JINKI 222 譲れない理由ひとつ

 目を投じれば、そこにあるのは《アサルト・ハシャ》をはじめとした都市型機動兵器の編成案を汲んだ人機の運用だ。

「《アサルト・ハシャ》、もうちょっと軽めの武装でいいよ。あれじゃ、自分の装備で機動力が削がれちゃう」

 エルニィの忠言に、目の前のこの状況を作り出した男は仕立てのいいスーツの襟元を正す。

「いやはや、まさか立花博士直々にお言葉を頂けるとは。これほどの幸運はありますまい」

 よく言う、と南は胸中に毒づきながら自分の職務を全うしようとしていた。

「この編成、都市部における人機運用の基本方針に沿っている、と思っても?」

「先の論文はまさに青天の霹靂。立花博士の提唱する人機の基本理念に感銘を受けまして」

「あのさ、ボクのことはいいから、南の話に乗ってあげなよ。ボクはどうせ、見ているだけだからさ」

 エルニィの分かり切っているような物言いでようやく、相手は自分を対等な存在だと認めたようだ。

「トーキョーアンヘルの支持者の方々は、それなりの献金をしていると聞きます」

「……最初に言うことがそれ……とは、言えませんわね。事実ですから」

 下手にへりくだると、ここでは逆効果だ。

 ならば傲岸不遜であれ、と南は軍事指揮を行う責任者の搭乗する機体を順繰りに眺めていた。

「《ホワイト=ロンド》……ですか」

「首都圏において、キョムと渡り合ったと言うデータ。先のカラカス、重力崩壊の真っ只中でも《バーゴイル》と最後まで戦闘したと聞きます。その編成にあやかりたいのですよ、我々もね」

 あやかりたいのは人機の生み出す高度な利益のほうであろう――とはさすがの自分でも真正面から切り返せず、南は「高度に政治的」な言葉を吐く。

「キョムは常に、戦局を刷新していると言ってもいいでしょう。自爆特攻を仕掛けてきた《バーゴイル》のデータは既に?」

「手元にありますが、まさか、そんな。キョムとは言え、血塊炉は惜しいはず。自爆特攻のデータはデータとしては有用だと、受け取っておきましょう」

 どうにも、相手は譲る様子もないようで、南は苦虫を噛み潰した表情を堪えるのがやっとであった。

「……ですが、我々トーキョーアンヘルが最もキョムとの交戦回数が多い事実には変わらないでしょう」

「それも、今日で塗り替えでしょうけれどね。ご覧ください、都市部戦闘に特化した《アサルト・ハシャ》の勇姿を! 国家間で血塊炉の保有数には限りがあるものの、あの人機ならば電力で賄える。その武力の差が埋まるのですよ。画期的だ」

「南ー、ちょっとボクはあの辺の……そうだなぁ、局地戦用の《アサルト・ハシャ》の武装が気にかかるから見に行っていい?」

 その耳元へと、南は囁きかける。

「……あんた、逃げる気でしょ?」

「……バレた? だってー、面倒じゃん。南はアンヘルの責任者でしょー?」

「……事ここに至れば、あんたも同様でしょうに。第一、私にだけこの状況を任せて自分はいいポジションに収まろうなんて、小賢しいわね」

「……ボクは来たくないって言った」

「それは聞いたけれど、あんただって立場ってもんには雁字搦めになっちゃってるのよ。この私と同じように」

 南は嘆息をついて、どうして自分とエルニィが都市部の視察に訪れているのかを思い返していた。

「――合同軍事演習?」

「そっ。要は、さ。首都圏での人機運用のモデルケースなんてボクらくらいしかノウハウもないわけ。それを快く思わない一派の……まぁ、嫌がらせ?」

 赤緒はきょとんとしていたが、南はその情報に補足する。

「キョムと戦っているのは何もこの極東国家だけじゃない。世界中、どの場所でもロストライフの危険性はあるわけだから、じゃあ手を組みましょうって言う、前向きな話の……はずなんだけれどねぇ。……おっ、茶柱」

 湯飲みを覗き込んだ自分へと、赤緒は問い返す。

「えっとぉー……それっていいことなんじゃ……」

「赤緒ってば、相変わらず額面通りに物事を受け取るきらいがあるなぁ。そんなの、結局のところ相手はさ、人機の兵力と生み出される財力が欲しいに決まってるじゃん。ボクの太鼓判があれば人機建造における一日の長を得られる。体のいい看板だよ」

「けれどねぇ、エルニィ。これ、断るって文言がどこにもないのよ。あんたを連れて来いって言う、上からも矢の催促」

「あーあ! やだやだ。何で誰も彼も、ボクなんかの一意見を必要とするのかなぁ。しかも合同軍事演習、なんて銘打っちゃって。人機の市場を開くから、ボクにオーケーと言わせたいだけじゃんか」

「あの……そうなんですか? 南さん」

 不安げにこちらへと向き直った赤緒に、南は腕を組んで呻っていた。

「……まぁねぇ。エルニィの不満も分かるのよ。ほら、私たちがキョムとの戦いの最前線に居るのを、まぁ面白がらない人間だって居るって言うのは。そりゃあ飲み込めない話でもないし。だって、人機がこのトーキョーアンヘルだけでも五機だものね。それだけでも勢力図を塗り替えかねない戦力なのよ。加えて、自衛隊にも《ナナツーウェイ》を配備する予定でもあるし。正式に言っていないだけで、今の日本の配備状況はかなり破格と言ってもいいわ」

「嫌になっちゃうよねぇ、高度に政治的って言うの。そりゃ、純正血塊炉持ちの人機を五機以上保有しているのは、有り体に言えば条約違反。もっと言っちゃうと、何で極東国家にそこまでの軍事力を与えないといけないのか、って言う、面倒くさい輩を生み出しかねない。こちとら、南米の上役からの直属の申し出だって前置いても、まぁ気に入らないんだろうね」

 エルニィは平時の彼女のスタンスは崩さず、筐体を弄っていたが、眉根を寄せて怪訝そうにしているのは窺えた。

 思う通りに行かないのは、天才であるエルニィにしてみれば障害でしかない。

 しかし、それはこの話を持ち出した自分とて同じで、やはり要らぬ干渉は増やさないほうがいいに決まっているのだが――。

「あの……南さん。それって私たちの力が……必要ってことですよね?」

「あ、けれどまぁ……うん。ぶっちゃけ、そうね。赤緒さんたちの力が必要なのは分かり切っているもの。問題なのは、それも力の誇示と捉えられかねない状況と言うか……」

 煮え切らない言葉を発しているとエルニィが口を差し挟む。

「赤緒たちだって、充分にトーキョーアンヘルの……言い方悪いけれど兵力なんだ。だから、こういうのって結構、神経を使うやり取りって話。赤緒たちを招かないわけにはいかないけれど、あくまで会場からは離れた場所で、って感じかな」

「それは……その、何で……?」

「何で? って、当然じゃん。ボクらは新型トウジャのロールアウトさえ急がせようとしている上に、91式戦闘用人機である《キュワン》の開発も急ピッチで進めている。向こうからしてみれば目の上のたんこぶどころじゃない。下手に勘繰れば痛くもない横腹を、って奴だよ」

「まぁ、そうねぇ……。私たちがキョムの前線部隊と戦うのに、誰もが理解があるわけじゃないの。そりゃ、本音で言えば、理解なんて後回しで、とにかく何でもかんでもこっちに金を回せってのが、本当のところだけれど……。そうもいかないのが、どうにもね。政治って奴なんでしょうし」

「ボク、それ嫌ーい。何で現場が切り詰めて開発を進めているのをどことも知らない輩から叩かれないといけないの?」

「……そりゃあ、あんた、分かり切った話をするものでもないわよ」

 エルニィとて理解をしているはずなのだ。

 自分たちの総意だけでは世界は回らない。

 よって歩み寄りが必要なのだと。

 しかし、エルニィのような天才はともかく、赤緒たちにまで負担をさせるのは単純に心苦しいものがある。

「……その、じゃあ私たち、遠くで見守ってろって言うんですか……?」

「言いたくはないけれど、この合同軍事演習ってのがきな臭いのは事実。かと言って、下手に《モリビト2号》なんかを現地に赴かせて、解析されたくもないのも本質だし。つまるところ、私とエルニィで斥候をするしかないのよねぇ」

「ボク、やだ。やりたくない」

 頬をむくれさせて抗議するエルニィに、南はため息をついてその肩に手を置く。

「でも、やらなくっちゃいけないことの一つだし、それくらいは線引きをできているはずでしょう? 立花博士」

「……南の口から聞きたくないなぁ、その通称」

「あっ、あの、その……こ、コーヒーでも淹れてきますね……」

 台所へと取って返した赤緒にエルニィは恨めし気な声を発する。

「……逃げたね。赤緒ってば分かりやすいんだから」

「でも分かりやすい赤緒さんみたいな人たちだから、私たちは任せられるんでしょう?」

「そうなんだけれどさぁー……。合同軍事演習? もう嫌な予感しかしないんだけれど」

「私も。こういうのは経験則で分かるもんだけれど、ね。配備予定の人機が……」

 濁した自分へとエルニィは資料を読み取っていた。

「《アサルト・ハシャ》に、《ホワイト=ロンド》、ねぇ。相手も分かってやっているとしか思えない、確信犯的な配備だけれど」

「……かつてのカラカスの配置とほぼ同じ、か。嫌がらせもここまで手が込んでいれば違うわ」

「……こういうの、南が棄却すればどうにかなるんじゃないの?」

「そういう身分ならね、そうしているけれど、汚れ役は必要なのよ。どんな時でもね」

「……南が傷ついてるじゃん」

「私が嫌がるくらいで済むならまだいいわよ。……赤緒さんたちには極力、嫌な思いなんてさせたくないもの。殊に、人機に関しては、ね」

「……何だかな。清濁併せ持った大人の言い分じゃんか」

「いけない? いつだって、嫌な思いをするのは大人の特権よ」

 立ち上がって、南は湯飲みを覗き込む。

 すっかり冷めた緑茶を、喉へと流し込んでいた。

「――どこをどう見ても、《アサルト・ハシャ》、か。しかし、ナンセンスだなぁ。火力特化で考えなしの編成を見るってのは」

 嘆息をついたエルニィへと、南は露店で売られていたコーヒーを差し出す。

「この都市自体が、対人機戦闘を想定しての開発を進めているらしいわよ。いわば要塞都市ね。キョムを迎え撃つための」

「……ボク、知ってるんだけれど。そういう企みって大概上手くいかない」

「分かっていても、進めたがるのが上役の考えでしょうね。透けて見えるようだわ」

 特に旨味もない量産型のコーヒーを飲み干して、南は要塞都市の全景を視野に入れる。

 この街もそうだ。

 量産型の、これから先スタンダードとなるべき姿を模して造り上げられている。

 その像に疑いさえも持たないまま。

「……賢しければ嫌われる、か。《アサルト・ハシャ》の電脳ネットワークはこの都市じゃ、一番の高層ビルの中に集約されている。現状、人類のできる最大の防衛都市の構築には欠かせないんだろうね」

「襲ってくれって言っているようなものねぇ……」

 呆れ返るものを感じつつ、南は眼下で演習を始めようとする人機編成を視野に入れていた。

《ホワイト=ロンド》が指揮を執り、《アサルト・ハシャ》が編隊を組んで軍隊のそれを完全模倣して挙動する様は、あの日、カラカスで失ったものを想起させる。

 嫌でもフラッシュバックする幻像を振るい落とし、南は頬を叩いていた。

「……いけないわね。疲れているのかも」

「南さ、相手の上役との嫌味のぶつけ合いに関しちゃ、そんじゃそこいらでお目にかかれないレベルだったよ」

「それは皮肉ね。私だって、そんなのが上手くなりたくって渡り歩いているわけじゃないってのに」

「お互いに損な役回りだねぇ……」

 ぼやいたエルニィに南は肘で小突く。

「老け込んだようなことを言わない。あんたはまだまだでしょ」

「どうだか。ボクだって、人機開発の権威だっておだてられて、それで悪い気分なばっかじゃないんだ。これが自分でも嫌になる……利用しているのは何も相手だけじゃないってことだね」

「それでも、あんたはそこを目指して努力してきたわけじゃない。私は……違うわよ。こんな風になりたかったわけでもないのに」

「……南……」

 吹き抜けていくビル風を感じていると不意にその風の位相が切り替わっていた。

 目を見開いた南は、上空より降下してくる漆黒の機影を目の当たりにする。

「……おいでなすった……! キョムがのうのうと見逃すはずがないって……!」

「もしもし? こちら立花。演習は中止にして。キョムの《バーゴイル》が襲撃してきている」

『襲撃? ならば好都合ではありませんか。我々の軍事力と指揮を、相手に見せつけられる』

 応じた声の傲岸不遜さに、思わず南はその通話口を掠め取っていた。

「……これは警告です。キョムの《バーゴイル》が仕掛けてくるということは、あなた方は情報の漏洩を許し、そして一方的に蹂躙されるという……」

『蹂躙? 可笑しなことを仰る。逆ですとも。蹂躙するのは我々だ。この編成を前にして、《バーゴイル》三機編成でどうやると言うのです! 見せつけるのですよ、キョムに! 世界を回す盤面は切り替わったと!』

「……向こう見ずは、馬鹿を見ますよ……」

『さぁ? 果たしてそれはどうでしょうかねぇ。《アサルト・ハシャ》と《ホワイト=ロンド》、どれもこれも一級品だ。何がどう悪く転ぶと言うのか』

 南は一呼吸挟んでから、最後の警句を放つ。

「……もう一度だけ、言います。キョムを甘く見ないほうがいい」

『それはあなた方も、でしょう? 上からやって来るだけの考えなしは敵のほうだ。全機、攻撃準備』

《アサルト・ハシャ》と《ホワイト=ロンド》が一斉に銃火器を向けるが――直後に最奥の《バーゴイル》が翼を拡張させたのを南は見逃さなかった。

「……頭のない《バーゴイル》……?」

 機体背部にマウントした電算設備より放たれたのは甲高い電子音であった。

 エルニィが片耳を塞ぎ、忌々しげに告げる。

「……やられた! 相手は最初から三機で向かってくるわけがない! ジャミングだ! 狙いはこの要塞都市そのもの……! 全ての《アサルト・ハシャ》と《ホワイト=ロンド》が……敵になるよ……!」

 次々に《バーゴイル》の支配に沈んでいく要塞都市に責任者が信じられないとでも言うような声を発する。

『まさか、そんな……! 世界屈指の電算技術だぞ……!』

「……大方、その売り手までは意識していなかったみたいだね。どれだけ技術力を上げようとも、大元の血塊炉と電子技術はどこから吸い上げたのかって言えば、それはキョムの実効支配地域だろうに」

『……終わる、のか? この要塞都市が……』

 絶望に陥りかけた戦局を、南は通信を繋ぐ。

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