりとさせる。

「えっとぉー……人気投票? 恋文?」

 マキは頬を掻いて、こちらの疑問に応じる。

「……同じ雑誌で掲載している、少女向けの漫画家さんがさ。その雑誌に出てくるキャラへのラブレターを募集していて……。いい作品だったら採用するって話だったの。けれど、私、ラブレターなんて贈ったことないし、どうしたものかなってずっと思い悩んでいて……。その時、ジュリ先生に、さ。あの人、歴史の授業だけじゃなくって語学も堪能だから。手紙の書き方を教えてもらったんだー。そしたらだよ? 採用してもらえるって聞いてさ! いやー、報われたのなんの!」

 マキが漫画雑誌を鞄から取り出し、その少女漫画を指し示す。

 マキの好みのキャラクターはあまり端正な顔立ちのキャラとは言えず、どちらかと言えば野性児じみた粗暴なキャラだ。

「こいつにさー、どう贈れば届くのかなーってここ一週間くらいずーっと考えてて。ほら、このキャラ、色んな意味で乱雑だし、そもそもラブレターなんて読むのかなーとか考え込んじゃって。でね! 私、このキャラ実は初恋なんだ!」

「は、初恋……?」

「うん! マンガ読んでびびってきたって言うか! これが初恋なんだと思う!」

 自信満々に言い放つマキに、赤緒は泉へと視線を流していた。

 彼女は唇の前で指を立てる。

「まぁ、マキちゃんの初恋なら、応援しないわけにはいかないですわね。親友として」

 さすがに、今回のような事態は想定できず、赤緒は深い嘆息をついていた。

「あれ? どったの、赤緒。何だか骨折り損のくたびれ儲けって顔してるよ?」

「いや、その……ある意味じゃ私も、マキちゃんのこと、理解してなかったんだな、って思って……」

「いやいや! 赤緒と泉には世話になったんだから! ほら、このキャラさ! 赤緒のところに出入りしているあの男の人に近いじゃん? だから、赤緒ならどうするかなーってのもきっちり考えたんだよ?」

「わ、私なら? って、それって小河原さんのこと……?」

 思わぬところで飛んできた指摘に、赤緒は改めてそのキャラを凝視する。

 両兵に似ている――そう言われてみれば、否定できないこともない。

「やっぱ他人の色恋沙汰とか、分かんないけれど、いざやってみるとハマってねー。赤緒、もし赤緒が誰かを好きになったりとかしたら一番に相談して! その経験、私のマンガに活かして見せる!」

「結局、いつものマキちゃんだったってことですよね」

 泉の結論に、赤緒は要らぬ努力をしたことを痛感しつつも、それでも少しだけ気分は清々しかった。

「……まぁ、その時に相談するかどうかは分かんないけれど……いつものマキちゃんに戻ってよかった」

「マンガのためなら命懸けるもの! 色恋の一つや二つ、どーんと来ーい!」

「相変わらずだなぁ……あ、放課後、ジュリ先生のところに取りに行かなくっちゃ……雑誌……」

 反省文を書かされるのは少し痛手ではあったが、それでも、今の赤緒は悪い気はしていなかった。

「それに……マキちゃんの初恋、応援できるのなら……きっとそれでよかったはずだから」

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